第51話 はじまりはいつだって些細なこと


「やっちまった………。」


元は一つの小さな失敗からだった。


前日、夜遅くまで飲んでいたこともあり、朝起きるのもやっとの思いで、俺はいつもより十分遅く起きた。準備に時間をかけまいと集中していたがために、家を出る前に持ち物の確認を怠った。だから携帯を忘れてしまった。


そんな小さなミスで、俺は………。


「謝るしかない、よな。」


手元にある携帯の通知の欄には、宮島さんからのメッセージ。簡易的に、そのメッセージの中身を覗いた先は、予期していないことだった。


『仕事終わりに、少しだけ話があるんだけど、時間大丈夫?』


もう時間は20時が近い。

今更連絡をしたところで、宮島さんは多分もう無視されたと判断しているだろう。何せ、連絡が来てたのはお昼前だからな。


「はぁ……面倒くせえな………。」


分かってる。俺が悪いことは。でも宮島さんも、帰りがけに声の一つでもかけてくれてもいいんじゃいのか?そうすれば、この時間まで気づかないこともなかったんだし。


「電話するか……。」


と、色々と気持ちを並べてみても、事態が動くわけでもない。


諦めて、俺は電話帳のページを開いた。




『………何?』


冷たい、宮島さんの電話越しの声を聞いて最初に思ったことはそれだった。


「いや、その、宮島さんの連絡今見たんで………。」


何、はねぇだろ。何は。


『ふーん……それで?」

「それでって……その、謝ろうと思いまして。」


なになに、どうしたの?雰囲気、超怖いんですけど!!

俺、そんなにまずいことしたの?この前の飲み会ではあんなにフレンドリーだったのに?


「す、すみませんでした……。」


他に何を言っても、今の宮島さんは納得しないだろう。だからもう、俺に言える言葉はこれしかない。


『……………。』


少しの沈黙が、二人の間を流れる。


謝っても駄目か………と、そう思いかけた時だった。


『………埋め合わせ……。』


小さな小さな宮島さんの声が、沈黙に突き刺さる。


「……はい?」


けど、何を言っているのかまでは聞こえなかった。電話越しとか関係なしに、今の声は小さかった気がする。


『埋め合わせ。いつだったら都合いいの?』


先ほどとは違い、言葉の端に力がこもっているのが手に取るように分かる。


埋め合わせですか、いやね、別に今日も特に都合が悪かったわけではないんだけどね?


「そうですね………話って長くなりそうですか?」

『何?長いと何か問題でもあるの?』

「あ、いえ……そういうわけじゃないんですけど………。」


まずった。今の言葉はまずかった。

あの言い方じゃ、嫌々感がすごい出てたな。


「き、金曜日。金曜日とかどうですか?」

『……別にいいけど………。」


なんだよ別にいいって。まるで俺が全部悪いみたいじゃん!いやまぁ、事実そうなのかもしれないけどさ……。


『よし……それじゃ金曜日ね。バイバイ。』

「あ、あぁはい。分かりまーー………」


そんな俺のどこにも向かうことのない葛藤なんて、宮島さんには関係ない。

受話器の向こうで、独り言のようによしと呟くと、さっさと電話を切ってしまった。


「本当、自分勝手だな………。」


勝手に怒って、勝手に笑って、挙げ句の果てには勝手に俺に好意を抱いて……………って、そう言えばどうして宮島さんは俺のことなんか好きなんだ?


俺の記憶が正しいのなら、俺は宮島さんと知り合ったのは絆プロジェクトが初めて。それから特に好意を抱かれるようなことをしたつもりはないし、それにそんな態度をとった覚えもない。


何しろ俺は千咲のことでいっぱいいっぱいだったからな。


だからひどい扱いをしていたとしても、いい扱いなんてしていないはずなんだけど…………。


それとも俺は、知らない内に宮島さんとどこかで知り合っているのか?でもあんな可愛い人と知り合いになっておいて、その記憶がないってあり得るのか?


考えても考えても、納得のいく答えは出ない。間違いなく言えることはただ一つ。俺が宮島さんと出会ったのは絆プロジェクトの時だ。

それだけは間違いない、と思いたい。


でも……………。



過去の苦い経験、思い通りにはならない現実が頭をよぎり、あるはずのない現実が、その存在を仄かしてきて仕方がなかった。

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