第9話 (レン)
連れて行かれた先は、煉瓦造りの大きなお屋敷だ。
目が覚めてから、いろんなことが起こりすぎてわけがわからない。
ミライとジンは、僕に嘘をついていたのだろうか。
門が開いて、中に通される。庭は手入れをする者もいないらしく荒れ放題で、野生化したハーブが元気よく茂り、枯れ草の塊が湿った匂いを放っている。
玄関で召使いに迎え入れられ、客間に通される。
「何か、思い出したことはありませんか」
「いいえ、なにも」
「元気が戻るまで、ここで逗留して行かれるといい。ゆっくり休んでください」
「本当にあの子達は悪いものなのですか」
普通の子たちに見えたけど。それに、いい子達だったと思う。
でも、ミライが人間じゃないのは本当なんだろう。口に串が刺さってもすぐに傷が塞がったし、心臓を刺されても生きていた。
「昔から、この国には妖精が出るのです。関わると、よくないことが起こる。あれはそういう類のものです。討ち払わなければ、災いを招く」
「悪い子には見えませんでしたが」
「騙されてはいけない!」
騎士は、固く握った拳でテーブルを叩いた。
「失礼。取り乱しました」
「いえ……。でも、根拠くらいは聞かせていただいても?」
「わかりました。では、お話ししましょう」
騎士は召使いにお茶のおかわりを出すように命じてから、億劫そうに口を開いた。
私の名は、ザジ・トートと申します。
トート、と言うのはこの国の名で、王族のみ名乗るのを許される姓です。私は入り婿です。かつて功績を認められ、姫との結婚を許されました。
そのきっかけとなった事件の話からしましょう。
ある時、姫が妖精にさらわれました。一大事です。国中が上を下への大騒ぎで、この世の終わりのようでした。
私は、昔から姫をお慕い申し上げておりました。しかし、私は一介の騎士にすぎません。この気持ちは、一生陽の目を見ることはないのだと、諦めていたところへのこの騒ぎでした。
チャンスだと、思いました。私は騎士失格です。姫を守らねばならぬ立場でありながら、姫の危機を喜んだのです。私は王に姫を救い出した暁には結婚させてほしい」と願い出て、王はそれを許しました。
私は無事姫を助け出し、幸い彼女も私を好いてくれましたので、すぐに祝言を挙げました。妻が子を身ごもったのは、そのしばらく後でした。私は、このような過分な幸福があるのかと舞い上がっておりました。
そこで終わっていれば、めでたしめでたしだったのですけど。
ひどい難産でした。産婆からは、いつ死んでもおかしくないと言われました。容体があまりにも悪いから、医者以外は部屋に入るなと言われました。
三日後、妻は天に召されました。そうして生まれたのが、ジンです。
ご覧の通り、あの子は私から特徴を引き継いでいないでしょう? 妻も私も、あのような赤毛ではありません。妻がさらわれた先で妖精に迫られて生まれたのではないかと疑ったこともあります。
友人たちは「祖父母の代から受け継ぐことだってある」と励ましてくれましたが、完全に疑念を振り払うことはできません。
古来より、赤毛の人間は妖精が見えるといいます。人の世よりも、あちら側に近い存在なのだと言われているのです。
私はどうしても、ジンに優しくできませんでした。
あれは、私の罪の象徴のようなものですから。姫を死の淵に追いやった、私の浅ましい欲望から生まれたものです。
成長すると、ジンは少々荒っぽい性格の少女になりました。女であるのに、ジンは武器や鎧に興味を持ちました。木の枝を剣のように振り回して、戦の真似事を始めたのです。子供の真似事ですから、森の動物を追いかけ回す程度でしたが、あれは戦いが好きなのだと恐ろしくなりました。生まれた時に母を傷つけたように、周りの者を傷つけるのを好むのではないかと気が気ではなかった。
そんな時、私のところに一人の男がやってきました。その男は「おたくの娘さんは、妖精の国にいる」と言いました。ジンは妖精が娘をさらって行った後に残していった身代わりの偽物だと言うのです。
今までの違和感に合点がいきました。
本当の子ならば母を傷つけるはずがないでしょう。姫君の血筋であるならば、しとやかな娘のはずでしょう。
自分の子を傷つけたい親などいるものですか。私が殺意を持ってしまうということは、あれは私の子ではないのです。
それでも、ここまで成長を見守った娘には変わりありませんから、にわかには信じられませんでした。
男は私に薬を渡しました。
この薬は、妖精が嫌う薬草を煎じて作ったものだ。これを口にして吐き出すようであれば、妖精で間違いない。確かめるために飲ませてみるといい。そう説明されました。
そしてあの子は薬を吐いた。
私はあれを妖精の国へ叩き返して、妻の忘れ形見を取り戻さなければならないのです。
話し終えると、騎士は深いため息をついた。
「これをあなたに」
僕の目の前に、ガラスの小瓶を置く。透明な瓶に、黄緑色の澄んだ液体が入っている。
「先ほどあなたに飲んでもらったのと同じ薬です。身の危険を感じたら周囲に撒いてください。怪しいと思う者に飲ませてもいいでしょう」
なんだろう。嫌な感じがする。
「ジンはなんと?」
「自分は人間だと言い張っておりますが、信じられるはずないでしょう」
「なぜです。あなたは自分の娘が信じられないのですか」
「あれは娘ではない!」
騎士は再び、ドンッと机を叩いて怒鳴った。
その時、頭に痛みが走った。ズキズキと奥の方でなにかが蠢いている。
「ぐっ……」
「どうしました。顔色が悪いようですが」
「大丈夫です……。なんでもありません」
「私は先ほどの店へ相談に行きます。家のものに申しつけていただければ、必要なものは用意しますので」
騎士は席を立って、屋敷を出て行った。
なにか頭の奥で引っかかっているような気がする。
この人のことが他人と思えない。
僕も誰かを信じられずに傷つけた。そんな気がする。
頭が痛い。割れるようだ。
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