第8-3話 この日のために―晶斗


僕は、キレていた。

自分で言うのも気が引けるけど、僕は常に冷静なタイプだと思う。いい方にも悪い方にも感情の起伏はそんなにないってのも僕が冴えないやつである一つの要素のような気もするけど、そんな僕が、自分でもわかるほどにキレていた。



しばらくこの感情が収まりそうになくて、そしてあいつと戦うまで抑えたくもなくて、僕はあえて怒りを鎮めようとしなかった。だから見るからにおびえているミーシャをこれ以上怖がらせないようにするためにも、アマンダに頼んで連れて行ってもらうことにして、僕はミーシャと目を合わせる事もなくそのまま控室へと向かった。



許せない。絶対に。



怒っていたけど自分らしくどこか冷静な気持ちもあった。僕はこのゲームが大好きだけど、規律を乱すやつが嫌いだ。でももしその僕が嫌いなやつが僕より上位にいられるようなゲームなのであれば、もうこのゲームにはやる価値がない。



誰に宣言したわけでもないけど、僕は心の中で"負けたら引退"と決めて、試合まで気持ちを高め続けた。



とはいえヤツとの試合までには、もう1回勝たなければいけなかった。

本当はこの試合もさっきみたいに楽しもうと思っていたけど、もう気持ちがヴァルとの試合に向かっている僕は、アナウンスに呼ばれるがままに冷静な気持ちのまま入口に立った。

さっき乱入した影響もあってか、僕の感情とは反対に会場はすごく盛り上がっているみたいだった。それでも僕は歓声を味わうこともファンサービスもすることもなく、入場してすぐ位置についた。そして相手が位置について開始合図が鳴ったと同時に、相手を躊躇することなく倒した。



「ごめんな。」



その相手には、一応謝っておいた。

本当は僕ももう少し楽しみたかったけど、今の自分にパフォーマンスなんかする余裕なんて一切残されていないのは明白だった。


準決勝がたった1分で終わったことに相変わらず会場は盛り上がっているみたいだったけど、僕は終わった後もサービスすることなくあっさりと会場を後にした。



「お疲れ。」



その後の試合まで時間をつぶすためにも一旦控室に戻ると、シュウがドアの前に立っていた。見慣れたやつの姿を見て少し精神が落ち着いた僕は、自然と「はぁ」とため息をついていた。



「顔見てため息吐くなよ。」

「ごめんごめん。」



怒りはまだ収まらなかったけど、僕はそこでようやく本来の自分を取り戻して言った。それを見て少し安心した様子のシュウに、僕はやっと「ミーシャは?」と冷静な質問をしてみた。



「だいぶ落ち着いた。」

「そっか。」



よかった。そう思ってもう一回ため息をついた。

でもここで落ち着いてはいられない。次の決戦に向けて緩んだ気持ちを立て直すべく、僕はこぶしにわざと力を入れてみた。


「あ、そうだ、シュウ。

ちょっとケンに聞いてきてほしいことがあるんだけど。

試合前に、急ぎで。」


僕がお願いをすると、シュウは「使うなよ」って文句を言いつつ、ちゃんとお使いを果たしてくれた。

シュウはそれからもしばらく控室にいた。そこにいるだけで何か話したり行動したりするわけではなかったけど、最後に「負けるなよ」って付け足して控室を去って行った。普段と同じように接してくれることがヤツなりの気遣いなんだろうなって、素直にありがたく思った。



それからしばらくして、当然のように、ヴァルも決勝に上がってきたという情報が入った。


その時ふと、控室で去年のことを考えた。

去年は初めての決勝に緊張して、どんな相手が来るのかってドキドキしながらまっていた気がする。

今年だって、最初はこんな怒りに震えながら出番を待ってるなんて思ってもみなかった。僕は心の中でもう一回、震えていたミーシャの姿を思い出して自分の中の決意を固めた。





絶対に、勝つ。





「それでは選手の方は、

入場ゲートまでお越しください。」



アナウンスを聞いて、僕はとても冷静な足取りで入口へと向かった。

そして今回は僕より先にアイツが入場することになっていたから、入口脇でヤツが入場するのをぼんやりと見た。ヘンテコに呼ばれたヤツは、どす黒い声援の中で機嫌よく手を振りながらファンサービスをしていた。


その姿を見ていると、はらわたが煮えくり返るってこういうことかって自覚できるほど、怒りが沸き上がって止まらなかった。でもその反面頭はすごくクリアで冷徹な感じがして、今なら遠慮もためらいもなくアイツのことぼこぼこに出来るなって、恐ろしいことを考えた。



「続きましてぇ~っ。

なんと準決勝では1分足らずで勝利をおさめた挑戦者ぁっ!



アレ――――――ックス

選手ぅうう――――!!!」



今までで一番ねちっこく、ヘンテコが僕を呼んだ。

僕はやっぱり冷徹な頭のまま入口から入場して、ゆっくりと歩いて開始位置まで向かった。



「おおっっと、

なんだかいつもと様子がちがいまぁすね~!」



歩いている間、僕は片時もヤツから目を離さなかった。ヴァルは相変わらずへらへらと笑ってあざ笑うようにしてこちらを見ていたけど、僕はそんなことも気にせずにらんだ目を離さなかった。



「怖い顔してんな、ヒーロー。」

「お前よりマシだろ。」



開始位置につくと、さっそくヴァルが挑発をしてきた。

いつもなら乗らない様にって心がけるところだけど、今回は乗れるものには乗るし売られた喧嘩は喜んで買うって決めている。



僕のその姿勢を汲み取ったのか、ヴァルはいつもよりも楽しそうに盛大に笑った。



「面白くなりそうだ。」

「面白いって感じられるほど

試合してられるといいな。」



僕の言葉を聞いてさすがにむかついたのか、ヴァルも一気に真剣な表情になった。僕はそれでも表情を崩すことなく、ヤツをにらみ続けた。



「試合開始前からこの感じぃ~!

くぅうううっっ、痺れるぅうう~~!!」



馬鹿言ってないで早く始めろ。

僕がそう思って今度はヘンテコをにらむと、「ひぃっ」とわざとらしく声を上げた。それでも僕がにらみ続けてるもんだからさすがにまずいと思ったのか、僕から目をそらして「ゴホン」と一度咳ばらいをした。



「それでぇはみなさぁん!お待ちかねっ!

決勝戦ですっっ!

今年の優勝者はどちらになるのかぁ~~!

注目の一戦がいよいよ始まりまぁす。」



本当は観客が注目も出来ないうちに、ヤツとの戦いを終えてしまいたい。でもそんな簡単な相手じゃないってことは、僕が一番知っている。ヘンテコが騒いでいる間、僕はとにかく耳をすませて開始の合図を待った。



「それではぁ~~!!!

スタァ――――ートでぇすっっ!!」



氷柱グラソン。」



ヘンテコが合図を出したと同時に、僕はシュウの必殺技の氷を出した。そしてそれをアイツの頭の上にもってきて、そこで炎の魔法を唱えた。



巨大な氷は熱い炎で一気に溶けて、ヤツの頭には大量の水が滝みたいに降り注いだ。



「何やってんだ、お前。」



水気のあるところでアイツと戦うのが不利だってことくらい僕もわかっている。僕がそれに気が付いてないわけがないと思っているらしいヴァルは、アホなのかって顔をしてこっちを見た。



「ハンデだよ。」

「ハンデ?」

「これくらいのハンデがないと、

すぐ終わっちゃいそうだからさ。」



確実に、僕は馬鹿だ。

自分が簡単に勝てる相手じゃないって、相手が水のあるところが得意だって分かっていながら、あえて不利な状況に自分をもっていっていた。そんなことはわかっていたけど、でも僕はアイツに馬鹿にされて負けてきた友人たちの技を使って勝つってことを決めていた。



これは、僕だけの戦いじゃない。



その意志を表すためにシュウの魔法を使ったことを感づいたのか、ヴァルはまた気持ち悪く笑った。



「仲良しごっこしてたら、

いつまでも勝てないよ。」

「やってみなきゃ分からないじゃん?」



僕がそういうと、一瞬ムッとした顔をしたヴァルは水にじわじわと溶け始めた。



「死んでから後悔しろ。」



そう言ったのを最後に、ヴァルは完全に水の中に姿を消した。僕は精神を集中させて、そこでを発動させた。



さっきまで盛り上がっていた会場が、ウソみたいに静寂に包まれた。そこからしばらくヴァルは姿を現さなくて、会場にいる全員が目を凝らしてどこからヤツが出てくるのかを見守っていたんだと思う。


でも僕には、ヤツがじわじわと僕との距離縮めている音が聞こえていた。そしてヤツはどんどん僕に近づいてきて、ヴァルはシュウにやったみたいに、僕の足をつかもうとしていた。



それでもヴァルは、しばらく僕の足をつかもうとしなかった。

こんな状況を楽しんでいるのか、じらしにじらして、会場はだんだんとざわざわし始めた。



まじで性格悪いな、こいつ。



僕はヤツがじらしていることまで全て分かっていたけど、僕もヤツと同じように動こうとはしなかった。そしてついにヤツが勢いよく僕の足を引いて"毒の海"に引きずり込もうとしたその瞬間、僕は反対にその海からヤツを引きずり出した。



「おま…っ!!」



まさか引きずり出されると思っていなかったのか、ヴァルは空中で驚いた顔をしていた。僕は思った通りの反応に思わずニヤリとしつつ、そのまま思いっきり地面にたたきつけた。



「ぐあっっ!」



わざとでもなんでもない叫び声が会場に響いた。ヤツがたたきつけられたところからは水しぶきが綺麗に上がって、それが太陽に反射してキラキラと輝いて見えた。



爽快だ。



まだ気を抜いてはいけないことは重々承知していたけど、それでもアイツを地面に倒しているってことだけでも気持ちよかった。



「おっと。」



すると余裕をぶっこいている僕に、ヴァルは転がりながら毒を吐いてきた。僕がそれをひょいっとよけると、ヴァルは憎たらしそうな目をしながら立ち上がった。



「やって、くれたな。」



みるからにヴァルは怒っていた。人が怒っているのを見ているとなぜだかスッと自分の怒りが引いていくような気がしたけど、僕はそれでも鋭い目でヤツを見るのをやめなかった。



「お前が今までしてきたこと、

返してるだけだけど。」

「去年もったいぶった癖に

いよいよ能力でも使ったか。」



まだ僕の適正魔法が何かわかっていないみたいだったけど、使ってことだけはバレていた。聞かれたって絶対何かおしえてやらんと決意を固めながら、僕は緊張しっぱなしの気持ちを少しほぐすために、大げさに「ふぅ」と息を抜いた。



「おしゃべりなんてもうしたくないから、

はやくおいでよ。」

「余裕ぶるなよ、クソヒーロー。」



言葉と同時くらいに、ヴァルはミーシャにしたみたいに毒をひっきりなしに僕の方に吐いてきた。僕はミーシャに教えてもらった技を使いながらそれをよけつつ、どんどん前に進んだ。


ミーシャにはMPを使い切らせるまで近づくなといったけど、怒っている僕はそんな根気のいる作戦なんて絶対に使わない。ちゃんとどこに毒が飛んでくるのかは確認しながら進んではいたけど、それなりにリスクを背負いながらどんどんヤツに近づいて行って、今度は足に重力を込めてヤツの腹を蹴った。



「うぐぐぅ…っ。」

「ミーシャの仕返しな。」



そして僕は苦しむアイツに間髪入れることなく、どんどん地味な打撃を加えていった。それはすごく地味だったと思うけど、全部に重力を込めていたってのもあって確実に効いていたと思う。


明らかにダメージを受けているヤツは次第に立っていられなくなって、その場に膝をついた。



「なぁあんとぉ~!

アレックスが押しに押していまぁすっ!」



そう、ヘンテコが言う通り、僕は押しに押していた。

でもこのままいくわけないってことは何となくわかっていたから、攻撃できている間に致命傷を与えなくてはと、僕は思いつく限りの打撃を与え続けた。



「調子…、」



その時、腹を蹴られて声が出なくなったヴァルが、何かを言うのが聞こえた。

そしてその次の瞬間、ヴァルは見たこともないくらい大量の毒を手と口から噴射したから、さすがに僕は身を引いた。するとその毒はヴァルと僕の間に壁みたいに立ちはだかった。



「まじかよ…。」



思わずそう言う僕を、壁の向こうでヴァルが笑った。



「なかなか出さないんだけどな。

お前みたいなむかつくやつのために

最強まで効果を高めてるとっておきの毒だ。

嬉しいだろぉ?」



いつもの調子で気持ち悪く笑うヴァルの姿が見えないほど、その毒はどす黒い色をしていた。その壁から垂れた毒が地面に着いたら、その場所には大きな穴が開いたのが見えた。その光景を見て、少しでも触れたら終わりだってことがよく分かった。


「おっと、

俺もお前が苦しむ姿みたいから

色変えるかぁ。」


ヴァルはそう言って、何か魔法を唱えた。

するとどす黒かった毒の壁は見る見るうちに透明に変わっていって、壁は僕の目には見えなくなってしまった。



「もうこれで

ちょろちょろ逃げ回ることもできないなぁ。」

「嘘だろ…。」



やつの言う通り、毒が見えていない僕がこの状況で逃げ回るのは危険だった。さっきまで壁は目の前にあったけど、やつが移動させてることだってあるし、分散させてることだってあるんだろう。

見えていない以上でミーシャの魔法を使えば、毒に向かって飛び込んでしまうなんて事だってありえるし、もうどうしようもない。



八方ふさがりって、まさにこういうことを言うんでは?となんとも間抜けな考えが頭に浮かんだ。



「さ、ヒーロー。

お別れの時間だ。」



ヴァルはいよいよそう言って、また魔法を唱えた。僕はその間も、その場に呆然と立ち尽くした。


去年は自分の能力を発揮する間もなく、油断しているうちにあっという間に毒にやられてしまったっけ。

あれは完全に油断だった。毒を使うってのはなんとなくしっていたけど、でも何とかなるだろうとかいう謎の過信をしているうちに、気づけばもう負けのアナウンスが耳に入っていた。



甘かったなぁ僕も。



多分攻撃を受けるまでは一瞬だったと思うけど、走馬灯みたいに去年の出来事が自分の頭をゆっくりとよぎっていた。


そのゆっくりな景色の中には、ヴァルがもう勝ったって顔でニヤニヤと笑っている姿とか観客たちが心配そうに見守る姿もあって、僕はそれを見てようやく正気に戻った。




「ふふ。」




今年の僕は去年の僕とは違うって、誰も思ってないんだろうか。

そう思ったら自然と笑みがこぼれてきた。僕はこの日のために、1年間特訓をしてきた。こいつに勝つためだけに、訓練を積んだ。


それに強くなった僕には、たくさんの友達の想いが乗ってる。見えないものを信じているタイプではないけど、たぶん"誰かのために"って気持ちで僕は少し強くなれてるんだと思う。


そう思ったら身が引き締まる想いがして、僕はいったん緩んだ顔を引き締めてヴァルを強い目で見た。



そして次の瞬間、僕は見えない毒に躊躇する事なく、すばやくミーシャの技を使ってヴァルの後ろに回りこんだ。



「僕の能力、教えてあげようか。」



僕の動きが全く見えなかったのか、後ろで僕の声が聞こえたことに驚いたヴァルは勢いよく振り返った。僕はヴァルの顔がこちらを向いてから一呼吸も置くことなく、その気持ち悪い顔に思いっきり回し蹴りを食らわせてやった。



「がぁあ…っ!」



ヴァルが声にならない声を上げたのと同時に、毒の壁が地面に落ちてそこら中にクレーターみたいな穴を開けた。


一瞬の出来事に訳が分からなくなったようで、会場は一瞬静まり返った。でもヴァルが倒れて動かなくなっていることを徐々に認識し始めたのか、一呼吸置いた後戸惑いや驚きで大きく沸き始めた。



みんな僕が負けたと思ったんだろ?

人気ナンバーワンに選ぶくらいならもっと信頼してくれよ。



僕はヒーローって呼ばれてるのに信頼のない自分を嘆きながら、まだ倒れこんでいるヴァルの耳元にしゃがみこんだ。



「僕の能力はね、音だよ、音。

僕には。」



宿敵を地面に倒してさすがにテンションの上がっている僕は、教えるもんかと思っていた魔法をいとも簡単に暴露した。



最初自分の適正魔法が分かったとき、地味すぎて本当に萎えた。だいたいアニメとか映画の主人公が使うのって、いかしたメカとか炎とか雷とかの能力で、"音"を使う主人公なんて、いまだかつて聞いたことがないって思った。


その時はヒーローを目指していたわけではないから"主人公"になる気なんてなかったんだけど、やっぱり自分が使いこなす魔法はかっこいい方がいい。なのによりによって現実と同じように冴えない能力だってことが分かったときは心底萎えて、そこから僕は自分の魔法をあまり使わないようになった。



そのおかげもあって、僕は色々な魔法を当たり障りなく使いこなせるようになった。

それぞれを磨いていくうちにその状況に応じていろんな魔法を組み合わせられる応用力みたいなのもついて、だんだん自分の魔法を使わなくてもヒーローとしてたたえてもらえるようになった。



別に隠していたわけではないんだけど、能力が何かわからないってことでも僕は人気になってたみたいだったから、今まではあえて言おうとしなかったし使わなくても勝てた。



でもこいつだけは違う。

それを去年身をもって実感していた僕は、今回は最初から自分の魔法をフルに使わせてもらった。



「音…っ。」

「地味だろ?

でもな、お前が技を出す時なんて

出すしぐさまで。」



往生際が悪いヴァルがそこで無防備にしゃがんでいる僕に毒を吐こうとした音を聞いて、僕はヤツの口をシュウの魔法で凍らせた。



「溶かさずそこで寝てろ。

いう事聞かなかったら一瞬でゲームオーバーにしてやる。」



そう言って僕は立ち上がった。

そして大きく息を吸った後、その息を吐き出すようにして、「再生レジュレクシオン」と回復魔法をヤツに向かって唱えた。




「なぁあんということでしょぉおおぉ?!

もう瀕死になっているセヴァルディに

アレックスはなんと!

回復魔法を唱えましたぁああ!」




会場は歓声というより、戸惑いの声で溢れていた。

僕はそんなことも気にせず、ゆっくりとヤツの頭の横にしゃがんだ。



「お前は覚えてないだろうが、

お前の傷つけられた魔法だ。」



それは、ミーシャのパーティーにいたっていうシンシアの魔法だった。

僕は戦う前から、アイツに傷つけられてきた人たちの魔法を使ってアイツに勝つって決めていた。だからわざわざシュウにお使いしてもらってまで、シンシアの魔法を聞き出してもらったのに、まさかそれが"回復"だったって聞いた時にはひっくり返りそうになった。



回復じゃ、ヤツを倒せないじゃないか。



そう思って一度は頭を抱えたけど、でもミーシャもシュウも傷つけたこいつを普通に倒していいものなのかって悩んでいた僕に、僕史上最悪に性格の悪い作戦が浮かんだ。



「僕は今から、お前を何度でも倒して

何度でも再生する。

僕のMPが尽きるまで、何度だってやる。」



最初は地味だと思った僕の魔法だけど、身につけてからは最強の能力だって思っている。だって見える攻撃はもちろん、見えない攻撃もすべて、される前にんだから。


去年まではそこまでの能力が備わってなくてこいつに負けたけど、この一年はそれを身につけるために使ったようなものだ。もう誰のどんな攻撃だって、僕は受けることがないと思う。


そこまでの自信があったから、僕はこいつにはもう負けないって思っていた。だからこいつを何度も立ち上がらせて、そして心行くまでボコボコにしようっていう、最悪の作戦を思いついた。



「こんな大勢の前で、何度もやられたい?」



ヒーローらしからぬセリフと分かってながらも、僕は聞いた。するとヴァルは見たこともないくらい悔しそうな顔をして、地面に顔を伏せた。



「んじゃ、降参してくれる?

みじめな姿さらす前にさ。」



僕もこいつと同じくらい、最低なやつに成り下がってしまったと自分でも思った。それでも自分の大切な人たちが受けてきた苦しみを考えたら、悪者になる覚悟だって出来た。



「ほら、早く。」



僕はそう言って、ヤツの口を凍らせていた魔法を説いた。

ヤツはよっぽど屈辱なのかしばらくそのままの姿勢で動かなかったから、僕は指に重力を込めてヤツの頭を地面に押し込んだ。



「戦う、ってことでいいのかな。」




僕が念押しでそういうと、ヴァルは小さい声で何かを言った。でもその声は僕にすら届いていなかったから、多分運営側にも届いていないんだと思う。



「伝わってないけど?」



最悪だな、僕。

でもみんなごめん、

やめられない。



やっぱりヒーローなんて呼ばれるのに、僕は全くふさわしくない。自覚はしていながらも止められないと思って、僕は人生で一番って言っていいほど意地悪な顔でヴァルを見下した。



「降参、します…。」



パーンッ!



そしてついに観念したのか、今度は僕にもしっかりと聞こえる声でヴァルは言った。そしてそれは運営側にもしっかり届いたようで、その言葉の後すぐに僕の優勝を意味する花火が上がった。




「「わぁあああああーーーーーーー!」」




それと同時に大観衆が大声を上げて僕を祝福してくれて、ようやくそこで気持ちよくなり始めた僕は、勢いよく立ち上がった。



「なんという波乱の展開でしょぉう!

誰が予想できたでしょうかああ!


今年の優勝者は

ヒーーーローーー!

アレーーーーーックスゥウウウ!!!」



ヘンテコが興奮気味にそう言うのに合わせて、僕は片手を突き上げた。するともともと盛り上がっていた観衆はもっと大声を上げて僕を祝福してくれた。



「ほら。」



そこで僕は、まだ地面にうつ伏したままでいるヴァルに手を伸ばした。するとヤツが不思議そうな顔をしたから、無理矢理手をとって立たせた。



「ん。」



そしてそのまま握手をしようと手を出すと、ヴァルはまだポカンとした顔のままで突っ立っていた。握手を強制的に促すみたいにもう一回右手を差し出すと、ヴァルはそこでようやく僕の手を握った。



「ルールは守って戦おうよ。

その方が絶対に楽しいから。」



自分の声が、モニターに反射して自分の耳に入ってきた。

すると今まで盛り上がっていた観客は今度は拍手をして僕をほめたたえ始めて、なんだか僕は一気に恥ずかしくなり始めた。



「ありがとう。

君は最強の敵だったよ。」



まあ、"だった"だけどね。


僕が何を言っても、ヴァルはずっと何も言えないままそこに立っていた。僕はそんなヴァルの背中をたたいて、一応戦ってくれたという事への感謝は伝えておいた。



いや、そんなことよりも気持ちよすぎる。

なんだよこれ。天国かよ。



僕はそこで本来の自分を取り戻してそう思った。会場中はまだ僕を称賛する拍手と歓声で溢れていて、いつまでもいつまでも聞いていたかった。



現実では絶対にないこの状況を十分にかみしめるために、僕は会場をゆっくりと見渡した。するとその途中で、さっきまで僕が座っていた場所で大粒の涙を流しているミーシャの姿が目に入った。



やったぞ、ミーシャ、シュウ。



僕はミーシャの席の方に向けて、両手を上げてアピールをした。

するとケンとかその他のメンバーたちも同じように両手を上げて喜んでくれているのが分かって、僕は生きててよかったとすら思うほどに嬉しかった。



僕たちがそうしている間もミーシャはずっと泣いていた。何の涙かはよくわからなかったけど、少なくとも悲しい涙ではないことはたしかだった。



ゲームの中だっていうのにどこまでも続いているような突き抜けるような青い空までもが、僕を褒めてくれているように思えた。



その青い空に吸い込まれるようにして響く拍手や称賛の声を、録音できないかって本気でヘンテコに聞いてみようかな。



僕がそんなアホみたいなことを考えているなんて、この会場にいる誰も予想しないだろうなって考えて、僕はヒーローらしくもなく思わずニヤニヤとしてしまった。

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