第38話 新たに生まれた違和感はもう消せない

「一君はさー、色々面倒くさいんだよー。頭が固いって言うかー……。」


あの後、もちろん宮島さんがすんなり帰してくれるわけもなく、適当に街を散歩感覚で歩きながら写真を撮って回って、最終的には居酒屋にたどり着いていた。


お決まりと言えばお決まりだが、やっぱり早く帰れるわけなんてなかったな。


「そうですかね?宮島さんが考えすぎてないだけだと思うんですけど。」

「生意気ー。私は先輩だぞ?」


おっと、失言だった。俺もちょっとこなれてきてるな。


「そんなこと知ってますよ。というか先輩が大人げないんですよ。」

ポケットから煙草を取り出し火をつける。


一服して落ち着いて話すんだ俺。そう、冷静になれ。


「それはいいの。だって私女の子だし。」

しかしその行動の意味も虚しく、宮島さんの言葉の前に消え去る。


いやいやいや、なんで宮島さんが決めてんの?それを決めるのは受け手側の後輩でしょ、普通。

暴論すぎてびっくりだわ。


「女の子だからって、何をしてもいいわけじゃないでしょ。宮島さんもいい大人なんだし。」

言った後で気づく。自分の言葉が、暗に宮島さんをディスっていることを。


「アラサ―だからって馬鹿にしてるの?ねぇ、馬鹿にしてるの?」

前かがみになり、俺の顔を覗き込むようにする宮島さんは、決して逃がさないと言わんばかりにどんどん顔を近づけてくる。


うーわ、面倒くさ。触れちゃいけないとこに触れちゃった。


「してないですって。ただ一社会人としての話ですって。」


こんなに若く見えても、宮島さんはもう27歳。

世間で見ればまだまだ若い世代に入るんだろうけど、俺からすれば四つも違う。中高の範囲で被らない年上なんて、自分よりレベルの高い大人って思うのが普通だろ。


「あーあ、一君に傷つけられた。あーあ……。」

わざと拗ねたような態度を取って踵を返す宮島さんに、内心ほっとする。


あんなに可愛い顔が、ずっと間近にあったら心臓に悪いからな。


「僕にどうしろって言うんですか?」


こうなった宮島さんを納める手段は一つしかない。

我儘を聞いてあげてなるべく付き合ってあげることだ。


「慰めて。傷つけたんだから慰めて。」


無茶難題すぎんだろ、どうやって慰めろって言うんだよ。

てか逆にどう慰めたら納得するんだよ。


「ちゃんと慰めてくれるまで、今日は帰んないから!」


子供っぽい、なんて思っても決して口にしてはいけない。ここはもう俺が我慢するしかない、ないんだが………はぁ、如何せん面倒くさい。


「………これでいいですか?」

左手を宮島さんの頭の上にのせて優しく撫でる。そして再確認する。


小さい。分かってた事だけど、宮島さんの頭ってこんなに小さいんだな。


「機嫌、直してくれましたか?」

しゃぼん玉を扱うみたいに、優しくゆっくり宮島さんの頭を撫でる。


慣れたものだ。

昔よく、お袋と喧嘩した姉ちゃんを慰めていたからな。


「………うん……。」

あんなに煩かった宮島さんもやっぱり女の子なのか、頬を赤らめている。


自分から慰めろって言っておいて、いざされたら照れてんじゃねぇか。可愛いかよ、この野郎。

耳まで真っ赤に染めて……ったく、本当に完璧だな。見た目とその対応だけは。


「じゃあ、これで許してくれたってことでいいですよね。」

頭を撫でながら、俺に女の姉妹が居たことに感謝する。

こんなところで活用できるなんて、思ってもなかった。


「……頭、撫で過ぎ。もういいから……。」

そうして払いのけるように一雪の左手を押しやり、軽く髪形を整えるように頭を触る宮島さん。


流石に少し、撫で過ぎたか。


「すみません。加減が分からなくて。」

「謝んなくていいから………。」

グラスを手に取り、ちびちびとお酒を飲む宮島さんの横顔はまだ赤い。


こういう宮島さんなら全然眺めていられるんだがな、とか思いながら携帯を開き時間を確認する。


表示されている時刻は八時過ぎ。


「これ飲んだら帰りませんか?そろそろいい時間ですし。」


なんのかんの言ってここまでついてきたが、流石に疲れた。時間を確認したせいで余計に疲れた。

それに疲れているせいか、お酒もいつもよりまわるし……。


「……もう?」

逸らした顔を少しだけ俺に向ける宮島さん。


もうって……スタミナどうなってんだよ。

なに?こんがり肉でも食べたの?それとも強走薬?……ってそれはモンハンだろ!

宮島さんが馬鹿な事言うから、一人でボケツッコミしちまったじゃねぇか。


「流石に一日中外に出てれば疲れましたよ。家帰ってゆっくりお風呂に入って寝たいです。」


おぉっと、思わず本音を喋っちまった。いかんいかん、完全に気が緩んでる。


「じゃあ……一君家で飲もーよ。」

まだ赤い顔で恥ずかしそうに話す宮島さんの言葉に耳を疑う。


え……えぇ?

いやいやいやいや、あり得ないでしょ普通。女としての危機感、ちゃんと働いてる?


「流石にそれは不味いと思うんですけど……。」


不味いに決まってる。普通に考えてそうだろ。

ほろ酔い気分で帰って男の家で二人で飲むなんて、危険な匂いしかしない。否、事実危険だ。


「何が不味いの?何も不味いことなんてないじゃん。それにリーダーも泊めてたじゃん。」

一変して声を大にして話す宮島さん。てかちょっと怒ってる?


あれは例外というか何と言うか……とにかく、不味いもんは不味いでしょ。


「ほ、ほら、何が起こるか分かんないですし、いくら後輩だからって、僕も一応男ですし……。」


大前提として言っておくけど、もちろん俺は何かする気はないよ?

ただ、場の雰囲気ってものがどうなってどう作用してくるのかは分からないし、そんな状況じゃ俺の理性も小枝に限りなく近いだろうからな。


「一君にそんな度胸なんてないでしょ?」

頬笑みとは違う確信犯的な笑顔の宮島さんに、馬鹿にされたような気がして少し引っかかる。


それはちょっと誤解があるような気がするんだけど、俺だって恋愛経験はあるわけだし……ってそうじゃない。

今の話で重要なのはそこじゃない。何を考えているんだ俺は!


「駄目です。絶対駄目です。絶対何もないなんて言い切れませんし。」


断固として反対する。

俺は物事に絶対がないのを、ある程度は理解しているつもりだ。


「えーいいじゃ~ん。宅飲みしよーよー。」

「駄目なものは駄目です。大体、宮島さんも女の子なんですから、もう少し節度を弁えてください。」


何度も重ねて言うようだが、宮島さんは本当に可愛い。

目鼻顔立ちは整っていて、出るとこも出ている。だから男からしたら、そりゃもう欲望の目で見ること必至だ。


そんな宮島さんと自分の家で二人で飲んでみろ。

どれだけ俺にその気がなくて全く何の関心も頂いてなかったとしても、絶対何か起こる。起こらないわけがないんだ。人間の本能の部分なんだから。


「別に、何かあっても怒らないのに………。」

意味を含ませたような話しかたをする宮島さんと言葉の内容に、一瞬時間が止まったように錯覚する。いや、実際俺の時間は一瞬止まった。


……………ん?

ちょーっと待ってくれ、落ちつけ俺。今、おおよそあり得ない言葉が聞こえたんだけど。

俺耳おかしくないよな?何もおかしくないよな?


「えーっと……。」


なになに、俺どういう反応すればいいの?


「はぁ……分かった。じゃあ今日は行かない。」

戸惑いと驚きを隠せない俺を見かねて、呆れたように宮島さんが話す。


今日は?そのは、って何?

今日どころか、今後も行かないでしょ。なんで行く日があるみたいに言ってんの?


「これ飲んだら解散。それでいい?」

「は、はぁ。まあ……。」


何かいろいろと、引き返せない一歩手前まで来てる気がするんだけど……いや、酒のせいだな。うん、酒のせいに違いない。

やっぱりアルコールって怖いな。


「じゃ、今日は付き合ってくれてありがとね。乾杯。」

「はぁ……。」

グラスを重ね、残った酒を一斉に飲み干す宮島さん。何を考えても思う通りの答えは出てこず、結局俺も宮島さんを真似て酒を流し込む。


そうして俺は、妙な引っかかりを酒のせいにして、特に触れることもなく宮島さんと別れて家に帰った。

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