第3話 特訓―晶斗


結局球技大会のTシャツのデザインは、一番手を込めて描いたものに決まった。みんなすごいと言って褒めてくれたのはもちろんうれしかったけど、岩里さんに褒めてもらった時点で僕の満足度はもうマックスに高まっていたから、みんなの評価なんて正直どうでもよかった。



現実でも球技大会でとても忙しくなっていたけど、今俺はマジックワールドで開催される上位者闘争マスターズバトルのことで頭がいっぱいだった。上位者闘争マスターズバトルとはその名の通り、プレイヤーの中でもランキング上位者だけが参加できる年に1度のイベントで、そこで優勝すれば経験値や賞金ががっつり手に入る。


ランキングとかそういうものに興味がないと言いつつも、やっぱりゲームをしていく上でレベルアップするってのは重要なことだ。それにレベルアップすれば、もっといろいろな種類のクエストにも参加できるようになるってのもそそる。



みんなには申し訳ないけどここ数日僕の頭はずっとマジックワールドにいて、球技大会のことを考える余裕なんてみじんも残っていなかった。



「よし。」



今日もいつもより早めに帰宅して、シュウと上位者闘争マスターズバトルに向けた特訓をすることになっている。特訓といっても訓練用のモンスターとひたすら戦うだけだけど、やっぱり体を慣らしておくだけで結果は変わってくる。


別に約束したわけじゃないけど同じような時間にログインをして、シュウと訓練場に向かった。


「あれ?ミーシャじゃん。」


上位者闘争マスターズバトルが近いという事だけあって、いつもより訓練場にはたくさん人が集まっているように見えた。でも、その中でもひときわ華やかなミーシャの姿はすぐに僕の目にも入ってきた。

僕たちがミーシャを見つけてすぐあっちも僕たちを見つけたようで、にこにこと笑ってこっちに近づいてきてくれた。




かわいい、すごくかわいい。




内心そう思ってしまったけど、僕には岩里さんがいる。そう思いなおしてこぶしにグッと力を入れると、シュウがなぜかニヤニヤしてこっちを見ていた。



「お前、今かわいいって思っただろ。」



エスパーかよこいつは。

そう思ったけど図星だった僕はすぐに反応が出来なくて、やっとの想いで「悪いかよ」と絞り出して言った。



「アレックス!シュウ君!久しぶり!」



あんまり久しぶりでもない気がしたけど、あまりに嬉しそうな顔をしてミーシャがそういってくれるもんだから、僕は少し照れつつ「久しぶり」と言った。


「ミーシャも特訓に?」

「うん!今回は気合入ってるよ~!」


そう言ってガッツポーズを作ったミーシャは、やっぱりすごくかわいかった。そんな無邪気な姿に若干くらくらしつつ、僕はクールなヒーローの顔を作って「頑張ってね」と言った。


「ミーシャ、

アレックスに稽古してもらったら?」

「は?」


なぜか岩里さんに後ろめたい気持ちを抱えつつ颯爽とその場を去ろうとしたら、シュウが相変わらずニヤニヤしてそう言った。

何言ってるんだこいつはと思ってシュウをにらみつけたけど、奴はニヤニヤ顔を崩すことなく話をつづけた。


「ほら、訓練用のモンスターより、

プレイヤー同士でやった方が練習になるだろ。」

「それは、そうだけどさ…。」


ミーシャが嫌だろ。

そう思ってミーシャを見ると、それと同時にシュウが「ミーシャはどう?」と聞いた。


「私は、すごく嬉しいけど…。

いいのかな、邪魔にならない?」


僕の予想と反して、ミーシャはそう言った。


上目遣いでそんなことを聞かれて、邪魔だと答えられる男がいるんだろうか。

さっきまで乗り気じゃなかったくせに、僕の口は知らないうちに「じゃあそうしようか!」と食い気味で言っていた。


「じゃ、またあとで。」

「おう。」


シュウはそう言って訓練場に向かう間に、ミーシャにこそっと何かを言っていた。何か二人仲いいなと思いつつ、自分が人に教える事なんて出来るのかと急に不安になり始めた僕は、どんな稽古をしようかと頭の中でシュミレーションを始めた。



「ごめんね、アレックス。

本当に良かった?」



シュウが去ったあとプレイヤー同士で戦うための訓練場に向かう間に、ミーシャはまた申し訳なさそうに聞いた。僕はミーシャの不安を取り除くべく、出来るだけヒーローっぽく爽やかに笑って、「ぜんっぜん大丈夫」と答えた。


「むしろありがたいよ、

人に教えるって多分自分のためにもなるし。」


そう付け足すとやっとで納得したのかミーシャが「ありがとう」と笑ってくれて、僕はひとまず安心して稽古の準備を始めた。


「ん~と、

じゃあとりあえず

トレーニングモードで模擬戦する?」


こういう時のために、マジックワールドにはトレーニングモードというものが用意されている。攻撃は出来るし魔法も使えるけど、どのくらいダメージを与えたかという数値が表示されるだけで、実際にゲームオーバーにはならない。


僕の提案に緊張した様子で一つうなずいたミーシャは、そのままトレーニングモードを起動した。僕もそれに合わせて設定をして、「よし」と言葉に出して気合を入れた。



「アレックス、手加減しないでね。」

「もちろん、本気で行かせてもらうよ。」



お互いに意志を確認して、僕たちはスタートの位置に立った。「んじゃいくよ」と最終確認をするとミーシャがまたうなずいたから、僕たちは同時に戦闘開始のスタートボタンを押した。



「いいよ。」

飛行オッフル!」


僕がいいよと合図をだすと、ミーシャは早速飛行系の魔法を使って上からの攻撃をしかけてきた。



いい動きだ。



動きに無駄はないし、すごく早い。女の子でこんな動きが出来るプレイヤーを僕は見たことがない。

それでも僕から見たらまだ隙もある。ミーシャが空から放った打撃系の魔法を僕はサラっとよけて、ミーシャより上にとんだ。


「ごめんね。

台風ティフォーネ!」


まだ空中にいるミーシャの足元に、僕は風の魔法を放ってそのまま地面に落とした。



「きゃっ!」



こんなかわいい子を地面にたたき落とすなんて、罪悪感しかない。

もうここでやめてしまいたくなったけど、まだミーシャのHPがなくなったわけではなかったし、辞めてしまったら"手加減しないでね"と言ってくれたミーシャに失礼だ。


僕はそのままくるりと回転しつつミーシャの上に飛んで、出来るだけ早くとどめを刺そうとした。



「エスパス」



僕がそのまま地系の魔法を繰り出そうとした瞬間、聞いたことがない魔法を唱えてミーシャの姿が消えた。


そう言えばミーシャの能力って何なんだろう。

今まで知らなかったのってすごく薄情かなと思いつつ、ここで集中を切らすわけにもいかないと思いなおして、目を閉じて視覚以外の感覚を研ぎ澄ませた。



あ、そうだ。



研ぎ澄ませてみたはいいものの、やっぱりミーシャの姿が見当たらないから、降参でもしてしまおうかと思ったその時、僕は不意にこないだ習得した魔法を思い出した。



いつ使うんだってその時は思ったけど、もしかしたら今かもしれない。



始めて使うからどんな風になるか分からないなと思いつつ、僕は覚えたての魔法「ファルベ」を小さな声で唱えてみた。



「きゃぁあ!」



"塗料ファルベ"は周りにペンキをまき散らすという魔法で、いつ使えるのかもどう使うのかも全く不明だった。こないだクエストで大工を助けた時にもらった"魔法の書"で覚えてみたはいいものの、もっとましなものはないものなのかってその時は思ったけどまさか使える時が来るなんて。


そう思いながら唱えてみると、僕の周りにはピンクのペンキが噴射されたみたいに文字通りまき散らされて、それは姿を隠していたらしいミーシャにもかかった。



「見つけた。」



何でも使ってみるもんだな。

攻撃を与えてしまっただけじゃなくて汚してしまったことにも罪悪感を持ちつつ、僕は前が見えなくなっているミーシャにもう一回「ごめん」と謝って、とどめになる攻撃を与えた。




"WINNER アレックス"




僕の勝利を意味する表示が、目の前に現れた。

やっぱり罪悪感でいっぱいになった僕は、急いで倒れているミーシャのところに向かって、咄嗟にその体を起こした。



「ごめん、大丈夫?」



無意識に体を触ってしまったけど、やめた方がよかっただろうか。

意識をアレックスから晶斗に戻しながらそう思っていると、ミーシャがピンクに染まった目をこすった後、僕を上目遣いで見た。


「やっぱすごいや。」


そしてその上目遣いのままニコッとわらって、僕にそう言った。

このシチュエーションにドキッとしない男がいるのであれば、僕にすぐに報告してほしい。今度は罪悪感なんて感じる暇もなく胸が高鳴ってしまっていることを自覚しながらも、でも全身タイツみたいにミーシャがピンクになってる姿がちょっと面白くて僕は思わず笑ってしまった。



「ねぇ、笑いすぎだよ。」

「ごめんごめん、なんかおかしくて。」



そのまましばらく僕が笑っているとミーシャはすごく不服そうな顔をした。それでも僕が笑っているもんだから、ついに鏡を出して自分の姿を確認して「何これ、やばい…」と言った。


全身タイツみたいなミーシャはやっぱりすごくおもしろかったけど、でもあたふたとしている姿は、女の子耐性ゼロな僕にはかわいく映った。

やばいって本人は言っているのに僕が笑っているのがよっぽど気に入らなかったのか、ミーシャは怒った顔でこっちをみた。



「大丈夫、かわいいよ。」



次の瞬間、僕の口は無意識にミーシャにそう言った。


現実の僕が聞いたら、ドン引きするだろうか。

自分自身でも驚いていたけど、僕の口からは自然とキザなセリフがサラッと出てきていて、ミーシャは僕の言葉に今度は驚いた顔をした。


「かわいいわけないじゃん…。

アレックスのバカ。」

「ごめんごめん。」


僕のキザなセリフを聞いて少し照れた様子のミーシャが、さらにかわいく見えてしまった。


今日の僕はどうしてしまったんだろう。女の子と二人なんていうシチュエーション自体今までの人生で何度も体験したことがないから、多分舞い上がっているんだろうな。

冷静な自分を取り戻すためにも僕は必死にアレックスの仮面をかぶりなおして話題を変えるべく、「あっちにたしか川あったよね。そこまでいって流そうか」と提案をした。



「あ、待って。」



そのまま川に向かって歩いて行こうとする僕を、ミーシャが止めた。ピンクのまま歩いて行くの恥ずかしいのかなと思って僕が振り返ると、ミーシャはおもむろに僕の腕を掴んで「デプラセ」と唱えた。



ミーシャが魔法を唱えた次の瞬間、目の前が真っ暗になったと思ったらその次に僕の視界に入ってたのは川だった。



「なるほどな。」



戦っているときははっきり分からなかったけど、ミーシャの能力が一言でいえば"移動"だってことがこれで分かった。

それにしても一瞬でこれだけの距離を移動できるなんて、やっぱりすごいと思う。感心したままミーシャを見ていると、なぜだか恥ずかしそうな顔で僕を見た。


「あっち、見てて。」

「あ、ごめんっ!」


僕はその言葉で一瞬晶斗に戻ってしまいながら、焦って後ろを振り返った。何やってるんだ、まったく紳士じゃないな。そもそも僕はついてこない方がよかったんじゃないか。


こんな時ヒーローならどんな行動をするんだろうか。

冷静に考えたかったけど一気に頭の中にいろいろな考えが巡っていた僕は、その場に突っ立っている事しか出来なかった。



「ミーシャの能力、すごいね。」



ミーシャの姿を見ていない僕の耳には、水で体を洗う音だけがリアルに流れ込んできた。この状況にすっかり興奮している自分が情けなくて、意識を他に向けるべく話を振ってみることにした。


「そんなこと、ないよ…。

アレックスは自分の能力使ってないでしょう?」


正直、僕は本当にゲームセンスがあるようで、このゲームで対戦して自分の能力というものを未だ一度しか使ったことがない。使えば楽にモンスターは倒せるし、戦闘だってもっと早く終わらせられることは分かっていたけど、それではつまらない。

それに能力を使わない方が経験値がもらえるってのは分かっていたから、能力は一人で訓練でしか使わないことにしている。


「ミーシャのは移動、だよね。

っていうより"空間操作"みたいな

言い方をした方が正しいかな。」

「うん、正解。」


大会前にミーシャを落ち込ませるわけにはいかないと他の話をふったけど、僕が能力を見破ったことにミーシャは少し落ち込んでいるようだった。


やばい、やっぱり僕って女の子のこと全然分かってない。

また慌てて話題を戻そうとしたけどすぐに次の話が浮かんでこなくて、僕はまたヒーローらしくもなく一人であたふたしていた。


「でもすごいよ、

ちゃんと使いこなしてる。

姿を隠すのだって、自分で考えたんでしょ?」

「うん、そう。

空間に"歪み"みたいなものを作ってそこに隠れるっていうか…。」

「なるほど考えたね。」


それを聞いてようやくミーシャの声が明るくなってきたのを感じて、僕は内心ほっとした。でもほっとした同時に耳にまたミーシャが体を洗っている音が入ってきてまたてんぱってしまいそうになった僕は、"落ち着け、落ち着け"と自分で自分に言い聞かせた。


「ヴィペラとの戦いのときも

瞬間移動使えばよかったのに、

動揺したら動けなくなっちゃって…。

結局助けてもらっちゃってごめんね。」

「全然。

ミーシャのパーティーの中で僕の評判も上がったみたいだし

逆にありがたかったよ。」


申し訳なさそうにするミーシャに僕がふざけてそう言うと、ミーシャはようやく笑ってくれた。



何ときめいちゃってるんだ、馬鹿野郎。



自分に喝を入れているうちにミーシャが「終わったよ」というから、なぜか僕はドキドキしながらミーシャの方を見た。




「冷たくて気持ちいいよ。」



ミーシャはまだ川の中に立っていて、僕を川に誘うようにそう言った。

水も滴るいい女とはよく言ったものだ。髪の毛も服も濡れているミーシャはいつもの可愛らしい姿とはちょっと違ってとても色っぽく見えて、僕はその姿から目が離せなくなった。


「アレックス?どうしたの?

あ、もしかしてまだついてる?」


僕があまりにも動かずにじっと見つめていたから、ミーシャはあわててまだペンキが残っていないか確認しはじめた。その姿を見てようやく正気に戻った僕は、「大丈夫大丈夫、ちょっとボーっとしてた」とごまかせているようなごまかせていないようなことを言った。


「えいっ。」


まだ固まっている僕に、ミーシャは川の水をかけた。


「さっきのお返し!」


ミーシャが僕に向かってかけた水滴が太陽に反射してキラキラと輝いていて、それがミーシャと重なってすごくきれいに見えた。それはミーシャが綺麗なのか、水滴が綺麗なのか判断はつかなかったけど、ときめいてしまっている自分がいることは確かだった。


「やったな!」


そんな自分を必死でかくすために、僕はミーシャに水をかけかえした。


「きゃぁっ!つめたい!」


いや、待てよ。

なんだよこの楽しすぎるイベント。

上位者闘争マスターズバトルなんかよりずっと楽しいだろ。


水をかけあいながら、現実ではありえない"女の子とじゃれあう"っていう最高のイベントを、僕は心の中から味わっていた。

でもどこかに岩里さんへの謎の罪悪感みたいなものも残っていて、こんなはずじゃなかったのにと思った。




岩里さんごめん、僕が好きなのは君だけだから。




付き合ってもいないし、ましてやこないだ初めて二人で話しただけの間柄だから、謝る必要なんて何もないはずなのに、僕はなぜか岩里さんに心の中で謝りつつ、でもこの楽しすぎるボーナスイベントをやめようとしなかった。



薄情な奴だ、自分がこんな男だなんて思ってもみなかったよ。



さげすむ自分がいたのも確かだったけど、圧倒的に楽しんでいる自分が勝ってしまっていて、僕はしばらくミーシャとのじゃれあいを楽しんだ。




「さ、そろそろ訓練でもしようか。」

「そうだね、色々教えてもらわなきゃ。」



しばらくじゃれあって休憩した後、僕は自分でイベントに終止符を打った。ミーシャが少し残念そうにしていた気がしたけど、ミーシャにも上位者闘争マスターズバトルで生き残ってほしいってのは本音だったから、僕たちは元居た訓練場に戻ることにした。



「じゃ、移動するから、どこかつかんでくれる?」

「うん、よろしく。」



何も考えることなく僕はミーシャのどこかをつかもうと、言われた通り反射のように手を伸ばした。するとあろうことか僕の手は、気が付けばミーシャの手をギュっと握っていた。



いや、何やってんだよ、手!



手にツッコミを入れてみたはいいものの、それは紛れもなく自分の仕業だった。今日は人生で起こりえないと思っていたイベントがたくさん発生している。


こんなラッキーイベントがどんどん発生していたら、その反動で明日死んでしまうかもしれないと思いつつ、一度握った手が離せなくて、僕は心臓の音が聞こえてしまうのではないかってくらいドキドキしていた。



そしてふとミーシャの顔を見てみると、僕に見えないくらいうつむいていた。




やばい、めちゃくちゃに嫌がってる。




申し訳ないと思って手を放そうとすると「んじゃ、行くね」とうつむきながらミーシャがいったから、僕は抵抗することなくミーシャの魔法のされるがままになった。



「ありがとう。」

「ううん。」


訓練場について、僕はすぐに手を離した。するとミーシャが少し困った顔をして返事をしたから、やっぱり嫌われてしまったかもしれないと思った。



「じゃ、訓練始めようか。」

「うん!」


そんな微妙な空気を打破すべく、僕は普段より少し大きめの声を出した。ミーシャもそれにこたえるみたいに元気に返事をしてくれたから、安心して特訓を始めることが出来た。


「最初飛んで目くらましをするまではよかった。」

「うん。」

「でも飛ぶってことは、

やっぱり隙が出来るってことだから、

その隙をまず埋めるってのが大切になる。

さっきと同じようにやってくれる?」


僕の言葉に素直にうなずいたミーシャは、さっきと同じように飛行魔法を使って飛んだ。


「そこでストップ!

それとミーシャの移動魔法を組み合わせよう。」


さっきまでドキドキイベントが発生していたとは思えないくらいに僕たちは真剣に特訓をして、ミーシャは僕のアドバイス通りメキメキと成長していった。


今のレベルだって十分に上位者闘争マスターズバトルで上位が狙える。

僕はどこかでミーシャに当たらないことを願いつつ彼女の指導を続けて、30分くらいしたところでミーシャは今日はおしまいにすると言った。



「毎日ログインするのは1時間にするって決めてるの。」

「偉いね。

僕はついだらだらとやっちゃって…。」

「それが最初の約束だったから。」



誰との?って思ったけどそれ以上深く聞くことはなく、僕は「ありがとう」と最高の笑顔で去っていくミーシャを見送った。



今日だけで、僕の男としてのレベルは少し上がったかもしれない。



そんなふざけたことを考えてミーシャの去った方向をボーっと見つめていると、後ろから思いっきり背中をたたかれた。


「いって!」

「ナイスアシストだろ、俺。」


自分も一区切りついて休憩していたらしいシュウは、ニヤニヤとした顔でそう言った。


「アシストって…。」

「いや、なんかお前とミーシャちゃん

いい感じだったからさ。」

「なんだよそれ。」


そう言ってみたものの、今日思ってもいなかったラッキーイベントが発生したのはシュウのおかげであることは否定できなかった。


「罪な男だな、お前。

岩里さんだっているのに。」

「ばか、僕は岩里さん一筋だ。」

「ふぅん。」


自分がイベント発生のきっかけを作ったというのに、シュウはにやりと笑ってまた訓練場に向かって行った。



そうだ、僕が好きなのは岩里さんだけだ。



ミーシャと確実に仲良くなったというのに、こんなことを思うのは失礼にも思えたけど、僕はやっぱり岩里さんが好きだ。


僕は僕の中に少し芽生えてしまった邪念を振り払うためにも、一心不乱に訓練を続けた。

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