第6-1話 初戦―晶斗
スタートの合図が聞こえて、たくさんのプレイヤーが我先にと飛び出した。僕も思わずそれにつられそうになったけど、最初は少し様子を見ることにしていた。
予想通り、スタート地点を超えると飛行系の魔法でショートカットしようとする輩がほとんどだった。上の方にあるゴールに向けて進むっていうのであれば、空を飛べば早いってのは誰が考えてもあきらかな事だ。
でも1年に1回の
正直疑心暗鬼だった僕が最初に飛び出した組を見つめていると、飛行系の魔法を使ったやつらは次々と"何か"に阻まれて下に落ちて行った。
「やっぱりな…。」
何があるか目には見えなかったけど、コースのいたるところには空中にも障害がちりばめられているようだった。
「あ~みなさん、言い忘れましぃた!
空中にもたくさんの仕掛けがあるので
ご注意くださいねぇ~!」
絶対わざとだろ。
僕はヘンテコをにらみつつそう思ったけど、いつまでもスタートしないわけにはいな
ないと思って、恐る恐るコースを踏みしめた。先に進んでいる奴らをみると、ヘンテコが言った通りコースは相当ぬるぬるとしているみたいで、ある程度すすんでもどんどんスタート地点まで戻ってきてしまっていた。
「どうしたもんかな…。」
必死で考えをめぐらして少しずつでも前に進んでいると、下から何か音が聞こえ始めた。
「あっ!みなさぁん!
もう一つ言い忘れてまぁしたぁ!」
それと同時に、ヘンテコがまたわざとらしく言った。
マジでふざけんなよ。
そう思いながら音のする方を見てみると、スタート地点が何かの"液体"で満たされて見えなくなっていた。
「このコース、しばらくすると
ぬるぬるがしたからあがってくるように
なってまぁす!
そのぬるぬるでおぼれてしまってもアウト!なので
ご注意をぉ~~。」
なるほど、それで"サバイバル"ね。
本当は様子を見つつ途中まで様子をみながらゆっくり上がろうと思っていたけど、そういうわけにはいかなくなった。かといって早く進んでしまえば罠にはまってすぐにでも脱落になりそうだったから、僕はのぼりながら必死で考えをめぐらせてみた。
サバイバルなんだからさっさと作戦を考えて早く前に進まなきゃいけないはずなのに、そんなときになってなぜか妹が外で遊んでいる姿が頭に浮かんできた。
なんでこんな時に…。
いつも僕の邪魔しかしない妹が、頭の中でも僕の邪魔をし始めた。
妹と僕は10個年が離れているから、小さい頃はとてもかわいかった。でも大きくなるにつれて生意気になり始めて、最近では本当に邪魔しかしない。
せめてゲームしてる時くらい我慢してくれ。
必死にかき消そうとしてみると、その時頭の中の妹がローラースケートをしているのが見えた。
それだ!
僕は人生で初めてってくらい妹にありがとうを頭の中で言いながら、足元に集中した。そして足元に風邪の魔法を集約させていくつかタイヤみたいなものを作るイメージで、"風のローラースケート"を作ってみた。
風の魔法を使ったことは何度もあるけど、そんなことをやったことはない。やったことをないことをやってみたところで最初はうまくいくはずもなく、タイヤが綺麗な丸にならなくて何度もこけた。試行錯誤しているうちに気が付けばもうほぼ最下位まで順位は落ちていて、ぬるぬるの海ももうすぐそこまで迫っていた。
「おい、情けねぇな!」
「何がヒーローだよ。」
落ちていく僕を見て、何人かに馬鹿にされた。
確かに情けない。かっこいいとは程遠い姿で落ちていく僕は、客観的に見てもめちゃくちゃ情けない。
やっばいな、さすがに。
それでも僕はローラースケート作戦を辞めず、こけながら何度も続けてみた。するとだんだんタイヤを作るのが上手になってきて、ぬるぬるを活かしてスイスイ前に進めるようになってきた。
「よし。」
いける。
僕は今まで僕を抜かしてきたやつらを軽々と抜かして、得意げな顔で振り返ってみた。
「くそぉおおお!」
スイスイとぬるぬるの道を進んでいく僕を見て、何人かローラースケート作戦を真似しようとしていたヤツがいた。でも僕が苦戦したように真似しようとしたヤツらも"風のタイヤ"を作るのに苦労して、そのまま下に落ちていっているヤツもいた。
「ざまあみろ!」
僕はヒーローらしからぬセリフを吐きながら、文字通りスイスイ前に進んだ。するとその途中でたくさんのプレイヤーがたまっている場所が見えた。
「今度はなんだ。」
その場所まで追いついてのぞいてみると、そこは中継地点だった。一応セーブポイントみたいなものが用意されていることに安心しつつ次のコースを見上げると、今まではただの坂道だったはずのコースは、中継地点を境にランニングマシーンが横になったみたいに左右に動くコースに変わっていた。
しかもそのコースは途中でボールみたいなものが上から落ちてくるみたいで、苦戦したプレイヤーがどうするのか迷っている様子だった。
「なるほどな。」
せっかく苦労して編み出したローラースケート作戦も、あまり効果を発揮しなさそうだった。
また作戦を考えなきゃな。骨が折れるなと思いつつ上の方を見上げると、ずいぶん先を行っているミーシャの姿が見えた。
すっっげぇ。
考えてみればミーシャの能力って、この競技にめちゃくちゃピッタリじゃんか。
連れて行ってもらえばよかったかなと、またヒーローらしからぬことを考えそうになった。でもそんなことを考えていても先には進めないことだけは分かったから、何とか頭を切り替えて次どうするべきなのかを考えることにした。
その時僕の横にいたプレイヤーが、そのコースに向かって飛行魔法を使った。
だからダメだって言ってんじゃん。
そう思っていたけど、そのプレイヤーは空中にクモの巣みたいに張り巡らされた障害をいくつか突破して、しばらく行ったところでついに落とされてまた中継地点へともどされていた。
僕はそのプレイヤーを見て、ある程度の力で突破すればいけるんじゃないかという仮説を立てた。
地道に登っていくのが一番いいのかもしれないけど、僕はヒーローだ。
初戦だからと言って32位ギリギリでゴールなんて情けないことをしている場合ではない。
そう考えて次は新たに、"ロケット作戦"というものを頭の中で組み立てた。
「
まず僕は、重力の魔法を自分自身にかけた。体が一気に重くなってそのまま下の方に転げ落ちてしまいそうになったけど、足にグッと力を入れて何とかそれをこらえた。
「
そしてそのまま風の魔法を今度は体全体にかけて、トップスピードでそのコースを次の中継地点に向かって飛んでみた。
頭の中でイメージしたのは、片手を前に突き出して空を飛んでいくヒーローの姿。さすがにそれをするのは恥ずかしかったし、風の抵抗が増しそうな気がしたから、気を付けの姿勢でなるべく自分がロケットになったイメージで前に進んだ。
すると予想通りぬるぬるのクモの巣はその衝撃に耐えられず一瞬崩れて、僕はあっという間に中継地点へとたどり着いた。
いかすな、この作戦。
スーパーマンみたいで。
僕の様子を見て何人かこの作戦を真似しようとしていたけど、みんな真似できずクモの巣にかかっていた。
ハッハッハッ
作戦が分かっても使いこなせなくては意味がないんだよ、君たち。
スーパーマンになったつもりで得意げにそう思ったけど、まだ先にはたくさんのプレイヤーがいたから、よく考えてみたら全然かっこよくない。僕はまた気を取り直して、その上のコースをじっくり見てみた。
次のゾーンはぬるぬるのポールを進んでいくっていうもので、ここもスーパーマン作戦で進めばいいのかもしれないけど、ここの障害物もある程度の衝撃で通過できるっていう保証はなかった。
とはいえ空中を進んでいるプレイヤーはいなかったから、やってみるしかそれを確かめる方法はない。
ん~しょうがない。
やってみるか。
僕はさっきと同じように、スーパーマンになったつもりでロケット作戦をしてみた。
お、行けそうだ。
さっきより通過しにくいところはあったものの、順調にここもスーパーマン作戦が通用しそうだった。よかったと少しほっとしつつ下の方を見てみると、控室でミーシャに絡んできたアイツが必死で登っているのが見えた。
ざまーみろ。ハハッ
さっきまで怖がっていたはずなのに、距離があることをいいことに思いっきり馬鹿にした顔をして見下ろすと、そいつも僕に気づいて何か大声で叫んでいた。
「聞こえない聞こえない。」
この作戦をしている間は突風の中にいるってこともあって、周りの音がほとんど聞こえない。聞こえたらまた怖くなっていたかもしれないけど、何も聞こえなくてよかったと内心ホッとしていると、突風以外の何かの音が聞こえ始めた。
え、なに?
音のする方を見てみると、下の方でやつが手を伸ばしているのが見えた。そしてそのん手からは何か糸みたいなものが出ていて、気が付いたころにはそれは僕の体に引っ付いた。
「なんだこれっ!
うわぁっ!」
僕の体にくっついたそれを、奴がおもいっきり引っ張った。
そのせいでバランスを崩した僕の体は、一気にポールの下のぬるぬるの滑り台へと落ちて行った。
「お返しだ!」
そいつの能力っぽいその糸みたいなものは、なんだかねばねばとしていてとりあえず気持ち悪かった。体にまとわりついたそれを取ろうともがいていると、そのまま滑り台で滑って下まで落ちてしまいそうだったから、僕はそのねばねばがやつの手から離れる前に一気に引っ張ってみた。
「お前っ!!」
やつはとても怒っていたけど、僕からしたらよく上位者になれたなってくらい単純なミスで、全く自分の脳力が使いこなせてないなと思った。とはいえ僕も滑っている状態からはなかなか脱出できそうになかったけど、せめてこいつを道連れにしてやろうと、そのねばねば伝いに電気の魔法を使った。
「ひぃいいい!」
相当ビリビリしたらしいヤツは、そのまま力なく下の方に落ち始めた。
このままでは本当に僕が巻き添えを食らってしまうことになる。必死でポールにつかまった僕は、流れていくヤツの姿をしばらく見送った。
「ミーシャにもう近づくなよ。
ついでに僕にも近づかないでくれ。」
ヤツが海に沈んでいくのを見届けた後、風の魔法を使ってなんとかそのねばねばを断ち切った僕は、ポールに乗ったままこの後どうしようか考えた。足場が悪すぎてロケット作戦を使うための重力はかけられそうもない。当然ローラースケート作戦も、ポールの上では逆効果になってしまう。
ポールが結構回ってるのが厄介だよな…。
何とかつかまりながら前に進んではいたものの、目が回るほどポールが回るもんだから、それだけでも参ってしまいそうだった。それでも必死に食らいつきながら作戦を考えていると、ポールが回りながら少し風を巻き起こしているのが分かった。
これだ。
僕はポールにつかまったままの情けない体制で、自分の体に風をまとわりつかせた。そしてぐるぐると回るポールの回転に合わせて風を起こして、そのまま波に乗って上の方まで上昇しはじめた。
「う、うわぁあああ!」
まるで竜巻に巻き込まれたみたいに、僕はぐるぐると回っていた。正直目が回って何が何だか分からなくなっていたけど、上の方に上がっていそうだってことは確かだった。
途中で止めたら一気に落ちてしまうってのは分かっていたから、僕はそんなかっこ悪い状態のままポールゾーンの一番上まで上昇していった。
ドンッ!
「いっっって!」
そして一番上にある中継地点の壁に激突したところで、ようやく勢いを止めることが出来た。勢いが止まったし下に床があることはわかったけど、僕の目はぐるぐると回っていて何がなんだか全く分からなかった。
「何やってんだお前。」
まだ目が回って状況が読み込めない僕の顔を覗き込んだのは、シュウだった。シュウは僕とは違って余裕って顔で中継地点に立っていて、どう見てもシュウの方がよっぽどヒーローっぽかった。
「お、おっす。」
「情けねぇな、俺より遅かったのか。」
「うっるせぇ。」
竜巻作戦でようやくトップ争いの手前までコマを進めてきたけど、見上げるとまだまだ先の方にミーシャの姿があった。
訓練なんて、してあげてる場合じゃなかったかな。
無意識に最低なことを考えたけど、今はそれどころではなかった。目の前を見つめると今度は風車みたいなものがぐるぐる回っているコースが出現して、どうやらその巨大な羽をいくつもよけながら前に進まなくてはいけないみたいだった。
「はぁ。」
「ため息つくなよ。」
こんなコースじゃ今まで考えてきた作戦も全部通用しなくて、また一から作戦を構築しなくてはいけなかった。シュウに本気でにらまれたけど、ため息だってつきたくなる。
「お前はどうするか考えたのかよ。」
「考えたとしても教えないからな。」
そう言ったシュウも、まだスタートしていないという事は作戦が浮かんでいない証拠だった。僕たちがあれこれ考えているうちに地道に挑戦チームはもう先へ出発し始めていて、なかなか前に進めないながらも着実に上へ上へと進んでいっていた。
「一つ、作戦がある。」
もう自分も着実に前に進むしかないか。そう思っているときに、シュウがつぶやくように言った。
「お前の能力使うってか?」
「正解。」
シュウの能力は、簡単に言えば"氷"だ。あらゆる水分を凍らせたり溶かしたりできる能力で、それは空気中にある水蒸気も同じことだから、多分あの風車を凍らそうと思えば出来る。
でもそれには一つ問題がある。
「でも他のやつまで突破できることになるぞ。」
「分かってる。」
風車を止めるってことは、つまり道が出来るってことだ。自分たちだけ通過できればいいけど、そういうわけにはいかない。ある程度のレベルのやつらはシュウの攻撃でプレイヤー自体を凍らすことが出来るんだろうけど、ここまで上がってきているやつらが簡単に攻撃を受けるとは思えない。
うまくかわされて風車だけ凍ることになるってことは、他の奴も簡単にこのゾーンを突破できるようになるってことに等しかった。まあそれでも自分たちが突破できるようになればそれでいいのだろうけど、ライバルはやっぱり少ない方がいいに決まっている。
「そこで、お前の登場だ。ヒーロー。」
「え?」
シュウはニヤリと笑ってそう言った。
不気味な笑顔が怖くて少し引いて聞き返すと、今度はシュウは僕の肩を組んだ。
「いいか。
まず俺が先に行ってアレを凍らす。
お前は後からついてきて、
登ろうとするやつらを落としてくれ。
お前が通ったのを確認したらすぐに解凍するから。」
「お前…。」
俺のリスクが大きすぎるだろ。
そう思ってみたものの、それ以外にいい作戦はないと僕にもわかった。ニヤニヤするシュウに若干むかつきつつも、僕たちはお互いの意思を確認して協力体制をとることにした。
「行くぞ。」
「おう。」
シュウはその言葉を合図に、巨大風車とそこに向かう道をすべて凍らせた。そこを一気に走り出したのを見て僕もその後を追うと、それに気づいた他のプレイヤーもその道を登り始めた。
「ごめんな。」
僕はローラースケート作戦をアイススケート作戦に変えて上に登りつつ、登ってくるプレイヤーに向けて突風を吹かせた。
今日はよく風の魔法を使うな~なんてのんきなことを考えながらどんどん他のプレイヤーを蹴落としていく自分は、はたから見たらサイコパスに見えても仕方ないなと思った。
「早く来い!」
シュウは必死で他のプレイヤーを蹴落としていく僕に、薄情にもそう言った。
お前の罪でもあるんだからな。
心の中でそう恨みつつ、僕はある程度蹴落とした後急いで風車の一つ目を通過した。
「よし。」
僕が風車を通過したのを見てシュウが何も気にすることなく氷を解凍するもんだから、僕の攻撃を回避して前に進み始めていたプレイヤーたちは、一気にぬるぬる地獄に引き戻されて中継地点まで落ちて行った。
そんな状況の中でもシュウは全く悪気がないって顔をして、また先に進んでいた。
僕よりよっぽどサイコパスだなこいつと思いつつ、シュウのおかげで順調に進めているってことを自覚している僕も、プレイヤー妨害を必死にした。
そのまま僕たちは順調に風車をかわして進み続けて、いよいよ最後の風車までやってきた。アイススケートもだいぶ慣れて、このままフィギュアスケート作戦に変えてトリプルアクセルでも飛んでしまおうかと思うようにもなってきた僕は、登ってくるプレイヤーをうまく妨害しつつも、素早く上へと進んでいた。
もうそろそろ風車を通過するって思ったその時、僕たちよりずっと下にいた影が猛スピードで迫って来るのが見えた。
そして僕にはその影に、少し見覚えがあった。
やばいな。
無意識に身構えた僕は、他のプレイヤーが登ってくることを気にするのをやめて、自分も早く通過しようと登り始めた。すると下からはその影がどんどん迫ってくる音がしたから、さっきまでフィギュアスケート気分だったのをスピードスケートに切り替えて、猛スピードで風車に向かった。
「おい、シュウ!
解凍、はやく!!」
「でもお前っ。」
「いいから!!!」
シュウは僕がまだ通り切っていないのを気にしていたけど、僕はどうしてもやつをここで蹴落としたかった。たとえリスクを背負ったとしてもヤツを蹴落としたほうがいいと必死でシュウに伝えると、シュウも僕の雰囲気を感じ取ったのか急いで魔法を解除し始めた。
それと同時に僕のすぐ後ろまでぬるぬるが迫っているのがわかった。
ほんっとうにギリギリだ。気を抜いたら一気にさっきの中継地点まで落ちてしまう可能性もあったから、僕は自分が出せるトップスピードで風車に向かった。
くるな、くるな…。
そう願いながらもギリギリのところでぬるぬるを回避して、僕は何とか中継地点に滑り込んだ。
「久しぶりだな。アレックス。」
よかった…。
ひとまずホッとしていた僕が起き上がるその前に、頭の上から一生聞きたくないやつの声が聞こえた。
やっぱり来てしまったか。
そんな簡単にどうにかなる相手ではないってことは分かっていたけど、健闘むなしくそいつがそこにいることは、まさに"最悪"の事態だった。
でもここでひるんでいるわけにはいかない。
僕は倒れている体をスッと起こして体を数回払ったあと、出来るだけ爽やかな笑顔を作った。
「久しぶりだね、セヴァルディ。
元気だった?」
「ああ、元気だったよ。」
今まではっきり言及はしてこなかったが、僕は前回の
別に普通のやつに負けて2位になるなら、悔しいけど納得は出来る。でもこいつに負けるのは、本当に嫌だ。
ゲームをしているのだから、他のプレイヤーを蹴落として上に行くっていう事は普通だ。現に今日だって僕は何人も脱落させてここまでたどり着いているし、それに関して恨むプレイヤーもそんなにはいないだろう。
でもこいつは正規の方法で蹴落とすんではなく、だまして奪ってランキングを上げてきたやつだ。一緒にクエストに行こうといい顔をして誘って、クリアした後にその報酬をだまし取ったり、時には静かにパーティーの後ろをついて行って、とどめだけ横取りしたり。
そうやってこいつに騙されて泣かされてきたプレイヤーを、僕は何人も見た。別に犯罪行為をしているわけでもないし、ゲーム規約にのっとってやっているんだからいいって言われたらそれまでだ。
でもなんとなく、他のやつに対する礼儀とかスポーツマンシップならぬゲームマンシップ(?)にはしっかり則ってプレイしたいってのが僕の信念だ。
それを汚すやつに負けたってのは僕の中でなによりも屈辱的で、ここ1年あの日を忘れたことはない。
去年の
「今年の一番人気はお前らしいなぁ、アレックス。
人気があるようで、うらやましい。」
「そんなことないよ。
君だって2位なんだろ?」
今年の見学者の賭けでは、僕が一番人気を獲得したらしい。
でもヒーローと呼ばれている僕に対して、悪役界の"ヒーロー"であるヴァルも僅差で2位につけていたことを知っていたから、皮肉を込めてそう言った。
するとヴァルはそれを聞いて怒るどころか、にやりと不気味に笑った。
「人気順位を覆すのって、楽しいよなぁ。」
きんもぉおおおお!
僕の気持ちはそう叫んでいたけど、必死で笑顔を保った。でも言われっぱなしではさすがにくやしい。僕は今までの笑顔を何とかキリっとした表情に変えて、ヴァルの目をしっかりと見た。
「人気順位なんて関係ない。
ただ今年は僕が優勝させてもらうよ。」
僕の言葉を聞いて、ヴァルはまたニヤリと笑った。
どこまでも気持ち悪いやつだ。このまま話していたらヴァルのペースに乗せられそうだと思った僕は、もうやつのことは無視して次のコースを見上げてみた。
もっと先だと思っていたゴールは、このコースをクリアすればたどり着けそうだった。
ただ困ったのが、ゴールまではもう道がないってことだった。中継地点からゴールまでただがっぽりと空間があいているだけで、一見このまま一気に飛行系の魔法を使って飛んでしまえばすぐにたどり着けそうな気もした。
そんなわけないよな。
そう思いつつそのまま目線をゴールの方に向けてみると、ゴール目前のところには何かちょこちょこと動きつつ、数人のプレイヤーと競い合っているミーシャの姿があった。
すっ、すげぇ。
何があるのかよくわからないけど、細かく空中を動くミーシャの動きはとても俊敏で、もしかして1番についてしまうんではないかって思うくらいスイスイと前に進んでいた。
「ハハハ。」
すっかりヴァルのことを忘れてミーシャにくぎ付けになっていた僕は、ヴァルが不気味に笑う声で現実に引き戻された。思わずヒーローである自分を忘れてヤツをにらむと、今までで一番不気味にニヤリと笑った。
「最近、ミーシャと仲良くしてるみたいだなぁ。
うらやましいよ、
あんなかわいい子と仲良くできて。」
「お前っ。」
ヴァルはそのセリフと共に、中継地点から一気にゴールに向かってスタートした。ゆっくりと作戦を練ろうとしていた僕は、ヤツがミーシャに何か危害を加えるって察知して、勢いよくヤツの背中を追い始めた。
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