第46話 温度は違う


『やっと出た……。』


電話越しに、宮島さんが息を飲む音が聞こえる。


「すみません、ちょっと出れる状況じゃなかったです。」


寝てたからな。出られない状況ってのは嘘じゃない。


『だとしても連絡入れるぐらいしてよ。心配するじゃん……。』


ん?怒ってない?あれ?予想と違うんだけど。俺の予想だと、今頃怒鳴られて謝ってるところなんだけど。


「今日初めてぐらいに携帯開いたんで……。」


なんでそんな汐らしくなってんだよ。前みたいにもっとからかってくれよ。じゃないとなんか気まずいじゃん。


『ふーん……それで、もう家いるの?』


家?ナウ?それはもちろん。

だって俺、今の今まで寝てたんだし。


「いますけど、それがどうかしたんですか?」

『別に特に何もないけど……ただ帰ってるのかな~って思って。』


そこで宮島さんの声は止まる。意図していないタイミングで訪れる沈黙。


「………って、それだけですか?電話の用件。」

『駄目?』


………お、おぅふ……今の言い方はちょっとずるくないですか?

電話越しでも、今の宮島さんに可愛いさが伝わって来たんですけど?すげぇ耳幸せだったんですけど?


はい、ごちそうさまです……ってそうじゃない!今のが可愛かったのは事実だけど、大事なのはそこじゃない。


「別にいいですけど、それだけならもう電話切っていいですか?僕、まだお風呂入ってないんで。」

『……うん。分かった。』

「それじゃお疲れ様です。」


返事はない。本当なら、宮島さんは先輩だから、宮島さんが切るのを待つべきなんだろうけど、それを待っているといつまで経っても切られそうにないので、自分から電話を切る。


ふぅ、心臓に悪いぜ全く。


なんであの人ってあんなに可愛いんだろうな?同じ人間とは思えないよ。あんな可愛さ、反則だろ。神様本気出し過ぎだっての。


「俺とはえらい違いだな。」


俺も一時期、恵まれた容姿になりたいと思っていたことがあった。この一重を二重に変えて、ちょっとだけ目頭を切って目を大きくして、と整形を考えるぐらいに。

男子の学生なんてものは、相当性格が悪くなければ、顔だけで後はどうとでもなる。ただしイケメンに限る、なんて言葉があるくらいだしな。


そんな俺ももう23。流石に今はそんなに整った顔になりたいという願望はない。今はただ、静かに穏やかに生活出来れば、それだけでいい。それだけでいいんだけど……まさか宮島さんがなぁ……。


まるで老人のように布団から起き上がり、首を鳴らす。そうしてベッドから出て、俺は風呂場へ向かった。




最っ髙の気分だ。


風呂蓋を半分まで折り曲げて浴槽に浸かり、折りたたまれた風呂蓋の上に携帯を置いて音楽を聴く。


もう一度言う、最高だ。この瞬間は人生の中で二番目に好きな時間かもしれない。お湯の温度もちょうどいいし。

悔やむべきポイントがあるとすれば、少しばかりお湯を入れ過ぎたことだけだ。これだとのぼせるのが早くなるが、まぁそこまで気にすることではない。


肩までしっかり湯船につかり、浴槽のお湯で顔をスッキリさせて、風呂の有り難さを噛みしめる。そうしてリラックスした状態で俺はふと、宮島さんの事を考える。


俺は本当にどうしたいんだろうか?


好きか嫌いかで聞かれたら、鬱陶しいと思う事はあるけど決して嫌いではない。でもかといって好きなわけでもない。

俺は顔だけで人を好きになれるほど、単純じゃない。性格とか、趣味とか、好きな事・物の一致があって初めて好意を持つ。


残念だけど、俺は宮島さんと出かけた時にそういう印象はあまりなかった。逆にさえ思えたほどだし。

だからまぁ、俺は多分宮島さんのことを好きではあっても、それは恋愛的な好意ではないんだろうな。つかずはなれず、女友達ぐらいがちょうどいいんだと思う。


宮島さんはそうじゃないんだろうけど………。


体中の力を抜くように大きく息を吐く。


よし、俺の気持ちは固まったな。というか、こんなこと前にもあった気がするんだけど、気のせいか?気のせい………じゃないよな。

あったわ、そう言えばキスされた時にも、こんなふうに考えたことが。


「待てよ?じゃあやっぱり宮島さんはあの時から……。」


ふと思う。

仮に宮島さんは、最初のデート(仮)の時からその気だったんじゃないか、と。だとすれば、あの強引なまでの誘い方も、やたらと俺に関わってくる姿勢も納得がいく。


「なんだなんだ、やっぱりそうだったのか。」


すごく簡単なことだったんだな、宮島さんが俺に関わってきていた理由って。まぁそれに気づけなかったのは俺なんだけど。


しかし、宮島さんが俺なんかをねぇ〜……ヤバイそんな気はないのに頬が緩んじまう。

だってあの宮島さんだぜ?可愛くて、本当に可愛くて、下手な女優なんかよりも可愛くて………って、あれ?他に何も思い付かねぇな。なんでだ?


……………あそっか。俺、宮島さんと合わねぇんだった。そりゃあないよな、あるわけない。それに関わるようになって、まだそんなに経ってないしな。


まぁ兎にも角にも、月曜日だな。そこではっきり断ってこよう。そうしてこの問題に終止符を打とう。


その後はもう、今まで通りの感覚で関わるのは難しくなるんだろうな………。

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