第3話 魔素濃度の上昇

 船の事故から3カ月が過ぎ、僕は回復魔法も使えるようになっていた。


 魔素濃度を下げてあげれば病気の進行を遅らせられるので、軽い病気なら体内の魔素を消費してあげるだけで自然と回復に向かう人がほとんどだが、体力が落ちている人や重い病気の人には回復魔法が必要になる。


 以前は魔素を使った体調確認を行うことで患者体内の魔素を消費してあげる事しかできなかった。それでも軽い病気の回復や病気予防程度には効果があるので役に立つ力である事は間違いない。


 でも、どうせなら回復魔法が使いたいと頑張ってみたところ1か月ほどで習得できた。回復魔法を使えるようになった今ではある程度の病気やケガに対応できる。恥ずかしくて口には出せないが気分はお医者様だ。


「ニヤニヤしているお前に良いニュースがあるぞ」

「なんですか?気になります」

「えらく飲み込みが早いので、お前にも医師として治療院を開いてもらう事にした」


 癒しの魔法を教えてくれている医師のコートさんが珍しく真剣な顔で話し始めた。


「海岸付近で生活しているロークラスたちの間で病気が流行っているのは知っているか?」

「はい。身体の一部が魔素で変色してしまっている人も見かけますから」

「船の事故で沈んだ荷物に問題があったのだ。魔素の塊である魔黄石が積まれていたようだ」


魔黄石とは魔素噴出地域にあると言われている黄色い大きな石のことでその石が存在する場所で人は生活できないという噂だ。


「あんなものが船で運ばれて来た理由は分からないが、今も港に沈んでいる。そのせいで魔素濃度が上がり病人が増えているのだ」

「もしかして、この島は人の住めない島になってしまうのでしょうか?」

「魔黄石はそこまで大きくないので大丈夫だと思うが、魔素の噴出も確認されている。何れはロークラス達が死ぬこともあるだろう。このままではミドルクラスに影響が出始めるまでに長い時間はかからないだろうな」


 コートさんから以前教わった時には、かなりショックだったがロークラスは働き手であり、空気清浄システムなのだそうだ。ハイクラスが海岸付近にロークラス向けの5階建てアパートを次々と建ててくれるのも、超低料金でその部屋が借りられるのも魔素を薄めるという目的のもとで行われているらしい。


 海岸近くはどうしても魔素濃度が高くなりがちなので、そこでロークラスが魔素をいっぱい吸い込んでくれればそれだけ空気中の魔素濃度が減るという考えなのだ。今回もロークラスの人たちの多くが体調を崩したり病気になっている。


「ハイクラスやミドルクラスが期待している空気清浄システムの限界が近づいている。デッカーさんが港付近に治療院として使える店舗を用意した。明日からはそこでロークラス向けに治療を始めてみてくれ」


 デッカーさんとは警備役人のトップで、この島の中ではかなりの有力者だ。僕に癒しの魔法を習得するように指示したのもデッカーさんだ。たぶん病人が増える事を想定していたのだろう。


「すこし不安ですが頑張ります。ですが、ロークラスの人たちが治療費を払えるとは思えません」

「治療費はここの50分の1程度に抑えてやれば大丈夫だろう。昼飯代程度なら治療を受けられるだろう」

「コートさんはそんなに治療費を値下げして大丈夫なのですか?」

「ああ、こっちは今まで通りだからな。値下げなんてしないよ」


 一緒に頑張ってくれるのかと錯覚したが、そう言う事では無いらしい。コートさんはやはりミドルクラスの人間だ。ロークラスに対して癒しの魔法を積極的に使いたがらない。こういった線引きは一般的な考え方なので僕がロークラスの為に頑張るしかない。コートさんは今まで通りミドルクラスやハイクラス相手の医師を続け、僕はロークラス向けの医者になる。


 治療院の場所代はデッカーさんが出してくれるのかと期待したが、そういう事も無かった。一応はデッカーさんが場所代を安く貸してくれるそうなので、治療費が安くても何とかやっていけるだろう。


 1日あたり20人の治療を行えば一般的なロークラスの収入の倍くらいの収入になる。しかし収入の半分は場所代の支払いに充てるので、1日20人ペースは死守しないと生活していけないかもしれない。デッカーさんから貰っていた食費も今日で打ち切りになるらしい。本当に大丈夫だろうか?かなり複雑な気分だ。

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