第48話 新メンバーとの交代


『一君、今時間あるか?』


電話越しにそう言葉にしたのはリーダーだった。


「はい。大丈夫ですけど……どうかしましたか?」

『いやな、昨日の件は上手くいったかなと思って。』


あぁなんだ、そのことか。それなら丁度今し方に終わりましたよ。それも多分、今後に影響のない形で。


きっともうこれから先、宮島さんとプライベートで関わることはないだろう。最低限の業務上の会話があるだけ、それだけの淡白な関係。


何も問題は無い……無い、はずだ。


『……一君?』


返事のない一雪を変に思ったのか、改めて問いかけるリーダー。


「はい。大丈夫です。」


何を、俺は何を勘違いするところだったんだ?

何も問題は無いはずなのに、俺は惜しいと思っているのか?宮島さんとのあの曖昧な関係を失う事が。


『何か、あったのか?』


俺の気持ちを助長するように、リーダーは問う。

何もない、何もないはずだ。俺は何も違和感を感じてないはずだ。


「……いえ、何もありません。大丈夫です。」

『そうか……それじゃあまた明日会社でな。』

「はい、お疲れ様です。」


切れる電話。耳から離して机に置く。

俺は何も間違ったことなんてしていない、はずだ。なのに………なのになんで、こんなに心にもやがかかるんだ?


「また、俺は何か間違えたのか?」


今までの経験が甦る。


幾度となく、選択を間違え続けてきた。千咲を泣かせ、その相談をいろんな人にしてそこから行動を起こし、更に千咲を泣かせた。


俺は又、宮島さんで同じことを繰り返しているのだろうか?


そう、思える気がして仕方がなかった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


憂鬱な気分とは裏腹に、朝の日差しは眩しいほどに部屋を照らす。


今日は月曜日、出勤日だ。

あれから特に宮島さんから連絡が来ることはなく、俺も特にしていない。


今日はプロジェクトの会議がある。だからなるべくなら仕事に行きたくないのだが、急に休めるわけがない。プライベートのことを、仕事に持ち込む方がおかしいのだから。


「はぁ……行きたくねぇ………。」


洗面所に向かい、鏡を通して自分の顔を見る。

酷い顔だ。ろくに寝れていないせいで目の下に隈が出来ている。


昨日家に帰ってからずっと、自分の選択と気持ちに対して押し問答をした。けどやっぱり答えは同じで、他の答えなんか出てこない。


断った時に、宮島さんが笑い飛ばしてくれていれば、こうも悩むことはなかったのだろう。


「泣くなんて、想像してなかったもんなぁ……。」


蛇口を捻り、出てくる水に指を当てて温度を確認する。


てっきり俺は、宮島さんの事だから適当に笑って、そっかぁだよね!ぐらいに返してくるもんだと思っていた。

だから、声を震わせ涙を流す宮島さんに揺さぶられた。自分が間違ってると疑う事になった。


重いため息を吐き、適温になった水を使って顔を洗う。そうして洗った顔をタオルで拭きあげ、再度鏡を通して自分の顔を見る。


「変わんねぇな。」


相変わらず、酷い顔だ。隈も全然消えてない。

こんな顔、リーダーが見たらきっとまた口うるさく、何かあったのか?なんて聞いてくるんだろうな。

それどころか宮島さんにも、変な心配かけるのかもな………。


そう考えると、尚更会社に行きたくなくなって仕方がなかった。




「それでは絆プロジェクトの会議を始めます。宜しくお願いします。」

「「お願いしまーす。」」


いつも通り、リーダーの号令によって会議が始まる。けど、今日はいつもとメンバーの顔が違った。


「まず、今回から営業事務のメンバーが変わることになった。福山さん、お願いします。」


「はい。営業事務の福山ふくやま 未奈美みなみです。宮島さんが急遽抜けることになったので変わりで入りました。宜しくお願いします。」


宮島さんが抜けた、その事実が唐突に訪れる。

俺のせい、なんだろうな………。


「今後は、福山さんが絆プロジェクトの営業事務のメンバーになるから、よろしく頼む。それじゃ早速だが………」


きっと、宮島さんは俺の顔が見たくなくて、絆プロジェクトから抜けたのだろう。しかしだとしても、よく抜けさせてもらえたなとは思うが……。


「それと今回の案件なんだが、城戸君は出張が重なってあまり参加が見込めないんだ。だから一君、君に私の補佐として営業についてきてもらいたいんだが、大丈夫そうか?」


更に唐突な事実が、リーダーの口から訪れる。


城戸さんが参加できない?だから俺がリーダーの補佐?

待て待て待て待て、待ってくれ。訳が分からない。それこそ営業事務でいいんじゃないのか?


「一君?無理そうなのか?」

「い、いえ、そういうわけではないんですけど……。」


そうじゃなくて、営業事務さん!福山さん、だっけ?いるじゃん、その人が。


「じゃあ宜しく頼むな。本案件に限り、私の営業補佐ってことで。」

「あ、はい……。」


押し切られる、というよりは決めつけられてしまった。

俺はそれどころじゃないってのに。しかも何で俺なんだよ。その理由ぐらい、説明するのは普通だろ。


「それじゃ本題に入ろう。まず今回の案件だが……」


そんな俺の不満を他所に、会議は始まっていく。

まだ俺は宮島さんの事も消化しきれてないってのに……。


想像できなかった変化と、自分の気持ち。その二つに板に挟まれて、俺は頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。

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