第10話 (ジン)

 まずはミライを助けに行かなきゃ。

 早く助けなければひどい目にあうだろうし、あたしが父さんに立ち向かうためには賢者の石が必要だ。

「くそ、どっかに入れる場所は……」

 店に侵入する経路を探してウロウロしてみるが、窓や隙間は見つからない。無為に時間だけが経っていく。急がなければ。死なないって言ったって、痛いのも怖いのも嫌だろう。

「どうしたんですか?」

 背後から声をかけられて、ビクッと肩が跳ねる。やべ、ちょっと不審な動きをし過ぎただろうか。

「あ、いや、あたしは別に怪しいもんじゃ……あれ?」

 あたしに声をかけてきたのはミライだった。けろっとした顔をしている。よかった。大丈夫そうだ。

「無事だったのか! よかった! 痛かったろ! 自力で逃げたんだな!」

 ミライはあたしの顔をじっと見て首を傾げている。

「おい、大丈夫か?」

「このお店に用ですか?」

 なんか変だな。どこか打ったんだろうか。

「お前を助けに行こうとしてたんだよ」

「……なるほど」

「なあ、あたしにキスしてくれよ」

 ミライはじっとあたしの顔を見てから、なんでもないような顔で唇を寄せてきた。軽く食まれて、言い出したのはこっちなのに驚いてしまう。

「これでいいですか?」

 やっぱおかしい。どうしたっていうんだ。レンのこと好きなんじゃないのか?

 いや、そうじゃなくて。触れただけだったから、石は飲めなかった。

「お前の舌についてる賢者の石をくれ。レンがさっきの騎士に連れて行かれた。あたしはあいつをぶっ殺さなきゃならねえ」

 ミライは思案するように顎に手を当てて、しばらく黙ってから呟いた。

「ほっとけばいいじゃないですか、あんな人」

「はあ!?」

 本当にどうした。様子が変だ。

「自業自得ですよ。どうせまた何かロクでもないことやったんでしょ?」

「お前っ! どうしちまったんだよ!」

 ミライはあたしと店を交互に見てから、あたしに聞いた。

「どうして賢者の石が必要なんです? 人間じゃいられなくなりますよ」

「バケモノ!」

 シーチキンのけたたましい声がひどく場違いだ。

「いいんだよ! 人間やめてでもあいつは殺す!」

「ああ、なるほど。殺したい人がいると。この店の人ですか?」

「ここの店主と、あたしの父親」

「わかりました。じゃあ、これを」

 そう言って、カバンの中から鉄の塊を取り出した。それは、ちょうど手の中に収まるくらいの大きさで、先端に筒がついている。

「これはね、銃っていうんです。西の大陸で発明された武器で、ここの引き金を引くと中で火薬が弾けて、筒から球が飛びます。すごい勢いで飛ぶから、当たれば痛いです。急所を狙えば殺せます」

 おいおい、嘘だろ。なんの話だよ。

「これがあれば、私たちみたいな非力な女でも戦えます。引き金さえ引ければ、熊でも獅子でも殺せますから」

「待て待て。ちょっと待ってくれ」

「私もね、ここの店主を殺しにきたんですよ。こいつは、人の恐怖心で商売している。どうだ怖いだろうって煽って、お守りやら武器やらを売りつけているんです。あなたも被害者ですよ。お父様に娘は妖精だって吹き込んだの、この人ですから」

 ミライは、コンコンと扉をノックして中に声をかける。

「ごめんください」

 少し間が空いてから、店主はドアを開けた。そして、ミライの顔を見て目を丸くする。

「なっ、お前は!」

 間髪入れずに、ミライは銃の筒を店主のひたいに向けて引き金を引いた。大きな破裂音がして、火薬の匂いが辺りに立ち込める。大きな音に驚いて、シーチキンはどこかへ逃げて行った。

 男は少し呻いてから、その場にばったり倒れた。石畳に、頭から流れた血が広がっていく。

「見てました? こうやればいいんです。これはあなたにあげます。私はまだ持ってますから」

 それじゃ、とミライはその場から立ち去ろうとする。

「ま、待てよミライ! お前こんなものどこで……」

 それには答えずに、少しだけ振り返ってミライは独り言のように呟いた。

「ミライ。あの子そういう名前になったんですね。あの人にしてはセンスがある」

「お前、ミライじゃないのか?」

「ええ。その子なら多分、この店の地下ですね。早く助けてあげて下さい。きっとひどい目にあっている」

 ミライに似てるそいつは、今度こそどこかへ消えて行った。

 あたしは店の中に駆け込んだ。店主の作業机の裏に、地下へと続く階段がある。

 駆け下りると、趣味の悪い部屋に出た。じゃらついたアクセサリーやら、原型がなんだったのかよくわからない動物のミイラやら、瓶に詰め込まれた虫やら、そういう雑多なものが乱雑に棚に並べられている。

 そこそこ広い部屋だし、棚に遮られて視界も悪いが、ミライがいる場所はすぐにわかった。血の匂いがする。

 匂いをたどって行くと、石畳に血でできた足跡を見つけた。それを遡るとすぐに、血だまりの中に倒れているミライが見つかった。

「おい! 大丈夫か! おい!」

 助け起こしてみると、腕が切り落とされていた。近くに糸鋸が落ちている。

「あれ、ジンだ」

 意識はあるようだ。血が出て行ったせいか、顔色がひどい。

「私ね、ほんとに死なないの。レンから聞いた通りだった。腕もね、見て。じきに生えてくるよ」

 ミライは口でくわえて、服の裾をまくってみせる。じわじわと筋肉が盛り上がって、骨が伸びてきて、最後にはそれらが全部皮膚で覆われて元どおりになる。

「うおっ」

「それで、あのおじさんが「腕の干物がたくさん欲しいな」って。どっかの部族のお守りって言って売るんだって。あと、目玉と歯も高値で売れるらしいよ」

 みると、部屋の隅の作業台に腕やら足やら骨やら、人体の一部と思われるものが積まれている。

「レンは?」

「心配ない。危害は加えられないはず」

 おそらく、レンは今頃父さんからあたしとミライは悪い妖精だから、やっつけなければいけないって話を聞かされてるはず。最悪、レンがミライを殺そうとするだろう。

 そんな泥沼に立ち会うのは、ちょっと勘弁して欲しい。できれば、今二人が出くわすのは避けたい。

 ああくそう。こんなことならこの国に来るのやめようって言っとけばよかった。早めに事情を話して相談しとけばよかった。

「ごめんな。こんなことになってるの、あたしのせいなんだ」

 ミライの手足が生えそろうのを待つ間、あたしは自分の半生を話して聞かせた。

 自分のせいで母さんが死んで、それで父さんに憎まれてる。

 殺されると思って逃げ出したけど、父さんは元には戻らなかった。

 父さんはきっと、人じゃないものを排除しようと躍起になっているんだろう。それに、ミライは巻き込まれた。

「あたしが悪いんだよ。あたしが生まれなけりゃ、めでたしめでたしで終われたのに」

「そんなの変だよ! 絶対ジンは悪くない!」

「ありがとよ。そう言ってくれるのはお前が初めてだ」

「その人どこ!? 文句つけてやるんだから!」

「やめとけやめとけ」

 冗談でも嬉しいよ、って言おうとしたけど、どうやらミライは本気のようだ。生えてきたばかりの足で立ち上がって店を出て行こうとする。

 やばい、危ないから近寄るなってつもりで話したのに。

「妖精払いを殺したのはお前だな」

 胃の腑をぎゅっと掴まれたような、嫌な悪寒で体が縮こまる。

 まずい。出くわしてしまった。出入り口は父さんがいる方角にある。

 大丈夫、あたしは武器を手に入れた。やってやろうじゃないか。

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