第10話 変化はいつでもすぐそばで

「それじゃ、昨日に続き乾杯。」


昨日とは違い、カウンター席での始まりとなった今回。なんでか俺は二人に挟まれる形で座っている。


本当に意味が分からない。


「あ、あの、やっぱり席変えませんか?」


リーダーも宮島さんも見た目だけはいいから、周りの視線が痛い。遠巻きに殺意すら感じそうだ。


変われるもんなら変わってやるさ。むしろ金払うから誰か変わってくれ。


「嫌なのか?女二人に囲まれて嫌なのか?」

「い、いやそんなことはないですけど……。」


嫌だと思っていても、言えるわけないだろ!


「じゃあいいじゃないですか。ね、リーダー。」


ねぇ宮島さん、気不味いと思っていたのは俺だけですか?

なんで昨日あんなことがあって、平然としていられるんですか?それとも最近の女の子は、そんぐらいのことでいちいち気に病まないとでも言うんですか?


「小さいことを気にしすぎだな、一君は。」

一息にグラスのビールを飲み干すリーダー。


いや、あなたたちが気にしなさすぎなんですよ!


「というか、なんで今日また飲みに誘われたんですか?僕は。」


ほぼ強引に押し切られる形で連れてこられた今日の飲み。肝心の理由を俺はまだ聞いていない。


「特に……理由は無いな。」


無いのかよ!いやまあなんとなくそんな気はしてたけど、ただ飲みたいだけなんじゃないかって気は。


「え~理由もないのに誘うって、リーダーもしかして……。」


またあんたはそうやって。本当に面倒くさい人だな、宮島さんは。


「そういう宮島だって、自分から参加してきたじゃないか。どうしてなんだ?」


おっと、流石年長者。綺麗にカウンターで返したな。


「いや、私も飲みたいなー……なんて、あははははは……。」


嘘なのがばればれだぞ、宮島さん。流石にカウンターされるとは思ってもなかったみたいだな。


それにしても本当になんで宮島さんはわざわざ自分から来たんだろう?俺には来たい理由も、来る意味も来る価値も全くない気がするんだが。


「そ、そんなことより、今日の一君。会議中ずっと考え事してたみたいだけど、何考えてたの?」


俺に振るのか話題を。しかもそのことで。


「いや普通に会議の事でですよ。会議中だったんですし、そうにきまってるじゃないですか。」

リーダーには別に言ってもいいんだけど……だってリーダーの命令についてだし。


でも宮島さんに言えることではない。


「本当ですかぁ?なんかエッチな妄想とかしてたんじゃないんですか?」


なんでそんなことを俺が会議中に妄想するって考えに至るんだよ。あるわけないだろ。思春期の猿じゃないんだから。


「そんなくだらないこと考えないですよ。ましてや仕事中に……。」


逆にそんなことを妄想できるぐらい気楽な人間になりたいよ、俺は。


「なんか一君って、いろいろ変だよね。今もこうして女の子二人と飲んでるのに全然緊張してないし、妙に女慣れしてるっぽいのに。それなのに積極的に関わろうとはしてこないし……。」

ちょっと惜しいな。


俺は全然女慣れなんかしてない。むしろ経験で言えば少ない方だ。


「まぁまぁ宮島さんもあんまり一君をいじめてやるな。」


そうだそうだ、俺をいじめて楽しむな!


「えーでも、リーダーもそう思いませんか?」

「いや、そんなことはない……と思う。」


いや、そこははっきり違うって言って下さいよ、リーダー!

そんな言い方したら……。


「やっぱりリーダーも思ってるんじゃないですか。ねぇなんでそんなに女の子と関わろうとしないの?」


ほらぁ、こうなるじゃんか。面倒くさいんから勘弁してくれ、本当。


「いや、そんなことはないですよ。宮島さんの勘違いですよ。」


あぁ帰りたい、今すぐ帰りたい。西条さんに勧められた映画を借りて帰って、家で一人でゆっくり見たい。


「嘘つき。だって昨日言ってたじゃん、そんな気は全くないって。」


ですよね、そうきますよね。

あんなこと言わなきゃよかった。適当にあしらっておけばよかった。

本当なんであんなムキになってしまったんだろう。


「い、いやーあれはその、なんていうか勢いというか……。」


言い訳にすらなってないな。あぁ、面倒くせぇ。


「なんでなんですかー?ねぇ、なんで?」

「い、いやぁ……。」


誰か助けてくれ。金なら払うから、なんならこの二人も上げるから。だから本当に誰か助けてくれ!


「なんでなんでなんでー?」


リーダーも黙って見てないで助けてくれればいいのに……て期待しても無駄か。


はぁ、こうなったら……

「ちょ、トイレ、トイレ行ってきます。」

勢いよく席を立ち、逃げ出すようにトイレへと向かう。


こういう時は何を言っても逃げられないから、もうその場から離れる他にない。

卑怯?いくじなし?なんとでも言ってくれ、俺は別に何て言われようが構わないから。



「…はぁ、本当面倒くせぇ。」

何とかトイレまで逃げ、トイレの前で愚痴をこぼす。


全く、なんだって俺がこんな目にあわないといけないんだ。


「あー戻りたくねぇー……。」


綺麗と可愛いの代表と言ってもいいぐらいの、リーダーと宮島さん。きっと世間一般からすれば今の俺の状況はうらやましいことこの上ないのだろうが、俺にはそうは思えない。

リーダーもリーダーで理不尽な命令をしてくるし、宮島さんも宮島さんで聞いてほしくないところまで聞こうとしてくるし、本当嫌気がさす。


「あ……もしかしてこれも報告対象か?」

嫌気を感じては、リーダーの命令を思い出す。


駄目だ、囚われてるな俺。

てか報告することで俺に何かメリットはあるんだろうか?

仮にメリットがあったとして、ならそのメリットは?なかったとして、ないのに命令を聞かないといけない理由は?


分からない。リーダーが、リーダーの考えていることが分からない。


「決めた!後10分位適当に相手したら帰ろう!」


そうだ、それがいい。そうしてレンタルで映画借りて家でゆっくり見よう。だってこの飲みは強制じゃないんだから。それにリーダーの相手は宮島さんが居るし、ちょうどいいじゃないか。


「よし、戻るか。」


後10分、10分耐えればいいだけだ。そうした先にはストレスフリーの未来が……なんて考えに努力の価値を見いだして、俺はリーダーと宮島さんが居る席へと戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る