第4話 球技大会―晶斗


「ふわぁあ…。」


いよいよ、球技大会が明日に迫ってきた。そして上位者闘争マスターズバトルも、今週末に迫っていた。僕のさえない人生の中でイベントがこんなに立て続けに発生することなんて今までなかった。その疲れに加えて上位者闘争マスターズバトルに向けて毎日訓練を積み続けているせいで完全に寝不足になっていて、これでは明日の球技大会も活躍できなさそうだと思った。



―――たくさん寝たとしても、たいして活躍できないんだろうけど。



「なんか疲れてるよね、大丈夫?」

「だいじょぶだいじょぶ、

どうせこいつゲームで寝不足になってるだけだから。」


今日も球技大会の話し合いをしているときに思わずあくびをすると、太輔が心配そうに聞いてくれた。いいやつだなと思いつつ僕が謝ろうとすると、その前に天音が呆れた顔で失礼なことを言った。


どうせってなんだ。

そう思ってみたけど、図星だったのはもちろん、悪いのは完全に僕だったから「ごめん」と小さい声で謝っておいた。


「へぇ、ゲームやるんだ。」

「こいつめちゃくちゃゲーマーだよ、昔から。」


また自分で答える前に、天音が言った。いい加減にしろよとにらもうとすると、岩里さんがこちらを見ているような気がしたから、にらむのはやめておいた。


「もう。明日なんだから気合入れてよね。」

「ごめんごめん。

んで、集合時間だっけ。」

「なんだ、ちゃんと聞いてんじゃん。」


大会当日、運営委員といってもそんなに仕事はないけど、朝の点呼をするために早く来なくてはならないみたいだった。



今日も遅くまで特訓したいのに。

それが本音だったけど、さすがに明日寝不足で一日外にいるのは危ないって自分でもわかったから、今日はそこそこにしておこうって決めた。


「じゃ、7時15分に学校ね。」

「はっや!」

「しょうがないじゃん!

7時半からもう点呼始まるんだから。」


いつもより30分も早く来なくてはいけないことを嘆いてみたはいいものの、嘆いたところで集合時間は多分変わらない。朝が苦手な僕は渋々了解して、その日は早めに解散することにした。





「今日はすぐ始めよっと…。」


家に帰ってササッとご飯を食べた後、僕はすぐにゲームにログインした。最近はいつも日が変わるころまで訓練をしているけど、今日は10時くらいまでにしておこうかな…。



そう思った時ふとミーシャの顔を思い出して、「いや、今日は1時間にしておこう」と決めた。



「お、シュウ。

お前も今日早いな。」



訓練場に行くと、すでにシュウが訓練している姿が見えた。今回の上位者闘争マスターズバトルでランキング上位に入ってヒーローの仲間入りをするんだと意気込んでいたアイツも、相当気合が入っているらしい。


そんなシュウに負けないでおこうと僕も部屋に入って、さっそく訓練を始めることにした。




きっちり1時間。

タイマー機能を使って僕は訓練を終えた。


1時間しかないと思ったら、いつもより集中して出来た気がする。こうやって時間を区切ってプレイするのも悪くないなと思いつつ訓練場を後にしようとすると、ちょうど今来たって様子のミーシャの姿が見えた。


ミーシャは何やら準備をしているようで、僕の姿には気づいていなかった。

普段はヒーローをしていても本当は女子耐性ゼロの僕は、ミーシャの顔をみただけでこないだのラッキーイベントを思い出してドキドキしてしまいそうになった。

でも短く息を吐いた後一回気持ちを立て直して、"ヒーローの顔"になって「ミーシャ」と声をかけた。


「アレックス!

こないだはどうもありがとう。」

「いやいや、こちらこそ。」


その"こちらこそ"には、ラッキーイベントをありがとうって意味も含まれていた。でもそんなよこしまな意味があるなんてミーシャが分かるわけもなく、彼女はいつも通り輝く笑顔を向けてくれた。


「あれ?今日はおしまい?」

「そうなんだ。

実は明日朝早くてさ。

ミーシャを見習って今日は1時間って決めてたんだ。」


僕がそう言うと、ミーシャはなぜか少し照れた顔をした。やっぱり可愛いなって僕はまたよこしまなことを考えつつ、「頑張ってね」とミーシャに行ってその場を後にした。




ゲームを1時間で終えて、その日はいつもよりずいぶん早く寝た。

でも睡眠時間が長いからといって、早起きが快適になるわけではない。それでも最近の寝不足に比べたら少しはすっきりしていたから、僕は優秀なことに予定より早く家を出た。


すると朝早いからか人通りも車通りも少なかったおかげで、7時には学校についてしまった。



これじゃ球技大会めちゃくちゃ楽しみにしてたやつみたいじゃないか。



少し恥ずかしいなと思いつつ、4人で集合しようと決めていたB組の教室に少し緊張しながら入った。



するとなんとそこにはすでに教室で読書をしている、岩里さんがいた。



早起きは三文の徳って、こういうことなのかもしれない。



僕は人生で初めて"ことわざ"っていうものを信頼した。

そこにいた岩里さんは相変わらずきれいな姿勢で本を読んでいて、僕が入ってきたことにはまったく気が付いていなかった。挨拶くらいはした方がいいかなと思いつつ、集中を切らすのも良くないなと思ったから、そっと近くの席に座ることにした。



僕って、やっぱり気持ち悪いな。



自覚はあったけど、僕の目は勝手に岩里さんを見ていた。

朝日に照らされてより色素が薄く見える髪の毛と白い肌が、今にも光に溶けだしてしまいそうだった。


本当はずっと見ていたかったけど、ここで気が付かれたらいよいよ嫌われると思って、僕はほかのことに集中するためにスマホでマジックワールドの最新情報を調べることにした。



「え…っ、篠田、君!?」



10分くらいたっただろうか。

伸びをした岩里さんが近くに座っている僕に気が付いて、すごく驚いた声をだした。


思えばこんなに大きな声を聞くのは初めてかもしれない。

声が聞けたことも僕の名前を呼んでくれたことも嬉しく思いつつ、僕は遠慮がちに「おはよう」とあいさつをした。


「ごめん、驚かせちゃって。」

「ううん、私こそ気が付かなくて…。」


少し前まで見ているしか出来なかったのに、普通に話せていることはやっぱり奇跡だ。最初は警戒心でいっぱいって感じの岩里さんだったけど、最近は少しは僕に慣れてくれたみたいで、こうやって会話をしてくれるようになった。


「本、めちゃくちゃ好きなんだね。」

「うん…。」


最近マジックワールドでミーシャとよく話しているおかげか、自分も少し緊張を解いて会話が出来るようになってきた気がする。いつも話しかけてくれるミーシャにも感謝しないとなとおもいつつ、岩里さんが今まで読んでいた本に視線を移した。


「どんな、話なの?」

「えっと、主人公が生まれ変わって

火星に転生する話なんだけど、

転生する前はチアリーディングをしてたから、

火星でもチアリーディング部を作って…。」


なんだよそのへんてこな話。

あらすじを聞いて笑ってしまった僕に、岩里さんは少し不服そうな顔をした。


「おもしろいし、感動するんだよ。

あらすじだけ聞くと変かもしれないけど…。」


岩里さんがここまで食いついてきてくれるのが初めてで、僕は純粋に喜んでいた。そして今まで感情をあらわにして話してくれることなんてなかったから、コロコロと変わる表情をすべて見逃さないようにしようと、会話をしているということを口実にキレイな岩里さんの横顔を見つめた。



「感動するんだ、意外。」

「興味、ある?」


僕がなんとか会話を広げようと反応すると、岩里さんが遠慮がちに聞いた。恋愛偏差値の低い僕でもここで「ない」と言ってはいけないことくらい理解できたから、食い気味で「うん」と答えた。


「これ、私が買った本だから、

あの、よかったら、貸すよ。」



「嫌なら全然いいんだけどね」と、岩里さんはあわてて付け足した。



最近の悩みが"球技大会が終わった後どうやって話したらいいか"という事だった僕にとって、本の貸し借りが出来るなんて思ってもない絶好の機会だ。

こんなにナチュラルにイベントが発生するラッキーに、僕は思わずニヤついてしまった。



「ううん、嬉しい。

いいの?ほんとに。」

「うん…。今ちょうど読み終わったから。」



岩里さんはそのまま、読んでいたその本を手渡そうとしてくれたから、僕は自然と彼女の隣の席に移動してその本を受け取った。



もしこれからの自分の幸運がすべて今この瞬間のイベントに使われていたとして、もし今僕の頭上に火星から隕石が落ちてきて僕だけ死んだとしても、何の後悔もないと思った。


手渡されたその本を抱きしめたいくらいの気持ちになりつつ、気持ちをおさえてクールに「ありがとう」と言ったつもりだけど、クールに対応できたかどうかは分からない。



「こういう異世界転生ものとか、

結構好きなんだ。」

「そう、なんだ。」



言い訳みたいになったけど、本当にそういう系は好きだ。

そう思って付け足してみたけど、岩里さんの反応はイマイチだった。



「ほら、前言ってたゲームもそういう系だし。」



またまた言い訳みたいに付け足すと、岩里さんはうつむいたまま黙ってしまった。


あーあ、興味がないような話なんてするんじゃなかったかな。

そう思って次何を言おうか考えようとすると、その瞬間に「おっはよ~!!」とアホみたいな声を出して天音が教室に入ってきた。


岩里さんが何か言おうとしていた気がするけど、気のせいかもしれないとそこまで気にしなかった。


「お~アキ!早いじゃん。」


助かった。

いや、二人の時間の邪魔すんなよっていうべきか…。

矛盾した二つの想いを抱えつつ、天音をにらんだ。するとそれを察することもなくヤツは数十年の友達に話しかけるテンションで、馴れ馴れしく岩里さんに絡みに行った。


そして天音と何気ない話をする岩里さんは、僕と話しているのとは打って変わって楽しそうな笑顔を見せていた。



うらやましいよ、お前が。



心の中で無駄に天音をうらやんでいると、松浦君も教室に入ってきた。

僕はそこで何とか気持を切り替えて点呼の段取りを再確認した。そして僕たちはそれぞれの配置に向かってちゃんとクラスのメンバーがそろっているか確認するという、今日唯一ともいえる任務を遂行した。



「アキ~行くぞ~。」



開会の宣言とかそういう儀式が終わって、僕たちはそれぞれの球技が行われる場所に散っていく。別にこれも合わせたわけじゃないけど一緒に野球を選んでいた僕とシュウは、野球部がいつも練習をしているグラウンドにとぼとぼと向かった。


「どうよ、岩里さんとは。」

「今日、本貸してもらった。」

「おっ。進展してるじゃん。」


自分だってそんなに恋愛経験もないくせに、シュウは完全に上から目線でそう言った。照れ隠しをする意味でも僕はシュウをにらんでみせると、シュウは「まぁまぁ」と余裕ぶって僕を静止した。


普通だったら、ここから球技大会の活躍が描かれるのかもしれない。

でも現実では僕はヒーローでもなんでもない、ただのさえないやつだ。

結局今年の球技大会は、全3試合で1得点に絡む活躍はしたものの、チームの順位は真ん中より少し上っていう、僕らしい結果に終わった。



「天音、決勝だってさ。」



一方主人公キャラの天音のチームは、決勝まで上がっているみたいだった。もうほとんど試合が終わっていたってこともあって天音が試合をしている体育館周りにはたくさんの人が集まっていて、みんな熱狂的に応援していた。


僕たちは集まっているギャラリーから少し距離を取って、体育館の中が見えるギリギリの位置で決勝戦を見始めた。



「もう少しかわいげがあればなぁ。」



ボーっとその試合を見ていると、球技大会だというのに本気でスパイクを打つ天音が僕の目に入ってきた。するとそれを聞いて一呼吸置いた後、シュウがポツリと「かわいいじゃん」と言った。



「確かに顔はな~。」



アイツは主人公だからなぁ。

そう思いつつシュウの方を見ていると、少し赤い顔をしてなぜかうつむいていた。


「え、もしかして、

好きなの?」


嘘だろと思いつつ言ってみたけど、シュウはうつむいたままで肯定も否定もしなかった。何も言わないってところが、それが本当だってことを僕に伝えているようで、僕は思わずニヤリと笑ってしまった。



これだけ三人で一緒にいるのに気が付かないって、僕ってやっぱり恋愛初心者だな。



そう思いつつ、片思いをしているって知ったらシュウが同志みたいに思えて、僕はシュウの背中をポンと叩いた。


「アイツ、おっぱいないぞ。」

「見んな。」


ふざけて言ったつもりが、割と本気で怒られた。

怖いなと思ったけど、いつも大きな態度をしているのに自分の恋愛の話になったらどこか小さくなっているシュウがかわいく思えてきて、今度は盛大に笑ってしまった。


「笑うなって。」

「ごめんごめん。」


これだけは自信がある。

天音も絶対に気が付いていない。


天音は確かにかわいいし、おっぱいはないがスタイルもいいし、すごくモテる。

僕を通して天音の連絡先とか聞こうとしてきたやからもたくさんいたけど、でも今まで少なくとも僕はあいつの浮いた話を聞いたことがない。


アイツってどんなやつが好きなんだろう。

今まで興味がなかったから考えたこともなかったけど、少しでも力になれないものかと考えてみた。


「でもいいよな、お前。」

「え?」

「僕と違って、

普通に一緒に帰ることも出来るし、

連絡先も知ってる。」


同志だって考えていたけど、スタート地点にやっと立った僕に対して、シュウはずっとずっと先をいっている気がした。うらやましいなと本気で思って言ったけど、シュウは「いや」と否定した。


「進展しはじめたらお前の方が早いと思う。

だって俺たちめちゃくちゃ友達だろ?」

「確かに。」


天音とシュウとは幼稚園から一緒だったから、もう10年以上の付き合いになる。

昔裸で一緒にプールに入っていた写真だってあるし、もっと言えばアイツの家にお邪魔した時に下着を見てしまったこともあるくらいだ。


兄妹みたいに育ってきた僕たちは確かに仲はいいけど、恋愛関係になれるのかって聞かれたら難しいことに思えた。


「前途多難だな、お前も、僕も。」


とはいえ僕だって、本は借りたけど岩里さんの連絡先も知らない。お互いこれから大変そうだと思って試合を眺めていると、選手交代で岩里さんがコートの中に入ってきた。


「あ…。」


本ばっかり読んでいるのに、いきなり運動なんかしてけがでもしないだろうか。心配になった僕は、今までだらっと見ていた姿勢を正して、前のめりなって試合を見始めた。



「わかりやすいのな、お前。」

「うるさい。」



仕返しだと言わんばかりに、シュウはにやにやと僕をからかった。むかついたけど反論している間もなく集中して岩里さんを見ていると、意外と俊敏な動きをしていた。


「運動、出来ないわけじゃないみたいだな。」

「だな。」


少し安心したけど、それでも僕は前のめりの姿勢を崩さなかった。

普段体育でしか運動していないのは僕たちと同じはずだけど、岩里さんはボールにしかりと反応して動いていて、ちょこちょことした動きがとてもかわいかった。


「かわいいな…。」

「重症だな。」


確かに僕は重症だ。

今すぐ病院に行ってみてもらいたいほど心臓はドキドキと高なっていたけど、少し距離があることをいいことに、岩里さんをじっと見つめることができた。


小さい体が、一生懸命にボールを追っていた。

小さいせいからか分からないけど、一見すごくたくさん動いているようにも見えるのに、じっくり見てみると動きに全く無駄がない。


それに空間の把握みたいなことがよくできてるみたいで、バレー経験のない僕からしても名セッターと言える動きをしていた。



ほんといい働きするな…。

思わず見とれて観察をしていると、なんだかその動きに見覚えがある気がしてきた。



「なんか、どっかでみたような…。」



そんなわけはないんだけど、岩里さんの動きはやっぱりどこかでいつも見ているような、親しみのあるような動きに見えて仕方なかった。


「お前見すぎて目が覚えたんじゃね。」

「なるほど…。」


そうだとしたら相当気持ちが悪い。

そうじゃないと証明したくて、どこで見た動きなのか必死で思い出そうとしたけど、どれだけ見てもついにその答えが出てくることはなかった。


「はぁ…。」

「やめろって、お前の不幸移る。」


僕の不幸が移るほどシュウだって幸運を持っているようには見えなかったけど、これ以上自分も不幸にならないために大きく息をのんでおいた。


それから天音と岩里さんのチームは天音の活躍もあって、あっさりと勝利をおさめた。



球技大会であっさり優勝って、やっぱりアイツって主人公キャラだ。



僕はそれに少しひがみつつ、その主人公を好きだというモブキャラを代表するモブキャラのシュウのことを一応心配しておいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る