第40話 初めて見る感情



「……てことがあってだな、」


――――ちょっと待ってくれ。


今の話に出てきた青年って、間違いなく俺のことだよな?しかも上京したての頃の………。

あの時、公園のベンチでうなだれてたのって、若かりし頃のリーダーだったのか。


そうかそうか、髪の長さが全然違うから気付かなかった。


「だからな、一君も無理に相談しようとか思うんじゃなくて、もっと軽くでいいんだ。」


懐かしい、あの頃は本当に青かった。

右も左も分からない都会という名の迷路で、真っ直ぐただ前だけを見て生きていた。


初めて見る世界、新しい出会い、何気ない会話のやり取り、全ての事にいちいち心を躍らせていた。


「聞いてるか?一君。」

「は、はい。」


っと駄目だ駄目だ。今はリーダーの有り難いお話を聞いている最中だった。


「簡潔にまとめるとだな、一君はもっと肩の力を抜けってことだ。私から見れば、今の一君はいつか壊れてしまいそうで心配だよ。」


いつか壊れてしまいそう、か。既に壊れている気がするんだがな、少なくとも昔の俺よりは。


「……分かりました。もう少し意識して肩の力を抜いてみようと思います。」


特に力は入ってない気がするけど、年長者のリーダーが言うんだからそうなのだろう。


「うん。もっと何でも聞いてくれていいし、言ってくれればいいんだからな。」


今の俺の言葉に納得したのか、完全に燃え尽きた煙草を灰皿に捨てるリーダーの顔は、先程よりも少し明るく見える。


そのまま体全体に神経を巡らせるようにふぅと一つ呼吸をおくと、リーダーは晴れた顔で「そろそろ戻るか」と告げる。

それを暗に受け取り、俺も煙草を消して無言でリーダーの後を追うように喫煙室から出ていく。


今は昼休憩。元はと言えば、会社でコンビニ飯を食べていた時に、リーダーに連れションならぬ連れ煙草に誘われたことが原因だ。


折角の昼休憩をなんて思いもしたが、元はと言えば心配かけた俺が悪いのだから仕方ない。


「……そうだ、ひとつ聞き忘れてた。」

ふと思い出したように立ち止まると、リーダーはそう言えばと続けて口を開いた。

「一君、宮島さんとデートしたらしいな。二人ってそういう関係だったのか?」



・・・・・・・・・・・ーーーー。


「聞いてるか?」



・・・・・・・・ハッ!!

危ない危ない、変なことを聞いてくるから一瞬思考が止まってた。


「まぁ、出かけはしましたけど、デートとかそんな意識はないです。だからお付き合いをしてるってのも違います。」


断言する。俺にそんな気はない。


そりゃあ確かに可愛いとは思う。

外見は完璧だし、男が可愛いと思うポイントはしっかり押さえているし……。


でもそれと付き合いたいは全くの別物だ。

やっぱり恋人として見るのなら、俺に宮島さんは荷が重すぎる。良い意味でも悪い意味でも。


「違うのか。何だ、そうかそうか……。」

胸を撫で下ろしながら、ホッと一息吐くリーダー。


何だ?何を思って今の行動したんだ?

仮に俺と宮島さんが付き合っていたら問題でもあったのか?


「宮島さんにもそんな気は全くないと思いますよ。だってあの人、ただ僕で遊んでるだけでしょうし。」


あの人はそういう人だ、と思う。

全部を知ってるわけじゃないから断言はできないけど、俺はそう思う。


「なら良いんだ、ならな。ごめんな、変なこと聞いて。」

「大体、普通に考えて僕みたいな人間が宮島さんみたいに可愛い人とお付き合いなんか出来るわけないじゃないですか。リーダーも聞く相手間違えてますよ。」


自虐ではない。本当にそう思っている。


宮島さんのように芸能人と見間違えるくらいの人と向き合っていけるなどと、自惚れにも程がある。

僕は至って普通のサラリーマンで、特別なものなんて何もない。


金があるわけでもないし顔がかっこいいわけでもないし、才能があるわけでもない。

そんな俺が、どうしてそんな自惚れた自信を持てるというのか。


こう言っちゃあなんだけど、リーダーは目が腐っているのか?


「そう、だな。ごめん。もう聞かないから。」

「本当にお願いしますね。」


釘を刺すように重ねてお願いする。


そんな誤った認識は宮島さんにも迷惑だろう。

俺は少し、ほんの少しだけ光栄な部分はあるけど、宮島さんと釣り合うなんて勘違いをするほど、馬鹿じゃない。


というかそもそも俺は宮島さんのことは好きじゃない。

うん、好きじゃない……はずだ。


「あ、お疲れまです……。」


丁度通路に重なる部分で宮島さんとはち合わせる。


宮島さん、うん、確かに宮島さんなんだけど、何か雰囲気がいつもと違うような……。


「お、お疲れ。」


うん?リーダーもちょっとおかしい?


「……二人でまた煙草ですか?本当、煙草好きなんですね。」


しかし感じた異変も束の間、途端にあっけらかんとした顔で話しだす宮島さん。


気のせいか。気のせいだよな、うん。

きっと食後で少しだけ胃がもたれたりでもしたんだろう。


「そ、そうだな。今更止められるものでもないしな。」


でも……やっぱりリーダーは少し変だ。

たじろいでるというか、動揺しているように見える。


「一君も好きだね本当。まだ若いのに。」


まだ若い、そう話す宮島さんの顔はどこか寂しげで儚く見えた。

自分で言ってて自分の歳を再確認でもしたんだろうか?


「まぁ………はい。」


そしてその言葉に、言葉の裏にあるであろう意味に同意する。


確かに俺はまだ23。煙草を吸い始めて年数は浅い方だし、止めることはリーダーよりも容易だろう。


「それじゃ、私は戻りますね。15時からよろしくでーす。」

「あ、あぁ。よろしく頼むな。」

呆気なく自分の部署へと戻っていってしまう宮島さん。


変だな。いつもならもっと絡んでくるかと思ったんだけど。



「………リーダー?戻らないんですか?」

宮島さんが去った後も、どこか様子のおかしいリーダー。


どうしたって言うんだ、一体。

宮島さんとはち合わせてから明らかに様子がおかしい。


「あ、あぁ。そうだな。」


普段、全然変な様子は見せないリーダーが、何をそんなに動揺しているのか気になるところではあるが、俺も悠長にはしていられない。

15時からの会議で使う資料の作成がまだ残っているからだ。


「じゃ、また会議の時よろしくお願いします。」

「あぁ。」



そうして俺は、リーダーの動揺の原因が気になるのを押しのけ、仕事をするべく自分のデスクに戻った。

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