# 16

 月に一度の廃品回収はまだ先だけど、親にうるさく言われる前に古い雑誌を片付けないと。 


 といっても、毎月ファッション誌を買っていた営業時代ほど捨てる雑誌もないのだが。


 けど、これは捨てておいていいだろう。


 台本と演劇雑誌を、いらないカタログと一緒に縛った。


 ◆


 上級試験。


 オーナーから渡された資料に、目を丸くした。


 ネイバーマートの本部には資格制度があって、試験に受かるたびにランクが上がっていく。


 コンビニに行ったときに見てもらえば分かるが、店員の名札についている星の数の違いだ。星5つの上級は、なかなかお目にかかれない。といっても、うちのところじゃ、3店舗の店長と蛭田くんが取得済みだが。


「もうですか? この間中級試験受けたばっかじゃないですかあ」


 あえて軽い口調にするよう努めながら、オーナーに抗議した。


「頼むよ。中村だけが頼りなんだよ」


 オーナーも軽口を叩く。


「来週の月曜、勉強会ね。もうシフトは谷に動いてもらってるから」


 こうなると、私には選択権はない。まあ、ちょっとだけ、まんざらでもない気持ちもあるんだけど。


「社員なんだから、前向きにね」


 この人に言われちゃあ敵わない。


「がんばります」


 ◆


 月曜日。勉強会当日。


 本部の研修施設の、会議室のような部屋に入ると、既に1人の男性が座っていた。


「おはようございます」


 挨拶をして、入口に近い席に座った。


 私と同年代くらいのその男性は、スーツにネクタイ姿だ。一方私はというと、ユニクロのカーディガンとカットソーに、花柄のスカート。


 やっぱりスーツで来るべきだったか。でもスーツというと、就活用の真っ黒いのしか持っていない。営業時代の明るい色のスーツやジャケット、フリマアプリで売ったりしないで取っておけばよかった。


 続けて、中年の男性が部屋に入ってくる。やっぱりというか、彼もスーツ姿。大股を開いて席につくと、バサっと音を立ててビジネス用の大きな手帳を開き、ハンカチで汗を拭き始めた。


 場違い感を感じていたところに、講師の中年の女性がピンク色のカーディガンで登場して、少し救われた気持ちになった。


 講師に促されお互いに自己紹介をする。若い方の男性は店長を務めていて、中年の男性は自分と同じ平社員だが将来はオーナーとして独立を目指しているという。


 やっぱり上級試験ともなると、それなりの立場の人が多いんだな。そんな2人と一緒で大丈夫だろうか。


 けれども、講師の女性は、そんな私の気持ちまで見透かしたかのように、一人一人に向けてにこやかな笑顔で言った。


「みなさん、今日はそれぞれの立場で、それぞれの目的があってお越しだと思います。けれどもまずは、お客様のために何ができるか、という基本に立ち返って、なぜ上級試験を受けるのか、一緒に考えていきたいと思います。今日学んだことを、ただの試験対策にせず、明日から、お客様や他のスタッフの前で何か一つでも実践してみてくださいね」


 中年の男性は、メモを取ろうと構えていたペンを手帳の上に転がして、ハンカチで額を拭った。私は姿勢を正して、彼女の話に聞き入った。


 勉強会の2時間は、とても充実した時間だった。途中、講師から当てられて、中年の男性が答えに困窮していた質問でも、自分の考えで答えることができた。普段店長やオーナーから言われていたことが、こんなに普遍的で意味のあることだと思わなかった。もちろん、普段の仕事では出会わない考え方も学ぶことができた。


 我ながら単純だと思うが、来てよかった、明日からも頑張ろうと思えた。


 そう、別に、変わったことをしたり、無理やり趣味を見つけようとしたりしなくても、退屈な日常は充実したものにできる。


 今いる場所で、今やっていることを頑張ればいいのだ。

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