第22話 再会という名の地獄


「一君、今日の夜って空いてる?」

会議も終わり、ようやく本来の仕事に精を出しかけていたころ、宮島さんはそんな俺に水を差すかのように夜の予定を聞いてきた。


「はい……。」


嫌な予感しかしない。というかほぼ確信だな。


「よかった。それならさ、今日新しくチームになったわけだし、西条さんと私と一君で飲みに行かない?」


やっぱりな。宮島さんも大概分かりやすいよな。


「別にいいですけど、西条さんはOKしたんですか?」


正直、金曜だから早く家に帰りたいけど、西条さんも来ると言っているなら、行くしかない。

俺は別に空気を悪くしたいわけじゃないからな。ただ積極的に関わりたいと思わないだけで……。


「うん。さっき誘ったらいいよって。」


そのいいよは、本当の意味でのいいよなんだろうか?

俺が思うに、宮島さんの誘いを断るのが怖くて、いいよしか言えなかったんじゃないだろうか?

そうだとすれば、心中察するぞ、西条さん。俺も怖い。宮島さんに、にこにこ笑顔で誘われたなら、余計に怖い。


「分かりました。どこに行けばいいですか?」


俺はもう諦めはついてる。早く帰れない諦めは。

別に誘われたのが宮島さんだからってわけじゃなくて、声をかけられた時点で、だ。


「入り口、会社の入り口集合。遅れたら駄目だよ?」


遅れるかどうかは、正直仕事次第なんだけど……そんな言い訳通じないよな。


「分かりました。」

「それじゃ、よろしくね~。」


そうして宮島さんは自分の部署へと戻っていく。


「しっかしなぁ~………。」


別に今更どうこう言いたいわけじゃない。今回の飲みは雰囲気を悪くしない為にも断れなかったし。


俺が悩んでいるのは西条さんの事だ。西条さんに映画を勧められてからもうすぐ二週間が経つというのに、俺は未だに見ていない。そのことについて触れられると想像すると、胃が擦り切れそうだ。


―――――どうか西条さんが映画の話題に触れてきませんように……。


俺にできるのはそう願うことぐらいだった。




「ごめんね、待った?」


ええ待ちました、たくさん待たせていただきました。おかげで日が沈む風景を、ここからしっかり眺めることができました。


「いえ、そんなに待ってないんで大丈夫です。」


けど俺はできる社会人だから、そんなことは言わない。それにそんなこと言ったって何も生まないしな。


「すみません。私の仕事が中々終わらなくて、宮島さんに手伝ってもらってて……。」

申し訳なさそうに目線を逸らす西条さん。


そこまで真面目に謝らなくでもいいんだけどな……何ていうか、やっぱり固いな、西条さんは。


「西条さんは真面目だなぁ、待ってないって言ってるんだからいいんだって。」


いや、宮島さんは少し西条さんを見習った方がいいと思うんですけど……ってか宮島さん、人の手伝いできるんだな。それが俺にはびっくりだよ。


「あ、今一君、私のこと馬鹿にしたでしょ?」

「い、いや、してませんよ!」


駄目だな、俺は。本っ当に嘘がつけないみたいだ。


「嘘つくんだぁ……私先輩なのに、馬鹿にされて嘘つかれるんだぁ。あぁ~あ、傷つくなぁ……。」

わざとらしく後ろを向いて傷つくフリをする宮島さん。


あぁもう本当この人は。面倒くさいの権化だな。


「すみません……少し馬鹿にしました……。」


こうでも言えば満足ですか?どうなんですか?宮島さん。


「ふ~ん……分かったならよろしい。ていうかやっぱりしてたんだ。」

得意気に誇らしい笑顔を見せる宮島さん。


こんな分かりやすい適当な言葉で納得するなんて、宮島さんもなというか……馬鹿だよな。


「そ、そろそろ行きませんか!?」

ひねり出すように放たれた西条さんの言葉は、少し上ずっている


やっぱりまだ、西条さんはどこかで俺とか宮島さんに遠慮してるのだろうか?


「そうだね。そろそろ行こっか。」

西条さんの手を取り歩き出す宮島さん。俺もならうように後をついていく。


そうして俺はまた、間違いを起こす。収拾に手を焼くほどの間違いを。


でも俺は、そんなこと気づけるわけもなかった。




「なんか僕、絆プロジェクトのメンバーに選ばれてから飲みに行く事が増えたと思うんですけど、気のせいですかね?」

生ビールが入ったグラスを机に置き、ずっと思っていたことを口に出す。


「そう?こんなもんじゃない?」

向かいの席で、西条さんの隣に座る宮島さんが呼応するようにグラスを置く。


こんなもんって、あり得ないだろ。週三だぞ!?週三。前までは週一も行かなかったのに。


「西条さんは?西条さんは飲みに行く回数増えたと思いますよね?」


宮島さんはダメだ。感性も感覚も普通の俺とは全然違う。


「………私には分かりません。一さんの普通を知らないので。」

伏し目がちで応える西条さん。


そこは知らなくても、はいそうですね、でいいんだよ!それを求めてるんだよ、俺は。


「そんなどうでもいいことはおいといてさ、正直このチーム分けのことどう思う?」


どうでもいいことではないだろ、どうでもいいことでは!


「私は正直、どうせすることは変わらないのにチームに分ける意味もよく分かんないんだけど。」

話しながらお通しに箸をのばす宮島さん。


「リーダにはリーダーなりの考えがあるんじゃないんですか?」


俺からすれば、このプロジェクトが成功しようが失敗しようが別に関係ないし、言われて通りにするだけだ……まぁチームのメンバー構成に、不満はあるけど……。


「リーダーの考えなんて分かりようもないしなぁ~……。」


どうやら宮島さんは、俺以上に今回のチーム分けに不満を抱いているようだ。


「で、でも、私はいいと思いましたよ。」

珍しく自分の意見を口にする西条さん。


なんだ、西条さんは賛同してんのか。意外だな。


「なんで?」

「それはその……。」


宮島さんもそんなに詰めよってやるなよ、チーム分けに賛同するからって。


「あ、分かった。どうせあれでしょ、城戸さんが苦手とか、そういう理由でしょ?」

「い、いえ……決して苦手とか、そういう訳ではなくて……。」


あーあ、ちゃんと否定しなかったな。


「否定はしないんだね。」

ほらこうなる。


折角意見を言ったのにこんなことになるなんて思ってもなかっただろうに、御愁傷様です。


「えーっと……。」

「ねぇなんで?なんで城戸さんが苦手なの?」

両手の掌を宮島さんに向けて顔を逸らす西条さんに、ぐいぐい詰め寄る宮島さん。


仕方ない、助けてやるか。


―――――失礼します。お客様、大変申し訳ないのですが、カウンターのお席に移動していただけますでしょうか?四名様のお客様がご来店されましたので。」


宮島さんの攻め口上を止めようとした時だった。


「あ、はい。分かりました。」

一瞬固まりかけた三人だったが、西条さんが素早く返事をする。西条さんにとっては、まさしく渡りに船ってところか。


そうして俺たち三人は言われた通りにカウンターの席へと向かうべく、荷物を手に取る。西条さんに次いで宮島さん、そして俺もカウンターの席へと向かった。



「宮島さんが真ん中でいいですよね?」

案内されたカウンター席の荷物かごに、荷物を入れながら席を決める。


俺としては映画の件もあるし、あんまり西条さんの隣には座りたくないんだ。


「別にいいけど、女の子二人に囲まれなくていいの?一君は。」


だからなんで宮島さんは、俺をそう囲みたがるんだ?俺はひっとつも望んでなんかないのに。


「大丈夫です。本当に大丈夫ですから。」

遠慮しながら席に座る。断るのに必死で周りが見えておらず、座る時に隣の席の女性に肩が当たってしまう。


「す、すみません………。」

とっさに謝罪する。


やっちまった。


「いえ、大丈夫、ですよ………。」

お互いがお互いの顔を認識するも、お互いがその相手を想像はできていなかった。


……………おいおいまじかよ……そんな偶然、求めてないんだけど……。


「ひ、久しぶり………。」

怪訝そうに顔を背ける相手の女性、否俺の元カノ。


「……うん。」

今までの酒が全部醒める。


何だってこんなところで、それもこのタイミングで……。


俺は、俺はまたどこかで何か間違えたんだろうか?

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