第5話 決戦の始まり―晶斗
球技大会は"晶斗"らしいさえない結果で終わったけど、
「お前、私生活でもそれくらいやる気出せよ。」
「こっちのセリフ。」
いよいよその日が来てゲームにログインすると、会うや否やシュウはそう言った。
でも最近僕がログインしている間はシュウもだいたいオンラインモードだったから、多分やつも相当特訓してたんだと思う。口に出しはしなかったけど僕たちは珍しく闘志を燃やしながら、軽くはない足取りで会場に向かった。
緊張しながらもいつも通りアホみたいな話をしながら会場に向かうと、もうそこは人であふれかえっていた。
なるべくいつも通りでいようと思ってはいたけど、その会場の雰囲気に合わせて僕の興奮が高まり始めていたことは確かだった。緊張しつつもこれから強い人と戦えるんだっていうワクワクもあって、気が付けば早歩きで控室の方へ向かっていた。
「アレックス~!」
控室に近づいていくと、ブンブンと大きく手を振っているミーシャの姿が目に入った。いつもより気合を入れて衣装を選んでいるせいか、今日は一段とかわいくて、周りにいる男たちの目がハートになっているのが恋愛偏差値の低い僕でもよくわかった。
「ミーシャ、調子はどう?」
「うん、ばっちり!
アレックスのアドバイス通り特訓してたからね。」
素直にアドバイスを聞いてくれていたことが嬉しくて「そっか」と笑うと、ミーシャも少し照れたように笑った。こうやって今はほっこりした気持ちでミーシャと話してはいるけど、今日は敵になるかもしれない。
そうならないことを祈りつつ、僕たちはピリピリした気持ちをお互い何とか胸にしまって、他愛もない話をしながら3人で控室に入った。
「こっわ…。」
控室には、すでにたくさんの参加者が待機していた。中の空気はさすがに殺気立っていて、思わず僕はぼそっと本音を言ってしまった。口に出してしまったことをすぐに後悔したけど、その言葉に二人とも小さくうなずいたから、怖いと感じたのは僕だけじゃないらしい。
それに僕はこの世界でヒーローなんて呼んでもらっているおかげもあってか、歩くたびにあこがれの目線だけじゃなくてひがみみたいな目線もビシビシと感じた。
こっわぁああ。
みんなそれだけ必死なんだから、しょうがないんだ。
自分に自分でそう言い聞かせながら、ヒーローとして情けない姿を見せるわけにはいかない僕は、出来るだけ胸を張ってあるいた。
「ミーシャじゃあん。」
ヒヤヒヤしながらも開いている場所に座ろうとしていると、その途中でいかにも"大男"って感じのやつにミーシャが絡まれた。友達かなって思ったけど、ミーシャが完全に引いた目で「お久しぶりです」って言ってるのをみて、違うんだなと察した。
「元気だったぁ?
クエスト誘っても来てくれないから
寂しかったよぉ~。」
「ご、ごめんなさい。
忙しくて…。」
大男はミーシャとの距離をじりじりとつめながら、ニヤニヤした気持ち悪い顔で言った。ミーシャはさりげなく後ろに引きながら距離を取っていたけど、それでも二人の顔はすごく近くなっていった。
「忙しくても、
そこのヒーローとやらとは
クエストいけるんだ?」
きっもちわる。
大男とミーシャの顔の距離が30センチくらいまで近くなってミーシャが顔を伏せた。それを見ていよいよ我慢できなくなった僕は、思わずミーシャの手を引いて自分の方に寄せた。
「なんだぁ?お前。」
大男は僕の顔にも距離をつめて、そう言った。
こ、こっっわぁああああ。
現実世界では喧嘩なんてものとは縁遠い人生を送ってきた僕は、内心震えあがっていた。
でもそんな姿を見せたらミーシャがもっと怖がってしまうかもしれない。震え上がる自分を何とか抑え込んで、必死でクールな顔を作った。
「僕の大切な友人が嫌がってるみたいだからさ。」
近づけられた顔を離すことなく、今自分が出来る最大限の強い声でそう言った。すると大男は顔の距離をさらにつめてきた。
くさい!きもい!
マジで怖い!
やめてくれ、ほんとに!
こんな想いするためにゲームしてるんじゃないんだぁああああ!
僕の心の中はそう叫んでいたけど、僕はやっぱり顔を離さず大男をにらんだ。
「ヒーローなんて呼ばれて
調子乗ってんだろぉ、このチビがぁ!」
すると大男はそう言って、僕の足を蹴ってこけさせようとした。それがしっかりと視界に入った僕はジャンプする程度でその蹴りを交わして、そのまま体制の低くなった大男に中指でデコピンをした。
「ぐ、ぐわぁああぁぁああ!」
中指には、思いっきり重力のかかる魔法の力を込めておいた。
ヒーローらしからぬ地味な攻撃をしてしまったことを少し反省しつつ、うずくまる大男に今度は僕が顔を近づけた。
「今度ミーシャに何かしたら、
こんなことじゃすまないから。」
き、きまった。
やっべ!かっこいい!自分!
漫画の主人公みたいにかっこいいことを成し遂げた僕は、思わずほほが緩んでしまいそうになった。でも"こんなのいつも通り"っていうクールな顔をしてミーシャに「行こ」と言った後、少し震えている彼女の手を引いて開いている席に向かった。
歩いている間僕を称賛してくれる声が色々なところから聞こえて、ヒーローらしくするのも悪くないなと思った。
「大丈夫だった?」
開いている席にミーシャを座らせた後、本当に心配になったから彼女が座った席の前にしゃがんで様子を確認しようとした。すると目が合ってすぐにミーシャは僕から顔をそらしてうつむいてしまった。
よっぽど嫌なだったんだろうな。
デコピンだけで済ますんじゃなかった。
そう思って「ミーシャ?」と声をかけると、小さい声で「大丈夫」と絞り出すように言った。
「よかった。」
「ありがとう、本当に。」
ミーシャがそこでようやく笑顔を見せてくれたことに安心して、僕も席に着いた。シュウがその時小さい声で「ひゅ~」と言ってからかってきたけど、それは完全に無視してやった。
「何かあったら何でも言うんだよ。
僕でもシュウでもいいからさ。」
そう付け足すと、ミーシャはまた小さい声で「うん、ありがとう」と言った。声は小さかったけど顔はしっかり笑っていたから、少し安心して僕も自分の中の恐怖を吐き出すみたいに息を吐き出した。
あ~あ。こわかった。
「最初、なんだろうね。」
さっきの出来事を自分自身も何とか忘れるために、話題を必死に変えた。するとシュウも僕に乗って「なんだろな~」って言ってくれたから、少し安心した。
「去年は
シュウの言う通り、去年は
「宝さがしみたいで楽しかったけどね。」
「お前はいいよな、気楽で。」
緊張を和らげようとして言ったのに、逆にシュウににらまれてしまった。つれないなと思いながらミーシャをみると、少し苦笑いしている気がしたからやっぱり失敗だったかなと思った。
ピンポンパンポ~ン
「参加者の皆様は、闘技場にお集まりください。
繰り返します。
参加者の皆様は、闘技場へとお集まりください。」
しばらく何気ない雑談を続けていると、いよいよ集合の放送がかかった。さっきまで緊張を何とか隠していた僕も、さすがにソワソワし始めた。それでも何とか気持をおさえるためにミーシャとシュウに「いこっか」と声をかけて、なるべく冷静に集合場所へと足をすすめた。
「何回来ても緊張するわ~。」
バカでかい闘技場にたどり着くと、控室にいたよりたくさんのプレイヤーが集まってきたから、僕はいよいよ隠し切れなくなった緊張を口に出してみた。するとミーシャは、少し驚いた表情で僕を見た。
「どうした?」
「いや、アレックスでも緊張するんだって…。」
「そりゃ~するよ。
僕も気合めちゃくちゃ入ってるからね。」
僕が緊張しているってことにミーシャが驚いてくれたのが、僕が緊張を隠せているっていう証拠だった。僕が内心ほっとしながらミーシャをみると、ミーシャも少しホッとした顔をしていた。
もしかしてヒーローも、緊張をあわらすくらいは許されるのかもしれない。でも普段さえない男子高校生をしている僕にはその加減がよく分からないから、精いっぱい強がるしか方法がない。
パンッパンッ!
集合がかかってしばらくすると、闘技場上空で乾いた音が鳴り響いた。今までざわざわとしていた観客も参加者もその音の方を見ると、円盤みたいなプレートに乗ったヘンテコなロボットみたいなものが飛んできた。
「みぃ~なさん!
集まりましたねぇ~~!」
そのヘンテコなやつは、陽気でヘンテコな動きをしながら言った。普通に話しているだけなのにその声はマイクを使っているみたいに会場中に響き渡った。最初は驚いてみんな静まり返っていたけど、徐々に状況を飲み込んできたようで、ヘンテコやろうに合わせて会場中で「うぉおおお~!」という声が上がり始めた。
どんどん声が大きくなることに驚いて、ミーシャがビクッと体を揺らした。会場一帯は熱気に包まれていて、僕も雰囲気にのまれて雄たけびをあげたくなったけど、ミーシャに嫌われそうだと思ってなんとかこらえた。
「今年もやってきました!
盛り上がってるかぁぁあ!」
「「うぉおおおぉぉおーーー!」」
さっきより大きな声でプレイヤーが声をだした。
やばいな、テンション上がる。
さっきまで緊張でいっぱいだったけど、会場の盛り上がりに僕のテンションは完全にハイになっていた。もちろん僕だけじゃなくてシュウや他のプレイヤーもハイになっているみたいで、みんなどこかソワソワしてヘンテコの方を見ていた。
「いいねぇいいねぇ。
盛り上がってるねぇ!
あっ、申し遅れましたぁ。
本日司会進行を務めさせていただきます、
ザックと申します!以後お見知りおきを。」
「「ザック!ザック!ザック!」」
みんなハイになって完全に頭がいってしまっているから、それからしばらくザックコールが鳴りやまなかった。それをいいことにヘンテコロボットはくるくるとダンスを決めていたけど、そのダンスが長すぎて会場からブーイングがあがりはじめた。
「すみません、つい調子乗りました。
ではではさっそく、ルールを説明させていただきます!
今回も前回同様、
まずはサバイバル方式のゲームから始めまぁす!」
「うぉおおお!」
「そこで生き残った方で戦いあってつぶしあって
トップを決めていただきまぁす!」
つぶしあうって…。
もっと言い方あっただろうとはおもってみたものの、でもその言葉に間違いはない。僕は苦笑いしつつもヘンテコやろうの次の言葉に耳を傾けた。
「例年通り、最終的なランキングに応じて
ボーナスが支給されまぁす!
今年はなんとなんと、大放出!
トップの方には10億マジーと経験値10000をさしげまぁす!」
「いや、マジかよ…。」
マジーとはこの世界の通貨の単位で、10億って言ったら去年の賞金の2倍だ。経験値も同じように倍くらいに跳ね上がっていたから、僕のやる気のボルテージは一気に上がり始めた。
「ではではではではぁあ!
皆さん準備はいいですぅか?」
「うぉおおおぉぉおーーー!」
「10億マジーが、欲しいかぁ!」
「うぉおおおぉぉおーーー!」
「ヒーローの称号が、欲しいかぁ―――!」
「うぉおおおぉぉおーーー!」
「僕のキスが、欲しいかあ―――――!」
「うぉおおおぉぉおーーー!」
「いや、いらねぇよ!」
ノリで返事をしたやつも、口々に文句を言った。
それを聞いて「すみませんまた調子乗りました」と言ったヘンテコは、またくるくると変なダンスを踊った。
「気を取り直してぇ!
気になる最初のサバイバルゲームの発表だぁ!
まずはこちらをご覧くださぁい!」
その言葉と同時にヘンテコが右手を横に差し出すと、手の上にモニターのようなものが出現した。そしてヘンテコが出したモニターには、馬鹿でかいアスレチックみたいなコースが映し出されていた。
「こちらが初戦の会場になりまぁす!
名付けて~!
ぬるぬる障害物競争~~!!」
「なんだ、それ。」
そのコースを目で追っていくと、道はどんどん上に上がっていっているようだった。坂の途中にはポールになっているところがあったり、いかにも怪しい仕掛けがついていたりして、一番上には"GOAL"と書かれた旗が上がっていた。
「ルールはシンプル!
皆さんにはスタート地点から同時にコースをのぼってもらい、
障害物を避けながらゴールに向かってもらいます!
先にたどり着いた32名の勝利です!」
「だろうな。」
シュウがそう言ったから、僕もミーシャも「うんうん」とうなずいた。
「でーすーが!
コースは終始ぬるぬるしています!
詳細はいいませんが、とにかくぬるぬる地獄です!
きぃもちわるいですねぇええ!」
そう思うならぬるぬるなんかにしないでくれよ。
心の中で文句を言ってみたけどそれがあのヘンテコに伝わるわけもないから、代わりにため息をついておいた。
周りの選手たちは「うぉおお」と盛り上がっている人もいれば不安そうにモニターを見つめているプレイヤーもいて、反応は人ぞれぞれって感じだった。
「それではさっそく、コースに移動したいと思います!」
どうやって移動するんだろ。
色々と考えているとヘンテコがまた右手をあげて、一つ指を鳴らした。すると次の瞬間にはモニターで見ていたはずの会場にプレイヤー全員が移動していて、みんなそれなりに動揺していた。
「もう始まるのか。」
「な。」
動揺してみんながざわざわしているのを見ると、なぜだか自分は少し落ち着いてきた。シュウも僕と同じみたいで落ち着いたトーンでそう言ってきたけど、ミーシャは違うようですごくソワソワしているのが僕の目でもわかった。
「ミーシャ。」
「ん?」
緊張が少しでも解けるようにと思って声をかけると、すごく不安そうな顔で僕を見た。
「頑張ろうな。」
そんなミーシャの肩をポンとたたいてそう言うと、少し安心した顔で「うん、頑張る」と答えてくれた。励ましたつもりだったけどミーシャの笑顔を見て少し癒された僕も、気合を入れなおしてコースを見上げた。
「でっかいな…。」
モニターで見るより、近くで見上げたコースはとても大きく見えた。ゴールの地点なんて下からは全く見えなくて、攻略できるのかって少し不安になった。
でもヒーローなんだからこんなところで終わるわけにはいかない。あまり口には出さないけど、今年は本気で優勝を狙っている。
僕は頭の中でいくつか自分が勝つための作戦を浮かべながら、スタートの合図を待った。
「さぁさぁ~~!
早速始めましょうかぁ~!
みなさん、健闘を祈りまぁす!」
そう言ってヘンテコはまたくるくるとダンスみたいなものを踊りながら、ホイッスルをどこかから出した。プレイヤーはそれを見て我先にとスタート地点に向かって、ヘンテコの鳴らす音に耳を傾けていた。
さっきまであれだけうるさかったのに、ウソみたいに全員静まり返っていた。闘技場はまだまだ盛り上がっているんだろうけどもう声は聞こえなかったし、見ている人たちの声援なんて正直どうだってよかった。
絶対に勝つ。
ここでやらずにいつやるんだ、ヒーローアレックス。
スタート地点をじっと見ていると、不思議と精神が研ぎ澄まされて感覚がクリアになっていく感じがした。
いい感じだ。
僕の感覚は多分本当に研ぎ澄まされていて、ヘンテコが合図を鳴らすその前の瞬間にもうスタートするってのが分かった。それを感じたすぐ後に、スタートの合図を示した乾いた音が鳴り響いて、その音とほぼ同時にたくさんのプレイヤーがコースへと向かって行った。
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