第一部 終章

第33話 答えはいつだって分からない


「それで、一君はどうしたかったんだ?」

あれから……千咲と完全に終わってから三日経った週初め、仕事終わりにリーダーに呼び出され、二人でディナーに来ていた。


ディナーと言っても、ただのラーメン屋だけど……。


どういうわけか、リーダーは金曜日の事を知っており、俺に隠す隙もくれなかった。だから全部話した。ありのままの全てを。


「………何も、何も分からないです。」

実際、俺は本当の所どうしたかったんだろうか?


千咲とよりを戻したかった?いいや違う。前に進みたかった?いいや、違う!


結局のところ、俺は自分のしたいこともよく分かっていなかったのだ。

理由を並べて名目を充てつけて、自分を納得させていた。それが自分の為になると思い込んでいた。


その結果、俺は何も変われずに、ただただ千咲を傷つけた。


「そうか……じゃあ彼女さんはどうしたかったんだろうな?

珍しくアルコールではなく、水の入ったコップを持つリーダー。


リーダーなりに気を遣ってくれているんだろうか?


「……多分、僕とは会いたくなかったと思います。」


分からない、正直何も分からないけど、千咲の言葉を聞くにそうだと思う。


「一君はそう思うのか。私は違うと思うけどな。」

コップに入った水を一口飲むリーダー。


「どうしてですか?」


違うと言うなら、じゃあどうしたかったんだ?

俺はもう分からない、何も分かんねぇよ……。


「……女心が分かってないな、一君は。」

コップを置いて煙草を取りだすリーダーは、一息吸って灰皿に置く。


女心?なにそれ、気体?


「仮に彼女さんが一君に会いたくなかったとして、だとしたらどうして彼女さんは、ホームで自分から一君に声をかけたんだ?会いたくないなら、普通隠れるんじゃないか?」

「それは、僕が話したいって言ったからじゃ………。」

「違うな、本当に会いたくないなら、そんなの聞く耳を持つわけがない。一君だってそうだろ?会いたくない相手の話なんて、わざわざ自分から聞きにいかないだろ?」


それはまぁ確かにそうだけど……でも、千咲がどうかなんて分からないじゃないか。


「それじゃあ千咲は、千咲はどうしたかったって言うんですか?」

「さぁな。」


えぇ……そこでそうきますか?普通。

今の流れ的に、リーダーは答え知ってる流れじゃないんですか?それとも知ってて教えてくれないんですか?


「リーダーは……リーダーが僕の立場だったら、どうしてましたか?何が正解だったんですか?」


俺は、俺はどうすればよかったんだよ……。


「……あのな一君。勘違いしちゃ駄目だぞ?」


勘違い?


「人生に正解なんて一つもないんだ。」

煙草を吸いこみ、灰皿に押し付けて火を消すリーダー。


「正解も間違いも、何一つない。なるようにしかならないから、人生なんだ。」


なるようにしかならない……それだと何をしても無駄ってことじゃないか。


「それじゃあまるで……まるで運命じゃないですか。」


俺が何をしても、どれだけ考えても、結果は全て運命だとでも言うんですか?リーダーは。


「運命をどう定義するのかにもよるが、まぁ概ね間違ってはないな。でも、運命は変えられないわけじゃないからな?」


はぁ?運命なんて、決まりきってるから運命って言うんだろ?変えられるわけなんてないじゃないか。


「そんな顔するな。そうだな、今のは言葉が悪かったな。」

わざとらしく咳払いをするリーダー。


「運命は選べるんだよ。悩んで考えて行動して、選ぶことが出来るんだ。」


………ちょっと何言ってるか分かんないです。


「例えば、私がここで水じゃなくてビールを飲んだら、その先にはビールを飲む選択の運命がある。水を飲んだら水を飲む選択の先の運命がある。選択肢の数だけ、運命があるんだ。」


……ごめんなさい、やっぱりちょっと何言ってるか分かんないです。


「まだ理解できないかな?」


いやいや、リーダーもしかしてやばい宗教にでもはまってるんじゃないですか?


「まぁその内分かるようになるさ。私も若いころは分からなかったし。」


何綺麗にまとめようとしてくれてんの?俺まだ、全然納得してないんだけど。


「まとめるとだな、しっかり悩んで生きろってことだ。悩んで考えて行動して……それが将来の自分の為になる。」


結局リーダーも、ありふれた言葉しか言ってくれないのか。


「心配しなくても、今までの一君の考えた事、行動したことは、何も無駄じゃないからな。それだけは理解しとくんだぞ?」


…………はぁ、まぁ……分かりました。

勝手にまとめられて納得はできないですけど。


「そんな顔するなって。心配しなくても、私ならいつでも話は聞いてやるから。」

優しく微笑みながら頭を撫でてくるリーダー。


いや、そう言う訳じゃないんだけど……まぁいいか。


「もう、子どもじゃないんですから勘弁して下さい。」

少しガキ扱いされた気がして、押しのけるようにリーダーの手を払う。


「そうか、悪かったな。」

微笑しながら、払いのけられた手をしまうリーダーの顔は少し笑っている。


俺ももう23歳だぞ?とっくのとうに精通してるっての。


「それじゃ、そろそろ帰るか。」

「そうですね。」

お会計の伝票を持って立ちあがるリーダー。俺もならうように鞄を取る。


全く納得はできてないし、否めない感はあるけど……でもまぁ今はそれでもいいのかな。

リーダーの言う通りに未来の俺が納得出来るんだったら、少しは待ってみるのも悪くないのかもしれない。


「お会計、1800円です。」

何も言わず、俺の分まで払うリーダー。


払うと言ったところで、どうせリーダーは払わせてはくれない。なら言うだけ無駄だろう。

だから他でお礼すればいい。



店を出て、冬の風に包まれた空を見上げる。星なんて全く見えないけど、でもどこかその夜空は綺麗に見えた。


案外本当に、人生に正解なんて存在しないのかもしれないな……。


ふと、そう思った。

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