# 17
《今日は元気?》
ここのところ毎日、大貴くんからこんなLINEが来る。
そのLINEに《元気だよ》とだけ返した。これも最近の日課になりつつある。
ゆーとぴあを辞めてから、関係者との連絡はすべて絶っていた。最初は大貴くんのLINEすらもひたすら無視していた。そうすれば、そのうち途絶えるだろうと。
それでも連絡は途切れなかった。内容はたいしたものではなくて、挨拶や、スタンプばかり。
ブロックしてもよかった。けれど、どうしてだか返事をしてみる気になった。そして今に至る。
《元気ならデートしましょー》
またか。私は苦笑した。連絡が来るのはいいが、デートと言われると話が違う。まあ、どこまで本気なのか知らないけど。
《大貴くんはデートしてくれる子いっぱいいるでしょー》
《えー、いないですよー。皐月さんだけです》
まったく困ったものだ。
◆
次の日。
仕事の休憩中にスマホを見ていると、大貴くんからLINEの通知が入った。
《デートなう》
私は食事の手を止めて、無言でスマホの画面を見つめた。
続けて画像が流れてきた。大貴くんと、志波ちゃんのツーショット。
なあんだ。少しほっとした。でもほっとしている自分が恥ずかしくなった。
《あれえ? もしかして、ちょっと淋しいとか思いましたー?》
何も返せずにいると、立て続けにメッセージが来る。
《ね、遊園地のチケットもらったんだけど、明日にでも行きませんか?》
◆
別に淋しいとか会いたいとかそういうのじゃなくて、今日はもともと稽古の予定で、家のカレンダーには午後出勤って書いてしまったから、家にいるにしても説明が面倒だと思ってたから、出かけちゃえば丁度いいって思っただけだから……
なんて、ごちゃごちゃ考えながら、次の日、私は上り電車に乗っていた。
◆
「皐月さん、こっちですよ」
声のする方を振り返ると、志波ちゃんによく似た男の子が立っていた。人混みの中でも目を惹く顔立ちに、細身の体型。背は案外高くない。
そっか、大貴くんってこんな人だったっけ。思えば、毎日アイコンの風景写真は見ていたけど、実際には夜の車内で姿を見ただけなのだ。
「ほんとに来てくれたんだ。嬉しいです」
大貴くんはそう言って、微笑んだ。
「こちらこそ」
何がこちらこそなんだろう。言いながら自分でそう思った。
「実は不安だったんですよ? 本当に来てくれるかどうか」
「まあ……常葉園以外の遊園地なんて来たことなかったから、丁度いい機会かなって。今まで人様の話題にもあまりついていけなかったから」
「そうなんですね。じゃあ、今日は楽しみましょう」
◆
コーヒーカップ、メリーゴーラウンド、ジェットコースター……
休日ということもあって、人気のアトラクションにはそれなりに列ができる。並んでいる間、何を話せばいいのか初めは戸惑った。普段LINEでの会話は弾んでいたけれど、実際に顔を合わせるとなんだか照れ臭い。
けれども、いろいろと話をしているうちに、大貴くんも居酒屋でアルバイトをしているから、仕事の話が案外共通の話題であることが分かった。
「最近どこも人手不足ですよねー」
大貴くんのところも、世間のご多分に漏れず人が足りないらしい。
「皐月さんも、いつも忙しそうですよね」
「そうだね。けど最近は、やけに面接で人採ってて、逆に研修で大変なんだー」
「ふーん、でも人が多いのはいいなあー。うちなんか、こないだ熱出たときでも、自分で代わり見つけるまで、休ましてもらえなかったんですよ? ひどくないですかあ?」
うーん、それは、うちも同じようなことしてるからなあ。私は苦笑いで返した。
◆
「次はあれ乗りましょう」
そう言って、大貴くんは観覧車を指差した。
なんとなく、ゴンドラの中で2人きりになるのは気が引ける。考えすぎかもしれないけど。
でも、観覧車なんて久しぶりだ。単純に乗りたいという気持ちの方が強かった。
◆
「うわあ……」
夕陽に照らされる街並みを眺めながら、自然と感嘆の声が洩れた。
「皐月さん、楽しそう」
大貴くんに言われて、慌てて目を伏せる。
「大人げないよね。実は観覧車、1回しか乗ったことないんだ。常葉園にはないからさ」
「いいですよ、そんな言い訳しなくても」
「えっ?」
「楽しければ、楽しいって言っていいんですよ」
「うん。……楽しい」
「よかった。今日は、皐月さんに楽しんでもらえて」
「こちらこそ」
「姉貴に聞いて、心配してたんですよ。姉貴言ってました。皐月ちゃん戻ってきてくれないかなーって」
ああ。やっぱその話が出たか。
「ヒロイン役の人が兼役してるけど、うまくいってないんだって」
本当に? 星川さんが?
「皐月さん、本当に舞台乗らないんですか」
ああ。やっぱその話なのか。
「……それが聞きたくて、今日誘ったの?」
「違います! 俺は本当に皐月さんとデートがしたかったんです」
大貴くんは、まっすぐに私を見つめた。私はドキリとして、慌てて目を逸らす。
「それはそれで困るんだけどな」
「なんか、皐月さん、自分にはふさわしくないとか思ってません? 恋愛も、舞台のことも」
全身が、かあっと熱くなった。
「自分なんかにはふさわしくない。他にふさわしい誰かがいるなら、その人がやった方がいい、って」
「…………何で、分かったの?」
「毎日LINEしてたら分かります。てか、今日一緒にいただけでも分かる。俺がこんなに口説いてるのに、いちいち遠慮しちゃうんだもん。ま、そういう娘はだいたい、押し続ければ落ちるんだけどね」
「ちょっと、最後の一言は余計」
眉根を寄せると、大貴くんはクスクスと笑った。
観覧車は、ゆっくりと上昇する。
「皐月さん、ちょっとだけ昔の姉貴に似てるかも。演劇部入るときも、こんなおっきいホクロのある顔で舞台に出ちゃいけないんじゃないかーって、死ぬほど気にしてたんだ」
嘘みたい。あの明るくて、きれいな志波ちゃんが。
「だから俺言ってやったんだ。そんな小さなホクロ、客席から見えませーん、って」
大貴くんは、おどけて言った。
「気にしてるのは自分だけなんだよ。残念ながら、周りは思ったほどあなたのこと見てません」
そして、真面目な顔に戻って、私を見た。
「大事なのは、周りがどう評価するかじゃなくて、自分がやりたいか、やりたくないかだよ。だから、舞台に出たいなら、やればいいじゃん」
強い風が吹いた。ほんの少し、ゴンドラが揺れた。
「それが分からないんだよ。本当に自分がやりたいのかどうか。志波ちゃんに誘われて、必要とされてるから引き受けただけで、自分が本当にやりたいことなのか……」
「ふうん、じゃ皐月さんは、やりたくもないことのために、シフト調整して、稽古出てたの?」
「それは……」
「やりたくもないことのために、夜遅くまで、台本読んでたんだ?」
何も言えなかった。
「それだけのことができるなら、充分『やりたいこと』って言っていいと思うよ?」
そんなこと、思ったこともなかった。そんな風に、考えることもできるんだ。
観覧車を降りた頃には、日が暮れていた。
「じゃ、考えといてね。舞台のことも、俺のことも」
そう言って、大貴くんは、意外にもあっさりと解放してくれた。
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