# 19

 とは言ったものの。


 やっぱり、志波ちゃんとのLINEを開こうとするものの、あと一歩の勇気が出ない。


 そんな訳で、本当に情けないけど、代わりに大貴くんに《あれ以来、志波ちゃん、なにか稽古の話してる?》と訊いてみた。


 すぐに既読がつく。けど、なかなか返事はない。


 そういえば大貴くんも志波ちゃんだったか、なんて思いながらぼんやりしていると、しばらくして、スマホの画面が光った。画面を見ると、それは大貴くんではなく――


《ねえ! ごめん! うちの弟が迷惑掛けて! 私のLINEの管理が至らないばっかりに!》


 志波ちゃんだった。私は目を丸くした。躊躇うのすら忘れ、私はLINEの画面を開いていた。


 どうやら、さっき大貴くんに送ったメッセージが、志波ちゃんの目に留まったということらしい。


 あーあ、大貴くん、この様子だと、ひどく怒られたんだろうなぁ。かわいそうになって、私はメッセージを返した。


《志波ちゃん、そんなに怒んないであげて?》


 返事が来る前に、もう1通送った。


《ねえ、私にも謝らせて?》


 ◆


 志波ちゃんに連れられ、ドキドキしながら、公民館の多目的室へ入る。


「おはようございまーす。皐月ちゃん連れてきましたよー」


「おっ」


 長身の男性が、こちらを振り向いた。


「待ってたよ」


 私は頭を下げた。


 部屋の端に座って台本を読んでいた黒河内さんが、立ち上がった。


「助かったよ。星川さんのマーシャは正直、元気が良すぎて白けてたんだ」


 私は、何て返していいか分からず、頭を下げた。


「んんー? 何だってー?」


 後ろからアニメ声が響いた。


 振り返って驚いた。背中から黒い羽根が生えた黒パーカーに、棺桶のイラストがプリントされたワンピース。それに球体関節ストッキング。そっか、明日ハロウィンだからか。


「お前その格好で稽古すんのかよ」


 そう言った黒河内さんには答えず、星川さんは、私の目の前に立った。そして、深々と頭を下げた。


 思わず「えっ」と声が出そうになるのを、ギリギリのところで飲み込んだ。


 顔を上げると、星川さんは、今まで見たことのない笑顔を、私に向けてくれた。


 ◆


「そうか、それは南の魔女の呪いじゃな」


 この中でいちばん若い宮坂さんは、お婆さん役がよくハマっている。


「南の魔女? 北の魔女の間違いじゃねえか?」


 “カイ”も、前よりずっと役を自分のものにしている。


「はっはっは、ここは、北の、北の、北の果てじゃ。ここからじゃあ、魔女の住処でさえ、はるか南さ」


 カイは、弾かれたように立ち上がる。


「なあ、お前、魔女の住処を知ってるのか。どこなんだ! 魔女はどこにいるんだ! そいつに会って聞いてやる! 俺はどうすれば元の世界に戻れるんだ!」


 その迫力に気圧される。やっぱり、この人と一緒に舞台に立てるだろうか。


 ◆


「私は、どんくさくて、何をやってもうまくいかない!」


 椅子を前にして、田中さんは力強く声を張り上げた。


「あ、ちょ、田中さん」見かねた後藤さんが口を挟んだ。「頑張ってくれてるのはいいんだけど、それ、そんな自信満々に言うことじゃないから」


 みんな笑った。田中さんも笑った。


 なあんだ、田中さん、いまだにそんな感じか。


 ◆


「次、36ページ、カイとマーシャのところから。マーシャ、いってみようか」


 私は無言で頷いた。


 早足で舞台の中央に向かうカイを、少し遅れて追いかける。舞台の中央でカイが止まる。私も立ちどまる。


「お前、何でついてくるんだよ」


 答えを言葉に乗せることはできない。代わりに、身振りと、口の動きで、カイに伝えようとする。


「ん?」


 カイは、私に一歩近づく。マーシャの言いたいことを、読み取ろうとする。


「わたし、あなたを……何だって?」


 おずおずと両手を伸ばし、カイの手を取る。口をぱくぱくと一生懸命に動かす。


 伝わっているだろうか。きっとマーシャならそう思っただろう。


「……たすけたい?」


 私は笑顔で、何度も頷いた。


「いいね」


 後藤さんが、小さくつぶやくのが聞こえた。


 ◆


《どうだった?》


 稽古の後、スマホを見ると、大貴くんからLINEが来ていた。


 懲りてないなあ。そう思いながら、私は親指を立てたスタンプを返した。

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