第44話 重なる誘い
「参った。本当に参った。」
会社に戻り、喫煙室に直行して早々に、気持ちを漏らす。
あんな事実、俺には荷が重すぎる。ただのしがないサラリーマンの俺には。
しかしまぁ、納得はいったな。宮島さんの行動に。
結果的に宮島さんはビッチでも何でもなくて、ただの恋する普通の女性だっただけだ。自分で言うのも恥ずかしいが、宮島さんは俺に恋して、デートに誘ったりキスしてきたり、突然家に押しかけて来たりしたんだろう。キスは流石にやり過ぎな気がしなくもないけど……。
というか、そこまでされて気づかない俺も俺だよな。千咲の件と、宮島さんという一般人にしては特別な存在のせいで、絶対ないと思ってた。完全にからかわれてるだけだと、現実を曲げていた。
本当馬鹿、俺って馬鹿。人の事を馬鹿なんて、どの口がだよって自分でも思う。
「はぁ………。」
吸い込んだ煙草の煙と同時に、ため息を吐きだす。吐き出した煙は宙を舞い、徐々に空気へ溶け込んでいく。
――――俺はもしかしたら、他にも間違えて現実を認識してたりして……。
そんな嫌な予感が、ふとよぎった。
「に、一さん!少しお時間、いいですか!?」
最早サイクル化されつつある絆プロジェクトの会議後に、西条さんは僕に歩み寄ってきた。肩に力を入れ声を震わせる西条さんに、緊張感がひしひしと伝わってくる。
「あ、はい、大丈夫です。」
上手く口を回せず、切れ切れになる言葉。そんな面持ちで話しかけられたら、こっちまで緊張してくる。
「こ、ここの資料なんですけど、数字が違います!」
指を差された先にある数字は、絆プロジェクトの比較対象として用いられている前年度の一案件の決算の数字だった。
「あ、あぁ、そうなんだ。」
正直そんな大したことでもないと思うんだが、なんでこんなに西条さんは真剣な面持ちなんだ?
ちょっと怖いぐらいまでだぞ、その目力。
「……それだけ、ですか?」
言葉の出ない西条さん。本当にそれだけだったのか?俺にはそんなふうには見えなかったんだが………。
「………て、訂正、よろしくお願いします!」
持っていた資料を俺に押し付けて、スタスタと部署へ戻っていく西条さん、いや、スタスタと言うよりも、最早早歩きだ。
何と言うか……拍子抜けだな。もっとこう、なんて言うか、その…………まぁいいや。
押し付けられた資料に目を向ける。事細かに、会議で話した内容がメモ書きされてある。それはもう、本当に細部に至るまで。
これ、大事なんじゃないか?覚えられるほど短い内容でもなかったし。
うん、これは返そう。資料も持っていく時についでに返せばいけばいいだろ。
そうして机上にある自分の持ち物を整理する。ボールペン、メモ帳、ノート、電卓、それに資料。
暗黙の了解なのかは知らないが、絆プロジェクトの資料作成はもう俺に一任の雰囲気がある。そのせいで、会議の時はどうしても荷物が多くなってしまう。
全く、本当に何と言うか……反抗する気力すら起きないな。いや、今までも特に口にはしてなかったけどさ。
なんだかな〜だよ、全く。
と、もう怒りの湧いてこない冷め切った自分の心を思い返していると………
ヒラリと舞うように、一枚の紙切れが資料の隙間から落ちてくる。その紙切れは、まるで意志があるように宙を舞い、俺の足元へ落ちていく。
「紙切れとかあったけか?。」
自問自答をしながら、足元に落ちた紙切れを拾い上げる。
掌サイズほどのその紙切れは、どこにでもあるコピー紙の端のようなもので、特段大したものでもなさそうに見えた。が………
『この土曜日、お時間ありますか?』
……………誰だ?なんて今更なことは思わない。
間違いなくこの紙切れは西条さんからのものだろう。あんなに緊張していたのはコレがあったからか。
さて、重要なとこはそこじゃない。この土曜日とは明日のこと、つまりそれは宮島さんから誘われているデートの日だ。それはつまり、どういうことかというのは別に言わなくても分かるだろう。
もちろんどちらの誘いも断るという方法はある。けど、宮島さんのあの本気は適当にかわせられるものでもないし、かわしていいものでもない気がする。
となると西条さんに対する答えは当然ノーになるんだが、それはそれでカドがたつ。なんせどこで誰に見られているか分からない。だから仮に後でそのことが西条さんに知られたら、もう合わせる顔もない。
俺は素知らぬ顔で二人を相手にできるほど、器がデカくない。
はぁ…………本当、頭が痛くなるな。勘弁してくれ全く。俺は凡人なんだ。ゲームに出てくるNPCなんだ。それも三番目から四番目に出てくる、特に主人公と関わりもなくみんなの記憶にも残らないレベルのだ。
だからもう、本当に勘弁してくれ………。
憂いな面持ちで自分の部署の方向に目を向ける。現実、それは仕事も同じで、どれだけ個人的な事情を抱えていようと、仕事は常にある。
そんな当たり前のことと、俺にとっては非現実的な現実に、頭中が痛くて仕方がなかった。
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