第4話 新しい間違いの始まり

「ありがとうございましたー。」


奢られてしまった………。


「やっぱり悪いから、払うよ。いくらだった?」

「気にすんなって。俺意外と小遣い貰ってるし。」

そんなこと言ったら多分、いや確実に俺の方が持ってるに決まってる。


「お前は子どもがいるだろ。その分子どもに使ってやれよ。」

財布から千円札を取り出し、柳生に渡そうとする。


そう、俺なんかに使う必要はない。


「いいからいらねえって。」

それでもなお、柳生は受け取ろうとしない。


全く強情な奴だな。でも……


「……分かった。ありがとな。」

「ん、この話は終わりな。」


柳生には感謝してもしきれないな。今度なにか美味いものでも奢ってやろう。


「それより、昼からは仕事しろよ?」

「分かってる。」


柳生のお陰で少しだけ元気になれた。溜まった感情が、ほんの少しだけ吐き出せた気がする。


「っし、俺これから会議だから、じゃあな。」

会社に戻って早々、柳生は所属している部署とは違う方向に向かって歩き出す。その背中に俺は感謝を隠しきれない。


偉大だ、俺なんかと比べて柳生は遥かに偉大だ。


「はいよ。ありがとな。」

「だから、いいって言ってんだろ。」


いくら柳生がいいって言ったって、俺は感謝してるんだ。だから俺が満足するまでお礼は言わせてもらう。そうじゃないと、俺の気が済まない。


「……俺も頑張ろ。」


容量で言えばまだまだ暗い闇の方が多く、明るい光の要領ははるかに少ない。それでもこれからの仕事を頑張る程度の輝きは持っており、そしてそれを生み出してくれた柳生がいたことは、数少ない俺の幸運だったと言えるだろう。


一雪にとってみれば、これからの一雪の人生は恐らく間違いだらけなのだが、運命を知らない一雪からすれば知る由もないことだった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


「突然だけど一君、君今日からこのチームに入ってもらうから。」

部長からそれを告げられたのは、彼女と別れてから一週間後の月曜日のことだった。


「自分がですか?」

「うん。そういうことだから、今日から頼むよ、一君。」


急すぎる。何もかもが急すぎる。第一俺は技術の人間だし、そのプロジェクトに関係ない気がするんだが……。


「はい、分かりました。」

断れるはずもない。なぜなら命令だから。まだまだ新入社員の俺に断る権限なんてありはしない。



「はぁ、面倒くさ。」

部長が去ったのを確認してパソコンに向き直り、不満をこぼす。


ようやく仕事に手がつき始めて来た折にこれか。ツイてない。


「てか、なんだよこれ。ほとんど営業じゃねぇか。」

部長から渡された冊子に簡単に目を通す。

内容は主に、というか全部が営業関係の事だった。


こんなプロジェクト、技術の俺が参加してどうなるって言うんだよ。


「なんで俺が……。」

流し読みしながらも、尚も不満を口にする。


「……はぁ?…はぁ。今から打合せかよ。」

冊子のページを全てめくり終えると、そこには今日の15時に第一会議室にて打合せを行うと記載された紙があった。


「後一時間もありゃしねぇ。本当急すぎんだろ。」


もし俺が午後から半休を取っていたら、部長はどうするつもりだったんだろうか。

それともあれか?俺は正直いてもいなくても変わらないのか?でないとこんな急に参加させられるのは、誰がどう考えてもおかしいだろう。


「……タバコ吸って行くか。」


そんな文句を吐いたところで、現状が変わるわけでもない。なら少しでも、鬱憤を晴らしておくべきだ。


デスクの引き出しを開けてたばことライターを取り出し、そのまま喫煙所に向かった。




喫煙室内に入り、煙草に火をつけて深く吸い込む。


イライラしている時の煙草は最高に美味い。今の時代、喫煙は悪という風潮があるが、それでも俺は止められない。そもそも喫煙が悪だと思ってないしね。


「あれ、もしかして一君?」

先客の人が話しかけて来る。


黒髪で肩までないぐらいのショートヘアに、見事なまでのモデル体型。あまり胸は無い上に長身が重なって、そこらへんの男より遥かにカッコイイ。


「はい。あなたは……。」

「あぁごめんね、私は九重ここのえ つばき、これから始まるプロジェクトのリーダーだ。」


なんてことだ、名前までカッコイイのか。スカートを履いていなかったら、完全に勘違いするところだった。


「九重リーダー、宜しくお願いします。」

「そんな畏まらないでくれ。大した役回りじゃないし。」

煙草を口に当て、一息吸いこんで吐くリーダー。ドラマのワンシーンみたいだ。

俺が同じことをしてもこうは見えないだろうな。


「一君は正直、このプロジェクトについてどう思う?」

煙草で呼吸して灰皿に押し付けるリーダーの言葉に、俺は一瞬悩む。

「絆プロジェクトですか……。」

が、すぐにリーダーの求める答えに想像がつく。

「そうだ。」


絆プロジェクト。


今までこの会社の営業はほとんどが個人で行っていた。しかしそこをチームとして対応すればいいのではないか、という発想から立ち上げられたプロジェクト。内容は一人の営業マンがとってきた仕事案件を、チーム内で共有してチームで対応しようというものだ。


「……プロジェクト参加チームが一チームだけでは、正確なデータは取れないと思います。」

「だよな、私もそう思う。」


実際、このプロジェクトの本質を見るためには、比較しなければならないと思う。


「でも上の人間は、そこまで人員を割く余裕はないってさ。」

新しい煙草に火をつけて、不服そうに煙草を吸うリーダーの吐く息は長い。


一応上訴はしてたんだな……。


「……少し疑問なんですけど、なんで僕が選ばれたんですかね?」


ずっと疑問だった。

営業のプロジェクトなのに、なんで技術の俺がって思うところもあるし、仮に技術の人間を入れるとしてもなんで俺なのか不思議だし……。


「それは私が選んだんだよ。」

さも当然と言わんばかりのリーダーの口ぶりに、思わずはぁ?なんで?……っと、思わず口に出そうになってしまう。


危ない危ない、相手はこれから俺の上司になる人だ。気をつけないと。


「えーっと、僕なんてまだ新入社員だし、他に適任の技術員はいると思うんですけど……。」

「まぁ確かにいるけど、上に新人から選べって言われちゃって……。」


なるほどな。俺じゃないといけなかったわけじゃなくて、仕方なくか。

危ない、変な期待をするところだった。所詮変わりはいくらでもいるってことか。まぁそりゃそうだよな。


「理解しました。これからよろしくお願いします、リーダー。」

「うん、よろしくな。」

煙草の火を消し、リーダーに一礼して喫煙室から出る。そしてそのまま、自分の部署に向かって歩く。


「だる……。」


このプロジェクトを成功させても、俺が昇進するとかそういうことはなさそうだ。

てことは俺からすれば、参加させられ損ってわけだ。


「適当に流すか……。」

自分の行動方針を決める。結果を出せ、とは命令されてないしな。


椅子を引いて腰を下ろし、気合いを入れ直す。プロジェクト打合せが、どのくらいかかるのか分からないが、とりあえず定時退社は出来るように願っておこう、


強制参加を命じられた俺にできるのは、それだけだった。

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