第3話 自分の手に負えない自分の心
「はぁ、駄目だ。」
何をしても手につかない。どれだけ足掻いても、やっぱり俺はまだ彼女のことが忘れられない。
「よ、お疲れ。昼空いてるか?」
昨日の事等、何も気していないような柳生。けど俺は気にせずにはいられない。
悪いことした、急に帰ったりなんかして。
「あぁ、空いてることは空いてるよ。」
「なんだそれ。じゃあ昼飯一緒に食おうぜ。」
「はいよ。」
「じゃ後でな。」
やっぱり気を遣ってくれているんだろうな、柳生は。でないとわざわざ昼飯誘うためだけに来ないだろう。
やっぱり柳生は良い奴だな。
「後1時間か……。」
腕時計に目を向け、今の時間が11時なことを確認する。
いつにもまして時間が経たない。皆は失恋した時にどう立ち直っているんだろうか?それとも俺みたいにうじうじ悩むのがおかしいのか?
「運命が分かれば悩みもなくなる、か。」
昨日家に帰った後、携帯を眺めていると、ヤホー知恵袋にそんなことが書かれてあった。「悩みたくないのに悩んでしまう、どうすれば悩む必要が無くなるでしょうか?」という質問の内容に、「運命が分かれば、自然と人は悩まなくなります。逆を言えば、運命が分からないからこそ、悩むことが出来るのです。」と応えられていた。
悩むことが出来ると言っても、悩みたくない人間からすれば余計以外のなにものでもない。
「駄目だな、仕事しねぇと。」
どうでもいいことを考えても仕方ないことを悟り、パソコンに向き直る。
だが向き直ったところで、時間が早く過ぎることは無く、また同じことを考えたのは言うまでもないことだった。
「飯行こーぜ、一雪。」
昼休憩のチャイムが鳴るや否や、俺の席へとやってくる柳生に時間を思い出す。
雑学、か。ついつい見入ってしまった。
「ん、あぁそうだな。」
サボっていた事が言えるわけもなく、パソコンを閉じて立ち上がる。
一時間はなかなか経たないのに、五分が経つのは早い。どうしてなんだろうか?
「そういえば、昨日は何か用事でもあったのか?」
思い出したかの口ぶりの柳生に、俺はまた気を遣わせているんだなと自覚する。
まぁ、急に帰れば誰だって変には思うよな。
「いや、そういうわけじゃないんだけどな……。」
流石に柳生の家族の前で泣くわけにはいかないしな。
「……あんまり考え過ぎんなよ?」
「分かってる、ありがとな。」
察したな柳生。まぁ、察してくれて助かった。
「つーか昼飯何食う?」
柳生の提案に頭を回すが、特に食べたいものは思いつかない。
いや、思いつかないんじゃないな。今の俺は食べれれば何でもいいんだ。
「なんでもいい。」
「食べたいもんは?」
「特にない。」
「行きたい店は?」
「特にない。」
「なら適当に決めるぞ?」
「はいよ。」
適当なわけじゃない。ただ今は、何を食べても同じなんだ。肉を食べたからといって元気なんか出ないんだ。そういう気分なんだ。
そうして俺は連れられるがまま、柳生の後をついて行った。
「いらっしゃいませ~何名様ですか?」
「二人です。」
「カウンターのお席でも大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫です。」
「では、あちらのカウンターにお願いします。」
店員に案内されるがまま席に向かう。
柳生が選んだ店は。チェーンのかつ丼。
昼から重たいな。でもまぁ任せたのは俺だし、文句は言わないでおこう。
「何食うんだ?一雪は。」
「普通のやつでいいや。」
一通りメニューに目を通すが、ヒレかつ丼とかロースかつ丼とか、正直どれも一緒な気がするし、それに何食べても今の俺には同じだ。
「すみませーん。」
「はーい。」
「これとこれください。」
「かしこまりました、少々お待ち下さい。」
運ばれてきた水を飲みながら、横耳で柳生と店員のやりとりを聞く。
一応商品名で伝えた方がいいと思うぞ、俺は。
「で、どーすんだ?これから。」
メニューを閉じた柳生の一声目は、全く想像していなことだった。
「どーするって?」
何の話だ?
「彼女だよ、彼女。新しく作るのか、それとも元カノを追っかけるのか。」
そこまで話してもらってようやく理解する。
あぁなんだ、そういうこと。
「いや、しばらくはいいかなって。」
「まぁ……そりゃそうか。」
納得の様子の柳生。
別れたばかりで他の女なんて考えられないし、それに元カノと今更元に戻れるはずがない。
「恋愛する気になったら、色々協力するから、言えよ?」
気遣いから来るであろう柳生のその言葉は、ありがたい気持ちと同時に遠慮も覚える。
本当に、今はそんなの考えられない。
「はいよ、ありがとな。」
新しい恋愛か。今はそんなこと考える余裕もないけど、いつかは俺もそう考える日が来るんだろうか?俺には到底、そんな日なんて想像もつかないんだけどな。
「お待たせしました~。かつ丼とヒレかつ丼です。ご注文の品は以上でお揃いですか?」
「はい、大丈夫です。」
「ごゆっくりどうぞ。」
自分の前に配膳されるかつ丼。柳生はヒレかつ丼にしたみたいだ。出来たてなのか、器からは湯気が立っている。
「いただきます。」
食欲は無かったはずなのに、いざ目の前にすると不思議と食欲が湧いてくる。
スプーンでご飯とかつを一切れ掬いあげ、口に運ぶ。熱々のご飯に、さくさくのころもと肉汁がよくからみ、口の中で混ざり合う。
「美味い、美味いな……。」
水を飲むことも忘れて、かつ丼を頬張る。そんな俺を、柳生は横から温かい目で見守る。
「慌てて食べなくても、時間はまだあるぞ?」
早食い選手権のように、かつ丼にかぶりつく一雪に声をかけるが、どうやら聞こえていないようだ。
無心に、ただ食べると言う行為にのみ集中している。
「ごめんな、柳生。気遣ってもらって。」
否、聞こえてはいたようだ。
「ん、気にすんな。」
柳生は気づいていない。いや気づいていないふりをしているのか?
俺のかつ丼の味が、少しだけしょっぱくなっているのを。
「心配するな、一雪は良い奴だってこと、俺は知ってる。」
柳生の不意な一言に、熱かった心が更に熱くなる。
泣かすんじゃねぇよ、でもありがとな。
変化するかつ丼の味と柳生の言葉に、少しだけ、本当に少しだけ心が洗われた。
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