第47話 デジャブ


「すみません。宮島さんとの本気のデートはできません。」


商業施設が立ち並ぶ道路の一角にある、クラシック風の喫茶店。俺は今、宮島さんと二人でその喫茶店に来ていた。

目的は言わずもがな、謝罪とお礼と、そして拒否の想いを伝えるために。


「そ、っか………。」


小さくそうこぼしながら、宮島さんの目線は下がる。


「すみません……。」


そんな宮島さんの様子に、俺もつい言葉の端を小さくする。

俺は今まで恋愛関係に於ける最初の段階、つまり告白というものをされたことがなかった。だから知らなかった。拒否をするという事が、どれだけ大変で、どれだけ大事なのかを。


拒否するのって、こんなに心が痛むんだな……。


それから少しの間、二人の間に言葉は無く、ただひたすら時間が流れる。その時間が俺にはすごく気不味くて、けど口を開くのも難しくて、必死に耐えるしかなかった。


何分経過しただろうか、頼んだコーヒーと紅茶の熱が冷めるかどうかの時に、宮島さんは聞こえるように息を吸って口を吐いた。


「ごめんね、気遣わせて。」


明るくもなく暗くもない、そんな曖昧な表情を作って見せる宮島さん。実家の父さんが家の中でしていた表情によく似ている。だからこそ俺は更に心が痛くなってしまう。


今の宮島さんの気持ちは、流石の俺でも分かる、分かってしまう。けど俺は何もできない、何も言えない。

俺は拒否した立場で、他人なのだから。


「そんなことはないですけど………。」


結局ありふれた、誰でもできる程度の言葉をかけることしか、俺にはできない。

辛い、ただひたすらに辛い時間。


「………今日だって、本当は来たくなかったのにね………。」


若干の言葉の震えから、宮島さんが涙を堪えていることが伝わってくる。


今日は日曜日。俺が決心した次の日だ。


朝早く部屋に響き渡るインターホンに、疑念を抱きつつモニターを見ると、そこには宮島さんが居た。またかよ、なんて思いをしたが、宮島さんはそんな俺の期待を綺麗に叶えて、昨日出来なかった本物のデートをしよう、と言ってきた。

断る、というのが俺の決心なのであるから、正直出かける必要性は全くないのだが、折角のデート気分で来ている宮島さんを即座に追い返すのも悪い気がして、分かりました、と返事を返した。

そうして出かけて、簡易的にウインドウショッピングをして歩いて、休憩がてらこの喫茶店に立ち寄った。


俺としても固まった決心を早く伝えたい思いもあり、この喫茶店はちょうどよかった。だから言った、表した。拒否の意を。


「そんなことはないですけど………。」

「嘘。もう気遣わなくていいから………。」


溢れだした気持ちを宮島さんは制御できず、悲しい雰囲気がこの席を取り囲む。その雰囲気に俺は更にのまれていく。


「気を遣ってるわけじゃ……」

「じゃあ、なんで?なんで一君は私に構ってくれるの?」


目をにじませる宮島さん。もう間もなく決壊しそうだ。


「それは……」


構っていることに気を遣っているかどうかどうかで言えば、答えはイエスだ。寧ろ、気を遣ってないときなんかほとんどない。


「嫌いなんでしょ?仕方なくなんでしょ?だからもうそんなのしないでよ……。」


とうとう決壊し、雫が宙を舞う。落ちても落ちても決して途絶えることのないその雫は、徐々に重なり、やがて小さな鏡を机に作る。


「嫌い、ではないです……。」


嘘偽りない本音だ。けど、そんな言葉が今の宮島さんに届くわけがない。


「嘘。嘘つき。もうそんな嘘、つかなくていいから。」


まつ毛を濡らし、袖を遣って涙を拭く宮島さんを俺は見れなくて、顔を上げることが出来ない。


「すみません……。」


どう言葉にすればいいのか、俺には分からなくて、結局言えることはそこに尽きる。


「……もう、今日は帰るね。」


治まらない涙を袖で隠して立ち上がり、そのまま鞄を持って宮島さんは喫茶店を出ていく。声をかけることも、見送ることも、今の俺には出来ない。


悲しさと孤独さにさらされていたたまれなくなり、俺は目の前にあるコーヒーに手をのばす。


「やっぱり悪いのは俺……。」


そこまで言いかけて言葉を飲む。状況が千咲の時と重なって、つい悪いのは自分だと認識しそうになった。


違う、俺が悪いわけじゃない。俺はただ正直に、自分の気持ちを伝えただけだ。だから悪いことをしたわけじゃない。


仮に俺が自分の気持ちを偽って宮島さんを受け入れたとして、それは果たして正解と言えるだろうか?宮島さんにも周りの人にも、そして自分の気持ちにも嘘をつき続けて、そこに未来はあるのだろうか?


答えは否だ。そんなもの、正解とは呼ばないし、ましてや未来なんかあるわけがない。

だから俺は何も間違っていないはずなんだけど………。



重なる状況に、自分の答えを疑ってしまう一雪。タイミングというものは、人付き合いに於いてとても大切なもので、そのことを一雪はまだ完全に理解していない。理解していないからこそ、今日宮島さんを拒否する選択を取ったのだから。


そんな一雪が、自分の世界から帰ってきたのは、電話がバイブ音で響いた時だった。

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