第二部 序章

第34話 明けてまた日は昇る

秋の風も通り過ぎ、世界には冬が訪れる。

自然界の冬は基本的には厳しいものだと認識しているが、人間の世界は違う。


それぞれがそれぞれの幸福じみた妄想を捗らせる時期だ。


「えー改めて、件の案件が無事成功したことを嬉しく思う。メンバー諸君、本当にありがとう。それじゃ、乾杯!」

「「かんぱぁ~い。」」

卓上で次々に共鳴しあうグラス。俺も遠慮気味に他のメンバー達とグラスを重ねる。


特に大きな問題もなく案件は進行していき、今日絆プロジェクトの初の案件は無事終了した。

今はその打ち上げを兼ねて、メンバー皆で飲みに来ているってわけだ。


「いやぁそれにしても、途中からの一君の客先提案資料の内容はすごかったね。」

グラスを自分の手元に置いて、感心しながら話す副リーダーの城戸さんに少し誇らしくなる。


そこは別にまぁ?仕事に打ち込む以外に何をすればいいかも分からなかったし。


「そうだな、本当にいい働きだったよ。お陰で私達社外チームはすごく仕事がしやすかった。」


城戸さんの意見に同調しながら早々に煙草に火をつける、そんなリーダーが少しおっさんくさく見えるのは気のせいだろうか?

いや、決して気のせいなんかじゃないはずだ。


「何か心境の変化でもあったのかな?」


変な意味ははらんでいないんだろうけど、城戸さんにそんな笑顔で聞かれたら、ついその言葉の先を考えてしまう。

俺の悪い癖、否城戸さんの人間性のせいだな。


「まぁ……特に意味はないです。」


あれから………あの喫茶店で別れてから、俺は千咲に連絡はしていない。もちろん、千咲からも来ていない。

振られた直後は、俺がこんな普通に生活しているなんて想像もしていなかった。

何も気づけない自分に心底失望したし、そんな自分を嫌いになりかけた。


けど世界はそんな俺を待ってはくれない。

だから俺も自然と生活できるように、みんなと足並みを揃えられるように仕事に打ち込んだ。


もちろん、リーダーの相談も力になった。


「まぁ何にせよ、一君の働きは本当に助かった。ありがとな、一君。」

改めてちゃんと言葉にしてリーダーにお礼を言われると、なんだかこっちまで構えてしまう。


……今更だけど、どうしてリーダーは俺と千咲の事を知っていたんだろうか?


俺は特にリーダーに千咲を紹介したことはないし……それになんで東京駅の事まで分かってたんだ?

東京駅での出来事は柳生ですら知らないのに………。


「そういえば事務員の女の子達が話してたんだけど、一君と宮島さんが付き合ってるって本当?」

何気ない城戸さんの一言に固まるメンバーのみんな。かくいう俺も城戸さんのその言葉に、考えていた事が全て持っていかれる。


――――――ちょっと待ってくれ、付き合ってる?俺と宮島さんが?

あるわけないだろう、そんなバカみたいな話。


「ないですないです。そんなのあり得ないですよ。」


大体千咲のことしか考えてなかったんだから、そんな暇なんかない。

さてはあれか?また俺で遊ぶつもりなのか?


「そうなの?その割には事実みたいな話し方してたけどなぁ……。」

納得がいかない様子でグラスに手をのばして、明らかに悪意のある笑顔を見せる城戸さんに少し苛立ちを覚える。が今はそんなことより、何でリーダーが鋭い視線を俺に向けているのかが気になって仕方がない。


なんでそんなに俺を睨むの?なになに、俺リーダーに何かした?


「ふ~ん、そっかそっか。嘘なのかぁ~………。」

お酒を飲む城戸さんに隠れようとするが、隠れられるわけもない。

リーダーの目は、今にも言葉を発しそうだ。


「う、嘘ですよね、宮島さん。そんなのあるわけないですよね!」

何も後ろめたいことなんてないはずなのに、それでも少しリーダーの目に怯えてしまう。


こっわい、リーダーまじこっわい。


「………そう、だね。うん。ありえないですよ、そんなこと。」


おいおい、なんでそんな勿体ぶって言うんだよ、宮島さんは。

はっきり否定してくれないと、いろいろと疑問が残るかもしれないじゃないか。


「そうなんだ。でも二人って意外と仲いいよね。」


そのお口、チャックで閉じれるものなら閉じてやりたい。

どうして城戸さんはそう、余計なことばかり言うんだ?

いいと思ってるのかは知らないけど、俺からしたらはなはだ迷惑だ。多分宮島さんも。


「そ、そろそろ注文したいんですけど……。」

言うタイミングを伺っているのが、言葉にされていなくても西条さんの雰囲気からひしひしと伝わってくる。

西条さんはやっぱりまだ、どこか遠慮しているな。


「うん、そうだな。みんなは食べたいものとかあるか?」

その言葉に相槌を打つリーダーは、手元にあったメニューを広げている。あんなに鋭かった視線もいつの間にか消えていた。


ありがとう西条さん、すごく助かった。


「私、串焼きが食べたいです。」

西条さんが持つメニュー表を覗き込む宮島さん。


もうかれこれ何度目になるだろうかと言えるぐらいに来ている居酒屋なのに、串焼きという単語を初めて聞いた。

そういえばあったな、そんなメニュー。


「に、一さんは何にしますか?」

そうして俺の方へとメニューを見せてくる西条さんの手は震えていて、俺はそっちに目がいってしまう。

てか別にメニュー表はこっちにもあるから、わざわざ見せてもらわなくても結構なんだけどね。


「う~ん………僕は枝豆でいいです。」

そう思いながらも西条さんの持つメニュー表に視線を向けるが、やっぱりこれといったものはなくて、結局枝豆を注文してしまう。


ありきたりで変わり映えしない選択だが、特に食べたいものもないし枝豆でいいだろう。


「リーダーと城戸さんは決まりましたか?」

一つのメニューを共有する社外チームの二人。

その光景が俺にはお似合いの二人に見えて、少し見蕩れてしまう。


だってリーダーと城戸さんだぜ?どっちもスタイルいいし、顔立ちもすごい整ってる。

傍から見れば、正にお似合い、だ。


「そうだな……城戸君は決まったか?」

「……そうですね、僕は出し巻きですかね。リーダーは決まりましたか?」

二人のやり取りはとても自然に見えて、会話の慣れを感じずにはいられない。

やっぱり元から二人とも営業だけはあって、話し易いのだろうか?


「私は……特にないな。元々酒飲む時はそんなに食べたいとも思わないし。」


そう、リーダーよくない点其の一。

お酒を飲む時にほとんど何も食べない。俺もあまり食べる方ではないが、それでもリーダーの食べなさぷっりは異常だ。

順当にアル中街道を進んでいる。


「じゃあ店員さん呼んじゃいますね。すみませーん……。」

手を挙げてカウンターの方に声をかける宮島さん。そんな宮島さんを他所に俺はふと思う。


また今日も長くなるのかな………誰かの面倒、見させられるのかなぁ……と。


そんな懸念を抱かずにはいられなかった。

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