第21話 冬が来る
「ふぁ~あ………ねむ。」
冬も見据え、街を往来する人々の服の丈は日々長くなっていく。
もう秋も終わる。紅葉の綺麗な、甘い香りを放つ金木犀の秋が。
「仕事だりぃなぁ…。」
これから出勤だというのに、早々に不満を漏らしてしまう。あの二人と飲みに行ってから数日経った今でも、二人の間には妙な空気がある。
今日は金曜日。何もないといいんだが……あの二人、特にリーダーに限って何もないまま終わるわけがない。
きっと今日も会議終わりに、今日夜空いてるか?なんて聞かれるんだろう。そう思うとつい不満を口にしてしまう。
「今日が終われば、二日休み……二日休み、か。」
俺は忘れてはいない。西条さんにお勧めされたアニメ映画を見なくてはいけないことを。
ここ数日、何度か西条さんから話しかけられそうな場面があった。その度に心苦しい思いをしながら何とか避け、感想を求められる可能性を潰してきた。
でも正直、これ以上はそれもできない。俺の心も苦しいし西条さんにも申し訳ないんし、それにそろそろ逃げられなくだろうから。
「っし、頑張りますか……。」
そうして俺は、今週の土日は絶対に外に出ないことを心に決めて出社した。
「私と城戸君の社外対応チーム、そして宮島さんと西条さんと一君の社内対応チームに分けて、この案件を取り行います。私達は客先に出向き情報交換や……」
それがリーダーの口から告げられたのは、会議の終盤も終盤だった。
俺が宮島さんと西条さんと同じチーム?訳が分からない。なんでよりにもよってあの二人と…それにわざわざチーム分けする必要がどこにあるんだ?
「何か意見や質問はありますか?」
沈黙を貫く一同。
このプロジェクトの主導権はあくまでリーダーにある。だから意見や質問こそあれど、不満は言ってはならない。
俺みたいに不満を持っててもだ。
「ないならこの通り進めていきます。それぞれのチームはしっかり対応目的を果たせるようにしてください。」
そうして会議は終わった。
宮島さんと西条さんと同じチームか……考えただけでも頭が痛くなるな。俺にとってはどっちも爆弾みたいな存在で、荷が重いというか釣り合わないというか……なんにしろ苦手だ。
まぁ?こういうチーム分けされたのは分かる。
リーダーと城戸さんは元々営業マンだし、俺達三人は元々内勤だし。けど、どうしてそもそもチームに分ける必要があったのか。それが俺には分からない。
リーダーにはリーダーなりの考えがあってのことなんだろうけど、俺にはその高尚な思考は掴めないし理解できない。
「一君、ちょっといいか?」
来た来た。来ると思ってましたよ、リーダー。いい意味で期待を裏切らないですね、本当。たまには俺の期待を裏切ってくれてもいいんですよ?
「はい。」
しかしそんなことを言えるはずもなく、手で煙草を持つ仕草の通り、俺はリーダーの後をついて喫煙所に向かった。
「一君はこのチーム分けについてどう思う?」
煙草に火をつけ、一息吸いこんだ後に予想外の質問を投げかけてくるリーダー。
あれ?そっちですか?俺はてっきり飲みのお誘いかと思ってたんですけど……。
「そんな不思議そうな顔をするな。私だってたまにはまともな話もするさ。」
え、もしかして俺今顔に出てました?
「出てる出てる。ちなみに今もな。」
そんなつもりは全くないんだけどな。
「すみません。僕はてっきり飲みにでも誘われるのかと……。」
「なんだ?そんなに飲みに行きたいのか?一君は。」
やってしまった………完全に自分からだったな、今のは。
「い、いえ、決してそういうわけでは無くて……。」
誰が好きこのんで飲みに行くと思ってるんですか?リーダーじゃないんですから、リーダーじゃ。
俺はアル中でもなければ、寂しがり屋でもありません!
「仕方ない奴だな、一君は。でも、今は案件があるから、終わってからだな。」
もしかして今さらっと俺の未来を決められた?いや、別に俺行きたいなんて一言も言ってないんだけど……。
「話が逸れたな。で、実際どう思う?」
談笑ムードを消したのか、リーダーの顔は途端に真剣になる。
チーム分けか……正直個人的に嫌な感情が大きいから、あんまり客観的に判断はしてないし、実際どうなんだろうか?
「……見本や手本があるわけでもありませんし、いいんじゃないんでしょうか?結果がどうであれ、今回チームに分けて対応することで、結果を後の資料としては残せるわけですし。」
会社としても初めての試みで始動したプロジェクト。全てが初めての事なんだから、試行錯誤して進めていくしかないし、そういう意味ではリーダーのチーム分けはよかったんじゃないだろうか?
――――俺は個人的には嫌だけど……。
「そうか。そう言ってくれてよかったよ。あんまり納得してないように見えたからさ。」
煙草を灰皿に押し付けて消すリーダー。
嘘ヤダ、俺ってそこまで態度に出てた?……まぁ納得というより、自分に言い聞かせてるだけだけどな。
「じゃ私は戻るな。期待してるよ、一君。」
「あ、はい。」
一人喫煙室に残される。
期待、それは嬉しい響きに聞こえるが、実のところ押しつけ以外のなにものでもない。期待されている相手が年上だったり、目上の人間であれば尚更だ。
人という生き物は……いや、日本人という生き物は、期待されれば応えようという気持ちになる。そして応えたいがために、本来の能力外のことまでしようとする。そうして無理した結果が成功したならば、次からはその結果が判断基準になるし、失敗すれば失望され叱咤される。
期待という言葉は何も生まない、人の為にはならない。
そのことをリーダーははたしてどこまで理解しているんだろうか……期待なんて、俺には重すぎる………。
立ちこめる煙草の匂いにリーダーの影を感じながら、俺もう一本、煙草に火をつけた。
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