第9話 物語には正解というものはなくて…
「じゃあ、これで会議を終わります。」
呆けること、約一時間三十分。
結局、あの命令に気を取られて打合せに集中することはできなかった。まぁ資料を整理するうえで、ある程度は目を通していたわけだし、問題ないと言えば問題ないのだが……。
「一君、あんまり集中していないように見えたけど、何かあった?」
爽やかに自分の心配をしてくれる副リーダーの城戸さん。
今の城戸さんは、間違いなくイケメンの城戸さんだ。この前の酒の席の城戸さんとは違って。
「いえ、なんでも……ないです。」
傍から見れば、技術の新人にまで声をかけてくれる優しい先輩に見えるかもしれない。
だが俺は知っているこのイケメンは、権力を振りかざして俺に好き放題命令してくるのを。
「あんまり無理はするんじゃないよ?」
全く無理はしてないんですけどね。強いて言えば、城戸さんに命令されたときに無理してたんですけどね。
「はい、分かりました。」
けど一応先輩にあたるわけだから、そんなことは口が裂けても言えない。ここは素直に好意として受け取っておいた方がいいに決まっている。
「んじゃ、後二時間頑張れ。」
「はい。」
会議室を後にする城戸さんの後姿に、内心で指を立てる。
仮に今の城戸さんの行動を俺がしたとしても、ああはならないだろう。俺がしたら、あんたに心配される必要性皆無なんですけど?とか、そんな風に思われるに違いない。
やっぱり顔か?人間顔なのか?
「お、お疲れ様です、一さん。」
そのキョドっりぷりは何とかならないもんですかね?西条さん。
「お疲れ様です。」
「……。」
挨拶だけかと思ったが、どうやら違うらしい。てか目の前に立たれて黙られても困るんだが……何か用があるんなら早く言ってほしい。
「あの、どうかしましたか?」
ずっと待っているとかなり時間がかかりそうなので、仕方なく俺から聞く。
「……こ、これ後でお願いします!」
「これって、え?」
小さな紙切れを押しつけて、足早に去っていく西条さん。
「お願いしますって言われてもなぁ、何なのこれ一体。」
西条さんの挙動を不思議に思いながらも、渡された紙切れを開いて中を見る。
『疲れてる時はこの映画お勧めです!』
その下にはお勧めらしい映画のタイトルが書かれている。
これはあれか、気にかけてくれたのだろうか。だとしたら、大きなお世話なんだがな。
「まぁ……お勧めされといて見ないのも悪い気がするし、帰りに借りて帰るか。」
変なところで、律義な一雪。命令でもないのに、相手の期待に応えようとするフシがある。
「一君、今日の晩空いてるか?」
自分の荷物をまとめ、会議室から出ようとした途端にリーダーから引きとめられてしまう。
嫌な予感しかしないんだが……。
「一応予定はありますが、仕事ですか?」
恐る恐る質問する。
「うーん、予定あるのか……いやな、飲みに行こうと思ってな。」
今日もですか!?なんて思わずツッコむところだった。危ない危ない。
てか、よく昨日の今日で飲みに行こうなんて思えるよな。どうすればそういう感覚に陥るんだ。
「早めに帰らせていただけるのであれば、行けないこともないです。」
あぁ、なんて曖昧な返事をしてしまったんだろうか、俺は。つくづく断れない性格だと自覚する。
「じゃあ行こうか。会社の入り口集合な。」
ほら、あんな曖昧な返事をすればこうなるに決まってる。今のは命令じゃなかったんだし、はっきりと断ればよかった。
「分かりました。」
今更言っても仕方がない。せめて昨日のようにはならないことを願っておこう。
「私も行っていいですか?リーダー。」
リーダーの後ろから顔を出してくる宮島さん。
なんであんたは来たがるんだよ。
「来い来い、多い方が楽しいしな。」
いやぁ、それはちょっと俺的に遠慮したいんですけどねぇ。ただでさえ昨日あんなことがあったわけだし、俺的にはすごく気不味いんですが……。
「じゃ、そういうことだからなよろしくな、一君。」
「はい、分かりました……。」
とは思っても口には出せない。
仮に俺が拒否すれば、それはそれで感じが悪いし、それに拒否したところで聞き入れてくれないだろうしな。
そんな俺に出来るのは、諦める、それだけだった。
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