第6話 (ジン)
街は、思ったより変わっていない。
建物はどれもレンガでできていて、多少の雨風ではびくともしない。
宿の厩舎に置いてある、あたしたちが乗ってきた馬車の荷台で、ミライとレンはおしゃべりに花を咲かせている。
「この荷馬車で旅してたの。レンのお友達がくれたんだよ」
「へー。友達いるんだ。どんな人?」
「あんまりたくさんお話はしてないけど、いい人だったよ」
「なんか、ごちゃごちゃしてるな。なんでこんなに荷物があるの?」
「あなたは錬金術師なんだよ。それで、道具とか材料とかいろいろ載せてるの」
「そうなのか。なにも覚えてないから、勉強し直しかな」
面白くない。
理不尽にミライを傷つけようとしたことに、しっぺ返しがあるべきだと思ったのに。なのに、なんだかレンは薬を飲む前より幸せそうに見える。
今まで散々ミライの好意を無下にしてきたくせに、全部忘れたからってあんな風に笑っている。あたしはお前がミライに「嫌いだ」って言ったこと忘れてねえからな。
「バーカ」
「んだよ。わかってるよ。あたしが悪いんだろ」
頭の上に停まっているシーチキンが、あたしの髪をくちばしでつつく。
どうしたもんかな。
嫌気が差す。わかってる。あたしの父さんとレンは違う。レンにしっぺ返しを食らわせたって、そんなものとばっちり以外の何物でもない。あたしは、八つ当たりでレンに薬を飲ませてしまった。トラウマに触れたからって、ちょっとやりすぎた。
このままだと、ミライはおそらく賢者の石をレンに渡す。レンはそれを受け入れるかもしれない。そうなったら、よくないと思う。
賢者の石を飲んだ者は、永遠の命を得る。老いず、死なず、傷ついてもすぐに治る。あの言いぶりだと、取り出す手段はないのだろう。
レンは、石を飲むのを嫌がっていた。もし、その理由を忘れたまま石を飲んで永遠を生きる者になってしまった後、記憶を取り戻したら。レンはミライを憎むかもしれない。
それに、楽しそうに笑っているあの二人を見ていると、モヤモヤした気分が湧いてくる。
あれだけ拒んでおいて、全部忘れたからって末長く仲良く暮らしましたってことになるのは、納得いかない。あんまりにもミライがかわいそうだ。彼女は、もっと報われるべきだと思う。
自分を嫌う相手の機嫌を永遠に取り続けることになるなんて、そんなのあんまりだ。
ちゃんと彼女のことが好きな相手と仲良く暮らすのがいい。そうに決まってる。
「なあ、ミライ」
「うん? なあに?」
馬車の中を探索しているレンの様子を見ながら、ミライに話しかける。
「まだレンのこと好きか?」
「うん」
「全部忘れてるのに?」
「うん」
「記憶をなくす前はお前のこと嫌いだったのに?」
「うん」
イライラする。なんて都合のいい女なんだこいつは。
「ちょっと散歩行ってくる」
街の中に、今のところ見知った顔は見つけていない。でも、時々あたしを指差してひそひそと話している声が聞こえる。
よそ者が珍しいんだろうか。やっぱり、出てきたのは失敗だっただろうか。せめて顔とか髪とか隠せるものを身につけて来るべきだった。
商店の並んでいる通りで、武器屋を見つけた。記憶にあった場所に、変わらず建っている。
小さい時、よく覗き込んでいた覚えがある。キラキラ輝く鋭い剣や、無骨で頑丈な盾を、持ってみたかった。まともな家に生まれてたら、親にねだったりしたんだろうか。
大通りの向こうの広場で、なにやらざわざわと人が騒いでいる。好奇心からそちらへ向かう人、眉をひそめてその場から去る人、反応は様々だが、そこでよくないことが起きているのは、張り詰めた空気と野次馬のざわめきでわかる。
「お前も妖精だな」
面倒ごとはごめんだと思ってその場から立ち去ろうとしたのに、ピタリと足が止まって動かなくなった。
父さんの声だ。こんなところでなにをしている。関わり合いにはなりたくないが、気になってしまう。ちょっと覗くくらいならバレないだろう。人混みの隙間をぬって、騒動の中心に向かう。
「ちっ、違います」
「自分が人間だというのなら、その薬を飲め」
人混みの中心で、父さんは赤毛の子供に剣を向けていた。子供は傷だらけで、その目の前には液体の入ったガラス瓶が転がっている。
胃がひっくり返るかと思った。あの時の薬と同じ色だ。一見綺麗な、雨の後の若草みたいな色の水が入っている。
子供は、瓶の蓋を開けて中身を一口飲んだ。しかしすぐに顔色を変えて嘔吐した。
それを見て、父さんは顔色一つ変えずに子供に剣を振り下ろす。子供の首が転がって、広場にどよめきが走った。怖がっている者、血を見て興奮する者、いいぞって父さんに声援を送る者、様々だ。
あたしは逃げるようにその場を後にした。なにやってんだ、あのクソ親父。
「待て! そこにいるのはジンか!」
怒鳴り声があたしの背中を追ってきた。まずい。見つかった。
あたしは狭い路地を選んで、屋根の上に登って、なんとか父さんを巻いた。嫌な悪寒に体が震える。
なんだあれは。あたしがいない間に、なにが起きていたんだ。
あたしを見失って肩を落とすと、父さんは急いでどこかを目指し始めた。屋根伝いに走って、それを追いかける。
父さんがやってきたのは、さっきレンが忘れ薬を買いに来た店だった。乱暴にドアを開けて、中でなにやら怒鳴り散らしている。
「妖精が出た!」
「そいつは大変だ」
「強い護符をくれ。今度こそ奴を逃さなくても済むように、一番強いのを頼む」
「承知だ。結構高くつくが、構わんかね?」
「金に糸目はつけない。今度こそ終わらせる。私はこの街を悪しき妖精から守らねばならん」
「ま、がんばんな。あの時あんたが妖精の子をきっちり仕留めてたら、今頃平和だったかもしれないのにな」
嫌な汗が流れる。あたしを追い出して丸く収まったはずじゃないのか。
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