第二部 第二章

第43話 伝わる想い


どんな嘘や綺麗事だって、時と場所を選べばそれなりに聞こえる。


優しい嘘、現実を捉えていないただの綺麗事。一般的に存在するものはそんなものばかりなのかもしれない。かく言う俺も、現実は嘘や綺麗事の方が多いと思っている。


なんで突然こんなこと思うのかと言うと、それはもう今現実で起きていることがもちろん関係しているわけで…………。


「それで、どうなの?ダメ?」


問い詰めるように、座っている俺へと体を近づけてくる宮島さん。

小さな体がなぜか今はとても大きく見える。


「どうって言われても、その返事って今言わないと駄目ですか?」

「今。今じゃないとヤダ。」


いつもとは違い、至って真剣な表情を見せる宮島さんに圧を感じて、うまく頭が回らない。

そんなこと言われたって、いきなり返事なんかできるわけないじゃないか。


宮島さん、昼休憩に入ったと思ったらいきなり席に来てなんて言ってきたと思う?

「明日、デートしよ。」だぜ?まだ他の社員もいるってのにだぜ?


本当ふざけてる。からかうのも大概にして欲しいんだが………あ、今いい匂いした…………って、そうじゃない。

今考えるとこはそこじゃない。


「いや、冗談ですよね?」

「冗談でデートなんて言わないもん。」


今もしかして拗ねた?

ん?あれ?あれれ?あれれ〜おっかしいぞ〜。某アニメのフレーズが出てきたぞ〜。

って、それよりも冗談じゃない?それはえーっと………どういう意味なんだ?


「すみません。僕の聞き間違いですよね?なんか今冗談じゃないって聞こえた気がしたんですけど………。」

「だから冗談じゃないって。」


今度は怒った?

うーん……なんか今すごい重大なことを聞いてるような気がしてるんだけど、やっぱり気のせいじゃないよね?


俺、耳おかしくないよね?


「それはえっとつまり…………。」

「だから、デートだって。本当の本当にデート!正真正銘、本物のデート!!」


宮島さんの言葉が帯びる力強さから、はっきりと意思が伝わってくる。

間違いない、宮島さんは本気で言っている。


「………ちょ、ちょっと外出ましょう。」


ここはまだ会社の中、人は沢山いる。

そんな場所でこの会話を続けるのは少し、いやかなり恥ずかしくて、宮島さんの腕を掴んで強引に外へと歩き出す。


宮島さんがデートしたい?この俺と?本気で?

駄目だ、信じられない。なんで俺なんか………。


外に向かう道中で、今の宮島さんの行動、言葉の意図を必死に考えるが、やっぱりしっくりくるものはない。


宮島さんは俺のことが好きなのか?そんなわけないよな?そんな感じ今までなk……あったわ。一つだけあったわ。

そういえば初めて二人で遊びに行った時の帰り際に、キスされてたわ。


でもあのキスは、よく外国人が挨拶でするようなものじゃなかったのか?


「腕、痛い。」


考え事と外に出るのに必死で、宮島さんの腕を掴む手の力加減を忘れており、言われて慌てて手を離す。


「す、すみません。」

「別に離さなくていいのに……。」


目線も合わせないでそう言う宮島さんの顔は、まだ少し怒っているように見える。


ちょちょちょちょ、待って。これ以上考える事実を増やさなでくれ。


「……お昼、どこがいいとかありますか?」

「どこでもいい。」

「じゃあ、適当に決めちゃいますね。」


このままここにいるわけにもいかない。

考えないといけないことも沢山あるけど、どちらにしろ宮島さんの意図を、気持ちをしっかり聞いておかないと。


降って湧いた事実と、当たり前のように存在していたかもしれない現実。

俺はその両方を今まで見過ごしてきたかと思うと、頭が痛くて仕方がなかった。




「それであの、さっきのことなんですけど……。」


オフィスビル街に囲まれた一角にある、落ち着いた雰囲気の中華料理店。俺の独断と偏見で決めたお店。

頭を使うには栄養がいるし、それに話をするなら落ち着いた店がいい。


結論、この店はそんな俺の要望にぴったり当てはまった。


「本気………ですか?」


正真正銘とは聞いていても、やっぱり信じたくなくて、もう一度確認する。

けどやっぱり帰ってくる答えは………


「本気。ちゃんとしたデート。」


眼力。一言で言うならそう表す他ないほど、宮島さんの目は力を帯びていた。


やっぱり嘘でも聞き間違いでもなかったか。

しかしちゃんとしたデートねぇ……それだと今までのデート(仮)はどうなるんだ?


「それってつまり、そういうことですか?」


敢えて明確に言葉にはしない。してしまうと途端に意識しないといけなくなるから。


「……………うん。」


確定、もうほぼ確定と言っていいだろう。

宮島さんの顔は一気に赤く染まっていき、視線は一点集中で下を向いている。


…………これは俺はどう反応するのが正解なんだろうか?


言い訳をする気はないが、俺は今まで宮島さんをそういうふうに見たことがない。

そりゃあ、服を選んでいる時とかに可愛いなとかは思ったが、それは決して邪な気持ちによるものではないし、あくまで女性としてって話で……。


それにあの宮島さんだぜ?女優やモデルの人達と比べても、なんら遜色ないあの宮島さんだぜ?

そんな人が自分に…………って、ないない。考えられるわけがない。俺はそこまで自分に自惚れていないし、そこまでの男だとも思っていない。


だからそんなふうに見たことなくて当たり前だろ?


「……駄目、かな?」


精一杯、今の言葉を口にするのが宮島さんには精一杯なのは分かる。

でもだからと言って、明らかに悲しいムードを出さないでくれ。そんな言われ方されたら断ることが、まるで悪みたいになるじゃないか。


「……そのデート、したところで何か意味はあるんですか?」


流石にこれ以上黙っているのも気まずい。何より何も言わなかったら、勝手に勘違いして余計に雰囲気悪くなりそうだし。


「意味は……ない、かも…………。デートしたいって気持ちだけじゃ駄目かな?」


確定したな、ついに。

今のもぼやかして言ってはいるが、もうそういうことだろう。


しかし宮島さんか。正直端的にいうならば、もちろん嬉しい。こんな超のつく可愛い女性にが、そういう気持ちを自分に抱いくれているのだ。嬉しくないわけがない。


宮島さんとデート(仮)は、なんだかんだ言って俺も楽しんでいたし、あのキスだって驚きはしたけど、決して不快ではなかった。

だから仮にそういう関係になるんだとしたら、悪くないことは当たり前なんだけど、果たして俺は宮島さんのことをそういう目で見れるのか?

元カノ、千咲に向けていたような目線、感覚を、宮島さんに向けることはできるのか?


俺は…………好きなのか?宮島さんのことを。


「失礼致します。こちら麻婆豆腐と天津飯です。」


頭の中で自分の気持ちに答えを出そうとしたタイミングで、注文していた料理が運ばれてくる。


ったく、タイミングが悪いな、本当。


「ごゆっくりどうぞ。」


 俺が頼んだのは天津飯、宮島さんは麻婆豆腐の単品。時間はすでに昼休憩の半分に差し掛かろうとしている。


「と、とりあえず食べない?昼休憩も無限にあるわけじゃないしさ。」


考えている俺に、気を遣ってくれているのがもろに分かる。けどここはその気持ちに甘えるとしよう。


「……そうですね。」


そうしてお互いに銀のスプーンを手に取る。

どちらにしろ、切れてしまった頭の糸を張り直すには栄養が必要だし、それに宮島さんの言う通り、休憩時間は無限にあるわけじゃない。


それにしても、本当なんと言うか………俺って馬鹿だよな。



現実、それはいつだって他人に突きつけられ、いとも簡単に意識させられる。俺はそんな現実を、束の間だけ忘れることにして、天津飯を勢いよく口に放り込んだ。

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