第41話 向かい合う二人
「なあ一雪、夜時間空いてるか?」
唐突に、本当に唐突に柳生からそれを言われたのは絆プロジェクトの会議が終わった直後のことだった。
「あ、あぁ。空いてるけど。」
柳生が放つ物々しい雰囲気に少し気圧される。
なんか、お前顔怖いぞ?
「そうか。じゃあ仕事終わりに会社入り口な。」
「お、おう。」
それだけ言うと、柳生はよしと意気込んで自分の部署へと戻っていく。
何であんなに真剣な顔してたんだ?あいつ。変に構えちまった。
…………分かんねえな。
今までの経験から分かったことだけど、多分俺は人の考えを探るなんて無理なんだと思う。
苦手どうこうとかのレベルじゃなくて、本当に無理なんだと思う。
「どうかしたの?」
廊下に立ったまま、考え事に頭を回す俺に声をかけてくる
「いえ、何でもないですよ。それよりも次の案件もよろしくお願いしますね。」
対抗したわけじゃないが、同じように作った笑顔で返す。
城戸さんへの対応も慣れたもんだ。流石に何回も遊ばれるほど、俺も馬鹿じゃない。
とは言え、城戸さんの本当の顔はまだ見たことないけどな。
「へぇ〜……なんか最近、一君って変わったね。」
「変わってないですよ。それだけお互いを知ったってことですよ。」
「ふ〜ん。ま、何でも良いけどさ。今回も資料、頼むよ。」
それだけ言うと、城戸さんはスタスタと歩いていってしまう。
へいへい。ありかだい
既にいない城戸さんの影に不満を漏らしつつ、仕事をするべくデスクに戻った。
「………はぁ、終わる気がしねぇ。」
会議、依頼、作業、依頼………終わりが見えない。
こんなんじゃ資料作りにもロクに取りかかれねぇ。
なんで仕事って、こうも次から次に来るんだろうな。
「お先に失礼しまーす。」
また先に一人帰ってしまった。
時間内に仕事を終わらせられる人がうらやましいよ、本当。俺はまだまだたくさん残ってるってのに。
「……無理だよなぁ。今日終わらしとかねえと絶対間に合わねえもんなぁ。」
依頼で来る仕事には、当たり前だけど期限がある。
大体、客先からの要望に沿って期限が設けられるのだが、それがどういうことか、たまたま直近のものが重なった。
明日には上司に提出して確認してもらわないと、どう考えても間に合わない。
「仕方ない、か。」
携帯を取り出して柳生へのメッセージを打つ。
約束は約束だけど、仕事が終わらないことには仕方ない。期限に余裕があればな……何でこう狙い合せたように重なるかね。
謝罪の連絡を入れて携帯を机の上に置き捨てる。
はぁ……諦めてジュースでも買いに行くか……。
とそんなことを考えながら席から立ち上がると、また狙い澄ましたようなタイミングで携帯のバイブ音が鳴る。
けどどうせ柳生からの返信だろうと受け止めてすぐに確認せず、俺は自販機へと向かった。
*
「本当、タイミング悪いな。」
会社の入り口で壁にもたれかかってそう不満を口にする柳生。
日は既に沈んでおり、外の空気は冷たい。
「ま、仕事ならしょうがねえか。」
一雪とは学生来からの友人という事もあり、納得するのが早い。
これが宮島さんならそうはいかなかっただろう。
そうして壁から背中を離し、携帯を鞄にしまって諦めて帰ろうとする、も………
「ねぇ、鎗君、だよね?一君と仲がいい。」
丁度外を向いて歩こうとする柳生に、後ろから女性の声がかけられる。
その相手は……
「あぁはい……って宮島先輩?。」
振り返った柳生の目に飛び込んできたのは、正に渦中の存在とも言っていい宮島 優だった。
決して明るくない表情、合わない視線。宮島の放つ雰囲気は軽いものではない。
「ちょっと、聞きたいことがあるんだけど、時間ある?」
接点のない男が、宮島さんに声をかけられればする挙動は一つ。動揺、高揚、それ以外の何物でもない。
もちろん柳生もその反応を取る人の例外ではなかったが、わざわざ柳生の事を、一君と仲がいいと呼びとめておいて、動揺を続けられるほど馬鹿ではない。
「言えることと言えないことがありますよ?俺も他人に友人のことをを言いふらす趣味は無いんで。」
そんな状況も雰囲気も読み取れる柳生が放った言葉は、おおよそ宮島の事を気遣っているとは言えないものだった。
そしてそんな言葉を向けられた宮島も、少なからず動揺する。
「……でも、聞きたいの。一君の事。些細なことでもいいから。」
真っ直ぐ柳生に向けられる瞳。呼びとめた時とは違い、明らかに目に想いが籠っている。
その瞳を真正面から見た柳生は、はぁと一つため息を漏らして携帯を取り出し、何やらメッセージを打ち込んでいる。
その間、実に一分もないぐらい。
もちろん柳生の反応を待つ宮島側からしてみれば、口を開く事もできずただじっと待つばかり。
「……いいですよ。俺に話せることなら話せる範囲で話します。でも本当にそれだけでいいんですか?」
全てを悟ったように澄ました顔の柳生。その言葉の端の意味を宮島は即座に理解する。
「出来るものなら協力してくれると……。」
でも声を大にして言えるほどのことでもなく、自然と宮島の声は小さくなり、視線は下がる。柳生もそう反応するのは分かっていたようだ。
「じゃあ、どこ行きますか?真面目な話なら、アルコールは無い方がいいですよね?」
全てを理解、いや自分周辺の変化を感じることのできる柳生にとってみれば、そう言葉にするのは当たり前のことだった。
そしてその言葉を受けた宮島の顔は、誰が見ても分かりやすく明るく晴れたていた。
「うん。ありがとう。」
もちろん宮島さんにそんな気は無いことを、柳生は重々承知している。けど、宮島さんの自然の笑顔を向けられて少なからず動揺はしてしまう柳生。
一般男性ならほぼ勘違いするほど、宮島の笑顔は強烈だ。
動揺した気持ちをぐっと飲み込んで、わざとらしく咳払いして、柳生は続けてこう言った。
「行き先、俺決めますね。それとあんまりここに二人でいて誤解を招くのもあれなんで、そろそろ行きましょう。」
「うん、どこでもいいよ。ありがと、鎗君。」
そうして二人は向かい合う。一人の男性社会人のことで。
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