第二部 第一章

第36話 一日の始まりは宮島 優から

「それじゃまた月曜、会社でな。」

「はい、お疲れ様です。」

駅へと向かって歩いて行くリーダーは、時折振り返って手を振るを繰り返しなが進んでいく。そして俺はそれを一人で見送っている。


あれからどうなったかというと、俺は結局最後までリーダーに付き合わされ、他のメンバーは一軒目で早々に帰ってしまった。


結局俺かよ、なんて思いもしたが、リーダーに名指しで指名されたら断れるはずもない。

俺はどうあがいても、立場的には圧倒的弱者だからな。


「さてと、俺も帰ろ。」

リーダーの姿が駅構内へと消えたのを確認して、足の向きを変える。空気は冷たく、本格的に冬が来ていることを思い知らされる。


流石にもう、コートの時期かな……。


「ん?」

そんなことを考えていると、ポケットにある携帯がバイブで振動する。


一体誰だ?こんな時間に。


「げ………宮島さんかよ。」

通知の正体は宮島さんからのメッセージだった。


《まだリーダーと飲んでる?》


文面から察するに、いい予感はしないんだが………


《ちょうど今、終わったところです。どうかしましたか?》

とは言え、返事しないわけにもいかないし、ありていに現状を伝える。

「既読つくの、早すぎんだろ。」

送って即座につく既読。

メッセージの画面で待機でもしてんのかよ、ってぐらい早い。


《そっか。りょうかーい。》

しかし予感は予感に過ぎず、宮島さんから送られてきたメッセージは淡白なものだった。

その内容の淡白さに、内心驚きを隠せない。が……

「……まいいか。」

呆気ない返事に少し驚いてしまったが、何もないならないに越したことはない。


そうして俺は、宮島さんの意図を気にすることもなく帰路へと着いた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


カーテンの隙間から差し込む朝日が、一雪の部屋に土曜日の朝を教える。

今日は土曜日、そう土曜日だ。

だから普段なら目覚ましは鳴らないのだが、今日はいつもと違う目覚ましが鳴った。そしてその目覚ましは決して鳴りやむことは無く、俺は半ば強制的に起こされた。


「はい……どちら様ですか?」

目も完全に開いてない状態でインターホンと向きあう。


そう、目覚ましの正体はインターホンだ。

特にネットで何か買った覚えもないし、今日は予定もない。

だから普通ならこんな時間にインターホンなんて鳴らないんだが……。


『可愛い彼女が遊びに来たよー。早く開けて?』


聞き慣れ……いや、面倒くささを思い起こすこの声は………やっぱり宮島さんか。

…………はぁ。突っ込みどころが多すぎて、もう何も言えねぇ。


「はいはい、今開けまーす。」

言われるがままに解錠のボタンを押す。


宮島さんに俺の常識は通用しない。だから宮島さんの行動原理を理解する術もない。

そんな俺に出来る行動は、やかんに水を入れて火にかけることだった。




「お邪魔しまーす。」

白のスニーカーを脱いで整えて置く宮島さん。

こういうところだけ見て騙される人間はたくさんいるんだろうな。あいにく俺はなんとも思わないけど………。


「へぇー、意外と広いんだね。てか、その荷物何?」

リビングに入るや否や、隅に寄せて置かれある段ボールによっていく宮島さんは、少しだけ怪訝そうな顔をしている。

予想はついているんだろうな、どういう荷物か。


「それは千咲の荷物です。結局まだ取りに来てなくて。」


千咲は本当に取りに来る気があるのだろうかと、時々思う。

まぁ、最終的にあんな別れ方をしたから、気まずい部分はあるのかもしれないけど。


「ふーん……で、今日どこ行く?」

そう言う宮島さんは、まるで自宅だと言わんばかりにリビングテーブルの椅子に座ってくつろいでいる。


そこはあなたの席じゃないんですけどね?遠慮って言葉、知ってます?


「どこって、どこも行かないですよ。僕はまだ寝たいんで。」

火にかけたやかんをとって、コーヒーの粉末が入ったカップに注ぐ。もちろん宮島さんの分も……。


「えー折角の休日だよ。外出ないと勿体ないよ?」

椅子の上で駄々をこねるような話し方で話す宮島さんに、嫌な未来が見えるんだが、それよりも……

「俺はゆっくりしたいんです。宮島さんも他の人と遊べばいいじゃないですか。」


どうして宮島さんと一緒に俺が出かける前提なんだ?

俺、何も聞いてないし、そんな予定に心当たりなんかないんだけど。


「だから、一君に勿体ない休日は過ごさせたくないな―って。」

「勿体なくないです。僕からしたら折角の休日に寝れない方が勿体ないです。」

「え~ケチ~。」

粉末が溶け切ったのを確認して、コーヒーが入ったカップを宮島さんに出す。


ケチでも何とでも言ってくれ。どう考えても俺が悪いわけじゃないんだから。


「それ飲んだら帰って下さいよ。僕寝るんで。」

向かいの席に座り、暖かいコーヒーに口をつける。


美味い、寝起きのコーヒーは本当に美味い。


「帰らないよ?何言ってるの?」

宮島さんのその言葉に、思わずコーヒーを勢いよく飲んでしまい、喉と舌を火傷する。

「大丈夫?」

むせる俺を見て心配の声をかけてくる宮島さん。


さも当たり前だと言わんばかりの口ぶりに、思わずむせちまったじゃねぇか。


「………、じゃあどうするって言うんですか?」

咳払いをして呼吸を整え、聞くまでもない宮島さんの意思を確認する。


「出かけるんだよ?一君も一緒に。」

とぼけ顔の宮島さんが発した言葉は、やっぱり予想通りでやっぱり納得がいかない。


だから、何で宮島さんの中で俺がついて行く事が当たり前になってるんですか?

本当に意味が分からないんですけど。


「………はぁ、分かりましたよ。」

と、色々と納得はいかないものの、諦めて寝室へと歩いていく。


ああなったらもう駄目だ、俺には逆らいようがない。

だから諦めて着替える。


それに千咲の件では、一応世話になったからな。

恩返しってわけじゃないけど、結果がどうであれ事実、俺は宮島さんのおかげで千咲と話せたわけだし……。


「はぁ……仕方ない、か。」

そうして俺は宮島さんと出かけるべく、服を着替えて顔を洗った。




真夏並みに日差しの強い今日でも、風の冷たさはやっぱり冬で、それが俺にはちょうどいい。

宮島さんにのせられたわけじゃないけど、確かに今日は絶好のお出かけ日和だ。


「それでどこ行く?」


当たり前のように横を歩きながら、なんでそんな嬉々とした表情を俺に向けてくるんですか?

というか、自分から強引に連れ出しておいて、行き先何も決めてないとか……普通、決めてるもんなんじゃないんですか?


「……まぁ、折角の天気ですし、散歩がてらウインドウショッピングとかいいんじゃないんですか?」

「ショッピングかぁ~……一君見たいのある?」


見たいものか……そういえば昨日の夜は寒かったな……。


「コート、ですかね。会社に着ていく用ので新しいの欲しくて。」

コートを持っていないわけではない、が今持ってる紺のコートは正直、使いたくない………。


「コート?あれ?持ってたよね、紺のもの。」

不思議そうな顔をしているところ悪いんだけど………

「え、なんで知ってるんですか?」


俺はまだ宮島さんと知り合ってから一度もコートを着て会社に行った覚えはない。だから知ってるはずないんだけど……。


「あー……さ、さっき部屋上がった時に見えたからさ。」

目線を逸らしながら、取り繕うように言葉を並べる宮島さん。


「なるほど、そういうことですか……。」


ん?でも俺、見えるようなところにコート出してたっけ?出してない……はずだよな。


「そ、それよりも、渋谷。渋谷行こっか。ほら、男物の服扱ってる店も多いしさ。」

途端に手を握り前を歩きだす宮島さんに、会話の腰を折られてしまう。そして考えていたことも、持っていかれてしまう。


あービビった。急に握るなよな。

そりゃ宮島さんからしたらなんてことないのかもしれないけど、俺はそうじゃないんだから。普通の男なんだから。


「……本当、心臓に悪い。」

つい口からこぼれてしまい、咄嗟に掌で口を覆う。


あっぶね~……聞こえてないよな?


「ん?何か言った?」


よかった、言葉の内容までは聞こえてないみたいだ。


「いえ、何でもないです。」

「ふーん……変な一君。」

あっけらかんとしてるし、宮島さんの中ではそこまで気になることでもなかったのかな?なんにせよ良かった。


さてと、長い長い一日の始まりだな。

今日は平和に終わりますように……前みたいに知り合いに会いませんように………。


俺はそう心の中でお祈りをしながら、手を通して伝わってくる宮島さんの温度を感じた。

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