第4話 球技大会―美玖莉


上位者闘争マスターズバトルに向けて毎日特訓をしつつ、球技大会の準備も一生懸命した。本当はもっと時間を割いて上位者闘争マスターズバトルの特訓したい気持ちがあったけど、とりあえず球技大会のことでも頭がいっぱいいっぱいになってしまっていたから、このまま全部頑張ったら爆発しそうだと思った。


「じゃあ明日は早めに来た方がいいよね。」


でもそんな球技大会も、明日で終わる。

準備は大変だったけど当日はそこまですることがないから、やるべきことと言ったら朝早く来るだけみたいだった。



「ふわぁあ…。」



そんな話をしていた時に、篠田君が大きなあくびをした。

そう言えばクマが出来ている気がする。

もしかして準備でそんなに負担をかけていたのかなってちょっと心配していると、松浦君が「なんか疲れてるよね、大丈夫?」と聞いた。


こういう時に「大丈夫?」って聞けるのが、きっとコミュニケーション能力が高い人の特徴なんだろうな。もしかしたらミーシャの時だったら聞けるかもしれないって思っているうちに、天音ちゃんが早口で「だいじょぶだいじょ」と言った。


「どうせこいつゲームで寝不足になってるだけだから。」


篠田君も、ゲームするんだ…。

何のゲームするんだろう。


少し気になったけど、私にはそこで会話を割ってまで聞く能力がなかった。悶々と考えているうちに松浦君は「へぇ、ゲームやるんだ」と、また私が言いたかったことを先に言ってくれた。


「こいつめちゃくちゃゲーマーだよ、昔から。」


ゲーマーなんだ。

私も、実は…。


そう思って横目で篠田君を見てみると、天音ちゃんを見て不服そうな顔をしていた。


「もう。明日なんだから気合入れてよね。」

「ごめんごめん。」


私が色々と考えているうちに、会話がどんどん進んでいってしまう。そうやって焦っているうちに今度は篠田君が「んで、集合時間決めるんだっけ」と言った。色々考えた結果、7時15分までにB組に集合ってことが決まった。


私は毎日7時には学校に来て本を読んでいるから、いつも通りのスケジュールでよさそうだった。でも篠田君は「はっや!」って反応してたから、もしかして朝は苦手なのかもしれない。


決めなきゃいけないことを決めてしまったから、今日は早めに解散することになった。私も明日のために少しでも体力をとっておこうって思って、図書館に寄らずに帰ることにした。




お母さんの油淋鶏ユーリンチーは、今日も絶品だった。

本当はそのおいしさの余韻に少し浸りたいところだったけど、今日は明日のために早く寝なければいけない。美味しいご飯のお礼を込めて皿洗いをして明日の準備をした後、すぐにゲームを始めた。


本当はもっと訓練したいけど、それも今日までの辛抱か…。


そう思った時篠田君のことを思い出して、篠田君も今日は早めに切り上げるのかなと考えた。



今日も訓練場は、たくさんのランキング上位者で埋まっていた。最近はなんだかみんなが殺気立っている感じがして怖かったけど、私もそれに負けてはいられない。



時間が短く制限されている(している)分、集中して頑張らなくちゃいけない。



気合を入れつつ準備をしていると、「ミーシャ」と私を呼ぶ声がした。


「アレックス!」


振り返ったら大好きな人がそこに立っていたという事に純粋に驚いて、思わず勢いよく名前を呼んでしまった。

恥ずかしい。自分で自分を叱りながらもなんとか自分を取り戻して「こないだはありがとう」と伝えた。



「いやいや、こちらこそ。」



アレックスは相変わらず、謙遜してそう言ってくれた。私の練習に付き合ってくれただけなのにお礼だなんてもったいないと思いながらアレックスの手元をふと見ると、もう帰る準備をしているみたいだった。



「あれ?今日はおしまい?」



せっかく会えたのに、もう帰っちゃうのか。少し残念な気持ちで見ると、アレックスは「そうなんだ」と私の質問を肯定した。


「実は朝早い予定があってさ。

ミーシャを見習って1時間って決めて今日は始めたんだ。」


私のこと、思い出してくれたんだ。

それだけのことなのに私がいない間にアレックスが自分のことを考えてくれたってのが嬉しくて、その次の言葉が出てこなかった。


私がもじもじしているうちにアレックスは凛とした口調で「頑張ってね」と言って去ってしまったから、私はやっとの想いで「ありがとう」と絞り出してアレックスの背中を見送った。



よし。



あの背中に、少しでも近づきたい。

恋を原動力にゲームを頑張るのは間違っている気もしたけど、私はアレックスに会えたことでより一層気合を入れて訓練を始めることにした。




気合が入っていても私はきっちり1時間で練習を終えて、次の日はいつも通り7時に学校についた。


みんなが来るまであと15分か。

ただ座っておとなしく待ってようかとも思ったけど、今読んでいる本を読み終わるのにちょうどいい時間だなと思った。さっきまでただ座っていようかなとも考えていたはずの私は、いいところで終わっているその本の続きが早く読みたくて、少し速足で自分の席に座って本を開いた。


本の中の主人公は、ある日突然事故で死んでしまう。そして火星に転生した後は地球でやっていたのと同じチアリーディングを広げるために部活を作って、その縁で出会った野球部の彼に恋をする。最初は見た目も地球人とはかけ離れた彼に恋をするなんて予想もしていなかったみたいだけど、気が付けば恋は始まっていて、気が付いたころにはもう止められなくなっている。


最終的に彼も地球から転生した人だったって気が付くけど、今度は彼が事故で死んでしまう。主人公は老衰で亡くなるまで生き延びるんだけど、また転生した後に彼に再び恋をして、お互い前世の記憶を取り戻すっていうハッピーエンドのストーリーだった。


設定はすごく特殊だけど、内容で言えばありきたりな恋物語なのかもしれない。でもそのストーリーがなんだか自分の状況と重なって、すごく共感できた。

私は本当の年齢ももしかしたら性別だって分からない相手に恋をしていて、もう気が付けば気持ちが止められなくなっている。



もしいつか、彼に本当に会えるとしたら、自分の気持ちを伝えられるだろうか。



そう思って読み終わった本を閉じて伸びをすると、私の席の隣の隣に座っている篠田君の姿が目に入ってきた。



「え…っ、篠田、君!?」



私は昔から本を読んでいると、本当に周りが見えなくなる。

いつの間にかそこに人がいたことに本当に驚いて思わず声をあげると、篠田君は遠慮がちに「おはよう」と言った。



「ごめん、驚かせちゃって。」

「ううん、私こそ気が付かなくて…。」



篠田君はぶっきらぼうな見た目とは違って、すごく気の使える人だと思う。言葉がいつも柔らかくてゆっくりだから、男の子と話慣れていない私でも、少しは自然と話が出来ている、気がする。


とはいえ次になんていえばいいのか迷っていると、篠田君は私が持っていた本を一瞬見た。


「本、めちゃくちゃ好きなんだね。」


そう言えば、前篠田君にばったり会った時も、私は図書館で本を読んでいた。いつも気が付かないことが恥ずかしくて小さな声で「うん」と答えると、今度はじっと本を見つめた。


「どんな、話なの?」


杏奈ちゃんも読書をしている私によくツッコミを入れるけど、内容を聞かれたことは今までない。お母さんもお父さんも本にはあまり興味がないみたいだったから、いい本があったとしても司書の先生と話すか、自分の中で消化するしかなかった。



だから内容を聞いてくれたってことが嬉しくて、私は思わず早口で内容を説明した。



すると内容を聞いた篠田君は、くすくすと笑った。

確かにあらすじだけ聞くとちょっと変だけど、いい話なのに。

そう思って「おもしろいし、感動するんだよ」というと、篠田君はそれを「意外」と言った。


確かに、感動するっていうのが"意外"であることには間違いない。

私は笑われたってことよりも篠田君が少し興味を持ってくれていることがやっぱり少しうれしくて、思わず「興味、ある?」と聞いてしまった。


そんなこと聞いたら、あるとしか答えられないんじゃないか。


そう思ってみたけど、篠田君がすぐに「うん」って返事してくれたから、本当に興味を持ってくれそうだなって思った。



貸すなんて言ったら、引いちゃうだろうか。



でも篠田君の相変わらず柔らかい言葉につられるみたいにして、私の口は勝手に「よかったら貸すよ」って言っていた。


「嫌なら全然いいんだけどね!」


今度は私の頭が冷静にそう付け足した。

人に本を貸すなんて、したことがない。杏奈ちゃんに読んでみるか聞いた時は断られることばっかりだったから、貸すなんて言うの少し怖かったけど、篠田君はそれを聞いてにっこりと笑った。


「ううん、嬉しい。

いいの?ほんとに。」


私が誰かに、本を貸す日が来るなんて。

私はそれに驚きながら、なんとか「うん」と答えた。すると篠田君はすぐに席から立ちあがって私の方に寄ってきて、本を大事そうに受け取ってくれた。



本当に、貸して迷惑じゃなかっただろうか。



本を手渡した後も心配でぐちゃぐちゃと色々なことを考えていたら、篠田君は「ありがとう」って言って今度は隣の席に座った。



「こういう異世界転生ものとか、

結構好きなんだ。」



良かった、すきなんだ。

本当かどうかわからなかったけど、そう言ってくれたことでひとまず安心した私は、まだ整理できない頭のまま「そうなんだ」と言った。



「ほら、前言ってたゲームもそういう系だし。」



そういう系のゲーム…?



マジックワールドしかゲームを知らない私はほかにも面白いゲームがあるならやってみたいと思ったから、どんなゲームをしているのか聞きたかった。



篠田君になら聞ける気がする。



意を決して「なんの」って小さい声で言った瞬間に天音ちゃんが大きな声で教室に入ってきて、私の声なんてすぐにかき消されてしまった。



「おはよう。」



聞きたかったけど、言いたくないかもしれないから聞く前に来てくれてよかった。


咄嗟にそう考えている私に、天音ちゃんは楽しそうに今日の作戦の話をしてくれた。今日私は、天音ちゃんと同じチームで戦うことになっている。一人だったらチームに溶け込めるか心配だったけど、天音ちゃんがいてくれるなら心配なさそうだ。


天音ちゃんがあまりにも楽しそうに話をしてくれるから、一緒に話しているだけで私も楽しい気持ちになってきた。気分が乗ったのか珍しく色々と私からも話をしているうちに、篠田君にゲームのことを聞こうとしてたことも忘れてしまった。



それから松浦君がすぐにやってきた。そして私たちは今日の手順を確認した後、それぞれの配置に向かって点呼を始めた。

みんな運営委員なんて初めての経験だったからたくさん打ち合わせをしたはずなのに、点呼なんてすぐに終わってしまった。その後開会式やストレッチを問題なく終えると、天音ちゃんが私のことを迎えに来てくれた。


「美玖のこと、頼んだよ。」

「まっかせて~!」


球技大会ではその競技の部活の人は、1チームに一人までっていう制限がある。杏奈ちゃんもバレーをしたかったみたいだけど、結局天音ちゃんとじゃんけんをして負けたみたいで、今日はバスケをするらしい。


チーム分けが決まった後、自分のチームじゃないのにバレーで負けるなんて許さないと体育の時杏奈ちゃんは自分の技を私に叩き込んだ。


最近色々な人に教えてもらってばかりだな。

私ばっかり教えてもらって申し訳ない気がしたけど、何よりの恩返しは勝つことだって気合をいれて、私よりもっともっと気合が入っている天音ちゃんの背中を追った。



杏奈ちゃんのこともすごいって思ってたけど、天音ちゃんもめちゃくちゃすごかった。ちんちくりんな私とは違って、すらっとした手足から鋭いスパイクをたくさん打っていて、私なんてただコートに立ってきたボールを拾うだけで、それ以外何もできなかった。


「美玖、すごいね。

ボールよく見えてる。」

「え?ほんと?」


そんな私を、休憩時間に天音ちゃんは褒めてくれた。杏奈ちゃんが呼ぶみたいに私のこと"美玖"って呼んでくれ始めたのが少し照れくさくて、でもすごく嬉しかった。


「運動、嫌いじゃないんだ?」


こんな見た目だしいつも本ばっかり読んでいるから運動が好きじゃないと思われがちだけど、私は体を動かすことは得意じゃなくても嫌いでもない。嫌いだったら4Dアイマスクを買った時、初めてのソフトにマジックワールドなんて選ばなかったと思う。


私はニコニコしながら聞いてくれる天音ちゃんの質問に、得意げに「うん」とうなずいた。


「バレーはあまりやったことなかったけど、

杏奈ちゃんが教えてくれたから。」

「教えてもらってできない人もいるんだから

すごいと思うよ。」


上手な人が褒めてくれるもんだからそれが嬉しくて「えへへ」と笑うと、天音ちゃんはクシャっと無邪気に笑った。


杏奈ちゃんもそうだけど、天音ちゃんはスタイルがいいだけじゃなくて、めちゃくちゃ美人だ。


バレーをしておけば私も大人っぽい美人になれたんだろうか。


そんなわけはないけど、ずっとまともに部活もしないでここまで来た自分を少し後悔した。



それから2回戦3回戦と勝ち上がり続けて、結局私たちのチームは決勝まで進出した。それはまったくもって私の手柄ではなくて、他のメンバーが頑張ってくれたからだってわかっていたけど、それでも決勝になんてこれまで縁遠かった私は、さすがに少し興奮していた。


「よっしゃ。やるよ。」

「ここまで来たら勝つしかないでしょ!」


どうやら興奮しているのは私だけじゃないみたいで、みんな口々にやる気満々のコメントをした。私はそれにうなずくしか出来なかったけど、いつもより力強く首を振って、自分なりの気合を表現してみせた。



ピーーーッ



最初私は補欠になっていたから、祈るようにコートを見つめた。

天音ちゃんはいつものセッターじゃないのに乱れた球でもどんどん鋭いスパイクを決めていって、相手のチームは手も足も出ないみたいだった。



「ほんとキレイ…。」


天音ちゃんのプレーは、すごいに加えて"キレイ"って感じで、私は思わず口に出してそう言った。すると同じクラスだけど今まで話したことがなかった島田さんも、私の言葉にうなずきながら「手足長いよね~」って同調してくれた。


「美玖!交代!」


1セット目を勝ち取って2セットに入ったとき、私はセッターとしてゲームに入ることになった。私は少し興奮した気持ちを抱えたまま「ふぅ」と一息ついてコートに入って神経を集中させて、杏奈ちゃんが教えていくれたことを頭の中で復習した。


セッターは空間を把握して、どのスパイカーに打たせるのか選ばなくてはいけない。その上でちょうどいい高さにちょうどいいトスを、あげなければいけない。


その仕事は少しミーシャの能力に似ている気がした。最近ゲームを毎日しているおかげで感覚が研ぎ済まされているってこともあって、私は自分で想像しているよりいい動きが出来たと思う。



「よっしゃーーー!」



私のトスが想像通りに上がって、天音ちゃんが綺麗にスパイクを決めた時は本当に気持ちよかった。今までこんなに運動が楽しいって思ったことがなかったから、今からバレー部に入ってしまおうかって思えるくらい楽しかった。


「美玖、ナイス!」


天音ちゃんは私のトスが乱れていても、自分が得点を決めるとハイタッチをしてくれた。私はそれにつられるように他の人ともハイタッチをして得点を喜んで、気が付けば自然と笑顔になっていた。



スポーツって、すごい。

友達って、すごい。



本は本当に好きだしこれからも読み続けたいけど、私はどこかで怖がって友達作りから逃げていた気がする。でも杏奈ちゃんのおかげで友達っていいなって思えて、天音ちゃんのおかげでスポーツって楽しいと心から思えている。



この球技大会が終わったら、天音ちゃんは私の友達になってくれるだろうか。



今までは怖くて言えなかったけど、今度は自分から勇気を出して友達になりたいって言ってみよう。

私はバレーをしながらそんなことを決意して、天音ちゃんの力になれるように一生懸命トスを上げ続けた。

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