第53話 告白


「好き、です。一君。」


その言葉は、普通の居酒屋の席で放たれた。


真っ赤に染まった顔、向けられない視線。宮島さんが緊張しているのが、痛いほど伝わってくる。


分かってた。話の内容なんてそんなことだろうと。だって他に俺としたい話なんて、思いつかないし。


「………。」


真剣な想いに、簡単に口を開くことはできず、沈黙が場を包む。その沈黙に耐えられず。俺はぎこちない手つきて、お酒の入ったグラスを手に取る。


「………ずっと、ずっと前から好きだった。一君は覚えてないかもしれないけど。私、一君と同じ大学に通ってたの。」


その沈黙を、覚えのない事実で破る宮島さん。その事実に思わず面食らってしまう。


同じ大学………いやそんなこと、あり得るはずがない。俺の通っていた大学は、そこまで学生数の多い大学ではなかったし、何よりこんなに可愛い人が同じ大学にいたら、絶対知っているはずだ。そのはずなんだけど………宮島さんの雰囲気は嘘をついているようには感じない。


「まぁでも、被ってたのは一年間だけなんだけどね。」


俺が知らないのも無理はないよ、とそう言いたげに言葉を使って雰囲気を濁す宮島さん。


分からない、本当に分からない。記憶に神経を張り巡らしても、どこにも答えは出てこない。


「………もしかして面識あったりしましたか?」

「うん。軽く、だけどね。」


グラスに口をつける宮島さん。


駄目だ、本当に思い出せない。


「……覚えてなくても無理ないよ。私、大学時代と今じ全然雰囲気違うし。」


ぎこちない、そんな笑顔を作って見せる宮島さんに、胸が痛む。


いくら雰囲気が変わったと言っても、人間顔が変わるわけじゃない。だから覚えていないなんて、失礼にも程があるんだが……。


「………すみません、覚えてなくて。」


自然に視線が下がる。こんな失礼をしておいて、目を向けられるわけがない。


「いいの。こうしてまた再会できて、好きって言えたから。」


ちらりと上目遣いで宮島さんの様子に目を向ける。


笑顔、笑顔は笑顔なんだが、目の端に見える涙はやっぱり………。


「私ね、元々男の人が苦手だったの。男の人に触れられるのも話しかけられることも、目を合わせることでさえも。」


目の端に溜まってあった涙は、たまらず溢れていく。


「でもね、一君はね、そんな私に優しく丁寧に話しかけてくれたの。物腰もすっごい柔らかくて、うまく返事ができない私を気遣ってくれて……。」


涙を頬にへばりつかせたまま、白熱灯のような笑顔を見せる宮島さんに、思わず上げていた視線を逃がす。


こんな宮島さん、俺には見れない。俺には見る資格がない気がする。


「……好き、です。本当に大好きです。ごめんね、一回断ってくれたのに。」


はっきりと、明確な意味を持ったその言葉は、重いほど胸を締め付けてくる。

俺は、俺は本当に、宮島さんの想いに応えられないんだろうか?


「…………。」


そんな葛藤を胸に抱いていても、言葉は出てこない。

俺にできるのは、ただ沈黙を持って、時が流れていくのを待つだけ。そんなことしか、俺にはできない……。


「―――――。」


涙にくれる宮島さん。雰囲気は最悪だ。


何が、友達くらいがちょうどいい、だ。俺は馬鹿か。そんなこと、宮島さんに対して一番失礼なことなのに。本気の想いを、言ってしまえば五年越しの想いを断っておいて、そんな適当なことで断ろうとするなんて………もう自分が嫌になってくる。


「……ごめんね、泣くつもりはなかったんだけど………。」


服の袖を懸命に使って涙を拭う宮島さん。俺にはその涙を拭う事も、止めることも出来ない。


「ちょっと、トイレ行ってくるね。」


席を立ち、顔を覆うようにしてトイレに向かう宮島さん。その言葉の影に、涙にくれる宮島さんの姿が浮かぶ。


そうして一人になって頭を過去に遡らせる。

あの時、宮島さんから言われるまで待つことができていれば、こんなにも宮島さんを悲しませずにすんだのかもしれない。

泣くことはあっても、それは結果を知った後の涙であって、無駄な告白に思う涙ではなかったのかもしれない。

結論は一緒でも、家庭が違えば何かが変わったのかもしれない。

そんな後悔が脳を過って仕方がない。



俺は本当に………間違い続けるんだな……。


消せない過去と自分の選択。無駄な後悔だと、反省するべきだと分かってはいても、後悔をせずにはいられなかった。

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間違いだらけの俺の人生《ライフ》 藤原氏 @wara0726

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