第5話 (ミライ)
心臓がばくばくして治らない。嫌な想像ばかりがせわしなく頭を駆け巡って、そわそわする。
「レン、大丈夫かな?」
「さあな」
親切な人たちが、倒れたレンを食堂から宿屋の部屋まで運んでくれた。ベッドで横になっているレンは、目を覚ます気配を見せない。
狭いけれど天井が高い部屋だ。スペースを節約するためだろう。ベッドが三段積み重なっていて、梯子がかけられている。初めて見る形だ。
「病気なのかな」
「顔色は悪くねえけどな」
「実は重病で、先が短いから残された私が悲しまないように忘れさせようとしたとか?」
「違うと思うぞ」
「じゃあ、寝不足?」
「今朝はこいつが一番起きるの遅かったろ」
どうしよう。急に倒れるなんて初めてだ。目を覚ましてくれれば安心だけど、体調が悪いんだったら寝かせておいたほうがいいだろうか。
「起きなかったらどうしよう……」
「いいんじゃね? そしたらお前も、妙な薬を飲めって言われなくて済む」
「それはそれ! これはこれなの!」
これじゃあ喧嘩することさえできない。また飲めって言われるだろうけど、そしたらその時は断るし。
「うーん……」
軽く呻いて、レンが目を開けた。
「よかった! おはよう! 大丈夫?」
「……誰?」
ほっと胸をなでおろしたのもつかの間、レンは警戒心満載の顔で私を見る。
「なにを言ってるの? 私だよ。ミライだよ」
「君なんて知らない!」
こっちを見る目は怯えきっていて、嘘をついているようには見えない。
「嘘でしょ。なんで?」
首をかしげる私に、ジンが言った。
「忘れ薬を飲んだんだ」
あの薬をレンが飲んだ? 自分で?
そうまでして私が嫌いなんだろうか。私が飲まないんだったら自分が、ってこと? こうなってしまえば、以前と同じようではいられない。レンは私から逃げ切った。
いや、もしかしてこれはチャンスでは? なにも覚えてないってことは、私に嫌いって言ったことも、私と喧嘩したことも、私がホムンクルスだってことも忘れているはず。
「えっと、じゃあ自己紹介からしようか。私はミライ。こっちはジンで、あなたはレンだよ。一緒に旅をしてる」
「ミライ。ジン。で、僕はレン。どうして一緒にいるの? 僕たちはどういう関係だった?」
「恋人だよ」
いつもの調子で、そうなったらいいなって願望を込めて話す。いつもなら「やめなさい」って怒られるところだったけど、レンは首をかしげた。
「誰と誰が?」
「私とレンが」
「ジンは? この子とはどういう関係なの?」
「私の友達」
「ちょっと来い」
ジンが私の手を引いて、部屋を出た。なんだろう。怒ってる?
「なんであんな嘘ついてんだよ」
「つい、いつもの調子で……」
「バカかお前。あれだけひどいこと言われてまだ好きなのか。やめとけ、あんな奴」
「なんでそんなに怒ってるの?」
「お前が心配なんだよ。あいつは今に、お前にひどいことをするぞ。記憶を消してまでお前の意思を無視しようとしたんだからな」
そう言われると、否定できない。黙っている私に、ジンは話を続ける。
「覚えてないからってあいつに石飲ませようとか考えるなよ。記憶がなくたって、そこまで素の性格が変わるわけでもないだろ。あいつはお前のこと嫌いなままだ」
「そんなこと言わなくてもいいじゃん!」
いつも一緒にいたんだ。そこまで嫌われているなんて、思いたくない。今まで優しく接してくれたことに、嘘はないはず。
「話してみなきゃそんなのわかんないよ!」
ジンの手を振り切って、部屋に戻る。レンは不思議そうな顔で私たちを見た。
「ちょっと考えたんだけど、やっぱり信じられないな」
じっと私の方を見ながら、首を傾げている。くそう、やっぱり私は好みじゃないのか。そういうことならもっとかわいく作っといてくれればよかったのに。
「こんな素敵な子が僕の恋人だなんて、なにかの間違いじゃないか?」
「……え」
一瞬なにを言われているのかよくわからなくて、固まってしまう。あれ? 喜ばれてる? まさかこんな簡単に信じてもらえるなんて。
「ほらほら! 案外なんとかなるもんだって!」
呆れ顔でため息をついているジンの背中を、思わずバシバシ叩く。嬉しい。
「バーカ」
ジンの頭の上で、シーチキンが羽をばたつかせた。
「じゃあ、気分転換に散歩でも行く?」
「そうだね。なにかのきっかけで思い出すこともあるかもしれない」
ベッドから降りて体を伸ばすと、レンは私の手を握った。うわ、恋人繋ぎだ。そっちからしてくるの、初めてだ。
「うおっ」
「うん? だめだった?」
「だめじゃないけど!」
「じゃあ行こう? 僕たちのこと、教えてくれる?」
手を引かれるまま宿を出て、街に出る。
なんか、嬉しいはずだけど、調子狂うなあ。
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