第8話 (ジン)
情けないことに足が動かない。目の前でミライがひどい目にあってるのに。
騒ぎが聞こえたのか、店の中から店主が顔を出す。
「おうおう、なんだこれは」
「この娘は人ならざるものだ。気を失ったが、心の臓を突き刺したのに生きている。貴様の意見が聞きたい」
気を失ったのか、ミライはビクとも動かない。剣が刺さった傷口から、血がぼたぼたと石畳の上に落ちる。
「ほう、お手柄ですな。その子はこちらで調べさせてもらおう。そっちの男は?」
その言葉に、父さんの目が固まっているレンに向いた。
「貴様も妖精か?」
「妖精?」
「この娘は人の世を乱す妖精だ。貴様もそうか」
レンは、ミライと父さんを交互に見て目を泳がせている。くそ、こんなことなら諸々の事情を早めに教えとくべきだった。
「わかりません」
「わからない?」
「気がついたらこの子たちと一緒にいました。それ以前のことは覚えていません」
「化かされたのか? これを」
そう言って、父さんが取り出したのは、あたしが飲まされた薬だ。まずい、あれを吐き出したら、レンも妖精呼ばわりされて殺される。
「妖精が嫌う薬草を煮詰めた薬だ。人間であれば飲めるが、妖精であれば飲み込めずに吐き出す」
疑いもせずに、レンはそれを飲んだ。嫌な汗が流れたが、レンはちょっと顔をしかめただけで平気そうだ。
「まずいですね。妖精でなくても吐き出してしまうと思いますが」
「うむ、どうやらあなたは人間のようだ。赤毛の娘を見ませんでしたか? 年の頃は、十三、四ほどのはずです」
ひとまずホッと胸をなでおろしたが、あたしのことが話題に出て来て再びひやりと悪寒が走る。
「さっきまで一緒にいた子がそのくらいでした」
くそ、まずい。このままだと、レンは父さんの言うことを信じちまうし、ミライはどんな目にあうかわかったもんじゃない。
「まだ近くにいるかもしれない。詳しく話を聞かせていただけますか?」
父さんはレンを連れて歩き出す。あの方角は多分家に連れて帰る気だ。
急いで助けなけりゃならないのは、ミライの方か。レンは幸い人間だと認めてもらえた。普通に旅人としてもてなしてもらえるはずだ。
ああくそう。あたしは非力だ。あのクソ野郎をぶっ殺すような力もないし、二人を穏便に助け出すような知恵も湧いてこない。
でもなんとかしないと。
どうやら、父さんはあたしがいなくなったせいで振り上げた拳を下ろす先を見誤って、妖精の疑いがある者を手当たり次第に殺すようになったらしい。
どうやったら、あのクソ野郎に勝てるだろう。刺し違えてでも、あの怪物を止めなければ。
「キミハ、シナナイ」
向かいの建物の屋根で、シーチキンが鳴いた。
「なんだよ、応援してくれるのか?」
「イシヲノマセナサイ」
「おい、やめろよ。見つかったらどうするんだよ」
「キミハ、シナナイ」
はっ、と一つの案が浮かんだ。その手を使えば、あるいは。
「……。賢者の石」
あれを飲めば、あたしは死ななくなる。刺し違えて殺せば、あたしの勝ちだ。
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