第23話 認識外の事件
「なになに?友達?」
触れてほしくない話題に、宮島さんが放っておいてくれるわけもなく、やっぱり聞いてくる。
これはあれか?少しだけ回復して現状を楽しもうとしていた俺への罰なのか?そうなのか?
「えっと……はい、そうです。」
俺が返事をせず、宮島さんの言葉を宙に浮かせたままの状態を気不味く思ったのか、少し遠慮気味に元カノが返事をする。
本来であれば俺が紹介するのが普通なんだが、やっぱりまだ俺にはそんな余裕はない。
「ふーん……友達ね。」
何でそんな意味ありげな視線を俺に送ってくるんだ?俺が紹介しなかったのがそんなに琴線に触れたのか?
「ぼ、僕、ちょっとトイレに……。」
「なーに逃げてんの?ちゃんと紹介してくれる?」
この場を離れようと試みるも、宮島さんにしっかり腕を掴まれ、しぶしぶ上げかけた腰を下ろす。
はぁ……もう諦めて受け入れるしかない、か。
「……
視線を下げて紹介する。
今は、正直どっちの顔も見れない。
「で、こちらは宮島さんと西条さん。会社で同じプロジェクトのメンバーの方達……。」
はぁ、駄目だ。今すぐ帰りたい。出来る事なら今すぐ。
「ふーん……なるほどね。ありがと一君、トイレ行っていいよ。」
口を先に開いたのは宮島さんだった。
正直トイレに行くのに、わざわざ宮島さんが許可を出す意味も分からないけど、いいって言うなら行かせてもらう。
「は、はい。」
視線を下げたまま席を立ち、トイレに向かう。
そうしてその場には、誰かも知らない元カノの連れと女三人が残った。
「で、本当のところどういう関係なの?」
一雪の姿が見えなくなったのを確認して宮島さんが口を開く。
「……別に普通の友達です。」
妙に高圧的な雰囲気の宮島さんとは対照的な柊木さん。少しばつが悪そうな、そんな雰囲気を放っている。
「普通、ね。全然そんな風には見えなかったけど?」
そんな言葉、この場において宮島さんが信じるわけがない。
「……宮島さん、ですよね?あなたがなんでそこまで、私と一雪の関係に興味があるのか知らないですけど、普通の友達です。」
一呼吸置いて、少し態度を変える柊木さんの口調は、一変して力がある。
「言いたくないなら別にいいよ。ただ、」
「ただ?」
わざとらしく笑顔をつくり、そのまま柊木さんに向ける宮島さん。
「私と一君、真剣に交際してるから、あんまりちょっかい出さないでくれる?」
事実無根の言葉を放つ宮島さんに西条さんも驚きのあまり、餌を求める鯉のように口を開けている。
「へ、へぇ~……そうとは知りませんでした。」
明らかに宮島さんの言葉に動揺し、少なからず反応に困っている柊木さん。
まぁ、別れてからの一雪の動向を知らない柊木さんからしてみれば、動揺するのも無理はない。
「友達でも元カノでもなんでもいいけど、そこだけ理解しといてね。」
宮島さんは知っている。柊木さんが一雪の元カノだということを。なぜならデートの際、映画館でポップコーンを買った後に、しっかり一雪と松永さん達の会話を聞いていたから。
「み、宮島さん……今の言葉って……。」
「本当の事だよ?どうかした?」
未だに信じられない西条さんは、再度真意を聞こうとするも、宮島さんの言葉は変わらない。
そうして一雪が席に戻ってくる頃には、妙な雰囲気と間違った事実が生まれていた。けど一雪はその間違いを認識する努力を、しなかった。
「ありがとうございましたー。」
席に戻って10分としないうちに店を出る。理由は分からないけど、店を出ようと言ったのは宮島さんだった。
「折角の金曜日だし、もう一軒行く?」
後を続いて店から出てくる宮島さんがそう言葉にする。
俺はもう、帰りたいんだけど……。
「わ、私は失礼するので、後はお二人でどうぞ。」
おかしい。トイレに行ってからというもの、かたくなに西条さんが俺の方を見てくれない。
どうしてだ?
「帰っちゃうの?」
「はい。少し用事があったのを思い出して……。」
宮島さんの方は普通に見てるのに、何で俺の方は見ようとしないのか……もしかして俺がトイレに行ってる間に、千咲が元カノだって知ったのか?
「そっか、それじゃ仕方がないね。」
「はい、すみません。」
いや、千咲はそんなに口が軽い奴じゃない。話さなくていい事は話さない奴だ。
だとすれば宮島さんか?件のデートの時の、松永さんとの会話を聞いてるだろうし、知ってても不思議じゃないもんな。
それになにより、友達って紹介した時にどっか疑ってたし。
「一君、一くーん。」
そうか、そういうことか。だとすれば席に戻った時の、睨んできた千咲の態度も納得できるな。
話すつもりのなかったことを宮島さんの口から聞いたとなれば、俺が宮島さんに話したと疑われて当然だろう。
「一雪!」
「は、はい!」
名前で呼ばれ、思わず返事の声が大きくなる。
急に何だよ、そんな大きい声出して。
「西条さん、もう帰っちゃけどどうする?もう一軒行く?」
既にその場に西条さんの姿はなく、俺と宮島さんだけがお店の前で立ちつくしていた。
あぁそっか、そういうこと。
「……時間も時間ですし、僕もレンタルしてる映画見ないといけないんで帰ります。」
一体いつの間に帰ったんだ、西条さんは。というか西条さんが帰ったなら解散でいいじゃないか。
「そっか。じゃあ今日はここで解散。それでいい?」
「はい、大丈夫です。」
珍しく素直に俺の意見を受け入れたな。なんのかんの言って、結局強引に連れて行かれると思ってたんだが……。
「どうかした?」
「い、いえ、なんでもないです。」
危ない危ない。悟られる所だった。帰れるのなら帰るに越したことはない。
「そぅ、じゃあまた月曜会社でね。」
「はい、お疲れ様です。」
軽く頭を下げる。
「お疲れー。」
手を振りながら歩いていく宮島さん。
さてと………
「俺も帰ろ。」
疲れた、体力的にも精神的にも。
まさかこんな居酒屋で、それもわざわざ隣の席で再会なんて、一ミリも思ってなかった。お陰で緩みつつあった気が、一気に引きしめられた。
やっぱり俺はまだ………いや、考えるのはよそう、そんなこと考えたって今更何も生まないし、何も起きない。
大きく背を伸ばし、体全体に酸素を巡らせ夜空を見上げる。
雲がかかっているのか、綺麗に星は見えない。
そうして俺は、新たに生まれた虚偽の事実に何も気づかずまた間違いを起こし、そして見逃した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます