ざしきわらしとたまごやき

@3dars

第1話 天井裏のだれか

 きみのクラスに、「えみ」って名前の子はいるかい?

 もしかして、その子はクラスのみんなに「ワラエー」なんて呼ばれてる?

 いやいや、いないならいいんだ。

 気にしなくていいよ。

 え?そんなこと言われたって、気になるって?

 うん、まあ、そうだよね。

 ふむ。そうだな。じゃあ、こうしよう。

 ひみつを決してだれにももらさないって、やくそくできるかい?

 おどかされても、くすぐられても、これから話すことをだれにももらさないって、そうやくそくできるなら、きみにひみつのお話を聞かせてあげよう。

 そう、はじまりは、えみがるすばんしている時に聞いたきみょうな物音。

 すべてはそこから始まったんだ。


 るすばんが好きな人なんているだろうか?

 静かに雨がふっている庭をながめながら、えみは考えていた。

 「るすばんができるか、できないか?」で言うなら、えみはもちろん、るすばんくらいはできるし、これまでも何度もるすばんしたことがある。

 だって、もう四年生なのだから、るすばんくらいはできなきゃだめだろう。

 けど、だからといって、好きでるすばんしているわけでは決してない。

 本当はいやだけど、母さんを困らせたくないから、聞き分けよくるすばんしているだけだ。

 それを、母さんはちゃんとわかってくれているのかな?

 えみががまんしてるすばんしているんだってこと、母さんはわすれていやしないかな?

 最近、えみはそんなことを考えてしまうことが多くなったような気がする。

 どうしてだろう?

 父さんは仕事の都合で、家族を家に残して東京に一人で住んでるから、今、この古めかしい家には母さんと、えみと、弟のとらの三人ぐらし。

 だから、母さんがパートに出ている時や、とらを子ども園にむかえに行っている時は、えみがるすばんしなきゃならないってことぐらい、ずいぶん前からよくわかっていた。

 それはわからなきゃいけないことだし、ちょっと前までのえみなら、好きではなくても、平気でるすばんできていたのに。

 最近のえみは、なぜだかうにうにしてしまう。

 もしかして、わたし、少し悪い子になってしまったのかな?

 子ども園にとらをむかえに行ったついでに買い物に行っている母さんを待つ間、「るすばんいやだ」と「どうして平気じゃなくなったんだろ?」と「わたし悪い子?」の三つの考えで、ぐるぐるとワルツのステップをふみながら、雨にぬれる藤の花をながめていたえみ。

 すっかり心をうばわれていたものだから、そのワルツにもう一つ拍子が増えたことに気がつくのにどれだけの時間がかかったのかわからない。

「るすばんいやだ」と「どうして平気じゃなくなったんだろ?」と「わたし悪い子?」の三拍子は、いつの間にか、「るすばんいやだ」と「どうして平気じゃなくなったんだろ?」と「わたし悪い子?」と「コトコト頭上で」の四拍子になっていた。

「えっ!?」

 四拍子目の存在にようやく気が付いたえみの頭上で、またコトコトと音がする。

 とても小さな音。

 えんがわにいなければ、きっと聞こえない。

 テレビでもついていたら、きっと気がつかない。

 歩いていたら、きっと聞きもらしてしまう。

 そんな小さな音が、天井の上から聞こえてくる。

 コトコト。

 また聞こえた。

 一秒よりももっと短い物音。

 耳をすませる。

 今まで気がつかなかった、雨のサーッという音が耳につく。

 まだ。

 まだ聞こえない。

 あきらめかけたころに、また。

 コトコト。

 少し、場所が変わっている。

 えんがわにそって、さっきより一メートルほど玄関の方。

 方角で言うと東へ音の位置がずれている。

 耳をすましてみる。

 一分ほどおいて、またコトコト。

 また東へ一メートル。

 右のまゆと左のまゆの間にしわを寄せて、えみは考えこんでしまった。

「何だこりゃ?」

 もうおはかの中でねむっているおじいちゃんが生まれた時から建っている家だから、そりゃあもう、古い。

 さんざん古い。

 裏山の次くらいに古いかもしれない。

 だから、いろんなモノが住んでいてもおかしくなんかない。

 野良猫?

 ネズミ?

 イタチ?

 ヘビ!?

 それとも……おばけ!?

 こわい考えにたどりついてしまって、えみは立ちすくんでしまう。

 むねはドキドキ、足はガクガク。

 そんなえみの弱気を笑うように、天井裏の物音が近づいてくる。

 コトコト。コトリ。

 ゆっくり、ゆっくり。

 でも、少しずつテンポが速くなってきていることに、えみは気づいた。

 最初は物音と物音の間の時間は一分くらい空いていたのに、間かくがだんだん短くなってきてる。

 四十五秒。

 三十秒。

 十五秒。

 さっきなんて十秒くらいしか止まってなかった。

 しかもしかも、とちゅうからまっすぐえみの方へ向かってきてるのだ。

 どうしよう、どうしよう?えみはきょうふのあまり、頭が真っ白になりかける。

「何だ、だらしないぞ、私!」

 自分にはっぱをかけるのは、とにかく何か考えていなければ、パニックに飲まれて何も考えられなくなることを予感しているしょうこ。

「何だ、私ってばけっこう冷静!」

 と感動したにもかかわらず、その冷静なはずの頭脳がはじき出した対策は……

「にゃあん。」

 猫の鳴きまね!?

「なんだそりゃ!私の期待を返せ!」

 胸の奥でじだんだをふむえみA。

 それを、もう一人のえみBがなだめている。

「まあまあ、ちょっと落ち着きましょう。いやいや、あれはでたらめなんかじゃないんです。ちゃんとねらいがあるんです。ほら、あれですよ」

 イメージの中で、えみBがポケットから出したレースのハンカチで、ひたいに浮いた汗をふく。

 何てわかりやすい「とりあえず口から出まかせを言っておいて、口でごまかしつつ、頭では大急ぎでへりくつを考え中」の表現!

 だいたいえみはひたいにかいた汗をハンカチでふいたこともなければ、レースのハンカチを持ってたこともない。

 ところが、えみAが鼻息荒くえみBに文句を言ってやろうと身がまえたその瞬間、超意外なことに、敵は反応してきたのだ。しかも……

「にゃあん」

 猫の鳴きまねで!


 ここで、ヤボをしょうちで読者のみなさんに説明しておきたい。

 あ、私、この物語の作者の日本一(ひのもとはじめ)です。

 以後、よろしくお願いします。

 で、本題。さっきの「猫の鳴きまねで!」という表現。

 これは印刷ミスでもなければ、作者のまちがいでもない。

「猫の鳴き声」ではなく、「猫の鳴きまね」だったのである。

 だいたいね、猫が「にゃあん」と鳴くなんてのが、文字でお話を書くためのうそだよね。

 本当に「にゃあん」と鳴く猫に、一度でいいからお会いしてみたいもんだ。

 現実の動物の鳴き声、風のうなり、雷の音、どれをとっても文字で正確に表現することなんてできるわけがない。

 あえて無理矢理に書き表すなら、猫は「♯~♪」と鳴く。

 これならば、読む方は何と読めばいいのかわからなくて面食らうだろうけれど、書く方はうそだけはつかなくてすむ。

 そんな記号ばかりで書かれた本を読みたいかと聞かれりゃ、もちろん答えはNOなのだけれど。

 おっと、話が大幅にそれた。

 その時、天井裏から聞こえたのは、だから文字で正確に書き表すことのできない、本物の猫の鳴き声なんかじゃなく、「にゃあん」と書き表すことのできる、「猫の鳴きまね」だったのである。


「にゃあん」

 頭の上の天井裏から猫の鳴きまねがふってきた時のえみの顔ったら!

 お料理に使うすっぱい「す」をまちがって飲んでしまったような顔をして、たっぷり十秒は固まっていた。

 けれど、そんなえみをからかうように、天井裏の「何か」がさらに動き回る。

 コトコト。

 物音は、もうえみの真上まで来ている。

 ここで止まったら負けだ!

 えみの中の何かがさけぶ。

「ちゅ……ちゅうちゅう」

 いっしゅんのちんもくに続いて、頭上からの声。

「ちゅ……ちゅうちゅう」

 鳴きまねを始めた直後の、「こんなので本当にOK?」という迷いまでも再現されてた!

 こんにゃろめ!

「わんわん」

「わんわん」

 天井をはさんで下と上から、犬の鳴きまねが往復した時、えみはすっかり頭に来てしまって、天井をにらみながらつぶやいた。

「ようし、わかったわ。覚えてらっしゃい。そっちがその気なら、こっちにだって考えがあるんだから」


 服部笑と書いて「はっとりえみ」と読む。

 えみの名前は読みから決まったんだそうだ。 

 四年生になって最初に出た「自分の名前にどんな気持ちがこめられているのか、インタビューしてくる」という宿題のために、母さんといっしょに夕飯を作りながら話していたら、いたずらっぽく笑いながら母さんが教えてくれた。

 何でも、母さんが子どもの時に夢中になって読んだ本に出てくる女の子の名前が、エイミーだったとか。

 その子のように、優しくて家族を大切にする子になってほしくて、「えみ」という名前にしたいと父さんに言ったら、

「なら、漢字は『笑』にしよう。『ほほえみ』の『えみ』だ。この子も、この子の周りにもほほえみがいっぱいになるように」

 父さんがそう言って、まだ赤ちゃんだったえみのほほをなでると、えみがわらったように見えたので、この名前に決まったのだという。

 ただし、だからといって、えみがわらってばかりの女の子だと思ったら大まちがいだ。

 どちらかというとおとなしい方のえみだが、やると決めたらとことん前のめりになる一面も持っている。

 今もそうだ。

 天井裏から犬の鳴きまねが返ってきてからえみが走り出すまで、十秒ほどもかからなかった。

 この前の季節外れの台風でてい電になった時に活やくしたかい中電灯を、キッチンの食器だなの上から引っ張り出し、押し入れの前に仁王立ち。

 両手は腰。

 すうっと一つ深呼吸すると、スパーンと力強く押し入れを開けた。

 いっしゅん天井裏の気配をうかがうが、何の物音もしない。

 くちびるのはしをかすかにつりあげ、右手に持っていた懐中電灯を足元に置くと、押し入れの中身を次々と出し始めた。

 ものの数分で押し入れは空になり、去年の大そうじの時に見つけた、天井裏に続くあなが顔を見せた。

 もちろん、今は板がかぶせられているが、あのふたが簡単に外れることも確認ずみ。

 足元の懐中電灯を拾い上げると、ひらりと押し入れの上の段へ飛び乗る。

 両手でおそるおそる天井のふたを持ち上げる。

 何のていこうもなくふたは持ち上がり、ちょっとだけほこりっぽいにおいが、えみの鼻先をくすぐる。

 ふたをどけると、一辺が四十センチ足らずの正方形のあなが黒々と口を開けた。

 むねのどきどきをおさえながら、真下から懐中電灯の光を当ててみる。

 当然、すぐそばの屋根板が見えるのみ。

 高さは五十センチほどか?

 そこまではないか?

 けど、想像していたよりはずっと大きな空間が天井板の上に広がっていることがわかる。

 数回ぱちぱちとまばたきをした後、もう一度深呼吸。

 自分の心ぞうが、むねのおくで大暴れしているのを感じる。

 てのひらに、じっとりとあせをかいていることに気づく。

 しかし、迷っていたのは三秒。

 えみは天井裏に通じる穴に、ぬっと頭を差し込んだ。

 が、当たり前だが中は真っ暗。

 ほとんど何も見えない。

 顔をしかめるえみ。

 と、ほとんど何もみえないやみの中、六じょう間ひとつ分くらいはなれたところで、何かが動いたような気がした。

 ちょうど、さっきまでえみが立っていた辺り。

 天井板に開いた穴のふちとえみの頭の隙間に、懐中電灯はとてもはいらない。

 だから、素早く頭を下し、代わりに懐中電灯を天井裏に突っ込む。

 その懐中電灯を天井板の上に置くと、もう一度頭を突っ込んだ。

 外の明るさに慣れた目は、いっしゅんだけ役立たず。

 ぎゅっと目をつぶれば、まぶたの裏を飛びまわる緑色の光(見たことあるよね?)。

 心の中で三秒数えて目を開ければ……よし、見える!

 一人でうなずいて、懐中電灯をさっきの方向に向けて、目をこらす。

 何もいない?

 穴と頭のすきまから右手だけ差し込んだきゅうくつな体勢で懐中電灯を持ち、右へ左へと角度を変える。

 やはり、何も見つからない。

 ただし、あちこちに屋根を支える柱があって、懐中電灯の光がとどかない場所があり、その影の中に何かがひそんでいるかもしれない。

「きゅうん」

 犬の鳴きまねをしてみる。

 けれど、何も動かない。

 変化なし。

「きゅうん」

 もう一度。

 今度はさっきより大きな声で。

 けれど、やっぱり変化なし。

 えみは、少し心配になってきた。

 さっきのは、もしかして、自分の聞きちがいだったんじゃないか?

 そんな気がしてくる。

 もしかして、ネズミか何かの鳴き声だったのに、勝手にかんちがいして、一人でおおさわぎしてるだけ、とか。

「きゅうん」

 一人でるすばんしてて、さびしい気持ちがいっぱいで居眠りして、変な夢を見たとか。

 そんな風に考えていたら、余計にさびしくなってくる。

「きゅうん」

 今さらやめるわけにもいかない気がして、犬の鳴きまねを続けているけれど、目に涙がにじんでくる。

 泣きたくないのに、あふれてくる。

「きゅうん」

 鳴きまねまでが、涙の色にそまってくるようだ。

 と、……その時。

「きゅうん」

 かすかな、ほんのかすかな声だった。

 けれど、確かに、太い柱の影から、何かの声が聞こえてきた。

 ハッとして、えみはもう一度鳴いてみる。

「きゅうん」

 その声に、こたえるように

「きゅうん」

 もう、まちがいない。

 決して空耳なんかじゃないし、夢でもない。

 えみの声に力がこもる。

「きゅんきゅん」

 鳴き方を変えたせいか、ほんの少し返事がおくれる。

 けれど、すぐに

「きゅんきゅん」

 鳴きまねが帰ってくる。

 それだけじゃない。

 カタカタと何かの物音が鳴き声に続く。

「きゅんきゅきゅん」

 えみは、もう一度、懐中電灯をふってみる。

 鳴きまねの犯人を探す。

「きゅんきゅきゅん」

 カタカタカタ。

 鳴きまねも物音も、少し右へ動いた⁉

 急いで懐中電灯で追う。

 と、懐中電灯の光が作る円の中に、小さな小さな人影が浮かび上がる。

「!」

 思わず、息を飲む。

 その息を飲む音のまねが聞こえなかったのは、まねしなかったのか、それとも、あまりに音が小さくて、えみの耳では聞き取れなかっただけなのか。

 あるいは、えみ自身の胸のドキドキが大き過ぎて、聞きもらしてしまったのかも。

 人影は、懐中電灯の光に驚いたのか、すぐに柱の影に隠れてしまった。

 姿が見えた時間は一秒以下だったろう。

 えみは、何もいなくなった懐中電灯の光の輪に視線を向けたまま、自分が見たはずの物を思い出していた。

 人影は、たぶん人間の形をしていたはずだ。

「たぶん」「はずだ」なんて言い方をしているが、ちゃんと見てなかったわけでは決してない。

 暗くてよく見えなかったというのでもない。

 天井裏に頭をつっこんでから何分も経っていたから、えみの目は天井裏の暗さにもすっかり慣れていた。

 それに、懐中電灯があったから光も十分にあった。

 なのに、どうして「たぶん」「はずだ」なんて言い方をしてしまうかといえば、えみの脳みそが、えみの目が見たものを認めてくれないからだ。

 あまりにもおどろきが大き過ぎて、頭が、気持ちが、ついてこられないでいる。

「見まちがい」に逃げ込もうとしている。

 そんなおくびょうな自分に負けないように、えみは一生懸命に自分が見た人影を思い出そうとしていた。

 そう。「たぶん」なんかじゃ、「はず」なんかじゃない。

 あれは、まちがいなく人間の形をしていた。

 しかも、子どものように見えた。

 小学校に入る前の子ども、という気がしたのはどうしてだろう?とえみは自分に問いかけた。

 自分の記おくの中のその子の姿に集中しようと、目を閉じる。

 そうだ。

 おなかだ。

 おなかがふっくらと丸かった。

 それで、小学校に入る前の子どもみたいだと思ったんだ。

 えみは、心の中でガッツポーズ。

 だいじょうぶだ。

 自分は落ち着いて、さっきの子どもの様子を思い出すことができている。

 見まちがいなんかじゃない。

 もう「たぶん」とか「はず」なんて言葉に逃げない。

 自信を取りもどしたえみは、さらに自分の記おくの中の子どもの姿を見つめる。

 子どもは、小学生にはとても見えない。

 大きくて四才か五才くらいだろう。

 顔は、ぷくぷくと丸くて、赤いほっぺたがかわいらしかったように覚えている。

 ほっぺに続くあごも、顔の真ん中の鼻も、ほっぺたと同じようにぷくぷくだった。

 まるで、寒い日に外で遊んだ後みたいに、顔全体が赤い。

 そんなことまで思い出せた。

 だのに、ふしぎなことに目の印象がない。

「目がなかった」のではない。

 目がなかったとしたら、それは強れつな印象を残すにちがいない。

 そうではなくて、どんな目をしていたのか、どうしても思い出せないのだ。

 目があったような気はする。

 なのに、それがどんな目であったかわからないのは、奇妙に落ち着かない気分だった。

 かみはどうだったろう?

 顔の中で目だけが思い出せない気味の悪さを忘れたくて、他の部分に気持ちを向けてみた。

 かみは、とても美しい真っ黒なストレートヘヤーだった。

 それを、おかっぱというのだろうか、まゆの上できれいに切りそろえていた。

 ちょっと昔の人みたいなヘアスタイルだったな。

 えみはそんな風に感じた。

 そのヘアスタイルについての感想が、次の連想を生んだ。

 昔風と言えば、着ている物も、ずいぶんと昔風だったような……。

 そうだ。こげ茶色の着物のような服を着ていた。

 でも、すそは短く、ひざこぞうが見えるくらいだった。

 がらは、「井戸」の「井」という字のようなデザインだったぞ。

 しかし、こげ茶の着物の子の一番の特ちょうは、身長だった。

 とてもとても小さいのだ。

 頭を突っ込む前に、天井裏をくわしく観察したので、よけいにそれがよくわかる。

 天井板と屋根板の間の高さは、高く見ても五十センチくらいしかなかった。

 三十センチものさしがたてに二本並ばないていどの高さしかないのだ。

 そんなせまい空間に、あの子はゆったりと立っていた。

 首をかがめなくても、背すじをまっすぐにのばして立って、まだ頭の上には十分なすきまがあった。

 そうだな、十センチくらいはあったような気がする。

 そうなると、こげ茶の着物の子の身長は三十センチと少し。

 天井裏という見慣れない場所で見たから、なんとなく見逃していたが、これはちょっと信じられないことではないだろうか?

 えみは、自分の見たものの異常さにあらためて気づき、急いで懐中電灯を何度も左右に振ってみた。

 しかし、こげ茶の着物の小人は見当たらない。

 やっぱり、懐中電灯の強い光におびえてしまったようだ。

 無理もない。

 えみ自身だって、暗い場所にいる時に突然懐中電灯を向けられたら、ドキッとするにちがいない。

 相手が、自分とは比べ物にならないくらい大きな巨人なら、なおさら怖くなってしまうだろう。

 けれど、懐中電灯を消すわけにはいかない。

 光がなくては、何も見えないからだ。

 えみは、せめて懐中電灯の角度を動かすことはやめにして、天井裏のせまい空間に向けて

「ちゅうちゅう、ちゅうちゅう」

 と鼠の鳴きまねをしてみた。

 小人が、自分から光の輪の中に出てきてくれることを期待して。

 けれど、その日はそれっきり、小人は二度と姿を現してはくれなかった。

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