第6-1話 初戦―美玖莉
スタートの合図が聞こえたと一緒に、私は走り出した。アレックスは音に惑わされることなくしばらく様子を見るみたいだったけど、私はそんなわけにはいかない。
去年はラッキーで突破できたけど、今年は初戦で落ちてしまう可能性だってあるって危機感を抱えながら、他のプレイヤーと一緒に勢いよくそのぬるぬるのコースに足を踏み入れた。
「うわぁああっ!」
すると私も使おうとしていた飛行系の魔法を使ってコースをショートカットしようとしたプレイヤーが、どんどん下の方に落ちて行った。
やっぱりそういうわけにはいかないか。
そう簡単にいくはずはないと思ってとりあえず瞬間移動も使わなかったけど、予想通り何か空中にも罠がしかけられているらしい。私の能力は有利だって思っていたのに使えないじゃないと思っていると、ザックがそこでようやく「空中にもたくさんの仕掛けがあるのでご注意くださいねぇ~!」と言った。
私みたいなゲーム初心者もいるんだから、最初に言ってくれなくちゃ。
心の中で文句は言ってみたものの、言っていたところで前に進めるわけじゃない。私はそのぬるぬるのコースを慎重に少しずつ前に進みながら、必死で作戦を考えた。
前までの私だったら、最初に落ちて行ったプレイヤーみたいにすぐに瞬間移動の魔法を使って飛び出していたかもしれないし、作戦を冷静に考えるなんて出来なかったかもしれない。
でもスタートの合図と同時に思い出したのは、アレックスに特訓の時に言われた言葉だった。
"得意な技を使うにしても、まずは現状の分析からはじめる"
思っても見ないことが起こるとつい焦ってしまうけど、まず現状を把握しないことには作戦も考えられない。私はアレックスの言葉を胸に、その今の状況を冷静に分析してみることにした。
コースの上は本当にぬるぬるで、なんとか少しずつ進めないことはないけど、ただ登っているだけではきっと負けてしまう。かといって空中には"蜘蛛の巣"みたいな罠が張り巡らされている…。
でもこのままぬるぬるコースを一生懸命進むよりは、瞬間移動を使ったほうがいいんじゃないかな…。
そう考え始めた時、自分で初めて考えた空間のひずみを作っていく魔法を思い出した。
そうか。
歪みを作りながらそこを移動したら、きっと罠にはまらない。
初めてのことを何も分からない状況で試すのは、正直とても怖い。ましてや私はゲーム初心者で、やってみてどうなるかなんて全く予想がつかない。
このまま地道に登って行った方が、私らしいんではないか。
試す前にひるみそうになっていると、またザックが「あっ!みなさぁん!」と声を上げた。
「もう一つ言い忘れてまぁしたぁ!
このコース、しばらくすると
ぬるぬるがしたからあがってくるように
なってまぁす!
そのぬるぬるでおぼれてしまってもアウト!なので
ご注意をぉ~~。」
その声で必死に下の方を見てみると、確かにピンクの液体みたいなものがしたから上がってくるのが見えた。
もう、やるしかない。
私は走っての移動とかが早いわけじゃないから、このまま地道に登っているだけではいつかあのぬるぬるに溺れてしまうことになる。
自分がヒーローだってことを思い出してその海におぼれている姿を想像すると、とてもじゃないけどパーティーのボスが続けられるような、かっこいい姿をしているようには見えなかった。
「よし、やるぞ。」
私は自分に気合を入れなおす意味でもそう呟いて、精神を集中させた。
「
私は呪文を唱えて、空間にひずみを作りながら移動した。
空中のどこに罠が張り巡らされているかは分からなかったけど、"蜘蛛の巣"が柔らかいおかげで私はその罠ごと空間を歪ませることに成功して、少しずつだったけど着実に前に進んでいくことが出来た。
いける!これ、使える!
自分の技が通用したってのが嬉しくて舞い上がりながらも、精神をしっかりと統一しながら前に進み続けると、次第にコースの中でも唯一フラットになっている中継地点みたいなところが目に入り始めた。
「よしっ!」
今までのコースとは違って、ここからは床が左右に動いているような道が続いていた。
多分ここにも罠が張り巡らされているんだろうけど、ここからも同じ作戦が通用しそうだってことがわかった。
そして少しそこで精神を統一させたあと、また私は前に進み始めた。
次のゾーンも、問題なくクリアできた。
私以外にも数人トップを走っている選手がいたのが気にならないと言ったらうそになるけど、人にかまっている暇も余裕も私にはなかった。
そう思ってはいたものの、アレックスが今どこにいるのかってことは気になった。少なくとも抜かされてはいないからきっとまだ下の方にいると思って見てみると、思ったよりも下の方で苦戦している姿が目に入ってきた。
戻って一緒に連れてこようかな…。
一瞬そう考えたけど、私の助けなんてなくたってアレックスはすぐに登ってくる。心の中で強くそう信じて、次のコースを見据えてみた。
次は、くるくると足元が回っているコースだった。横にしたケバブみたいだなとのんきなことを考える余裕くらいはあるみたいで、ここも
「行くぞ。」
私は切れそうになっている集中をもう一回研ぎ澄ませて、また歪みを作って移動を始めた。
「テネブル」
しばらく順調に進んで、そのローラーゾーンも無事通過しようとしたとき、どこかから呪文が聞こえた。移動をしているときは精神を集中させてるってこともあって周りがあまり見えなくなっていて、誰が何を唱えたかわからなかった。でも魔法が聞こえた方に目線を送ろうとしたその時には、私の視界は外側から徐々に真っ暗になり始めた。
「きゃあっ!」
それに驚いて集中が切れると、すぐに空中の罠に引っかかってしまった。そしてその頃には、私の視界は完全に奪われていて、何が何だかわからなかった。
何もできないまま罠に引っかかっていると、蜘蛛の巣は私の重みに耐えられずすぐに壊れてそのまま私の体は下に落ちて行った。どこかにつかまろうとしてみたけど、相変わらず前は真っ暗でどこをつかめばいいのか見当もつかなかった。
必死にもがくとローラーには手が届いたみたいだったけど、くるくると回っているせいでうまくつかまることができなくて、ついにはさっきの中継地点まで落ちてしまった。
「ミーシャ、やるじゃない。」
「キキ…。」
まだ視界が暗い私の耳に入ってきたのは、なぜかいつも私をライバル視してくるキキの声だった。彼女の適正魔法はたしか"
「でもごめんね、ここまでよ。」
キキはそう言って何か魔法をかけようとしているようだった。その空気を瞬時に察した私は、素早く"
周りが見えていないからどこに飛ぶかもわからなかったけど、落ちていくよりはどこかに登ったほうがましだって判断は出来た。咄嗟のことでとりあえず動き回るしかできなかったけど、私は無我夢中で空間移動をつづけた。
「もう!おとなしくしてよ!」
暗闇にも少し慣れてきて視界が戻り始めたけど、まだまだ鮮明には周りが見えなかった。キキに姿がとらえられないようにただ素早く色々なところに移動してみたものの、前に進めないのはもちろん思った通りの場所にも行けていなくて、だんだん気持ちが焦り始めた。
どうしよう、このまま魔法を消耗し続けたらあとから困る…。
この世界には
早くどうにかしなきゃ。
そう思った時、前キキに襲われたときアマンダに助けてもらったことを思い出した。
そうだ、アマンダに光の魔法教えてもらったんだった。
ようやくそれを思い出した私は、うまく使えるか分からなかったけど、教えてもらった光の魔法を唱えてみることにした。
「
「うわぁああっ!」
少し光らせるつもりが、まだ魔法の制御がうまくできていないせいか、思ったよりもまぶしい光があたりを包んだ。属性が暗闇のキキに光の魔法はやっぱり効果てきめんだったみたいで、目をおさえたまま下の方に落ちて行ってしまった。
どうしよう、落とすつもりはなかったのに…。
助けに行こうかとも思ったけど、これはゲームだ。
負けることだってあるけど、相手に勝つことだって、当然ある。
自分自身に言い聞かせてみたけど、心の中はまだ罪悪感でいっぱいだった。それでも私はもう一度グッと気持ちを立て直して、また
キキとやりあっているうちに、数人が私を抜かして前に進んでいってしまったみたいで、前の方にはさっきまでいなかった人たちの姿がいくつかあった。
やっぱり罪悪感なんて持っていたら、すぐに負けてしまう。
私は勝つためにここに来たんだ!
さっきとは打って変わって強気なことを考えた私は、グッとこぶしを握って気合をいれて、先頭を行っている人を必死で追った。
キキからの襲撃を受けたローラーコースを通過すると、その次は大きい羽根がぐるぐると回っているコースだった。風車みたいにまわるその羽根がすごく大きいってのもあって、そこには蜘蛛の巣みたいなものを張り巡らせることが出来ていないみたいだった。
しばらく
そして私は信じられないことに、3位で最後の中継地点にたどり着いた。
―――こんなこと、あるんだ。
ゲームを始めたころには想像もつかなかったけど、知らないうちに私も上手にプレイできるようになったんだなと、自分自身が一番びっくりした。
まるでもうゴールしたみたいなことを考えながら次のコースを見上げると、私が立っている中継地点からゴールまでは障害物どころか、コースも何も見えなかった。
「一番怖いよ…。」
障害物リレーと言われているのに、何も見えないことほど怖いことはなかった。アレックスに言われた通り冷静に周りの状況を分析しようと思ったけど、分析するための材料が少なすぎて本当に何も分からなかった。
「困ったな、これは。」
「です、ね。」
お手上げじゃん。
そう思ってしばらく立ち尽くしていると、ライバルだけど私と同じように困ったらしいプレイヤーもポツリとそう言った。
あ、この人…。
私だけじゃなくてよかったと声のした方を見てみると、その人は見覚えがある人だった。そのまま私が思わず見つめていると、その人はゆっくりこちらの方を向いた。
「初めまして、
ミーシャちゃん、だよね。」
「あ、はい。
もしかして、グレンさん…?」
「知ってくれてたんだ。」
グレンさんはアレックスと並ぶほど実力のあるプレイヤーの一人で、すごく人気がある。確かにオオカミみたいにたくましい見た目とグレーの目のアイコンがすごくかっこよくて、少ししか話してないけど性格もとても優しそうだなって思ったから、人気があるってのもうなずけるなと思った。
まあでも、私からしたらアレックスの方が何十倍もかっこいいんだけどな。
「噂は聞いてるよ、すごい人気だね。」
「いえいえ、
グレンさんには負けますよ。」
シチュエーションに見合わずほんわかした会話をしたけど、困ったシチュエーションから脱せられたわけではなかった。私たちは当たり障りのない会話をした後お互い困った顔で何も分からないコースを見上げて、ほぼ同時みたいにため息をついた。
「さて。
見ててもしょうがないから、
僕から行こうかな。」
しばらく何かを考えた後、グレンさんは爽やかに言った。"男らしくね"と付け足す顔は本当に男らしかったから、この人本当にモテるんだろうなと思った。
「検討を祈ってて。」
「お互いに。」
相変わらずグレンさんは爽やかに言って、空の方に飛び出して行った。するとすぐ手前のところでまた蜘蛛の巣みたいなものに引っかかった。
「やれやれ。」
勢いよく飛び出したけど、グレンさんはすぐそこで罠に引っかかった。それを見た私は、この空間には数えきれないくらい罠が張り巡らされているんだろうなっていうのことだけは理解できた。
ただ彼が引っかかっている蜘蛛の巣は、ここまでとは少し違う感じがした。今まではクモの巣が柔らかくて、引っかかったらそのまま通過して下に落ちてしまうってイメージだったけど、ここのは本当に"蜘蛛の巣"って感じで、グレンさんは罠に引っかかってしばらく動けなくなっているみたいだった。
「困ったな…。」
グレンさんはそう言った後炎の魔法でそこを抜け出してまた先に進んだけど、罠の数が桁違いみたいですぐまた別の巣につかまった。
「どうしたらいいの…。」
こんなところ、一回捕まったらもう出られなくなりそうだ。グレンさんが悪戦苦闘している光景を見て、飛び出すのがさらに怖くなった。その時ふと下の方を眺めてみると、さっきまですごく遠くにいたはずなのに次の集団がすぐそこまで迫ってきていた。
まずいまずい、ゆっくりしていられない。
色々作戦を考えてみたものの、やっぱり歪み《エスパス》を使うのが最良の方法ってのは何となくわかった。それにこれ以上考えてもマシな案が浮かびそうにもなかったから、今までの方法で行くという選択肢しか私には残されていない。
これまでは何となく罠の間の隙間を通ったり、最悪罠ごと巻き込んで歪みを作っていたけど、今回はそんなわけにいかない。罠の数も違うから隙間は多分ほとんどないし、罠も堅そうだから巻き込んで歪みを作る事は出来ないと思う。
ようやく冷静になってそこまで分析をした私は、今までの作戦に必殺技を追加することにした。
「
私は目をつぶって、空間を大きく把握する魔法を発動した。
「見えた。」
そう思った私の狙いはぴったりと当たって、だいたいどこに罠があるのかって位置が把握できた。そしてその魔法を発動させたまま、歪み《エスパス》を使って今までよりも丁寧に少しずつ前に進み始めた。
"魔法を組み合わせる"ってのは、結構難しいことだ。
初心者な私には今まで2つを一緒に使うっていう発想がなくて、やってみようともしたことがなかったけど、これもアレックスの特訓で教えてもらった。
一つ一つの魔法を目をつぶっても発動できるようになるくらい極めることで、組み合わせて使えるようになる。適正魔法のジャンルじゃなくても極めればいくつも組み合わせて使うことが出来るようになって、そうすることで格段に応用力がアップするって、アレックスはとても簡単そうに言った。
言っただけじゃなくて、見本だと言ってアレックスはいとも簡単にその技をやってみせた。自分がやったあと"ほら"って簡単に言ったけど、その時私にはどうやって発動していいかすらも分からなかった。
それが悔しくて、やっぱりアレックスとの間にある差が悲しくて、あれから組み合わせで魔法を使うってのと、とっさの判断が出来るようになるっていう特訓をずっとやってきた。
そのおかげでこうやって今、私は一つも罠にはまることなく前に進めている。
本当にアレックスはすごい、すごすぎる。
私はそんなことを心のどこかで考えつつも、前へ前へとすすんでいった。徐々に罠からすぐに抜ける要領を得たグレンさんや他のプレイヤーも私と同じくらいスイスイと前に進んでいたけど、このままいけば絶対に負けないって、珍しく自信をもっていう事が出来た。
私はとにかく集中して、前だけを見て突き進んだ。
その時だった。
集中しすぎて耳に入ってきていなかった音が、急に聞こえ始めた。
驚いてその音の方向を見てみると、悪質プレイヤーとして有名なセヴァルディが、ニヤニヤしながら猛スピードでこちらに向かってきているのがわかった。
「なに…っ?」
驚きはしたけど、ここでひるむわけにはいかない。
そんなの無視しようとまた集中を作り直して、また前だけを見て進み始めた次の瞬間、誰かに肩をつかまれた。
そして自分自身で状況を判断する前に、私の視界はいつの間にか真っ逆さまに変わっていた。
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