第2話 えみとナツ

「だから母さん、そうじゃないんだったら」

 母さんが弟のとらを連れて帰ってきたのは、日がくれてからだった。

 とらがアニメに見入っている間に、大急ぎで夕食のじゅんびをする母さんの手伝いをしながら、えみは天井裏の小人の話を母さんに報告した。

 だが、母さんはなかなか分かってくれない。

「そうじゃないって、どうじゃないって言うの?天井裏にびっくりするほど大きな鼠がいたって話でしょ?」

「ちょっと、ちゃんと私の話を聞いて、お母さん。びっくりするほど大きいなんて言ってないわ。私は、びっくりするほど小さい子どもがいたって言ったの」

「あら、そうだったかしら?でも、三十センチって言ってなかった?三十センチもあるねずみの子どもなら、やっぱりびっくりするほど大きいと思うけど?それはそうと、料理を始める前に手は洗った?」

「もう!何年夕飯の下ごしらえをしてきたと思ってるの?母さんが夕食ギリギリの時間に帰って来ても、家族がうえ死にしないのは、私の下ごしらえのおかげだって、この前も言ってくれたじゃない。料理の前に手を洗うなんて、『いろは』の『い』の字。どんなに疲れてたって、忘れるわけないわ」

「はいはい。感謝してますよ。でも、そこまでわかってるなら、『いろは』の『ろ』の字も覚えてちょうだい。確認は、どれだけしても、し過ぎということはない、っていうのよ。父さんなんて、確認するたんびに、『あ、忘れてた』って手を洗うでしょ?」

「父さんは特別よ。だって、『手は忘れずに洗っていた』ってことをうっかり忘れて、母さんに言われた時『あ、忘れてた』って手を洗ってるの、私、何度も見たもの。それより、天井裏のだれかの話。びっくりするほど大きなねずみの子どもじゃなくって、びっくりするほど小さな子どもの話なんだってば」

「もう、ややこしいわね。大きいの?それとも小さいの?話してるうちに大きさが変わってるんじゃない?あら、このドレッシング、なかなかイケるじゃない」

 えみと話しながらも、母さんの手は止まらない。

 夕飯の準備の仕上げを、単身ふ任から一時帰宅で帰ってくる父さんの帰たく予定時刻に間に合わせるべく、えみの手の二倍くらいのスピードで動き続ける。

 その手が、えみが自作したドレッシングの味見で止まった。

 えみは内心ガッツポーズ。

 今月に入ってからずっと続けてきた『母さんねらいうちドレッシング開発計画』の結果が出たんだもの。

 うれしくないはずがない。

 でも、その気持ちを母さんに悟らせたりしない。

 あえて、『ドレッシングの話は後回し』ってポーズで話を進める。

「だから、そこをちゃんと聞いて!話しているうちに大きさが変わってるんじゃないの。三十センチと少しって大きさは変わってないわ。それを母さんはねずみとかんちがいしてるから『びっくりするほど大きい』ってことになるの。でも、実際に私が見たのは人間の子どもだから、身長三十センチは『びっくりするほど小さい』のよ。あと、ドレッシングのレシピはきぎょう秘密です。おあいにく様。教えてあげられません」

「ま、けちんぼ。いいわ。現物を食べれば味の再現ぐらい……」

「甘い。現物を食べさえすれば再現できる程度のレシピなら、わざわざきぎょう秘密になんてしないでしょ?いつも情報を公開して、だれがいつ使ってもいいってきまりにしてるじゃない。それを秘密にするってことは、そう簡単には再現できない味だってこと」

「おうおう、大した自信だこと。でも、忘れ物はない?えみが手に持ってるマイ包丁を買ってあげたことと、一人の時にも使っていいって使用許可を出した件、ちゃんと計算に入ってるのかな?」

「母さんこそ忘れないで。その二つの件については、私が開発した卵かけごはんバリエーションのレシピの情報公開で、先月お互い納得したはずでしょ?」

「あら、そうだったかしら?」

「あっ、何だか今の表情、空々しい!」

 えみが母さんの顔を指さしさわぎ立てると、それまでアニメを見ていた弟のとらがあきれたようにキッチンをのぞきに来た。

「ちょっと、母さんも姉ちゃんも、大人げないなあ。静かに料理くらいできないの?テレビの音が聞こえやしない」

 とたんにえみの目が三角になる。

「とら!あんたこそテレビなんて見てないで、キッチンを手伝ったらどう?あんただって、来年は小学校に入るんでしょ?私があんたくらいの時には、もうサラダくらい作ってたわよ」

「へいへい。姉ちゃんには口やかましい姉がいなかったから、さぞやる気もわいてきたんでしょうよ」

 やぶをつついてへびを出してしまったとらは、あかんべえをしながらもキッチンカウンターのむこうに座りながら確認する。

「で、ここにあるレタスをちぎって皿に盛ったらいいの?お皿取ってよ」

 とたんに女子二人の声が、一ミリのずれもなく飛んでくる。

「「ちょっと!もちろん手は洗ったわよね?」」


「ね、変なできごとだと思わない、なっちゃん?」

「ううん。変なできごとというより……ふしぎなできごとね」

「そうね、うん。ふしぎなできごとだわ」

 えみはナツの言葉にしきりとあいづちをうった。

 昨日の雨はからりと上がって、翌日の火曜日は朝から快晴だった。

 二時間目の音楽の授業を終えて音楽室から出てきたえみは、仲のよい友達のナツを呼び止め、ろうかを歩きながら昨日の留守番中に体験したできごとを話して聞かせたのだ。

「なのに、母さんたら私の話をちっともまじめに聞いてくれないんだから、もう、いやになっちゃう」

「うふふ、いいなあ。えみは母さんと仲が良くて」

「なっちゃん!なっちゃんまで私の話をまじめに聞いてくれないの?私は今、母さんのたい度に腹を立ててるのよ。ちっとも仲が良くなんかないじゃない」

「でも、夕食の後は夫婦二人にしてあげたんでしょ?」

「あ、うん。ま、それは、ね。でも……」

 えみはもにょもにょと口の中でつぶやき、ナツの顔から目をそらして窓の外の青空に目をやった。


 あれからすぐに父さんが帰ってきたから、天井裏の小人の話はいったん封印。

 おいしく夕食を食べた後、えみは、父さんにまとわりつきたがるとらを強引に引っ張って、二階の子ども部屋に引っ込んだ。

 えみだって、四年生の女の子。

 みじゅく者なりに、乙女心ってやつも、少しは分かってきたつもり。

 三か月ぶりにだんな様に再会した母さんに、父さんをゆずってあげなきゃ!と気を使ったのだ。


「とらちゃんって、えみがいつも言ってる弟だよね?」

「そ。わがまま勝手で生意気な我が弟。私がどんな料理を作ってやっても、調味料をびっくりするほどかけて食べるの。あれじゃ、料理の本当の味なんてわかりゃしないわ。とらが食べ終わった皿を片付ける時は、いつもげんなりしちゃうの。だって、必ず調味料がたっぷりたまってて、プールみたいになってるんだもん。何度も言ってるのに、全然直す様子がないし」

「そのとらちゃんを引っ張っていくのって、大変だったんじゃない?」

「そうなの。ぼく、もっと父さんと遊ぶんだって言い張るの。まったく、子どもなんだから!」

「そのとらちゃんを、なだめて、すかして、おだてて、しかって、何とか子ども部屋に押し込んだわけだ。夫とゆっくり過ごしたい母上のために」

「うん、ま、そう」

「でも、今日になってみると、どうしてだかわからないけれど、何だか気分がモヤモヤして、母さんの態度に腹が立ってきた。そうなんでしょ?」

 三年生の教室の前を歩きながら、ナツは人差し指でえみを指さす。

「ううん。そう言われれば、そうなのかな?」

「それってね、しっとじゃないかな。やきもち」

「何よそれ、私がだれにやきもちを焼くっていうの?」

「やっぱり全然気づいてなかったか」

 肩をすくめ、ナツはあきれたような表情。

「どういうこと?私が自分のやきもちに気づいてないって言いたいの?」

「どうかな?……でも、まずは認めちゃいなさいな。昨日のえみも、本当はもっとお父さんに甘えたかったんだってこと」

「そんな!私、もう四年生よ。お父さんに甘えたいだなんて!」

 えみは怒ったようにくちびるをとがらせる。

「そうやってむきになったり怒ったりするのは、大正解のしょうこ」

 歌うように言うと、ナツはスキップでえみを追いこし、くるりと振り向いてえみの顔をのぞきこむ。

「そうね、私達はもう四年生。だから、いつまでも親に甘えたいなんて言ってちゃいけないし、そんなことを言うのは恥ずかしい。その気持ちは正しいし、大切なことだと思う。でもね」

 ナツは右手に抱えていた音楽の教科書や楽ふの入ったファイル、リコーダーや筆箱を左手に持ちかえ、空いた右手でえみのひたいをなでた。

「それと同時に、まだ父さんに甘えたいえみがいても、まちがいでもなければ恥ずかしいことでもないの」

 えみは自分のほほが熱くなるのを意識しながら、ナツに反論しようとする。

 しかし、ナツはそのスキを与えてくれない。

「ふくざつだよね。父さんに甘えてばかりじゃだめって思ったり、父さんとはなんとなく話しにくい感じがしたりするのに、同じ自分が、本当はもう少し父さんに甘えていたいって気持ちを隠し持っていたりする。何でも話せる仲良しの母さんだから、父さんと過ごす時間をゆずってあげたのに、その母さんにやきもち焼いたり。うん、おもしろい」

「そんなんじゃないったら。もう、やめてよ」

 放っておくと無限にしゃべりそうなナツを止めようとした時だ。

「おい、何ろうかでやかましくしゃべってるんだ?」

「困るんだよなあ。下級生の前では、もうちょっとピシッとしてもらわなきゃ、しめしがつきゃしない」

 二人の男子に声をかけられた。

 クラスメイトの江川兄弟だ。双子なのに、これっぽっちも似ていない。

「ドーナツ、お前、今日はえらいきげんがいいじゃねえか」

 そう言って、ナツの顔をジロジロ見てくる、体は小さいのに目だけがぎょろぎょろと大きいのが江川空(えがわそら)。小さいけど、こっちがお兄さんなんだそうだ。

「あやしいぞ。ドーナツっていったら、いつもだまってツンツンしてるのによ」

 小さい兄の後を追うように近づいてきた、たてにも横にも大きな体なのに、目は糸みたいに細いのが、弟の江川寛(えがわひろし)。空(あき)と寛(かん)で、人呼んで空き缶コンビ。用もないのに人の話に割り込みたがる、めんどうくさい兄弟だ。

「だれにでもツンツンしてるって、確かめたことがあるの?人によっては、大きらいな相手に対してだけツンツンするケースもあるって話よ?」

 ナツが負けずに言い返す。いいぞ、もっとやれ。

 ちなみに、さっきから空き缶コンビがナツのことをドーナツと呼んでいるが、これはナツのあだ名だ。

 安東ナツ。彼女の名前を口で言うと「あんドーナツ」になることを発見した男子がじまんげに言いふらしたものだから、うちの学校の男子は、なんと下級生もふくめてほとんどが、ナツのことをドーナツと呼ぶ。

 空き缶コンビなどは、親しみをこめたニックネームのつもりで呼んでいるようだ。

 呼ばれた相手が不快な気持ちになるのは、ニックネームじゃなくあだ名だっていう、その程度の区別もつかないんだから、もう救いようがない。

 そんな空き缶コンビがからんできたんだから、ナツだってようしゃなしだ。

「なんだよ、おれたちにけんか売ろうってのか?」

「あれ?大きらいな相手にはツンツンするって話、私とあなた達のことだと思ったの?どうしてそんなごかいをしちゃったんだろう?私は、そういうケースもあるって話だよって言っただけなんだけど。ふしぎだねえ、えみ」

「もしかして、きらわれる原因に心当たりがあるとか?」

 えみもナツに合わせてからかう。

 こういう、すぐけんかごしになる相手に対しては強気でかからないと、いつまでもからまれるだけだ。

「お前まで調子に乗ってんじゃねえぞ、ワラエー」

 ヘラヘラと笑いながら、かん高い声で寛がはやし立てる。

「そうだそうだ。お前なんかお呼びじゃないっつうの。ひっこめワラエー」

 空がおじさんっぽい低い声で乗ってくる。

 お前、マジで小学生?って感じ。

 さっきから空き缶コンビが言ってる「ワラエー」っていうのは、えみのあだ名。

 えみを漢字で書くと「笑」。

 これを「わらう」と言い切りの形にするならまだわかるのだが、「わらえ」と命令形にするってのが、江川空らしさっていうか、なんていうか。

 二年生のころにつけられたあだ名だが、当時はともかく、今では腹が立つというより力が抜けてしまう。

 男子というのは、どうしてこうもしょうもないことでおもしろがることができるのか?

 もしかして、とらも近いうちにこんな風になってしまうのかと想像すると、姉として情けない。

 まだ何か言ってる空き缶コンビを放っておいて、えみとナツは図書室へ。


 五月の終わりの図書室には、一年生の姿がやたらと目立つ。

 小学校という場所に少しは慣れてきて、そして小学校には図書室という場所があること、そこには目が回るほどの本が自分たちを待っていることを知って、本好きなおちびさんたちが入りびたるから。

 えみとナツが図書室に来た時も、読書用のテーブルの半分近くを一年生たちが使っていた。

 一年生が座るには少なからず大き過ぎるいすに座り、大き過ぎるつくえの上に、大き過ぎる絵本を広げて、絵本と取っ組み合いでもしているような手つきで本をおさえ、食い入るように絵本を見つめる一年生たち。

 まだ、だまって本を読むということに慣れていない子も少なくない。

 あちこちで、本の中身を口に出して読んでいる声や、驚きや安心や、感動のため息が聞こえてくるため、図書室は少々にぎやかだ。

 そんな、ちょっとくすぐったいような幸福感に包まれた空間に二人は入る。

 足元にはベージュのカーペットがしかれていて、その感じが心地よい。

「私ね」

 司書の先生にえしゃくしながら、ナツが小声で言う。

「えみの話を聞きながら、思ってたの。何だか、ざしきわらしの話みたいだなって」

 本だなの谷間をすり抜けて二人は「昔話」のたなの前で足を止める。

「ざしきわらし?」

聞いたことのない言葉に、えみは首をかしげる。

「そう、知らない?日本のようかいの一種なんだけど」

「聞いたことない」

 多くの子ども達が好きな、ようかいの話やこわい話シリーズは、えみの好きな分野ではない。

 というか、超苦手分野だ。

 だから、そんな話の本の前はできるだけ早足で通り過ぎることにしている。

 では、どんな本を読んでいるのかというと、たいていは、料理の本やおかし作りの本を読んでいる。

 あ、最近はナツに教えてもらった、働く人たちの仕事について書かれている本にもハマっている。

「っていうか、ようかいなんて、本当にいるの?」

 困ったような顔で答えるえみのとなりで、ナツは右手の人差し指を立て、本だなにずらりと並んだ昔話の本の題名をなぞっていく。

 表情はいたってまじめで、じょうだんを言っているようにはとても見えない。

「ううん。たいていのようかいについては、迷信とかかんちがいとか、あるいはフィクションでまちがいないと思う。でも、ざしきわらしはなあ……」

 言葉をにごしつつ本探しを続けるナツ。

 こちらはこちらで、えみとはちがう種類の困り顔。

 と、そこへ舌足らずなひそひそ声が聞こえてきた。

「王子君、今日もお休みだね」

「うん。もう、ずっとだよね」

「ずっとお休みだよね」

「いつからだっけ?」

「いつからだっけ?はじめは、学校に来てたよ」

「うん。私も会った」

「最初、王子君、元気だったよね」

 目を向けると、かわいらしい一年生の女の子が、クラスメイトらしいもう一人の女の子と、本を探しながら小声でおしゃべりをしている。

「でも、五月になってちょっとしたら、学校を休んだ」

「そう。で、ずっと、ずっと休んでる」

「ずっと休んでる。一週間?」

 問いかけられた女の子は、パチパチとまばたきしながら、指を折った。

 その指が「パー」の形になり、その後「グー」の形になり、もう一度「パー」の形になって、さらに親指と人差し指が折られた。

「ちがうよ。一週間二つより、もっとたくさん」

「一週間二つより、もっと!?」

「うん、もっと!」

 少し声が大きくなり過ぎ、周りの子ども達が二人の一年生の方を振り返った。

 自分達のミスに気が付いた彼女らは、声のボリュームをしぼる。

「心配だね」

「うん」

「病気、早く治るといいね」

「うん」

 うなづいた女の子が、少しためらった後、そっと問いかけた。

「死んだりしないよね?」

 問いかけられた少女の顔がこわばる。

 返事ができないでいる。

「ね?死なないよね?」

 もう一度、同じ問いかけが投げかけられる。

 少女の顔のこわばりが、かたさを増す。

 みるみるうちに、瞳がうるんでいく。

 それを見た女の子の瞳にも、涙がたまっていく。

「大丈夫」

 たまりかねて、えみが答えた。

 答えてしまった。

 突然ないしょ話(少なくとも本人同士はそう思っていた)に割り込んできた上級生に、二人の一年生は目をまん丸にしておどろいていた。

「大丈夫だから。安心しなさい。全部、お姉さんに任せなさい」

 むだに胸を張り、にっこりと笑って、二人の頭に手を置き、優しくなでてやる。

 しかし、本当のことを言うと、三時間目の始まりを知らせるチャイムが鳴るのを聞きながら、えみは内心に冷や汗をかいていた。

「「うん!」」

 えみの心配など考えつきもしないで、二人の一年生は大きくうなづくと、一年生の教室目がけて駆け出していく。

 その元気な後姿を見送って振り向くと、ナツが腕組みしてため息をついていた。


「どうしてあんなこと、言っちゃうかなあ」

 えみは、いやになるくらい青い空を見上げながらつぶやいた。

 五月の終わりにもなると、小学校の帰り道はずいぶんと暑い。まぶしい太陽を見上げながら、えみとナツは市立図書館を目指して歩いていた。本当は、通学路からちょっぴり外れているので、先生に見つかるとマズいのだが、二人ともしょっちゅうこのコースを利用するので、すっかり慣れっこだ。

「もう、私のおせっかいって、病気のレベルだと思うなあ」

 えみは、さっきからため息とぐちばっかりだ。

「うんうん、言えてる。病気、病気」

 学校ではため息をついていたナツだが、今は笑顔で返事をしている。

「でも、病気は病気でも、素敵な病気だと私は思うな」

 ひょいとえみの前に回り込み、両手を広げて見せるナツ。

「第一、あそこでだまってるなんて、えみにできるわけないじゃない」

「でしょ!あの顔見てたら、安心させてあげたくなっちゃうよね?わかってくれるよね?」

「だからって安うけ合いしちゃうほど、私はドジじゃないけどね」

 ぺろりと舌を出しながら、肩をすくめるナツ。

「口が勝手に動いちゃうんだから、仕方ないじゃない。お願い、助けて」

 えみは両手を合わせて、ナツを拝むまねをする。

「はいはい、協力するって。大丈夫だから顔を上げて」

 ナツはえみの背中を優しくなでる。

「男前の友達持つと苦労するってのは、えみと出会ってから今日までで、さんざんわかってるって」

「ありがと。持つべきものは情に厚い友達じゃあ!」

 大げさに泣きまねをすると、道路の向かいの歩道を歩いていた中学生にクスクス笑われてしまった。

「だけど、昼休みに言ってたことって、本当なの?王子君のこと、何も知らないで引き受けたっていうの」

「めんぼくない。うちの学校に『王子』なんておもしろい名字の子がいるなんて、今日の今日までちっとも知らなかったんだ」

 頭をかきながら返事するえみ。

「入学式の直後は、えらいさわぎだったのよ。珍しい名字の子が入学してきた、しかもけっこうイケメンだっていうんで、休み時間のたんびに野次馬が一年一組の教室の前までおしかけて。最初は小さい子が大部分だったんだけど、王子君が人なつっこい性格で、みんなが自分を見に来てくれるのを喜んで、希望者にはだっこまでさせてくれたの。その、だっこした時の笑顔がまたいい!ってひょうばんになって、だんだんファンが増えていって、最後には六年生の女子までがしり馬に乗っちゃったんだよ。「プリンス君」なんてニックネームがついて、一年一組の前に大量の六年生女子が集まって、王子君がろうかに出てくるたびに黄色い声上げて、ちょっとしたドタバタパーティーだったのに……あ、そっか!」

 ナツが両手をパンと打ち鳴らす。

「仕事の都合でお父さんと離れてくらすことが決まったショックで、三月の終わりからしばらく、えみったらぼうっとしてたもんね。心ここにあらず、って感じで」

「ええと、そうだったかな?」

 あごの先に人差し指を当てて、思い出すえみ。

「あら、そう言われてみると、三月後半から四月前半まで、どんな料理を作ったか、どんなごちそうを食べたか、全然覚えてないわ。思い出せるのは、ゴールデンウイークが始まる前の週に母さんから出された課題「七色卵かけごはん」を達成するために試作した、数々の卵かけごはんの失敗作と、それより最近のことばっかりだ」

「食いしん坊のえみがそんなだったなんて、よっぽど重症だったのね」

 ナツが大げさにあいづちを打つ。

「ちょっと、だれが食いしん坊ですって?年ごろのレディをつかまえて、失礼なことを言わないでくれる?」

 とえみがふくれると、ナツがふき出した。

「やっぱり、原因に心当たりがあると、反応速度が全然ちがうわね」

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