第31話 そして二人は再度向かい合う
分からない、俺には千咲の思いも宮島さんの考えも、何もかもが分からない。
だから聞いて確かめないといけない。
「はい、2480円です。」
鞄から財布を取り出し、千円札三枚を投げ渡すようにトレイに置く。
「おつり、大丈夫です。」
既に開けられてあるドアから飛び出る。
今は……40分。正直間に合うかどうか微妙なところだが、間に合うかどうかじゃない。間に合わすしかない。でないと俺は、いつまでたっても進歩できない。
「はっ……はっ……。」
息も絶え絶えに、全速力で新幹線に入口へと走る。
流石にPASMOじゃ、新館線のホームまでは行けないよな、てなると入場料か?
くそ、タクシーに乗ってるときに調べておけばよかった。
『ピピッ』
PASMOをタッチし、JR線駅構内へと入る。
週末という事もあり、駅の中はたくさんの人で溢れている。
「ったく。いつ来ても本当人多いな。」
東京という街には、この人の量には、本当何年住んでも慣れる気がしない。
田舎出身の俺からしたら、祭りでもしてんの?って感じだ。
『20時48分発、新大阪行きの新幹線は………』
東京駅の毎度の光景に頭を持っていかれそうなその時、アナウンスの声で現実に戻される。
やばい、こんなところで時間くってる場合じゃない。
俺は俺のするべきことをしないと。
「えーっと………44分。ギリギリだな。」
再度携帯を開いて時計を確認する。
まだこれから入場用のチケットも買わなければならない。
ギリギリもギリギリ、間に合うかどうかも怪しいところだ。
『ピリリリリリリリリ…………』
携帯を閉じて走り出そうとした瞬間に鳴り響く着信音。
こんな時に誰だよ全く。
「……もしもし。」
仕方なく走りながら電話を取る。俺の事情なんて、世界には関係ない。
『一君?あのね、柊木さんの乗車位置教えようと思って電話したんだけど……。』
宮島さん?なんで宮島さんが千咲の乗車位置を知ってるんだ?……いや、今はそれはいいか。
「ど、どこですか?」
社会人になり大人になったことで低下した自分の体力を、改めて認識する。
昔はこれぐらいじゃ全然息切れなかったのに。
『7号車寄りの6号車から乗るらしいから、そこに向かって。』
非常に的確かつ、分かりやすい情報をありがとう、宮島さん。お陰でホームで探さずに済みそうだ。
「ありがとうっ、ございます……また後で、かけ直します。」
電話を切り、ズボンのポケットに携帯を突っ込む。そしてはやる足を更に速める。
ラストスパートだ。ここまでお膳立てされたんだ、何としてでも千咲を掴まえてみせる。
そうして俺は、砕けそうな足腰に鞭を打ち、千咲の居るホームへと全速力で向かった。
次々と新幹線へ乗りこむ乗客たち。時刻は20時47分、発車まで残り1分もない。
『新大阪行きのぞみ629号、ドアが閉まります。ホームのお客様は離れてください。』
最終アナウンスとして、駅員による放送がホームに流れる。
ようやく全ての乗客が新幹線に乗り終わるその頃になっても、一雪の姿はまだホームにはない。
『プルルルルルルル………。」
そしてついに、発車アラームが鳴り響き新幹線の乗車口は閉まっていく。
無情にも時は過ぎ、決められた通りに全てが進行するその様は、現代では当たり前で、少しの隙もない。
「はっ……はっ……はっ………。」
ようやくホームまでの階段を駆け上がり、ホームで息を荒げる一雪。
しかし既にホームに乗客の人影はない。
「千咲………千咲!!」
無情にもホームを漂う一雪の声。
間に合わなかったのだ、一雪は。否、間に合うはずもなかったのだ。
「くそ……ここまでしておいて、結局かよっ。」
嘆く一雪を、更に追い込むかの如く走り出す新幹線。
俺は本当に、何をしても駄目だな………。
「千咲………。」
届かない声、受け入れ先のない思い。
俺はまた、失敗したのか………俺は何回間違えれば気が済むんだろうか………。
そう嘆いている矢先だった。
「一雪……?」
瞬時に脳内が切り替わる。そして声の方向に振り返る。
「千咲……なんで……?」
千咲は今、出発したばかりの新幹線に乗っているはず。だから俺の目の前に千咲が存在するはずがない、ないんだけど………俺の体が、耳が、脳が、目の前にいる女性を千咲だと認識してやまない。
「なんでって……私が聞きたいよ………。」
千咲が何で新幹線に乗っていないのか、どうして乗らずにホームに居たのか……疑問は尽きないが、如何せん頭が回らない。
走り過ぎて酸素が足りてないんだ。
「………とりあえず、場所変えないか?」
とにもかくにも、今は千咲が居たことを喜ぶべきか。
俺の些細な疑問なんて、別にどうでもいい。やっとの思いで掴めたんだから、俺は俺のするべきことをしないと………。
「……うん、分かった。」
こうして俺は、ようやく、久しぶりに、千咲と二人きりで向き合う時間を手に入れた。
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