第20話 宮島優と九重リーダー

既に日が落ちる時間も大分早くなってきている。これからもっとどんどん早くなっていくんだろう。会社を出るころには既に暗くなるぐらい。


「もうすぐ冬か………。」


去年の冬は………そうだったな、彼女が居たな。

あの頃の俺はまだまだ世間知らずで、結婚するんだろうとばかり思ってたな。結局振られたんだけど。


まさか昨日は宮島さんに助けられるなんて思ってもなかった。嬉しかったし見直したんだけどな……でもあのキスは………ないな。


「ごめんね。ちょっと締め作業に手間取っちゃって。」

急いでくれたのか、少し肩で息をする宮島さん。


それは別にいいんだけど……。


「で、誘ったら来るって言うからリーダーも誘っちゃった。」


なんでリーダーが?俺言ったよな、昨日のことで話があるって。


「邪魔じゃなかったか?」

「はぁ、大丈夫ですけど……。」


それとも宮島さんは他人に聞かれても何とも思わないのか?やっぱり俺だけだったのか?こんなに真剣に考えてたの。


「それじゃ行こっか。」


何と言うか、俺にはやっぱり宮島さんの考えてることなんて何一つ分からないな。

なんか考えてた自分があほらしくなってきた。


「一君?なにしてるんだ?行くぞ?」

二人して並んで前に立ち、一雪の方に振り返る。


あーあ、やめだやめ。馬鹿みたいじゃん、俺。本当リーダーの言う通りだよ。何してんだ、俺。


「あー……はい。」


そうして俺は、自分の今までの行いに時間の無駄を感じながら、二人の後をついて歩いた。




「しっかしあれだなぁ。一君も意外と隅に置けないなぁ。」

結局いつも通り、同じ店で前と同じようにカウンターに座る三人。


俺はこんなつもりじゃなかったんだけどな、はなはだ不本意だ。


「そういうわけじゃないですよ。ただちょっとはっきりさせておきたいことがあっただけで。」


もうなくなったけど……。


「はっきり?なんかあったのか?」

途端に重い雰囲気を醸し出すリーダー。


何だ、何か俺気に障るような事言ったか?言ってないよな?


「いやぁ、普通に昨日いろいろあってですね、それで……。」


なんだかすごく気不味くなってきた。話しちゃいけないような気がしてきた。


「それで?」

「どういうつもりだったのか聞きたくて声かけたんです。」


今更何でもないですとは言えないし、これでうまく誤魔化せただろうか?


「……いろいろあったってのは、何があったんだ?もっと具体的に教えてくれ。」


いやぁ、それを話していいような雰囲気、リーダーからは全く感じないんだけど……どうしたものか。



――――昨日、私が見たい映画に付き合ってもらったんです。それで解散する時に私からキスしたんです。」

重たい雰囲気を感じて、口を開きかねている俺に代わって口を開いたのは宮仁さんだった。


ちょ、自分から言っちゃうの!?流石にそれは想像してなかったわ。

てかそうか、やっぱり宮島さんからすればあのキスはなんてことないことだったのか。


そうか、そうだよな。じゃないとわざわざ今日リーダー呼ばないしな。


「え……じ、冗談で言ってるのか?」

信じられないのか、リーダーの口調は驚きを隠せていない。


違うんです、宮島さんと俺は決してそういう関係じゃないんです。宮島さんからすれば、キスなんて大したことじゃないんです。


「本当ですよ。ね、一君。」

「まぁ、はい。僕はそのキスの意味を聞きたかったというか……。」


もうそれも聞く必要はなくなったけどな。


「………ちょっと宮島さん、詳しく聞かせてくれる?」

なんだかより重い雰囲気を放ちだすリーダー。


「分かりました。いいですよ。」

そうして二人は席を立ち、トイレの影の方へと歩いていく。


説教か?説教タイムなのか?

社内で、ましてや同じプロジェクトメンバー内でそういうことをするなという、お叱りなのか?

だとしたらしっかり言ってやってくれ。宮島さんの感覚はおかしいと。


「………すみませーん。」

一人でただ酒を飲むのは少し心もとなくて、メニューからつまみを頼むために店員を呼ぶ。


はぁ、それにして絆プロジェクトに参加してから、毎日がめまぐるしいな。それも主に仕事外で。

やっかいな面倒を押しつけられたり、訳の分からない命令をされたり、変な映画を勧められたり、はてはキスされたり……こんなにめまぐるしい日々は、今まで生きてきて初めてだ。


「はい、ご注文お伺いします。」

「枝豆とキャベツ味噌ください。」

「枝豆とキャベツ味噌ですねー、少々お待ち下さい。」

グラスを手に取り、一口飲む。


きっと今頃、あのトイレの影ではリーダーが宮島さんを怒ってくれていることだろう。そしたらこれを機に宮島さんも少しは大人しくなってくれるかもしれない。

なってくれればいいんだが………。




―――――早かったですね。」

二人が席に戻ってくる。怖い重たい雰囲気から、少し刺々しいような雰囲気に変わっているリーダー。心なしか、宮島さんもリーダーに呼応するかのように、リーダーと似た雰囲気を出している。


なになに、何を話してたんですか?二人は。


「話は終わったんですか?」

「まぁ、な。お互いの意見が分かったからもう十分だ。」


お互いの意見?はい?

説教してたんじゃないのか?


「そうですか。ならよかったですね。あ、僕枝豆とキャベツ味噌頼んだんですけど、追加で何か頼みますか?」

とは思っても、どうせ聞いたところで何話したかなんて教えてくれないだろうし、なら聞くだけ無駄だ。


それより今はこの二人の変な雰囲気をどうにかするべきだ。


「私はいいよ。そんなにお腹空いてないし。」

昨日はあれだけ雑草食べておきながら、そんなに空いてない、か。


嘘だな、見え見えの嘘だ。なんでそんな嘘をつくのかは知らないけど、いらないって言ってるんだから別にいいか。


「そうですか。じゃあリーダーは……。」

「私も酒だけで大丈夫だ。」


酒だけでって……いよいよアル中だぞ?リーダーだって女の子なのに、そんなんでいいのか?

おっさん道、まっしぐらじゃないか。


「そうですか……。」

折角開いたメニューを物寂しそうに閉じる。


二人の雰囲気が変だから、折角俺が和ませようとしたのに……もう知らん。


そうして二人の間にある妙な刺々しい雰囲気はそのまま、今日の飲みは終わった。




「それじゃお疲れ様です。」

きっちり割り勘でお支払いを済ませた後、俺たち三人はそのまま解散した。まだ一週間は始まったばかりだし、そんなに遅くまで出歩けるほど余裕はない。


まぁ、少しだけ居心地が悪かったから、早く帰りたいと思っていたのは事実だけど。


「まだ……時間あるな。」

時計を確認して足を帰路の反対方向に向ける。時刻はまだ八時過ぎ。今日はレンタルしたDVDの返却をしないといけない。


結局一度再生はしたものの、ほぼ再生してすぐに寝てしまい、最初から最後までしっかり見ることは一度もなかった。


「感想どうすっかな~、見てないものを評価はできないし。」


いくら苦手なアニメだからとは言え、流石に見ていないものを憶測で評価はできない。そんなことはこの映画にも映画を作った人にも、そして西条さんにも失礼だ。


「もう一回借り直すか……。」


お金の無駄感は否めないが、感想を約束した手前見ないわけにもいかないし……。


やっぱりアニメには興味ないんですと言っておけばよかった。下手に嘘なんてつくもんじゃないな、本当。


「今週末にでも見ればいいか。」


平日は仕事から帰ったら、なんだかんだ酒飲んでいつの間にか寝ている。だから感想を求められるうえで見るなら、土日のほうが時間に余裕はあるし、それにしっかり見ることが出来る。


苦手なアニメをしっかり見ることには、少しまだ抵抗があるけど……。


リーダーと宮島さんの変な態度とプラスして苦手なアニメに、尚の事自分の人生に不幸感を募らせ進んでいる道が茨のものだと思う一雪。

そんな一雪が自身の間違いに気づくはずもなく、借りに気づく事が出来たとしても既にどうしようもなかった。

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