第二部 第三章

第49話 俺の知らない世界


どうしてこうなった?


「今日はありがとうございました、福山さん。これからもよろしくお願いします。」


隣で向かいに座っている福山さんに、軽くお辞儀をするリーダー。

もう一度問おう、どうしてこうなった。

福山さんの歓迎会を兼ねた飲み会はまだ分かる。けど………


「本当に感謝です。ありがとうございます、福山先輩。」


どうしてあんたが居るんだ、宮島さん。しかもわざわざ俺の目の前の席に。

来るなんて聞いてないし、そもそも宮島さんが来る意味もない気がするんだけど。


「やめてやめて。私なんてただ代わりに入っただけだし。」


謙遜しながらおしぼりを手に取って、恥じらいを隠す福山さん。


「それに、つばきちゃんもさん付けなんてしないでって言ってるじゃん。今は立場もつばきちゃんの方が上なんだし。」

「それとこれとは話が違います。少なくとも私は尊敬していない人に敬語は使いませんし。」

「だから別に尊敬の話とかじゃなくってさぁ………。」


カシスオレンジの注がれたグラスを手に取って、一口飲む福山さんの頬は少し赤い。

ってか待て。歓迎会なら、どうして城戸さんと西条さんは来ていないんだ?あの二人も来るべきなんじゃないのか?少なくとも抜けた宮島さんよりは。


「あの二人はどうして来ていないんですか?」


たまらず言葉にする。


「城戸君は今日から出張で居ないんだ。けど確かにどうして西条さんは来なかったんだろうな。一応声はかけたんだが………。」


思い出すように、視線を宙に飛ばすリーダー。


そうか、一応誘ってはいたのか。だとしたら本当に何で来なかったんだろうか、西条さんは。

西条さんはあんまりそういうお誘いが得意じゃないことは分かっているけど、リーダーから誘われたら断れないと思うんだけど………。断るのあんまり得意じゃなさそうだし……。


「それよりもさ、君が一君?意外となんて言うか、イメージと違うね。あっ、もちろんいい意味でね。」


慌てて訂正する様に、言葉を重ねる福山さん。

いい意味とはどういう意味ですか?今の言い方だと、あんまりいい印象は受けないんですけど………。


「なんて言うか……もっとこう、いかにも真面目な青年ってイメージだったからさ。」

「いや、僕は至って真面目ですよ!?どこも悪くなんてないですから!!」


つい、柄にもなくツッコんでしまった。

どこをどう受け取って不真面目な印象を?俺、会社でも、何ら今ですらも真面目にしているつもりなんですけど?


「いや、そういうところとかさ、真面目な人はツッコんできたりしないよ。本当、面白い子だね。」


頬を緩ませながらそう言葉にする福山さんは、もう笑いを堪える気なんてさらさらないように見える。


「まぁそっかそっか。君が一君か。確かにこんな子だったら普段の仕事も頑張れそうだね。」


そうして物言いげな目線をリーダーに向け、視線を合わせる福山さん。

何だ?二人の間でどんな意図が飛び交っているんだ?


「ちょ、福山さん。それは言わないって約束したじゃないですか。」

「うんうん。一君、つばきちゃんの事頼んだからね。」

「だからやめてくださいってば。」


俺と宮島さんを差し置いて、二人の間で飛び交う意思。二人の間には俺の知らない何かがあるみたいだ。

それよりも……こんなに慌ててるリーダーは初めて見たかもしれない。俺の中でリーダーと言えば、いつだって落ち着いていていつも頼りがいのある、そんな人だ。まぁちょっとたまに強引すぎる時があるけど。

でもそんなリーダーが、福山さんと話す時は全然落ち着いていなくてすごく新鮮で、その様子がどこか子供っぽく見えて、つい頬を緩ませてしまった。


「ちょっと、何を笑ってるんだ?一君は。」

「あ、本当だ。」


そんな俺の様子に二人が気づき、問い詰めるように視線をこちらに向けてくる。


「な、何でもないですよ。ただ、その、なんて言うか、リーダーにも意外な一面があるんだなって。」


まぁ俺が知らない一面なんてあって当たり前だよな。リーダーとの関係なんて所詮、会社の関係でしかないしな。


「そ、そりゃもちろん。私だって一人の人間だしな。いつも落ち着いているわけじゃないさ。」

「そうそう。つばきちゃんって、本当は全然落ち着いているわけじゃないしね。」

「だ、だから、それは言わないでって言ったじゃないですかぁ。」


またも二人は知らない意思を通わせる。


「………あの!」


停滞しかけていた雰囲気に嫌気が差したのか、宮島さんは大きく声を張ってその場の雰囲気を変えようとする。


「そろそろ注文しませんか?」

「………………そ、そうだな。福山さんは何か食べたいものとかありますか?‘

「う、うん。えーっと、メニューとかある?」


意思を通わせ、雰囲気を合わせていた二人は、宮島さんの提案に一瞬呆気に取られるも、すぐに正気に戻る。


しかし驚いた。あんなに存在感の強い宮島さんが、さっきまで霞んで見えた。宮島さんも相当強烈だけど、この二人もなかなかに強烈なんだな。


「一君は何が食べたい?」

「そうですね。僕は………特に、ないですかね。」


過去に幾度となく来ている居酒屋だ。最早食べてみたいもの、なんてあるわけがない。もうほとんど知っているんだから。


「じゃあ私が適当に決めちゃうね。宮島さんは何かある?」

「じゃあ……魚にしようかな……。」

「あ、それじゃあ鯛の煮付け、一緒に食べない?私、一人じゃ食べきれないからさ。」

「いいですよ。あとはお任せします。」

「OK!」


鯛、か。意外だな、宮島さんは魚とか苦手そうなのに。


そんな些細なことを知って改めて思う。俺はやっぱり、宮島さんのことなんて全然知らなかったんだな、と。


そんな俺の些細な内情などメンバー達はもちろん知る由もなく、それから飲み会はしばらく続いた。

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