第28話 思いと想い

「ではこれで絆プロジェクトの会議を終了します。お疲れさまでした。」

「「お疲れ様でした。」」


無事会議は終わった、終わったが、これは嫌がらせか?

これだけの資料を俺は作ったのに、更にまだ作れとリーダーは言うのか。


「それじゃ一くん、資料の件頼むな。」

「はい、分かりました。」

どうやら俺の聞き間違いでも嘘でもなかったらしい。


簡単に言ってくれるが、今回渡した資料も作成にほぼ丸二日かかった。お陰で自分の仕事も全く進まなかったし、やっとの思いで解放されたと思ってたのに……。


これじゃ今週は土曜出勤、確定だな。


「一君、資料の事でちょっと質問があるんだどいい?」

命令された資料作成に、果てしない作業時間を想像してしまい、会議室から出ないでいた一雪を、宮島さんは見逃してはくれない。


「はい。」


そういうことは会議中に質問してほしいんだけどな。てか今回の資料って客先提出用だから、宮島さんには直接的に関係ない気がするんだけど。


「えーとね、ここなんだけど……。」

資料を開き、該当箇所を指でさす宮島さん。けど宮島さんが指さした先は資料の事では全然なく、完全な私事の一文だった。


―昨日、待ってて言ったのになんで先帰ったの?―


「だから言ったじゃないですか。用事があるって。」


宮島さんもいい加減しつこいぞ?しつこい女は嫌われるぞ?


「そんなの私には関係ないもん。話あるって言ったよね?」


それを言うなら、俺だって宮島さんの話なんて、知らないし興味ないし関係ない。


「だってその話って、仕事外のことですよね?」


仕事のことなら、俺だってそこまで無下にしない。というかちゃんと聞いてる。


「それはそうだけど、でもいくら仕事外だからって聞こうとしないのはおかしくない?」


逆に仕事外の話を聞かないといけない理由がどこにあるんですか?


「………何を言っても納得しそうにないんで言いますけど、」


こうなったらもう直接俺の口から引導を告げてやる。


「うん。」


「僕、プライベートと仕事は完全に分けるって決めたんで、プライベートで会社の人間と関わりたくありません。」

あんまりはっきり言いすぎたら傷つくだろうから、出来る事なら言いたくなかったけど、もう仕方ない。


俺も俺で我慢に限界が来そうだったし。


「なにそれ。意味分かんないんだけど。」

俺を見る宮島さんの目が、更に鋭くなる。


まぁ、そうだろうな。ただの俺の勝手都合だしな。


「ですから、もうこれ以上僕に関わろうとするのはやめて頂けますか?」


これだけ言えば、流石の宮島さんでも理解してくれるだろ。というかそうであってほしい。


「……なんで急にそういう風にしようと思ったの?」

ただでは引き下がらないってか、まぁそうですよね。


「僕にもいろいろ都合がありまして、もう疲れたんです。プライベートまで我慢して他人と関わるのは。」


そのいろいろは、別に話す必要も義理もないだろ。


「……納得いかない、ちゃんと話して。」


納得しなくていいから、もう引き下がってくれよ。そろそろ仕事に戻りたいし。


「ちゃんと話してくれるまで、逃がさない。」

普通の男なら、宮島さんにこんな事言われたら卒倒もんなんだろうけど、俺は違う。


いい迷惑だ、俺からしたら。


けどどうする?このままだと宮島さんは本当に逃がしてくれそうにないし、かといって仕事しないわけにもいかないし……。

ただでさえ新しい資料作成で時間に追われてるのに。


「絶対に話さないといけないんですか?」

「絶対。」


さいですか………仕方ない。


「………じゃあ、今日の終業後に時間取りますから、その時でいいですか?」


決して根性負けしたわけじゃない。俺はあくまで仕事はする、そのうえで今の宮島さんを退けるには、この方法が一番だと思っただけだ。

だから決して押し負けたわけじゃない。


「そう言ってまた逃げるんでしょ?」


逃げてもいいなら、そりゃもちろん逃げますよ?でも……

「逃げませんよ。ちゃんと入り口で待ってますから。」


事態を早く収めるためには、宮島さんの話を聞かないと無理っぽいしな。


「本当に?」

疑惑の目をやめない宮島さん。


信じてくれないか、まぁそうだよな。


「僕の携帯渡しとくんで、これでいいですか?」


これでいいだろ。流石に現代人が携帯を持たずに帰れるわけがないし。


「……分かった、信じる。」

俺の携帯を受け取り疑惑の目をやめる宮島さん。


「じゃあ僕そろそろ仕事戻ってもいいですか?」

「うん。」


ようやくか。

やっぱり俺は宮島さんから完全に逃げきることは出来なかったな。つくづく嫌になる、そして再確認する。

今日も明日も、もちろんこれからも、世界は俺の思い通りには動いてくれなさそうなことを。まぁもう分かってた事だけど……。


そうして俺はようやく、自分の仕事に戻った。




前もこんな風に、ここで宮島さんを待ってた事があったな。ただもうあの時とは違って、今はもう沈みゆく太陽なんか全く見えないけど。


「お待たせ………。」

鞄を背中に当ててくる宮島さん。


「店はいつものところでいいですか?」

「うん。」


なんだなんだ?妙にしおらしいじゃないか。


「何かありました?」

「別に……早く行こ。」


いや絶対何かあったでしょ。じゃないとそんなしおらしく出来ないよ、宮島さんは。


「そうですか。それじゃあ行きましょうか。」

けど問いただしたところで答えてはくれないだろうし、飲みこんで先導して前を歩く。その後ろを子猫みたいについてくる宮島さん。


「これ返す。」

後ろから俺の携帯で背中をつつく宮島さん。


そうか、まだ返してもらってなかったな。


「ありがとうございます。」

受け取り画面を確認する。特に通知は来ていない。


まぁ、来るわけないか……。


「早く前、歩いてよ。」

何の通知もない、携帯の画面を眺めて呆けるが、宮島さんは待ってはくれない。


「……あ、はい。すみません。」

言われるがまま歩きだす。


今更だけど。本当に今更のことなんだけど、どうして宮島さんはそこまで俺に固執するんだろうか?

宮島さんはそういう人なのかと勝手に決め付けてたけど、宮島さんの会社内での人付き合いを見てると、全然普通の女性に見える。寧ろどちらかと言えば、男性のことを避けているようにすら見える。

なのになぜ俺には、宮島さんから積極的に関わろうとしてくるんだ?

特に俺は宮島さんに何かした覚えもない、というかそもそも俺は宮島さんの事を知らなかったんだから。


「どうかした?」

気づかないうちに足はまた止まり、俺は宮島さんの方に振り返っていた。


「………いえ、何でもないです。」

向き直り再度歩きだす。


別に聞かなくてもいいか、どうせもう関わらなくなるんだし。


そうして俺は考えるのをやめて、目的の居酒屋に向けて真っ直ぐ歩きだした。

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