第10話 ワラエーとワラビー

■チャットルーム・たたみの部屋⇔リビング■

システムメッセージ:ソラさんが退室しました

システムメッセージ:ヒロさんが入室しました

ナツ:おつかれ

ナツ:やったな

ナツ:すごいじゃん

ヒロ:うん

ヒロ:ありがとう

ヒロ:苦労したかいがあった

ナツ:さっき空君とも話してたんだが

ナツ:ざしきわらしの山びこには決まりきったルールがあった

ナツ:一つ、現在のところ、ざしきわらしの山びこはひらがなで二文字が限界

ナツ:二つ、限界を超えると、最初の二文字を返す

ナツ:この二つ目のルールがひっくり返った

ナツ:寛君がひっくり返したんだ

ナツ:今では、限界を超えると、最後の二文字を返す、となってる

ナツ:これって、大発見だよ

ヒロ:そうか

ヒロ:実は、富士山がきちんと返ってこないんで、意地になってただけなんだが

ヒロ:ドーナツがそう言うんなら、きっとすごいことなんだろうな

ナツ:そうだよ

ナツ:すごいことなんだよ

ナツ:「人間には『こうしてほしい』というつもりがある」ということを

ナツ:ざしきわらしは理解している

ナツ:少なくとも理解し始めているように見える

ナツ:これって、犬やねこにはできないことだ

ナツ:ざしきわらしと人間は、時間をかければおたがいを分かり合えるってことだ

ナツ:うーん、こうふんしてきた!

ヒロ:こうふんしてるとこ悪いんだが

ヒロ:兄ちゃんの挑戦がおもしろい

ヒロ:マンガだのピッチャーだの、最後の二文字で返しにくい言葉を言いまくってる

ナツ:マンガには何て山びこが返ってきたの?

ヒロ:マンガには「んが」

ナツ:残念!

ヒロ:でも、ピッチャーには「ちゃー」が返ってきたぞ!

ナツ:おお!

ナツ:あ、でも「ちゃー」は音の数で言うと一つなのか……?(考え中)

ヒロ:今度は、真ん中が小さい「つ」シリーズ

ヒロ:キック、ラッパ、どっち、菜っ葉、レッド、全部成功!

ナツ:すごい、すごい

ナツ:空君もなかなかやるな

ナツ:ね、ね、リクエスト!

ヒロ:ん?

ナツ:ジュース、チャック、ちょっと、キャット

ナツ:このあたり、ぶつけてみて

ヒロ:OK

ヒロ:兄ちゃんに伝える

ヒロ:すげえ!全部成功!

ナツ:(にやり)

ナツ:やっぱり。この子、練習によって力がついてきてる!

ヒロ:え、おれ?

ナツ:ちがうよ、ざしきわらし!

ナツ:次の一手は……?

ヒロ:兄ちゃんののどがポンコツになってきた。交代する。

ナツ:はーい

システムメッセージ:ヒロさんが退室しました

システムメッセージ:ソラさんが入室しました

ソラ:ただいま

ナツ:おかえり

ナツ:大戦果じゃないの

ナツ:えらい、えらい

ソラ:むふー

ソラ:ちょっと休息。こんなに頭使ったの、ひさしぶりだ

ナツ:学校でも使えよな

ナツ:疲れてるだろうから、返事しないでOK

ナツ:休息しながら、聞くだけ(読むだけ?)聞いて

ナツ:たぶん、ざしきわらしは練習を積んで、力をつけてる

ナツ:今、私は考えてる。三文字の山びこを引っ張り出す作戦を

ナツ:寛君に伝えて

ナツ:一文字目と二文字目が同じの三文字言葉をぶつけてほしいと

ナツ:例えば、ななつ、かかし、たたみ、くくる、ココア、などなど

ナツ:(あ、などなど型もアリかも?)

ナツ:(落ち着け、私)

ソラ:寛に伝えた

ソラ:さすがドーナツだと感心してたぞ

ナツ:えへ

ナツ:どんどんほめて!

ソラ:調子に乗るな

ナツ:ちぇ

ソラ:特報!

ソラ:ドーナツの読みが当たった!どんどん成功!

ナツ:よっしゃ!

ナツ:ふつうの三文字言葉も時々混ぜてみて

ソラ:りょうかい


「うちわ!」

「うちわ!」

「たいこ!」

「たいこ!」

「パンダ!」

「ぱんだ!」

 たたみの部屋では、ざしきわらしの山びこの特訓が続いていた。

 いつの間にか、手拍子は省略され、姿勢も座った状態で行われるようになっていた。

 ただ、どんなルールがそこにあるのかは不明だが、時々ざしきわらしが言葉に合わせておどりのような仕草を見せている。

「そろそろさ」

「そろさ!」

 後から小声で空に話しかけた寛は、自分の言葉をざしきわらしに拾われて、顔をしかめた。

「そろそろ、言葉には意味っちゅうモンがついてること、教えにゃならんのじゃないかのう」

「かのう!」

 ざしきわらしがくるくると回りながら山びこを返してくるが、気にしないことにした。

「そうか。今は口真似をしているだけで、こいつは意味がわかって言ってるわけじゃないんだよな」

「だよな!」

「うるさいな、いちいち。お前はちょっとだまっとけ」

「まっとけ!」

 ざしきわらしの山びこに悪意はない。

 それはわかっているから怒るに怒れず、寛は頭を抱えた。

 弟の様子を見てにやりとわらいながら、空は部屋の中をぐるりと見回す。

 そして、せきばらいをしてから、たたみをなでつつ言う。

「たたみ!」

 するとざしきわらしは、しゃがみこんで、自分が立っている机の表面をなでながら言う。

「たたみ!」

「いやいや、そうじゃなくてだな」

「てだな!」

 山びこを無視して、今度は机の表面をなでながら言う。

「つくえ!」

「つくえ!」

 次にたたみをなでながら

「たたみ!」

「たたみ!」

 宙は大きくうなづいて見せて、再び机をなでながら

「これは?」

「これは!」

 がっくりとうなだれる空。

 寛がそのかたに手を置きながら言う。

「まあ、気長にいくじゃわい」

「じゃわい!」


■チャットルーム・たたみの部屋⇔リビング■

ソラ:げらげらげらげら

ナツ:ん?どしたの?

ソラ:言葉の意味をちゃんと教えなきゃって、さっき作戦会議したじゃん

ナツ:うん

ソラ:で、指さしながら言葉を言うと、一応それを理解できるようになってきたのな

ナツ:うん

ナツ:タブレットでそっちの様子は見てたから、がんばってるなって感心してた

ソラ:ざしきわらしの声が小さ過ぎて、そっちからだと声が聞こえないんだよな?

ナツ:うん。そこが不便なんだよね

ソラ:だから報告しておく

ソラ:言葉の意味はだいぶ分かってきたみたいなんだが、山びこは相変わらず

ソラ:三文字か四文字あたりが限界みたいだ。よくがんばってるとは感じるけどな

ナツ:あせらない、あせらない。で?

ソラ:さっき、寛が挑戦したのな。あいつを指さして「ざしきわらし」って

ソラ:そしたら「わらし」って山びこが返ってきた。ここまでは予想通り

ソラ:ところが、発音が妙なんだ

ソラ:「わらし」の「し」の発音が、「し」というより「C」に近いんだ

ナツ:アルファベットの「C」の発音に近いってこと?

ソラ:そうそう。かたかなで無理に書き表そうとするなら「スィー」に近いかな

ナツ:なるほどね。じゃあ、わらCだ

ソラ:OK

ソラ:以後、ざしきわらしはわらCと呼ぶことにする

ナツ:あ、えみが帰ってきた

ソラ:ん?どこか行ってたのか?

ナツ:甘酒の素が切れちゃってて、それを買いに行ってたの

ナツ:何か言いたいことがあったら、呼ぼうか?

ソラ:いや、必要ない。わらCの件、伝えておいてくれ

ナツ:らじゃ。

ナツ:えみは甘酒ができたらそっちに持って行くから、すぐに直接会えるよ

ソラ:あ、そだ。甘酒、一人前余分に作って持ってきてくれ

ソラ:言葉を教えるのに使いたい

ナツ:お、ナイスアイディア!伝えておくよ


「寛」

 そう言って、寛は自分の胸を指さす。

「ひろし」

 ざしきわらしは寛を指さしながら、その独特の甲高い声で言う。

 寛は大きくうなずいてやる。

 ざしきわらしは、やわらかなえがおを見せる。

 次に寛はざしきわらしを指さしながら言う。

「わらC」

 本人はいたってまじめに言っているのだが、日本語にはない「C」の発音が、何度聞いても奇妙で、ついわらってしまう。

「わらC」

 これも大まじめに、ざしきわらしが言う。

 ちゃんと自分の胸を指さしている。

 寛が大きくうなづいてやると、ざしきわらしは満足そうにうなづく。

 彼の反応を見てから、空が上半身を前に乗り出し、ざしきわらしの注意を引く。

 寛が空を指さして言う。

「そら」

 ざしきわらしが自信なさそうに寛の方を指さして言う。

「そら?」

 寛は大きく首を横にふる。

 わざと残念そうな表情を見せている。

 一呼吸おいて、もう一度自分の胸を指さして言う。

「寛」

 ざしきわらしが言う。

「ひろし」

 間を置かずに、空が寛を指さして言う。

「寛」

 ざしきわらしは安心したように寛を指さして言う。

「ひろし」

 空き缶コンビがそろって、満足げにうなづく。

 続いて、寛がもう一度、空を指さして言う。

「空」

 ざしきわらしは、少しだけ考えこんだ後、空を指さして言う。

「そら?」

 空が小さくガッツポーズをしながら、大きくうなづいて、自分を指さしながら言う。

「空」

 ざしきわらしは、また少し考えこんだ後、こくりとうなづいた。寛を指さして言う。

「ひろし」

 続いて空を指さして言う。

「そら」

 空き缶コンビが大きくうなづく。

 ざしきわらしは、じまんげに胸をそらした。

 ナツとえみがたたみの部屋に入ってきたのは、ちょうどその時だった。

 えみは木の丸いおぼんを持っていて、その上には湯飲み、きゅうす、そして父さんがお酒を飲む時に使うおちょこが一つずつ乗っていた。

「お待たせ。甘酒で一服して」

 えみは声をかけると、机のわきにひざをつき、おぼんを机の上に置く。

 ちょっと腰が引けているのは、空き缶コンビとちがって、ざしきわらしをこんなに間近で見るのが初めてだからだろう。

 ナツもおそるおそるという様子で腰を下ろす。

「くして?」

 不思議そうに山びこを返すざしきわらしの足元に、えみがおちょこを置く。

「大き過ぎるかもしれないけど、かんべんしてね。これより小さい器が見当たらなくって」

「なくって」

 おちょこの前にしゃがみこむざしきわらし。

 えみがきゅうすを傾けると、おちょこに白い甘酒が満たされていく。

 周囲に、甘い香りが広がっていく。

 鼻を鳴らしながら、ざしきわらしがおちょこの中をのぞきこんでいる。

「甘酒」

 空が、おちょこを指さしながら言う。

「まざけ?」

 ざしきわらしが山びこを返す様子を興味深そうに観察しながら、えみが湯飲みを空の手元にも置く。

 こちらには、最初から甘酒が満たされている。

 湯飲みを右手に持ち、ざしきわらしにわらいかけた空は、甘酒を一口飲んで見せて、言う。

「飲む」

「のむ?」

 ざしきわらしの山びこに大きくうなづき、もう一度甘酒を飲むところからくり返す。

「飲む」

「のむ」

 ざしきわらしは、空の手元の湯飲みと自分の足元に置かれているおちょこを何度も見比べながら、用心深く山びこを返す。

 空が、一連の動作をもう一度くり返す。

「飲む」

「のむ」

 意を決したように、ざしきわらしはおちょこをかかえこむようなかっこうでぺたりと座りこみ、おちょこを持ち上げた。

 ざしきわらしが持つと、小さなおちょこがどんぶりばちのように見える。

 みなが見守る中で、ざしきわらしはおちょこをあおる。

 ごくり、ごくりとのどが鳴る。

「ぷはあ」

 おちょこから口を離し、ざしきわらしが息をつく。

 満足そうなえがおだ。

 空はゆっくりとうなづき、もう一度湯飲みの中の甘酒を飲み、今度はぺろりと舌でくちびるをひとなめ。

「うまい」

 今度はほとんど間を置かず、ざしきわらしは空の動作をまねする。

 ぺろりとひとなめ。

「うまい!」

 おちょこの中をのぞきこみ、それをえみの方に差し出す。

 見れば空になっている。

 えみは、きゅうすからおかわりを注いでやる。

 きゅうすの注ぎ口から出てくる甘酒とえみの顔をかわりばんこに見ながら、ざしきわらしは注がれるのを待っていたが、おちょこが満たされるや否や、ごくり、ごくりとのどを鳴らして甘酒を飲み、満足そうにわらった。

「うまい!」

 その声に、表情に、周りで見ていた四人がほっとした表情になり、わらい声がもれる。

「どうやら、お客様にご満足いただけたみたいね」

 背後から、ナツがえみに声をかける。

 空も

「よかったな、ワラエー」

 とほほえんでくれた。

 ところが、その空の言葉を聞いて、ざしきわらしが目をまん丸にして立ち上がった。

 かかえていたおちょこをその場にかたりと置くと、えみの目前まで猛スピードで駆けてきて、えみを指さして大きな声で言った。

「わらA?」

 そう聞こえた。

 最後の部分が、アルファベットの「A」そのままの発音だった。

 むき出しの期待を感じさせる問いの迫力に、えみはついうなづいた。

「わらA!」

 人差し指をえみに向かって突き出したまま、ざしきわらしはさけんだ。

 これ以上はないというほどに、目を大きく見開いて。

 そして、その場に突然あおむけにひっくり返り、身をよじりながら大笑いし始めた。

 キャラキャラとわらう声は、いつまでたってもおさまらない。

「ちょっと、そこまでわらわなくてもいいじゃない!」

 言いながら、自分でも吹き出してしまうえみ。

 そんなえみを指さし、相変わらず身もだえしながら、ざしきわらしはとぎれとぎれに

「わらA!わらA!」

 とさけび続けた。その様子がおかしくて、机をぐるりと囲んだ四人もわらい転げる。

「でもね、でもね」

 わらいの発作に必死で逆らいながら、えみが反論を試みる。

「あなただって、ざしきわらしとして一人前とはとても言えないんじゃない?」

 ざしきわらしを指さしながらそこまで言うが、がまんできずにまた吹き出してしまう。

「がんばれワラエー!」

「ガツンと言うちゃれ、言うちゃれ!」

「ファイト!えみ!」

 みんなが涙をふきふき、あるいは息も絶え絶えになりながら、面白がって応援してくれる。

「そんなあなたに、『わらC』なんて名乗る資格はまだないわ。私が『わらA』なら、あなたは『わらB』で十分よ!そうでしょ、ワラビー?」

 えみの言葉に、ざしきわらしの口がぽかんと開きっぱなしになった。

 机の周りの四人の顔をかわるがわる見回して、一周してえみの顔に視線がもどる。

「ワラビー?」

 それまでとは打って変わった小さな声で、自分を指さしえみに問いかける。

 えみは、大きくうなづきながら答える。

「そう、ワラビー」

 えみの返事に、ワラビーの表情がとろける。

 うれしそうに、けれども恥ずかしそうに、甘えたような顔で、自分を指さしもう一度問いかける。

「ワラビー?」

「「「「うん、ワラビー!」」」」

 四人の声がきれいにそろった。

 ワラビーはぴょんぴょんと飛びはねながら自分を指さす。

「ワラビー!ワラビー!」

 きっと、だれだって、みんなそうだ。

 初めて自分に名前がつけられた、そんな時は、もう、うれしすぎてじっとなんかしてられない。

 ワラビーはくるくると回ったり、とんぼ返りしながら、机のふちを一周。

 えみの前にもどってきたら、彼女の前に立ち止まり、まずえみを、次に自分を指さして言った。

「ワラエー!ワラビー!」

「うん!」

 えみを目がけて、ワラビーが机のはしをけってジャンプ!

 勢いが良すぎたもので、ワラビーを胸で受け止めたまま、えみはひっくり返ってしまった。

 その拍子に、頭をたんすにごん!とぶつけてしまう。

「あいたたたた」

 その姿を見て、またみんな大声でわらった。

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