第8-1話 本当の彼―美玖莉


それから私たちは、一緒に闘技場まで向かった。

その間していた何気ないおしゃべりも内容が入ってこないくらいにはドキドキしていたけど、本当は先に試合をするアレックスの方がドキドキてるはずだ。


でもそんなそぶりも見せることなく「じゃ、行ってくるね」なんてさっぱり言ってしまう彼は、やっぱりとてもかっこいい。


私は「頑張って」と出来るだけさっぱり言って彼の背中を見送って、アマンダが取ってくれたっていう最前列の席に向かうことにした。



「あ、ミーシャ。」



闘技場まで歩いている途中で、帰ってきたシュウ君が声をかけてくれた。ゲームオーバーになったからっていって本当に死ぬわけではないけど、姿が見えなくなったってことをそれなりに心配していた私は、少しホッとしながら挨拶を返した。



「アマンダが席取ってくれてるから

よかったら一緒にどう?」

「いいの?ありがとう。」



シュウ君のことはこんなに自然と誘うことが出来る。アレックスと話す時はいつもいっぱいいっぱいになって何もできなくなってしまう自分を反省しながら会場に入ると、さっきとは比べ物にならないくらい人がいる事に驚いた。



「すごい…。」

「ミーシャは去年も来たんでしょ?」

「うん…。」



去年私はベスト8という結果だった。

だからこの闘技場に来るのだって試合をするのだって初めてではないけど、やっぱりこんなに大人数が集まって自分のことを見ているって考えただけで緊張する。


そんな私の気持ちを汲み取ったのか、シュウ君は「まあでも緊張するわな」って付け足してくれた。フォローくれたにもかかわらずその場で足がすくんでしまいそうになりながらも、私はアマンダがいるって連絡をくれた席の方に向かって歩いた。



「ミーシャ、こっち!」



アマンダは最前列の中でも一番見やすいところで席を取ってくれていた。周りにはアマンダだけじゃなくてパーティーのメンバーもたくさん集まってくれていて、ここでみんな見ててくれるっていう事が分かっただけで少しホッとした。



「シュウさん。お疲れ様です。」

「ありがとう。」



アマンダは何度か一緒にクエストに行っていたからシュウ君になれているみたいだったけど、何人かのメンバーはシュウ君が近くにいるってだけで興奮しているみたいだった。


「こんないい席、俺が座っちゃっていいの?」

「もちろんですっ!」


いつもアレックスの陰に隠れてて目立たない様にしてるみたいだけど、シュウ君も相当人気がある。それを本人は全く自覚していない様子で謙虚に「なんかごめんね」と言って、遠慮して端っこの席に座った。



「ミーシャ、ごめんね。」

「え?」

「3回戦、上がれなくて。」



私が3回戦で当たるねなんて言ったから、かえって気を使わせただろうか。

本当は励ましたつもりだったのに"ごめん"なんていわれたことが申し訳なくなって、私はブンブンと首を振った。



「頼んだよ。」

「う、うん…。」



任せてと言いたいところだったけど、全く自信がない私の口からは頼りない返事しかでてこなかった。シュウ君はそんな私の様子を見て心配そうにフッと笑って、励ますみたいにして肩をポンと叩いてくれた。



「さぁ~みなさんっ!

おぉまたせしましぃた~!

僕、ザックですよぉ~!」



それからも何気ない会話をしているうちに、ザックが賑やかな音楽と一緒に登場した。会場はそれですごく盛り上がっていたけど、大きな音と歓声で自分の試合でもないのに私のドキドキも加速したように思えた。



「早速選手入場と参りまぁす~っ!

最初に登場するのはぁ~~~~

初戦では15位と苦戦するもぉ

ヒーローらしいかっこいい活躍で注目を集めたぁ~

アレックスさんでぇす!」



私の周りでもパーティーのメンバーたちはすごく盛り上がっていたけど、自分の試合でもないのに緊張してしまっている私の耳には、ザックの声もメンバーの声もうまく入ってこなかった。


でも大きな歓声とともにみんなに手を振りながら現れたアレックスの姿を見た瞬間、どこかに消えていた私の意識が一気に彼に集中するのが自分でもわかった。


こんなにたくさんの人数と歓声の中、アレックスはとても堂々とみんなに手を振っていた。会場中からは女の子たちの黄色い声援が上がっていて、私ってこんなにライバル多いのかって、関係のないことを考えてしまった。



「頑張れーーーっ!」




ライバルたちに負けるわけにはいかない。

届きはずはないってわかってながらも、私は今出せる一番大きな声を出してアレックを応援した。私の声は当然聞こえる事もなくどこかへ消えていったけど、それでも私は叫ぶのをやめなかった。



がんばれ。

負けないで。



アレックスは強いし私の応援なんか届いても届かなくても結果は同じだ。


でも私に今できる事はこれくらいだって思って叫び続けていたら、アレックスがこちらの方を見た気がした。彼は会場に入ってからみんなに目線が届くように全体を見渡しながら手を振っていたのは分かっていたから、それは目が合った気がしているだけかもしれない。


たぶんこれってアーティストのコンサートに行ってファンの子たちが、"目が合った"って言っているのと同じことだなって思った時、アレックスがこちらに向かって指をさした。



「え…。」



もしかして、届いた?


私たちがここにいるってことに気が付いたとしても、応援の声が届いているわけはない。でもこんなたくさんのファンの中で私の存在に気が付いてくれたってことが嬉しくて、私の胸は一気にドキッと高鳴った。




「ミーシャ、目がハートになってるよ。」



しばらく彼にくぎ付けになっている私に、シュウ君はニヤニヤしながらそう言った。



やっぱり全部バレてる。

隠してももうバレてるなら無駄だって思った私は、観念して「やめてよ」と言った。



「ごめんごめん、かわいくて。」

「もうっ。」



私がわざとらしくふくれっ面をすると、シュウ君はクスクスと笑った。それを見てアマンダまで笑い出したから、緊張感のない二人に私は出来る限りの不機嫌な顔をしてみせた。



「続きましてぇ~!

そんなヒーローと対戦するのぉは~

同じく人気爆発中のグレンさんでぇす!」



私が二人に思いっきりからかわれている間に、アレックスの対戦相手であるグレンさんが入場してきた。アレックスよりも女性人気が高いっていうグレンさんだけあって、入場しただけで会場中が女の子の甲高い声で満たされた。


さっきまでアレックスムードだったはずの会場が一気にグレンさんムードになり始めたことを心配してアレックスの方を見たけど、アレックスはとても落ち着いた様子で拍手をしながらグレンさんを迎えていた。



余裕そうな彼には必要ないのかもしれないけど、それでも私は両手を固く握って祈った。



悔いのない試合になりますように。

アレックスが勝てますように。



サバイバル戦の時優しくしてくれたグレンさんには申し訳ないけど、私はアレックスの一番のファンだ。だから試合開始の合図が鳴るまで必死に彼の勝利を祈って、その時を静かに待った。



「準決勝で人気ナンバーワンの対決に

なるんじゃないでしょぉか~っ!

注目でぇすね~!」



ザックがそう言ったと同時くらいに、アレックスが深く息を吐いたのが見えた。背中を向けていたから分からなかったけどグレンさんもとても落ち着いているように見えて、やっぱり上位の人たちは違うなって試合前から緊張しすぎている自分のことが恥ずかしくなった。




「それではいきまぁす~!」



私が何を考えていようが、試合は始まる。

ザックが高らかにそう言った後会場の空気も少しピリッとして、みんな試合開始の合図を待っていた。



「準々決勝1回戦っ!

アレックスVSグレン、スタートでぇす!」



ザックのセリフと同時に試合開始の合図が鳴った直後、グレンさんの姿が消えた。



「うっそ…。」



さっきまでの試合とのレベルに驚きつつ私が目を凝らしていると、アレックスは盾を出して勢いよく振り返った。そして何が何だか分からないうちに、その盾に炎の剣を向けているグレンさんの姿がそこにあった。



「レベル違いすぎるでしょ…。」

「うん…。」



私とアマンダは思わず言葉を失って、やっとの想いで会話をした。

それは会場の人たちも同じみたいでみんな一瞬ウソみたいに静まり返ったけど、そのあとアレックスとグレンさんが激しく戦い始めたと同時くらいに「わぁーー!」っと歓声を上げて、一気に盛り上がった。



二人はそれから目にも止まらない速さで動き始めた。

私は自分が試合をしているわけでもないのに、息をするのをわすれるくらい真剣に試合を見つめ続けた。



「シュウさん、一つ聞いていいですか?」



そんなとき、アマンダがシュウ君にそう言ったのが何となく耳に入ってきた。その後シュウ君はアマンダに「ため口でいいよ」とか言っていたけど、私はそこまで気に留めることもなく真剣にアレックスの試合を見続けた。



「シュウさんとアレックスさんって、

リアルでも友達なの?」

「ちょっと、アマンダっ!」



真剣に見ていたはずなのにアマンダがサラッとそんなことを聞くもんだから、私は思わずそれを止めた。するとシュウ君は私の顔がよっぽど変だったのか、私を見て笑った。



「そうだよ、幼馴染なんだ。」



もしかして話したくないかもしれないって思ってたのに、シュウ君はさらっと教えてくれた。よっぽど仲がいいからきっとリアルでも友達なんだろうなって思ってたけど、まさか幼馴染とは。

幼馴染って聞くといつも二人が一緒なのにも、妙に納得がいった。



「アレックスって、どんな人なの?」

「ねぇ、アマンダそれ以上は…。」



こわくて何も聞けない私の代わりに、アマンダが質問してくれていた。




「ミーシャはどう思う?」



そしてそれを聞いて、シュウ君はいじめっ子みたいな顔をして言った。



「私は…。」



今まで本当の彼のことを知るのが怖くて、想像すらしてこなかった。



アレックスはいくつなんだろう。

どこに住んでいて、何をしているんだろう。



知りたい気持ちとこのままでいたいって気持ちが戦って、私はすぐに答えが出せずにいた。そしてその時しばらく目を離してしまっていた会場の方を見つめると、アレックスがグレンさんが出した"火の玉"みたいなものを、野球みたいにバットで打ちあげる姿が目に入った。



アレックスが打ち上げた火の玉は観客よりずっとはるか上空に上がっていって、まるで花火みたいに破裂した。それと同時に熱風が飛んできて怒っている人もいたけど、私の頭の中はそれどころじゃなかった。



私はアレックスを見た目のままに、同じくらいの年か少し上くらいの男の子だとどこかで思っている。



でも彼が例えば女の子だったら?例えばお父さんと同じくらいのおじさんだったら…。



うまく想像は出来なかったけど、でもそれと同時にアレックスが今まで言ってくれたこととか、してくれたことが思い出された。



優しくて、とても謙虚なところ。

聞くだけで安心できる、低くて落ち着いた声。

正々堂々と戦っている、正義にあふれたかっこいい姿。



私が好きになったのはアレックスの"アイコン"ではなくて、中身なんだ。

こないだ読んだあの小説のように、火星人の姿になろうが地球人であろうが、見た目がどんな風になっても好きなものは好きだ。



今まで向き合わずにいたことに向き合ってみたら、自分の気持ちがやっとはっきりした。



「シュウ君、私はね…っ」

「危ないっ!」



どんなアレックスでもすき。



そう言おうとしたとき、シュウ君がいきなり立ち上がって言った。それに驚いてフィールドの方を見ると、グレンさんが放ったであろう火の玉がこちらに向かっているのが分かった。



客席にいる私たちには、魔法が使えなくなっている。

このまま攻撃を受けてもダメージを受けることもないからそのままにしておけばいいんだろうけど、怖がった何人かは逃げ出そうとしていた。



人間には反射神経ってものが備わってるから仕方ない。



私が妙にその光景を冷静に分析していると、今度は下の方からアレックスが必死な顔をしてこちらに向かってくるのがスローで見えた。



あ、前クエスト行った時もこんなことあったな。



そう思っているうちにアレックスはその火の玉に体ごと向かって行って、そのまま自分の体にぶつけて火の玉を止めた。



「アレックスっ!」



私たちのことなんて守る必要がないのに、戦闘中でダメージをしっかりと受けてしまうアレックスが、丸焦げになりながら私たちを守ってくれた。全身真っ黒になっていたから決してかっこいい姿じゃないのかもしれないけど、私にはそれがキラキラと輝いて見えた。




「おおっっと!危ない!

気を付けてくださいねぇ、みなさぁん。」




そこでようやくそう言ったザックを、アレックスがにらんだ。




「ほんとごめんっ!

大丈夫だった?」



その時グレンさんがアレックスに向けてそう言ったから事故だったんだろうけど、そういうのは運営側が阻止してくれなくちゃ。私もアレックスに続いてザックをじろっとにらんで、心の中で思いっきり文句を言った。



「あいつ、ほんとかっこいいよな。」



そんな私に、シュウ君が言った。

言葉に反応してシュウ君の方を見たら、またニヤニヤした顔をしていたから、心の中を読まれてしまったことが一気に恥ずかしくなった。



「ここでペナ受けたくないし詳しくは言わないけど…。」



ゲーム内ではセキュリティを守るために、自分の現実の情報を言った瞬間に強制シャットダウンされるっていう"ペナルティ機能"がある。

住所とか学校とかの団体の固有名称とか電話番号を言う行為を発見された瞬間にペナルティを受けて、それを3回繰り返すとそのゲームではログインができなくなってしまう。


私に何かを話したせいでシュウ君にペナルティを受けさせたくもないってのもあるけど、詳しく言えないってことにひとまず安心している自分もいた。

自分の感情がよく分からなくなって不安な顔で次の言葉を待っていると、シュウ君はその気持ちまで汲み取ったのか優しくにっこりと笑った。



「少なくともヤツは男だし、

おっさんでもないよ。」



男の子、なんだ…。


それを聞けてどこか安心してしまった自分は、薄情なんだろうか。

火の玉が飛んできたとかアレックスが守ってくれたとか、今起こっている何よりもそれに安心している自分がいて、どんなアレックスでも好きなんて思っていたはずなのにそんな自分が少し嫌になった。



「ま、とりあえず今は応援だね。」

「うん。」



良かったって気持ちと、自分は嫌なやつだって気持ちをどちらも抱えて不安定になりながら、私は邪念を振り払うためにも試合に集中することにした。


しばらく目線を外していたけど、その間もさっきと同じようにアレックスとグレンさんは戦いあっていて、でもどこかアレックスが押されているようにも見えた。



「ずっとグレンさんの方が優勢に見える…。」



アマンダがそうつぶやいたから、みんな同じように見えているんだと思う。でもなんとなく単純に押されているようにはどうしても見えなくて、私は目を凝らして二人を見た。



「罪なやつ。」



そんな時、シュウ君がポツリと言った。

驚いてそちらを見た後、何が?と思ってすぐに試合に目線を戻すと、グレンさんの炎の剣が膨れ上がってどんどんと膨張しているように見えた。



「危ないっ!」



そう思った次の瞬間には、会場で大爆発が起きた。

爆発と一緒に砂ぼこりが一気に舞って、二人がどうしているのか全く見えなくなってしまった。



「何がおこったんだぁあああ~!」



本当に何が起こったか分からなかったけど、グレンさんの攻撃をまともに受けていたんだとしたら、さっきのダメージもあるしアレックスはきっと負けてる。


もう勝ったも同然って感じでグレンさんのファンの女の子たちは騒ぎ始めていて、まだ分からないのにって私は何も見えなくなった砂ぼこりの中を見て祈り続けた。



アレックス、どうか無事でいて…。



しばらくすると砂ぼこりがだいぶ晴れてきて、一人は地面に倒れていて、一人は立っているシルエットが浮かんできた。



やっぱりどちらかは負けている。

それが分かったと同時にまた会場の"グレンガールズ"が騒ぎ始めたから、私は生粋のアレックスガールとして両手を合わせて祈った。



お願い、お願い…っ



「おぉっと!

やぁっと姿が見えてきまぁしたぁ~~!」



ザックがそう言った後、会場はしばらく静かになった。

どんどん晴れていく砂ぼこりをじっと見ていると、そこに立っているのはどう見ても見慣れたシルエットだった。



「アレックス…。」



それを見て誰よりも先に泣きそうになった。何が起こったか全くわからないけど、勝ったのは紛れもなく、彼の方だ。



「なぁんとぉ!

立っているのはぁーーーーー!



アレックスだぁああああああああああああ!!」



立っているのが誰かを私が認識してすぐ、ザックがそう言った。その叫び声と一緒に、アレックスはこぶしを力強く突き上げた。



「やった…っ。」



たくましく片手を突き上げる背中が、たくましかった。

まぶしくて、まぶしすぎて見えなくて、やっぱり彼はすごい人だって再確認した。



「なんてことだぁああ!

何が起こったのか全くわかりませぇん!

でも立っているのは確かに

アレックスだぁあああーーーー!」



「「うぉおおおおお~~~~!!」」



まさかアレックスが勝っているって思っていなかった会場は、今日一番の盛り上がりを見せていた。私もそれに合わせてアマンダと全力で喜びを表現して、心の中で何度も「すごい」を繰り返した。



「かっこいいっ!

ほんとすごい!」

「ね、やばいっ!」



私たちの興奮は全く冷めやらぬ気配がなかったのに、アレックスは盛り上がる空気の中あっさりと出口に向かって行った。そして出口で振り返ると礼儀正しくキレイに礼をして、そのまま颯爽と去って行った。



「なんてかっこいいんだぁ!

アレックスはヒーロー中のヒーローだぁああ!」



彼は本当に、誰しもが認めるヒーローだ。

強いってだけじゃなくて、礼儀正しくて正義感もあって、とにかくかっこいい。


本当の彼のこと、私は男の子だって事しかわかってないけど、でも中身はよく知ってる。



やっぱり大好きだ。



私はもうすぐ自分の試合が始まるってことも忘れて、しばらくパーティーのメンバーたちとアレックスの勝利を喜び合った。

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