第8-2話 運命―晶斗
「アレックスーーーーー!」
控室から会場の外に出ると、試合を控えたミーシャがパーティーのメンバーに付き添われながらこちらに向かってくるのが見えた。
勝利の余韻で気分が最高に良くなっていた僕は、いつもより大きく彼女に手を振りながらそちらに向かった。
「おめでとうっ!
すんごいかっこよかったよ!」
一人ですでに喜びをかみしめてはいたけど、誰かにそう言ってもらえるとさらに喜びが増幅した。僕は素直に"かっこいい"って言ってくれたことに少し照れつつも、「ありがとう」とお礼を言った。
「それとね、」
「ん?」
「守ってくれて、ありがとう。」
僕が勝手にやったことだから、ありがとうなんて言ってもらえるのはもったいない気もしたけど、その一言で体を張ってよかったなって思えた。今度は少しじゃなくて盛大に照れながら「うん」となんとか言ってごまかした。
「ミーシャに教えてもらったやつ、
早速使ったんだ。」
「やっぱり。」
照れ隠しのためにも僕は話題を変えた。すると何となくわかってたって様子で、ミーシャはそう言った。
あれを使えなかったら、僕は本当に負けていたかもしれない。だから今度は魔法を教えてくれたことへの感謝を込めて「教えてくれてありがとね」と言った。
「でもあまり使わないでね。
私より使いこなしててほんと嫉妬しちゃう。」
ミーシャはそう言った後、分かりやすくふくれっ面をした。それがすごくかわいくて、僕は謝るのも忘れて笑ってしまった。するとミーシャの周りにいたメンバーたちも同じように笑ったから、きっと僕と同じ気持ちだったんだと思う。
「もう、なに?みんなして。」
「ごめんごめん、気を付ける。」
ミーシャは試合前だっていうのに、すごく落ち着いているように見えた。
すごくいい状態なんだろうなって思ったけど、次はヴァルとの試合だ。僕でも怖いんだからミーシャは絶対に怖がっているって察して、僕は出来るだけ不安にさせないためにも笑顔を作った。
「アドバイス、覚えてる?」
「もっちろん!
なんか勝てる気がする!」
ミーシャは自分を奮い立たせるみたいにしてそう言った。
もっと緊張で震えてるんだと思ったのに意外とたくましい姿に感心して、今度は作ることなく自然と笑顔が浮かんできた。
「気がするんじゃないよ、勝てる。
落ち着いてね。」
「うん、ありがと。」
ミーシャはそう言って、強い目で僕を見つめ返してくれた。僕もその決意に一つ大きくうなずいて、彼女に今できる精いっぱいのエールを心の底から送った。
「それにしてもまだ早くない?
試合この次だよね?」
「そうなの。
でも落ち着かないから控室にいることにする。」
その気持ち、すげぇわかるわ。
心の中では心底同意したけど、僕は出来るだけあっさり「そっか」と言った。するとミーシャは複雑な顔をして「うん」って言ったから、やっぱり緊張してるんだろうなって思った。
「控室ではさ、全く関係ないこと考えるといいよ。」
「関係、ないこと?」
さっき僕は控室で岩里さんのことを考えていた。
最初は集中するために瞑想したのによくないって思ったけど、ゲームとは一切関係ないことを考えたことでかえって集中できた気がする。
「うん。
他のこと考えてると割と落ち着くから。」
「そっか。」
さっきの経験を活かしてアドバイスをすると、ミーシャは納得した様子でうなずいてくれた。少しはためになれたのかなと嬉しく思っていたけど、僕が心配する必要もないくらいミーシャは落ち着いた顔をしていた。
「よかったら私の席に座って。
シュウ君もいるから。」
「いいの?ありがとう。」
そしてミーシャは落ち着いた顔のまま、そう提案してくれた。
パーティーにも入ってないのに、よくしてもらいすぎている。とは言え今から座る席を探すのも面倒だと思っていた僕はその好意に素直に甘えることにして、ミーシャのパーティーのメンバーに席まで連れていってもらった。
「よ。ドンマイ。」
「もっとあるだろ、言葉。」
メンバーの案内で席まで行くと、図々しくも一番前の席で座っているシュウがいた。僕がヤツの顔を見るなりそう言うと、シュウは分かりやすく不服そうな顔をした。
「アレックスさんっ、お疲れ様でしたっ!」
僕がまさにシュウににらまれていると、タイミングよくケンがそう言ってくれた。僕はごまかしつつ「ありがと」と言って、自然にシュウの横の席に座った。
「お前、余裕だったんだろ。」
しばらくはミーシャのパーティーのメンバーたちが口々に僕のことを褒めてくれるもんだから気持ちよくそれを聞いていたけど、それが落ち着いたのを見計らったようにシュウは呆れた様子でいった。
「バレてた?」
「マジで性格悪いな。」
正直、グレンの攻撃は予想の範疇を越えなかった。
1回戦や2回戦みたいに2分とかで試合が終わるほどには余裕はなかったけど、終わらせようと思ったら10分くらいでは終わらせられたと思う。
「でもあいつ、試合しながら変なこと言っててさ。」
「変な事?」
「女とやれたらいいとかなんとかって。」
そんなことを聞いていたら色々聞きださなきゃいけないって気持ちになって試合を少し引き延ばしていたけど、結局何が何だかよくわからなかった。でも僕の言葉を聞いて、シュウは妙に納得した様子で「なるほどな」と言った。
「アイツ、悪い噂あるんだよな。」
「悪い、噂?」
「うん。
ここで女ひっかけてリアルで好き勝手してるって。」
「あれホントだったんだ」とシュウは付け足して言った。
本当かどうかはよく分からないけど、ミーシャを近づけない方がいいことは確かだった。試合が終わったら一言忠告しておこうと思いつつ、僕は自分の次の対戦相手が決まるその試合を真剣に眺めた。
「いけそうだな。」
「な。」
準々決勝ともなるとレベルの高い試合は行われていたけど、たぶんこの試合ならシュウは勝てたと思う。戦っている二人の力は拮抗していて展開はそんなに進んでいなかったけど、どちらが来ても問題なく勝てそうだと思った。
どんな奴が来るかって少し緊張していたけど、それが分かってホッとした僕は、アマンダや他のメンバーたちと楽しく談笑した。
そうこうしているうちに、試合が終わった。
次はミーシャとアイツの試合だったからメンバーたちが少し緊張し始めているのが分かって、僕もホッとした気持ちを少し引き締めた。
「緊張してる?」
明らかにソワソワし始めたアマンダに、そう声をかけてみた。するとアマンダは恐る恐る「はい…」と言ったから、僕はアマンダの肩にポンと手を置いた。
「ボスのために緊張できるなんて、
やっぱりすごくいいパーティーだね。」
一匹狼の方がかっこいいと思ってパーティーを作らずに活動してる僕たちだけど、こうやって信頼関係を築けている姿を見ると羨ましく感じてしまう。かと言って自分もどこかに入ろうとか作ろうとか思うわけではないけど、純粋に思ったことを口に出してみると、アマンダは少し緊張を解いて笑ってくれた。
「お、入場だ。」
僕が必死でアマンダの気持ちを落ち着けようとしているのも知らず、またうるさくヘンテコが騒ぎ始めた。
「それではぁ~
ミーシャさんの入場でぇすっ!」
きっとミーシャは気が気じゃないだろうな。そう思って入口を見つめると、案の定少し硬い様子で出てきたミーシャはとても礼儀正しくみんなに深く礼をして、ファンサービスをしながらゆっくりと歩いてきた。
「すっごいな。」
僕やグレンの時もなかなか歓声がすごかったと思ってるけど、ミーシャへ送られる歓声と言ったらほとんど男のいかつい声だったから、ズンと重く心臓まで響く感覚がした。中には女の子の声ももちろん聞こえたけど、圧倒的に男の方が人数が多いってのがその低い声からよくわかった。
ミーシャは緊張はしていそうだったけど、盛り上がるファンに対してすごくにこやかに手を振っていた。それに合わせてファンがもっと興奮するもんだからしばらく声援は鳴りやまなくて、人気投票僕が1位って本当は嘘なんじゃないかとすら思った。
僕が激励も込めてミーシャに拍手をしていると、だんだんこちらの方に近づいてきた。それにつれて周りにいるパーティーのメンバーたちはより一層盛り上がって、ミーシャに「頑張れー!」とか「かわいいー!」とか言う声援を送っていた。
「ほら、お前も応援しろよ。」
まだ声を出さずに応援している僕に、シュウは言った。僕だって応援しているつもりだと思ってにらんでみたけど、シュウはそれを気にする様子もなくミーシャに向かって「頑張れー!」と叫んでいた。
確かにさっき、ミーシャは一生懸命叫んで僕を応援してくれた。
それにこたえるためにも僕も何か叫ぼうと思ったけど、すぐに言葉が浮かんでこなかった。
頑張れって、ミーシャはそんなこと言わなくても頑張るだろうし、
負けるなって、そんなこといったらプレッシャーだろうし…。
どうせ聞こえないんだから別になにを言っても同じなんだと思ったけど、色々と考えているうちに僕は言葉が出せなくなった。
するとそのとき、ふいにミーシャと目が合った気がした。
たくさんの観客の中に僕がポツンといるだけだけら、もしかしたら僕にすら気が付いていないのかもしれない。伝わらないかもしれないってわかってながらも、それでも目が合ったと思った瞬間、僕は片手で"グー"のサインを作って、口パクで「大丈夫」と言った。
頑張れよりも負けるなよりも、いつも謙遜しているミーシャにはその言葉が合っているように思えた。するとそれを見たミーシャは、こちらを見て大きくうなずいてくれた。
伝わってたんだ。それがなんだかうれしくなって、僕も同じようにうなずいて精いっぱいのエールを送った。
「お前ってホント罪だよな。」
「何が。」
シュウがまた僕のことを不審感たっぷりな目で見ていたけど、僕はそれをさほど気にすることもなくミーシャに激励の拍手を送り続けた。ミーシャは僕と違ってすんなりと位置に着いたけど、それでもしばらく歓声が鳴りやまなくて、見かねたヘンテコはそのままヴァルの紹介を始めてしまった。
「続きましてぇ~っ!
セヴァルディ選手でぇす!」
「「うぉおおおぉお―――――っ!」」
さっきまではミーシャの歓声で包まれていたはずなのに、ヘンテコがやつを紹介してすると、その声色は明らかに変わった。ミーシャと同じく低い声の歓声が上がっていたのは確かなんだけど、それは何となくすごく重くて濁っていて、少なくとも爽やかとは言えなかった。
ヴァルはどう考えても心地よくない歓声の中を心地よさそうに進んで、会場の空気は一気に邪悪になった。
僕ですらそれを感じていたんだから、下にいるミーシャへのプレッシャーは相当なものだろう。そう思ってミーシャを見てみると、目をつぶって胸に手を当てて、何かを考えているみたいだった。
集中、してる。
男の僕でさえもひるんでしまいそうなこの状況で、ミーシャはたくましく集中を高めていた。僕が偉そうに心配とかアドバイスとかしなくても、ミーシャはきっと大丈夫だ。
そう思いつつ、心の中で何度も"頑張れ"を繰り返さずにはいられなくて、僕はヒーローなんて呼ばれながらやっぱり弱い人間だなと思った。
「セヴァルディ選手も大人気でぇすね~っ!
注目の一戦になりそぉでぇす!」
どちらの声援かも分からない声が、会場中を埋め尽くした。
やっぱり収容人数も違うから歓声の大きさが違う。さっきは自分が戦っていたからちゃんと聞こえてなかったけど、冷静に聞くと鳥肌が立つ。
自分の次の試合まで少し時間があくってことをいいことに気持ちが完全にオフになってしまっていたけど、歓声を聞いたら身が引き締まる想いがした。
「それではいきまぁす~!
スターーーーーットッッ!!」
ヘンテコの気の抜けた合図と一緒に、試合開始の合図が鳴った。それと同時にヴァルの毒吐き攻撃が始まって、ミーシャはそれを必死で避けていた。
「キモいな。」
「うん。」
全くもって否定の余地がない。アイツはすごく気持ちが悪い。
口や手からひっきりなし出てくる毒は、紫みたいな緑みたいな、なんとも言えない色をしていて、とにかく一言でまとめるなら"キモい"が妥当だった。
ミーシャはとにかくそれをすばしっこく避けていて、どうか集中を切らさないでくれって僕は心の中で願った。
「お前、ミーシャちゃんにアドバイスした?」
「う~ん。したっちゃ、した。」
僕がミーシャにしたのは、たった3つのアドバイスだ。
しかもアドバイスもミーシャならとっくにわかってそうな内容ばっかりだったから、自信をもって「した」って言いきれない僕に、シュウは「なんだよそれ」って呆れて言った。
「正直、あいつの毒には対抗策が少ない。
ないと言ってもいいくらいだと思う。」
「だろうな。」
「だからあいつとの戦いは"耐久戦"になる。」
多分アイツの出す毒にも種類があるんだろうけど、いま口から吐いているやつは人だろうが岩だろうが溶かしてしまう。下手に近づけばそれだけで負けてしまう可能性もあるし、対抗策がほとんどない。
だからあいつに勝つには、あいつのMPをなくすしかないと思った。幸いにもミーシャの能力は逃げることも得意としているだろうから、とことん逃げてアイツのMPを消費するっていう耐久戦には優れていると思う。
だから僕がミーシャにした一つ目のアドバイスは、"とにかく逃げろ"だった。それは全くヒーローらしくないアドバイスだったけど、思いつくのはそれしかない。そう思って言うと、ミーシャも納得していたし、シュウも「なるほどな」って言ってたから、僕の考えはあながち間違ってないと思う。
「あとお前の失敗から学んだこと。
水には近づかないってことだな。」
まだまだ謎に包まれているアイツの能力だけど、シュウの戦いを見てアイツは溶けて水と一体化できるってことが分かった。ただ今まで地面とかに溶けている姿は見たことがないから多分溶けられるのは水だけだと仮定して、ミーシャにはそうアドバイスしておいた。
今のところ水気がないようだったから二つ目のアドバイスは必要なかったかもしれないけど、僕の作戦通りミーシャはとにかく逃げ回っていた。多分接近戦を得意とするミーシャに対して、これまで遠隔でしか人を倒したことがないヴァルは攻撃を与える事さえできれば怖くない。
とにかくアイツが弱るまで逃げ切ってくれと心の中で祈りながら、僕たちはしばらく言葉を発することもなく戦況を見続けた。
「やばいな。」
何分くらいその状態が続いただろうか。
ミーシャは致命傷は受けることなくうまく逃げ切っていたけど、ところどころやられているようだったし、これ以上同じ状況が続くのであればミーシャのMPが危ういなと思った。
思ったよりヴァルのMPが消費されないことを心配しつつ、僕は手に汗握りながら二人の戦いを見つめた。
「なんかアイツの毒、量減ってない?」
その時、同じように言葉を発しず試合を見ていたシュウが言った。
その言葉に反応してヤツの出す毒をみてみると、確かになんだか少し色も変わっているような気がした。
「確かに。」
ヤツのMPが、確実に消費されていることが分かった。
遠くで見ている僕たちにもわかったんだから、きっとミーシャにも分かっているだろう。僕はさっきよりも祈る気持ちを強くして、「もう少しだ」って心の中で何度もミーシャを応援した。
「え…っ!」
その時、逃げ続けていたミーシャの姿が消えた。
それはヤツのMPが減ってきたことを察したミーシャが、最終攻撃を仕掛けるっていうことを意味していた。
「ちょい早くないか…。」
思わず心の声を口にすると、シュウやアマンダが僕の方を見た。
「ミーシャの空間把握の能力、
ある程度の範囲まで広げて把握できるんだろうけど
あれってすごいMP使うんでしょ。」
サバイバル戦の時、ミーシャは見えない罠をうまく避けながら上へと進んでいた。それは多分ある程度の空間にある見えないものを把握できる能力があるってことなんだろうけど、それだけの範囲を調べようとするとMPを消費してしまうってのは確かだった。僕が言った言葉にアマンダは静かにうなずいたから、僕は「やっぱり」と言った。
「ずっとあれが使えれば、
アイツの毒を避けて前に進めるんだろうけど
使える時間が限られてるんだとしたら
使うのは最後の最後だよってアドバイスしたんだ。」
MPを極限まで消費させて、そして接近戦で仕留める。アイツの倒し方はとてもシンプルなんだけど、そもそも接近戦にもっていくってのが最難関だ。安全に近づくためにミーシャの把握能力はとても使えるものなんだろうけど、でもそれでミーシャのMPが消費されてしまってはいざという時の対処も出来ない。
だから最終局面でってアドバイスをしたのは確かだったけど、今が最終局面だって判断するにはまだ少し早い気もした。でももうアドバイスができない僕はただただうまくいくように願うしかなくて、とにかく集中して状況を見守った。
「ミーシャさんだっっ!」
ミーシャが消えて静まり返った会場に、ケンの声が響き渡った。
突然ヴァルの目の前に現れたミーシャは、そのままヤツの頭に回し蹴りを加えて、あいつは強く地面にたたきつけられた。
「「わぁぁぁああああああ!!!!」」
ヴァルの大きいからだが地面にたたきつけられる音が聞こえると同時に、会場が一気に盛り上がった。今までのやられたふりとかそういうんじゃなくて、本当にヤツが地面にたたきつけられているのが僕にもよくわかって、まだ試合も終わってないのに思わずガッツポーズをしてしまった。
それでも試合終了の合図が鳴らないってことは、まだヤツがやられてないってことだった。まだ会場が盛り上がっているうちにヤツは倒れた体をゆっくりと起こして、口から垂れた血を手で乱暴にぬぐった。
「なんか…。」
「やばい雰囲気だな…。」
ミーシャが優勢なはずなのに、起き上がったヤツの様子を見て僕とシュウがシンクロするみたいに言った。ヤツはどう見ても怒り心頭っていう様子でミーシャをにらんでいて、もう何をしでかすのか僕にも一切予想がつかなかった。
緊迫した状況を見つめていると、ヴァルがミーシャに何かを言うのが見えた。そしてその次の瞬間にはあっという間にヤツの姿は元の場所から消えていて、次姿を現したときにはミーシャの足を思いっきり引っ張って、さっきされたみたいにミーシャを地面にたたきつけた。
「きゃあっ!!」
モニターからミーシャの叫び声が聞こえた。
それに反応してミーシャのファンたちがブーイングをしていたけど、逆にヴァルのファンたちは大きな歓声を上げ始めた。
「あんな早く動けるのか…。」
今までは接近戦なんて見たことがなかったから、あんなに早く動けるってのは予想外でしかなかった。ヴァルはそのまま倒れているミーシャを上から覗き込んで、見たこともない透明な毒を吐いた。
「なんだっあれっっ!!」
ヴァルの吐いた汚い毒で、見る見るうちにミーシャの、
―――服だけが溶けていくのが見えた。
そしてミーシャが必死で体を隠しながら服を着替える魔法を使おうとすると、ヴァルはそんなミーシャのお腹を思いっきり蹴り上げた。
「ぐっっ。」
お腹を蹴り上げたせいで声がうまく出せなくなったミーシャは、それ以上動かなくなった。そしてしばらくするとミーシャの負けを表すアナウンスが、無情にも会場に響き渡った。
「ひ、ひどい…。」
そのひどすぎる光景を見たアマンダが泣きながらそう言った。
ひどすぎる。
女の子の服だけを意図的に溶かす魔法を使って、戦う意思のない相手に暴力をふるうなんて。
会場中にはヴァルの勝利を喜ぶ声と非難する声が飛び交っていたけど、怒りのせいか僕にはその声がうまく耳まで届いてこなかった。
そしてその光景を見つめているうちについに我慢が出来なくなった僕の手が、無意識にアマンダの手をもって、ミーシャに向かって飛び出していた。一か八かだったけど試合が終わっていたおかげか、魔法は使うことが出来るようだった。
そんなことを冷静に考える余裕もない僕は、とにかく僕の出せる一番のスピードで倒れているミーシャのもとへと向かった。
「おおっっとぉおお!
ここでヒーロー・アレックスが乱入だぁああ!」
なにやらヘンテコが騒いでいるようだったけど、その声も僕には雑音みたいにしか聞こえなかった。とにかく腹が立っていた僕はヴァルから目を離すことなく思いっきりにらんで、自分が着ていたローブを脱いだ。
「アマンダ、これ。」
僕はそれをアマンダに手渡して、ミーシャに着せるように言った。近くで見るとミーシャは小刻みに震えていて、痛さとかより怖さがきっと勝ってるんだろうなってのが分かった。
そんなミーシャを見て、僕の怒りはさらに高まった。
卑怯で屈辱的な方法で相手を負かすこいつのゲームマンシップのなさに、心の底から嫌悪感が込み上げてきた。
「情けないな、お前。」
卑怯な勝ち方して成り上がってきて、本当に情けない。
嫌悪感と同時にそんな風にしか楽しめないことへどこか同情している自分もいた。
「お~お~相変わらず優しいねぇ、
ヒーローは。」
僕の挑発に乗ることもなく、ヴァルは言った。
でも正直そんなことはどうでもよくて、少しでも早くミーシャをここから出してあげたかった。
「もういいよお前。話す価値もないし。」
これ以上話しても、何も響くことなんてない。
そう判断した僕は会話を強制的に終了して、出来るだけミーシャにアイツの姿を見せないように壁になりながら出口へと向かった。
「またな、ヒーロー。」
そんな僕の背中に、ヴァルは汚い声でそう言った。
僕はその声にもう反応もすることはなかったけど、込みあがってくる怒りをおさめることもしなかった。
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