第7話 (ミライ)
散歩に行ってくる、と言ってジンはどこかへ行ってしまった。
行きたいところでもあるんだろうか。嫌な思い出のある場所だって行っても、生まれ故郷は特別だろう。
「ねえ、レン」
レンは、興味深げに積み上げられた麻袋の中をのぞいている。開けた拍子に中の石灰が舞い上がって砂埃が荷車の中に満ちた。
「うん、なに?」
「私のこと好き?」
「うん。あなたを見てると安心する」
「私に恋してる?」
「うん……。多分ね」
なんか違うなあ。違和感を覚えるのは、いつもと反応が違うせいだろうか。
「私もあなたが好き」
「とても嬉しいよ」
……なんか違うなあ。
私はなにをもって、彼のことが好きだと認識していたんだろう。
「あれ? ジンは?」
「散歩に行ったよ」
「いいね。僕たちも行こうよ」
そう言って連れ出されて、レンと二人、街を歩く。
なんだかデートみたいだ。私から申し出るまでもなく繋いでいる手の指は絡んでいるし、なんだか、いつもよりもレンが楽しそうだ。
こういうこと、してみたかったのだけど、いざやってみるとなるとどうすればいいのかわからない。
「この街に来るのは初めてなの?」
「うん」
「いいところだね。空気も綺麗だし、景色もいい」
「そうだね」
「あっ、あそこの露店でおやつ売ってる。食べて行こうよ」
「わ、わーい」
なるほど、これが恋人の距離感か。ちょっとドギマギしてしまうけど、あんまりぎこちないと疑われてしまうかもしれない。
その露店で売っていたのは焼きリンゴだった。木の串で刺したリンゴが火であぶられて、あたりに甘い香りが漂っている。
二つ買って、かじる。甘くておいしいけど、大きすぎるのでちょっと食べづらい。生でかじるより甘みが強いような気がする。
「おいしいね」
「うん。なんで焼くと甘くなるの?」
「……ごめん、わからない。忘れちゃったのかな」
自分でも意外なほど、心が沈んだ。レンはいつも、なんでも教えてくれたのに。
リンゴの串をかじりながら、往来を歩く。
どうしよう。正直に話そうか。いやもうちょっとこうしていたい。でも、これは、いつものレンとは違う。
一度芽生えた違和感は、じわじわと膨らんで来る。
私の好きな人が、どこにもいなくなってしまったような気がする。
記憶を戻す方法、あるだろうか。
思い出したら、きっと「嘘をつくんじゃない」って怒られるだろうけど。
「ねえレン、ちょっと行かなきゃいけないところがあるんだけど」
「わかった。どこ?」
道をちゃんと覚えているか不安だったけど、案外なんとかなった。細い路地にひっそりと、さっき来た薬屋さんはあった。相談したら、解毒薬とかあったりしないだろうか。
ごめんくださーい! と戸を叩こうとしたところで、乱暴にドアが開いた。先客がいたみたいだ。ゴンッと顔に木の扉が当たって、痛みが走る。
「ちょっと! 痛いじゃん!」
「これは申し訳な……、なんだお前は!」
中から出て来たのは、かっちりした鎧を身につけたおじさんだった。見た所、騎士だろうか。
化け物でもみるような目で私を見ている。不思議に思って首を傾げていると、隣でレンが悲鳴をあげた。
「ミライ!? 大丈夫!? 血が出てる!」
「そんなに心配するようなことじゃ……」
口元に違和感を感じて、指で触れて驚いた。どくどくと血が流れている。リンゴの串が刺さっちゃったんだ。研がれた先端が頬の肉を突き破って外に出ている。慌てて引き抜くと、生暖かい血が吹き出して服を汚す。
「いたた……」
こんな大怪我をするのは初めてだけど、案外大丈夫だ。私が死なないっていう話は、どうやら本当みたいだ。傷口をもう一度触ると、すでに皮膚で覆われていてふさがっている。
「平気……なのか……」
騎士のおじさんは目を見開いて、一歩後ずさった。
「平気なわけないでしょ! 痛かったんだからね!」
「化け物!」
おじさんが剣を抜いて、私に切りかかって来た。しゃがんで避けると、狭い路地の壁に剣がぶつかって火花が散る。
「ちょっと! いきなりなに!?」
「性懲りも無く現れたな! 悪しき妖精め!」
逃げようと踵を返したら、背中に焼けるような痛みが走って、皮膚が裂けたことがわかる。次の瞬間、胸から剣の先端が突き出して来た。背中から貫通してしまったみたいだ。これじゃあ簡単には逃げられない。
「痛い!」
私は大丈夫だけど、レンはこんな目にあったら死ぬんだろう。それだけはダメだ。
痛みで気が遠くなる。ぼやけた視界の中で、立ち尽くしているレンの怯えた顔が見えた。
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