第3話 空き缶コンビの憂鬱

 小学校から帰ると、江川寛(えがわひろし)は、兄と二人で使っている二階の子ども部屋に直行する。

 ランドセルを自分専用のいすにかけておくためだ。

 これをサボって、ランドセルを居間にでも投げ出していようものなら、母ちゃんの雷が落ちるのはさけられない。

 それはかなわないので、寛は、兄の空にも声をかけることをわすれない。

「空兄ちゃん、ランドセルかけたか?わしはかけたぞ」

「わ、いっけねえ」

 居間の方で声がして、空がランドセルを左手に下げて子ども部屋に駆けこんでくる。

 危ない危ない。

 声をかけなければ、母ちゃんのがみがみコンサートが始まるところだった。

「ほい」

 空は右手につかんでいたアイスキャンデーを投げてよこす。

 もちろん、空のことだ。

 ぬかりなく、自分の分はすでに口にくわえている。

「空、寛、帰ったのかい?」

 一階から母ちゃんの呼ぶ声が聞こえてくる。

「帰ったら、最初にどうするんだい?」

 どたどたと階段を駆け下りた二人は、台所で夕飯の支度をしている母ちゃんの背後に整列(二人だけど)。

「江川空、ただいま帰りました」

「江川寛、ただいま帰りました」

「はい、おかえりなさい。暑かったろ、冷ぞう庫のアイス……はもう食べてるみたいだね。」

 苦笑する母ちゃん。二人も、互いに目を見合わせて苦笑い。

「空兄ちゃん、母ちゃんここにいたのに、冷ぞう庫からアイス出す時、「ただいま」のあいさつせんかったんか?」

「アイスのことしか頭になくて、気がつかんかったんや」

「時々思うんだけど、空兄ちゃんって、マジで大物やな。将来じゃなく、今すでに」

「何だと、こんにゃろ、もういっぺん言ってみやがれ。このキンコンカン!」

「わしは寛(ひろし)。キンコンカンじゃないわい」

「おやめ、二人とも!」

 けっきょく、母ちゃんにどなられる運命をさけることはできなかった。

「そうやって無神経にずけずけ口きいてるから、兄弟に限らず、周りの子達ともすぐにけんかになるって、なんべん言って聞かせりゃあわかるんだい?」

 聞く方もそうだけど、きっと言う方もすっかりあきあきしている言葉。

 だったら言わせないように気をつけりゃいいってのもわかってはいるんだけど……。

「ごめんなさい」

 下を向いたまま言う空。

 下を向いてるから寛からは見えないけれど、きっとくちびるをとがらせている。

「ごめんなさい」

 寛も兄に続く。

 わかっちゃいるのだ。

 ただ、実行できないだけ。

 そこが問題なのだけれど。

「わかったんならいいさ。けど、これからは気をつけるんだよ」

「「はあい」」

 二人のがっかり声がきれいに重なる。

「ところで、王子君、やっぱり今日も休みだったのかい」

 母ちゃんの声の調子が変わる。

「学校に行く時は、姿を見せんかったな」

「おう。後からおくれて学校に来ても、俺らに連絡が来るわけとちゃうから、絶対休みとは言い切れんけど……」

 空も寛も、王子君の話題だと、どうしても歯切れが悪くなる。

「そうか。もう一か月になるのになあ」

 王子君が学校に来なくなったのが四月の終わり。

 その前日、空と寛は王子君とトラブルを起こしていた。


 空達の町内では、小学生は全員、山下公園という公園に集合し、全員が並んで小学校に通う、というきまりになっていた。

 その、集合の時。以前から空き缶コンビは王子君をからかっていた。

 一つは名前のこと。

 王子様、王子様と、しつこくからかい続けていた。

 ただし、このからかいについては、王子君はほとんど気にしていなかった。

 生まれた時からこの名字だったから、以前からそれをからかわれることはよくあった。

 そのような呼び方には慣れっこだったのだ。

 むしろ、王子君が気にしていたのは、もう一つのからかいの方だった。

 ランドセルについてのからかいだ。

 王子君は赤が大好きだった。

 テレビ番組を見る時でも、赤いコスチュームに身を包んだキャラクターがお気に入りで、いつも応援していた。

 だから、ランドセルを買ってもらう時にも、当然赤いランドセルをリクエストした。

 そんな王子君のお願いに、王子君のおじいさん、おばあさんは、最初こそ少々とまどったが、いざランドセルを買いに行ってみると、ピンク、茶色、空色、紺、紫、緑と、昔とは違ってずいぶんカラフルな色のランドセルが売り場に並んでいた。

 それを見て、男子は黒いランドセル、女子は赤、と決まり切っていた時代はとうに過ぎ去った昔のことになっていたと感じた。

 だから、王子君の希望通り、赤いランドセルを入学祝のプレゼントにした。

 当然、王子君は大喜びし、その赤いランドセルを背負って学校に通い始めた。

 しかし、空き缶コンビの目には、その王子君の姿がとても奇妙に映ったのだ。

 二人の気持ちも、わからなくもない。

 たしかに、男子は全員が黒いランドセルを背負い、女子は全員が赤いランドセルを背負う、というのは過去の話になっている。

 特に女子のランドセルはカラフルになっており、赤いランドセルを使っている子は、女子全体の半数を切っているかもしれない。

 男子だって、女子ほどにカラフルではないけれど、男子が一人残らず黒いランドセルを使っているというクラスは、ほとんどなくなっている。

 しかし、それでも、赤いランドセルを背負った男子というのは、ちょっと見かけない。

 もちろん、赤いランドセルを男子が背負うことは規則い反ではないし、悪いことでも何でもないのだが。

 「おっちょこちょい」という言葉そのものが服を着て、わけのわからないことをわめき散らしながら歩いているような空き缶コンビにとって、赤いランドセルを背負った王子君は、かっこうのターゲットだった。

「男女」だの「変たい」だのと、来る日も来る日も王子君をからかった。

 それを、王子君はとてもいやがっていた。

 しかし、それは学校に来ることができなくなるほどつらいものではなかった。

 だから、王子君は四月末のあの日までは、空き缶コンビのからかいをうっとうしく思いながら、それでもだいたい楽しく学校に通っていた。

 そして、四月末。

 問題の日の朝、公園でみんなが集合するのを待ちながら、王子君は体そう服袋で遊んでいた。

 頭上にぽーんと放り上げ、落ちてきたのをキャッチ。

 また放り上げ、落ちてきたのをキャッチ。

 そのくり返しを楽しんでいた。

 それを目にした空が体そう服袋を横取りしたわけだが、そこに何かの「つもり」があったわけではない。

 ただ、放り上げられた袋を、王子君より背が高いことを生かして、何気なくキャッチしただけ。

 その袋に目をやったのも、単なる気まぐれに過ぎなかった。

 袋には名札がぬい付けられており、そこには『王子九太(おうじきゅうた)』と大きく書かれていた。

 王子君のお父さんが野球好きだったために、九太と名付けられたのだ。

 空が体そう服袋を横取りしたのもたまたまなら、そこに木の実が落ちてきたのもたまたまだった。

 公園の真ん中に植えられていた大きな木の実が、ポトリと体そう服袋にぬい付けられた名札の、しかも『王』の字のわきに落ちた。

 それへ目を向けた空の頭の中で、瞬間的に読みかえが行われる。

 『王子九太』→『玉子九太』→『玉子九太(たまごくった)』

「玉子食った!?」

 突然爆笑する空。

 ぽかんとした顔で空をながめる子ども達。

 寛がけげんな顔で歩み寄る。

「空兄ちゃん、どうかしたんか?」

「寛、これ見てみい、これ見てみい」

 木の実を指でつまんで「王」の字のわきにそえて、体そう服袋の名札を見せる空。

「王子の王に点がついて、玉子。で九太は『きゅうた』じゃのうて『くった』。だから、玉子食った!」

 言いながら、おかしくてたまらず吹き出してしまう。

 一瞬遅れて、寛も爆笑。

「なるほど、ホンマじゃ!玉子食ったじゃ!」

 二人は大笑いしながら、他の子ども達に解説して回る。

 そのたびに、大笑いの人数が増えていく。

 王子君がそれを理解するのには、一分近くかかった。

「ぼく、玉子食ったじゃないもん。そんな名前じゃないもん」

 顔を真っ赤にして言い返す。

 しかし、彼の言葉などだれも聞いていない。

 公園は「玉子食った」の大合唱となっている。

「そんな……みんなひどいよ!」

 泣きながら公園を駆け出す王子君。

 高学年の女子があわてて追いかけるが……


「確かに、悪ふざけが過ぎたとは思うけど……」

 一か月前のできごとを思い出しながら、図書館への道をたどる空。

 結局、その日を最後に、王子君は学校へ来なくなってしまった。

 空き缶コンビやその日公園にいた子ども達も、何度も王子君の家へ謝りに行ったのだが、一度も会ってはもらえなかった。

「どうすりゃ、また元のように学校に通ってくれるんだろうな?」

 空といっしょに歩いていた寛が、そろそろ赤くなり始めた夕日を見上げて、大きなため息をつく。

「それが分かりゃあ、苦労はしねえよ、寛」

 イライラをぶつけるように、空が足元の石ころをけとばす。

 石ころは、ガードレールにぶつかって高い音をたてた後、チャプンと道のわきの池に飛びこんだ。

 池で鳴いていた気の早いかえる達が、おどろいて鳴きやむ。

「でも、何とかしなくちゃな。このままじゃいけないだろ、空兄ちゃん」

 池から空の方に視線を移した寛は、池の向こうに見えてきた図書館の入り口から中に入る人影に気づいた。

「あれは、ドーナツとワラエー……」


「ううん。何かちょっとちがう気がするなあ」

 伸びをしながら、小声でえみがつぶやく。

 市立図書館の調べ物や読書のためのテーブルのうちの一つ。

 そこに十冊ほどの本を積み上げ、えみとナツは調べ物をしていた。

 ざしきわらしについて調べているのだ。

「そうね。ざしきわらしって、こうやってあらためて調べてみると、ちょっと他のようかいとちがう何かを感じるわね」

 本で調べたことを自分なりにノートにまとめていたナツが、えみのつぶやきに答える。

 チラッと周りに目を走らせ、えみに目で合図。

 何冊かの本と自分のノートを手に取ると、すたすたと歩きだす。

 えみも心得たもので、何も言わずに、自分のノートだけをつかんで、ナツに続く。

 二人が向かったのは、ジュースの自動はん売機やいくつかのベンチが置いてある、図書館内の休けい用スペース。

 本の置いてあるえつらん室とは壁をはさんでいるから、少しくらいの話し声は、他の利用者のじゃまになる心配がない。

 残念ながら、学校帰りの寄り道にこの図書館を利用している二人がお金を持っているわけもなく、ジュースを飲みながらというわけにもいかないのだが、ベンチに腰を下ろした二人は、ここまでの調査の感想を伝え合う。

「ようかいっていうと、何だか人に悪さをしたり、こわがらせたりってイメージが強いけど、ざしきわらしはその部分がちょっと他のようかいとちがうわよね。」

 ナツは言いながら、自分のノートを開き、あちこちに赤鉛筆で印をつけた。

「どんな風に?」

 ノートをのぞきこむえみ。

 ナツのノートにはいくつもの小さな囲みがしてあって、そこにナツが調べたことだけではなく、彼女の感想や予想が書き込まれており、それらにはクエスチョンマークやビックリマーク、星型やハート、アンダーラインなどの記号がにぎやかにそえられている。

 さらに、そんな小さな囲み同士が波線や点線などの、何種類もの線でつながれており、また、その線にも様々な記号がそえられている。

 正直言うと、それらの線や記号が何を表しているのやら、えみにはちんぷんかんぷんなのだが、そのノートを見ていると、何やらナツの脳みその中身をそのままのぞきこんでいるような気分になる。

 そういえば、ナツは学校の授業用のノートも、こんな風にさまざまな記号や線でうめつくしており、黒板を写すだけのえみとは全然ちがうノートを書いている。

 おっと、ナツに言わせるなら、ノートは書くものではなく、作るものなのだとか。「ノートは私の第二の脳みそ。ノートを作るってことは、私の脳みそを組み立てたり組み直したり、新しい部品を積みこんだりする作業なの。だから、そんな風に作った私のノートが他人に読めなくっても、それは当たり前だし、気にする必要なんて全然ないの」

 なんて、提出したノートが読めないと先生に突っ返されても、ナツはどこ吹く風という顔をしている。

「うん、ざしきわらしの話は、東北地方、岩手県を中心に各地に残っているんだけど、それが何て言うか……善良?」

「善良?」

 妖怪の話をする時に耳にするとは思わない意外な言葉が飛び出したため、えみはきょとんとした表情に。

 けれど、自分が調べた結果と、その「善良」という言葉を頭の中で見比べているうちに、何だかしっくりとしてくる。

「……あ、うん。そうかも……」

「ざしきわらしのイメージは、正体不明のいたずらっ子。確かにちょっとこわい感じもなくはないけど、ざしきわらしのすることって、だれかを傷つけたり、害を与えたりって感じじゃないでしょ?」

「うん。だれもいなくなった真夜中の教室で一人で遊ぶ物音を立てたり、子ども達と雪遊びしてて、雪に顔の型をつけてみたら一人分多かったとか。ちょっとこわい感じもするけど、じゃあ、それによってだれかが困ったかって言われると、そういうわけじゃあないよね」

「ざしきわらしのいたずらの中で一番めいわくがかかるかもしれないのって、寝てるうちにまくらの位置を逆さまに入れかえられるってアレでしょ?かわいいもんよね。へたすると、空き缶コンビの方が、ずっと周りにめいわくかけてるかも?」

「言えてる。なるほど、善良か……さすがナツ。センスいいわ」

「でしょでしょ?」

 ナツは、鼻高々といった様子でにっと笑う。

 つられて笑顔になるえみ。

「あ、善良って言えば。……ね、私が考えたことも言っていい、ナツ?」

「もちろん。えんりょするなんて、えみらしくないよ」

 ナツの言葉にひとつうなづいて、えみは自分のノートを開いた。

 ナツのノートと並べるのは恥ずかしかったけれど、それは気にしないことにする。

「本当かどうかは分かんないけど、ざしきわらしはただいたずらをするだけじゃなくて、その家に幸福を持ってくる守り神のようなものだ、って書いてる本をいくつも見つけたの」

「ふんふん、名付けて『ざしきわらしは家の守り神説』ね。それで?」

 言いながら、えみのノートをのぞきこむナツ。

 ノートには、本の題名とページ数がずらりと並んでおり、その中のいくつかの頭に赤えん筆で三角の印。

 それらの印を指しながら、えみは話を続ける。

「その『ざしきわらしは家の守り神説』を書いてた本の中の何冊かには、ざしきわらしは自分が住み着いた家に幸運をもたらすけれど、逆にざしきわらしが出ていった家には、不幸な出来事が起こる、って書いてたの。中には、ざしきわらしが出ていった家に住んでた人が、全員死んじゃったって書いてる本もあったわ」

 ノートに並んだ本の題名につけられた三角印、その中の赤く塗りつぶされたものをそっと触れながら、えみは軽くまゆを寄せた。

「ん。何か、ちょっとぞっとするよね。ざしきわらしに似合ってないっていうか」

 ナツの声が少し暗くなる。

 少しの間、二人の間にちんもくが居座る。

 うす暗い休けいスペースを満たす、自動はん売機の低い機械音。

「で、でもさ、ざしきわらしが気味の悪いようかいだったとしても、結局は昔の人たちが作り出した、想像上の生き物なんでしょ?そんなものをこわがったり気味悪がったって、意味ないよね?」

 引きつった笑顔を浮かべるえみ。ナツもその笑顔にこたえるように笑って見せ、困ったように頭をかく。

 ナツの笑顔が弱々しくなっていき、手に持っていた資料を開く。

 そして、すまなさそうな表情を浮かべたナツは、再び話し始めた。

「それがね、ざしきわらしって、他のようかいと比べて、ほんの少しリアルっぽい感じなの」

「リアルっぽい?」

「うん。リアルっぽい。例えば、一つ目こぞうだとか、からかさお化けだとか、何て言うか、ふつうのお化けを想像するじゃない?」

「うんうん。ふつうのお化けっていうのが、何だかアレだけど」

「ま、ニュアンスは伝わるでしょ?だから、今は大目に見て、話についてきてよ」

「りょうかい。ふつうのお化け、想像完りょう!」

「それってさ、いないよね?」

「はい?」

 ナツの言葉にえみの声が裏返る。

「ごめん、えみ。せっかく想像してもらっといて悪いんだけど。でも、一つ目こぞうだとか、からかさお化けだとか、そんなお化け、本当はいないじゃない?」

「わっちゃあ。お化けの話をしてる時に、それ、言っちゃう?」

「うん、言っちゃう。あえて」

 大まじめな顔でナツは続ける。

「お化けの話なんて、さっきえみが言ったように、昔々の人達がうわさしてたって感じじゃない?」

「うん、その通りだね」

「でも、ざしきわらしに関する記録って、『昔々』って言うにはちょっと最近過ぎる記録が混じってるの」

 そう言って、ナツは自分の方に向けて開いていた本をベンチの上に置き、くるりと回してえみの方に向けた。

「例えば、ここ。小学校にざしきわらしが現れたって書いてあるんだけど、一九一〇年のことなの」

 ナツは、えみが示された部分を読み終わり顔を上げるのを待ってから、その本をわきにどけて、別の本を開いた。

「こっちはざしきわらしについて研究していた学者さんが、ざしきわらしについての伝説をまとめた本を書いたら、全国からざしきわらしに似た子どもを見たって知らせがとどいたって話」

 その部分を読み終え、話の続きをうながすように、えみはナツの顔に目を向ける。

「百年も前の話じゃ、ピンとこないよね。それだけ前のことなら、昔々でいいんじゃない?って言いたくなるよね。けどね」

 ナツは自分のノートのすき間に十センチほどの長さの線を引く。

 そして、その線を三等分するように点を二つ打つ。

「この線を時間の流れだと思って。ここが、今日」

 そう言うと、ナツは線の右端に「今日」と書きこむ。

「ここが百年前」

 今度は、線の左端に「百年前」と書きこむ。

「ところで、日本がアメリカと戦争をしたって、授業で習ったのを覚えてる?原爆を落とされて日本が負けちゃった、あの戦争」

「うん、くわしくは知らないけど」

「あの戦争は、ここ」

 そう言って、ナツは二つの点うちの、右ではなく、左の点の上に「アメリカとの戦争」と書きこむ。

「ねえ、百年前って本当に昔々?」

 えみは、ノートの図とナツの顔を何度も見比べ、首を横にふった。

 声がかすれている。

「昔は昔だけど、私がイメージするようかい話って、こんな最近じゃない」

「えみもそう思うよね。私も今日調べてみて、おどろいたの。こんな最近に、ざしきわらしについての目撃情報があったなんて。やっぱり、ざしきわらしってちょっと他のようかいとちがうよね?」

「あ、そうだった!」

 ナツの神みょうな問いかけに、しかし、えみはすっとんきょうな言葉を返した。

「ごめん。ナツの話に引きこまれちゃって、うっかりしてたわ。私の言った『ちょっとちがう気がする』は、そういう意味じゃないの」

 小首をかしげて、ナツが先をうながす。

「私の家の天井裏に住み着いているのは、ざしきわらしじゃないような気がするの」

「なぜ?どこが引っかかるの?」

「私が昨日見た人影は、これくらいしか身長がなかったの」

 そう言って、左手は手のひらを上にして胸の高さにし、その上に三十センチと少しのところに右手を手のひらを下にして突き出し、少しの間、その位置関係を見つめて確かめると、ナツの方に向けた。

「どの本にも、ざしきわらしは子どもの姿をしているって書いてあったでしょ?二才くらいから十才くらいまで、ずいぶん年齢の幅が広いけれど。でも、どこにも身長がとても低いということは書かれていないよね?でも、これだけ体が小さいとしたら……」

「なるほど、そのことが伝説から抜けているのは、どう考えても不自然だわ」

「でしょ?だから、『ちょっとちがう気がする』って言ったの」

「なんだよ、それじゃあ、ワラエーの家にざしきわらしがいるってわけじゃないのかよ」

 突然降ってきた声に、えみもナツも反射的に振り向いた。

 そこには空き缶コンビが立っていた。

「何よ、あんたたち?」

「いや、入り口でワラエー達の姿を見かけたから、またからかってやろうと思って」

 口をとがらせて言うえみに、空がにやにや笑いながら答えた。

「そうそう。空兄ちゃんといっしょにそうっとつけてたら、こんなところでようかい話始めるもんで、何か、とう場のきっかけを待ってたっていうか」

「つまり、その辺の自動はん売機のかげにこっそり隠れて、女の子の話をぬすみ聞きしてた、と」

 ナツが目を細めて、空き缶コンビの頭の先から足の先まで、じっとりと視線をはわせる。

 こういう時のナツは、本当にこわい。

「君達ってさ、本物の変たいさん?」

「何だよ、ただふざけてただけじゃんか」

 寛の返事に、ナツが大きくため息をつく。

「そうだよね。ただふざけてただけなのよね。そういう君達の行動で、どれだけの人がいやな思いをしているかなんて、考えもしないでふざけてたんだよね」

 ナツの言葉に、空き缶コンビがうつむく。

 王子君のことを思い出したのだ。

「悪かったよ。ごめん」

 空が小さく頭を下げる。

「わしも考えが足りなんだ。ごめん」

 寛もあわてて頭を下げた。

 二人のいつもとちがう態度に、ナツもえみも驚いてしまった。

「まあ、わかればいいのよ、わかれば」

「そうそう。人間なんだから、だれだってまちがいはあるよ。私達だってまちがうことはあるし。ね、なっちゃん?」

「この子達ほどしょっちゅうじゃないけどね」

 そう言うと、ナツは立ち上がり、寛の背中を強くたたいた。

「ほら、元気出しなさいよ。君達には他にとりえがないんだから」


 それから四人は、図書館からの帰り道で色々なことを話した。

 小さな小さな子どものような何かがえみの家の天井裏で見つかったこと。

 図書館で調べてみて、ざしきわらしが他のようかいと少し違うんじゃないかと感じたこと。

 えみの家で見つかった何かは、ざしきわらしとは少し違うのかもしれないと考えたこと。

 新入生の王子君をからかいすぎて、王子君が学校に来られなくなって1か月が過ぎようとしており、自分が面白半分にしたことを後かいしていること。

 王子君のことについては、1年生達も心配しており、彼らを安心させるために、えみが安うけ合いをしてしまったことなどなど。

「でさ、自動販売機の陰で聞いてたら、ワラエーの家に神様が住み着いたっていうじゃん。この神様に助けてもらえば、王子も学校に来るようになってくれるんじゃないかと、オレはそう考えたわけ」

 なぜかじまんげに話す空。

 いやいや、きょくたんに低い身長のことを考えたら、ざしきわらしではないかもしれないって話になったでしょ?と言いかけたえみだったが、空がそれだけ王子君のことを気にしているってことなのだなあ、と思ったら言葉を飲みこむしかない。

「しっかし、30センチと少しとは、またえらい小さいのう。わしのひざまでよりまだ小さいのとちがうか、空兄ちゃん」

「お前のひざどころか、オレのひざだってもう少し高いで」

「二リットルのペットボトルくらいかしら?」

「いや、そこまで小さくはなかったような気がするんだけど……。ちょっと、試しにペットボトルを天井裏に置いてみようかな」

 なんて話しながら歩いていたら、夏の初めの夕暮れはいつの間にやら暗くなっていた。

 結局、今夜、天井裏がどんな様子だったか、明日、学校で報告し、今後の方針を考えようということになって、4人は解散した。

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