# 21
「どうだった?」
「できた気がしませんよー」
上級試験の第一関門、小論文の試験を終え、報告のために店に戻ると丁度オーナーが事務所にいた。
「そうなの? 無理にカッコいいこと書こうとしなくても、普段の中村の考えが出せてれば大丈夫だよ」
「うーん、試験の後に言われましても……」
「まあ座んなよ」
オーナーはパイプ椅子を広げた。促され私は座る。
「あのさ、来月、新店オープンするんだ」
「えっ? またですか」
唐突な話に思わず声が裏返った。だってつい去年1店舗オープンしたばかりなのだ。
「コンビニ業界なんてそんなもんだよ」
「場所はどこですか」
「隣の中村台駅って分かるよね。その北口」
「そうだったんですね」
だから最近やけに新しい人採ってたのか。そのうちの何人かはオープニングスタッフとして連れていくんだろうな。
「で、中村、異動ね」
「えっ!?」
「中村台駅の中村マネージャー、って何かいいじゃん」
そんな、何かいいじゃんで異動させられましても。
「本当は中村店長でもよかったけど、それじゃ蛭田がかわいそうだからね」
「店長は蛭田くんですか」
「うん。たださ、蛭田はやる気だけは誰にも負けないんだけど、まだ若いし、やる気が空回りして心配なところがあるんだよ。だから、中村がサポートしてあげてね」
「はあ……私にできるでしょうか」
「できるできないじゃなくて、やって。そのために上級も取らせてるんだからさ」
そうだったのか。いきなり試験とか言い出したのは、そのためだったんだ。
「蛭田が突っ走っちゃいそうなときに中村が止めようとしても、格下のくせにってなるんだよ。だから、中村には早く資格取って、同じ立場で助言ができるようになってほしいんだ」
そういうことだったんだ。
「分かりました。がんばります」
「まあ、うまくいかないこともあると思うよ。けど、中村はまだ、先が長いから」
ああ、やっぱりこの人には敵わない。
「頼むね。じゃ、帰ったらゆっくり休んでね」
「はい」
返事をして、私は席を立った。
「そういえば、稽古はどう?」
「順調です。あと2週間、がんばります」
「ああ。よかった」
「余暇活動に打ち込めるのは今のうち、ってそういう意味だったんですね」
「ん、何のこと?」
「いや、何でもないです」
私は苦笑した。
仕事をしていると、ときに、自分の意志とは関係なしに物事が進むことがある。でも、流されているんじゃない。自分の意志でここに立っているんだ。
家に帰ると、鞄から上級試験の資料を取り出した。
もう少し、やってみるか。
机の端には、医療事務のテキストが積み重なっている。うっすらと積もっていた埃をはらって、その上に資料を重ねた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます