第一部 第四章

第26話 一人の俺、一人で居たい俺


「リーダー、資料の確認お願いします。」

「あ、あぁ分かった。」


客先に渡す予定のデータを纏めたものを、資料にしてリーダーに渡し、一人喫煙室へと向かう。


あれから……全てを諦めてから、二週間近くが経った。

どれだけ人生に嫌気がさしても、世界はいつも通り流れる。仕事に行きたくなくても、月曜日は必ず毎週やってくるし、俺も生きていくためには仕事しなければならない。

こう不幸ばかり起こると死にたくもなるもんだが、俺には死ぬ勇気もない。だからこうして仕事をするしかない。


ドアを開け、喫煙室に入り煙草に火をつける。そしてそのまま一息吸いこむ。


「はぁ…………。」

出すつもりはなくても、自然とため息が出る。何も考えていなくても自然と出るんだから、もうどうしようもない。


俺にはもう、どうすればとか、どうしたらとか、考えるのも面倒くさい。だってどうせ考えたところで、俺の望む通りには絶対ならないんだから。

そうして俺はこれから、食べるためだけに仕事をして、会社と家を往復するだけの人生を過ごすんだろう。着々と年齢を重ねて、最後は誰に見看られることもなく、一人で静かに死んでいくに違いない。


それを悟っているんだから、悟っててどうしようもないと分かっているんだから、ため息の一つや二つ、自然に出ても仕方ないだろ。


「お疲れ。目の隈すごいけど、寝れてないのか?」


追いかけてきたのか、本当に煙草が吸いたくなったのかは知らないが、リーダーが喫煙室へと入ってくる。

どちらにしろ、迷惑だ。


「お疲れ様です。ちゃんと寝てはいるんですけどね。」


嘘ではない、寝てはいる。ただ時間が短いだけで。

ここ最近、布団に入ってもなかなかすぐには寝れず、結局深夜の3時とかに寝ている。

睡眠薬を買おうかと思うぐらい眠れないんだ。


「それならいいんだが、あまり無理するなよ?有給、使ってもいいんだから。」

心配してくれているのか、リーダーの顔は少し寂しそうに見えた。


有給使ったところですることもないし、長々と眠れるわけでもないから、仕事をしていた方がましだ。


「はい。でも本当に大丈夫です。」

「そうか……ならあと二日頑張れ。」

一瞬、寂しいような悲しいような、けど確実に悲哀の表情を見せるリーダー。しかしすぐに普段の表情に戻り、煙草を吸うことなく喫煙室から出ていく。


本当に俺を気にして追いかけてきたのか。ありがた迷惑だ、そんなちんけな同情。

本当に俺の事を考えてくれているのなら、今後一切仕事以外で関わってこないでほしい。


「面倒くせぇな、本当……。」


ひねくれているわけではない。ただもう本当に諦めたんだ。何かを期待するのも、夢を見るのも。

俺には特別な力も、突出した才能も、何かを突き詰める情熱も、何もない。ありふれた一般的な人達となんら変わらない、ただの普通の人間だ。普通以下かもしれない。


そんな俺が何かを望むなんて事自体が間違いだったんだ。


そんなことを思いながら、俺は一本の煙草をゆっくり時間をかけて吸った。




「お先に失礼しまーす。」

「に、一君。」

タイムカードを押してドアを開いて通路へと出る。


遠巻きに宮島さんが俺を呼んだ気がしたが、気のせいという事にしておこう。関わられたくない。


「さてと………。」

携帯を開いて時間を確認する。特に予定はないが、家に帰ってもすることはないし、どこかの居酒屋にでも行くか。


俺はもう、自分の給料で自分だけが食べていければいいんだから、金は好きに使える。貯金する必要なんて一切ない。


「に、一君ってば………。」

腕を掴んでくる宮島さん。わざわざ走って追いかけてきたのか、息が荒い。


「どうかしましたか?」


つまらん用事だろ、どうせ。だからさっさと俺を離してくれ。


「どうかしましたって、呼んだのに先行っちゃうから、聞こえなかったのかと思って。」


聞こえなかったんじゃない、聞こえたうえで無視したんだ。だってどうせ仕事外のことだろ?宮島さんが終業後に呼びとめる理由なんて。


「そうですか。それで何か用事ですか?」


「なんか……冷たくない?最近。話しかけようとしてもすぐどっか行っちゃうし。」


冷たい、じゃない。避けてるんだ、意図的に。

それぐらい分かれよ、てか普通分かるだろ。


「まぁ、他に用事があるんで。」

「いっつもいっつも用事があるの?もう五回目だよ?話そうとして話せなかったの。」


そーです。いっつもいっつも用事があるんです。

悪いですか?


「それはまぁ、タイミングが悪いって言うか……。」


そもそもそんなタイミングなんてないと言うか……。


「じゃあ今日は?今日の夜は空いてないの?」

「そうですね。どうしても外せない用事なんで。」


そんなもの、今までも今日もないけどな。


「じゃあ明日は?」

「明日もです。」


明日も関わりたくないことに変わりはありません。


「じゃあ土日は?少しぐらいなら時間空いてるんじゃないの?」

どれだけ却下しても、言葉を泊めない宮島さん。


何でそこまでして俺と話す必要があるんだ?それともここまで言ってるのに、まだ気づいてないのか?俺がわざと避けてる事。


「ちょっと、厳しいですね。」

「……じゃあ逆にいつだったら空いてるの?」

「正直、分からないです。いつが空いてるかなんて。」


ここまで言えばいいのか?そしたらもう関わらないでくれるか?


「なにそれ。そんなに私と話すの、嫌なの?」


やっと気づいてくれたか。

えぇ嫌です、嫌ですとも。だからもう関わらないでください。


「………ちょっと待ってて。勝手に帰ったらリーダーに言うから。」

言うや否や、社内へと走って戻って行く宮島さん。


「はぁ……そうですか。」


別にリーダーに言われようが関係ないし、帰るか。

明日何か言われたら言われただ。なんでプライベートを侵害するんですか?って逆に言ってやればいい。


そうして俺は、宮島さんを待つことなく、会社を出て居酒屋に向かった。

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