第50話 猛者しかいない


「おーいー、待って~。靴履かして~。」


いつからだろう?

お酒がリーダーをこんなにも頼りなく変えたのは。


「一雪君、肩貸してぇ~。」


いつからだろう?

福山さんが俺に遠慮しなくなったのは。


「一君、私も~。」


そしてお前は、本当にどうしてこの場にいるんだ、宮島さん。


もう、全部が面倒くさい。ここは動物園かよ。


「僕一人で全員は無理です。一人で何とかして下さい。」


女三人に男一人。それも顔のいい女三人、だ。更に付け加えて言うなら、個性の強い女三人、だ。


もう手がつけられない。


「ケチ~。」

「へぇーそんなこと言うんだ~、一雪君って。優しくなーい。」

「一〜、靴~。」


三人がそれぞれ、似たような視線を俺に向けてくる。


「無理です。そんなことより、早くお店出ましょう、店員さん迷惑してますから。」


遠巻きに感じる店員の視線が痛い。

そうですよね、お会計済んでるんだから出ないといけないですもんね。


「ん~、支えてくれなきゃ歩けない~。」


抱え込むようにして、俺の腕をがっちり掴む福山さん。服越しに、柔らかい感触が脳を走り抜ける。


あー………はい。分かりました、分かりましたから、そんなに体を押し付けてこないでください。胸、当たってますから!


「私も~。」


真似するように、宮島さんも同じ体勢をとる。


まずいまずいまずい。この状況は、非常にまずい。右腕に、ナニとは言わないが当たるもの、そして同じように左腕に当たる少し小ぶりなもの。どっちも俺には誘惑が強すぎる。


欲望が、千咲と別れて以来出てくることのなかった欲望が―――


「えぇ~、私は~?」


甘い声で不満を言葉にするリーダー。その声で、トリップしかけていた理性が一気に呼び戻される。


危ない、変な気を起こすところだった。


「二人とも、離れてください。公衆の面前なんですから。」


何とかして二人を引きはがそうとするが、なかなか二人から離れられない。


「公衆の面前じゃなかったらいいんだ~。一雪君のエッチ~。」


待ってくれ。確かに公衆の面前とは言ったが、そういう意味じゃない事、福山さんは分からないのか?それとも分かっててそういう事言ってるのか?てかどちらにせよ、まずは離れろよ!


「こら~。私を無視するなぁ~。」


無視したわけじゃないんだけどな。というか履けるだろ、靴ぐらい。紐を結ぶわけでもないし。


―――あの、お客様……他のお客様が見ていられますので………。」


見かねた様子の店員が、ようやく声をかけてくる。


「す、すみません。すぐ出ますから。」


ほれ見たことか。皆迷惑してんだってよ。というかなんで俺が怒られなきゃいけないんだよ。


「ほら、二人ともいい加減離れてください。リーダーも靴履いて。」


流石にまずいと思ったのか、ようやく腕から柔らかい感触が消えていく。リーダーも諦めたように靴を履きはじめた。


「むぅ……私、まだ帰りたくないのに。」


靴を履きながら、そう不満を零すリーダー。


おいおいおいおい、ちょっと待ってくれ。

今日は月曜日、普通の平日なんだぞ?明日も仕事あるんだぞ?それを分かってんのか?

普通なら、そもそもこんな時間まで飲んでないからな?


「一君って、なんでそんなにいっつも普通なの?もっと曝け出してよ。」


はい???何を言い出すんだ?宮島さんは。

こんな席で、年上の猛者しかいない酒の席で、酔えるわけがないだろ。

俺はそんな勇気、持ち合わせてもなければ、馬鹿なわけでもないんだから。


「みんなが酔いすぎなんですよ。明日も仕事、あるんですからね?」

「そんなの分かってるよ〜。一雪君は固いなぁ〜。」


あぁもう……名前、呼んでいいなんて一言も言ってないのに。福山さん、改めて聞きたいんだけど、本当に初対面だよね!?


「一〜、まだ時間はあるんだろ〜?」


靴を履いて立ち上がり、ふぅと一つ息を漏らすとリーダーは事もなげにそう口を開く。


待ってくれ、本当に待ってくれ。もうその言い方、二軒目行く感じじゃん。勘弁してくれよ、まじで。


「ありません、それに僕も空いてません。」

「じゃあ行くか〜。」


ちょっと待って!?今の俺の言葉、どう聞いたら行くってなるんだ!?

あれか?酒で頭沸いたのか?


「私も〜。」


だからお前は簡単にのってくんなよ!

なになに?俺とあなた、気まずい関係なんじゃないの!?どうなのそこんとこ。


「じゃあ私も〜。」


じゃあじゃない、じゃあじゃないんだよ。福山さん、あなたこの場で一番年長者ですよね?普通、止める側なんじゃないんですか?


「じゃあみんなで行くか〜。」


けど、そんな俺の気持ちに、この女三人が理解してくれるわけもなく、反論の隙すら与えてくれない。


あぁ、本当にどうしてこうなった…………。




もちろん、二軒目が早く終わるわけもなく、結局お開きになって家に帰った頃には、既に日を跨いでいた。



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